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妖精ふぁんたじー  作者: 不明中のありかさん
第二章 二つの選択肢
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第二話:困惑

「よっこいせ」


 関所を無事通りすぎて間もなく、今度は町の入り口が見え始めた頃に、アリスは徐に抱えあげられた。ただでさえ追い付かない思考に成す統べなく手を引かれていたのに、突然子供を抱えるように抱き上げられれば、混乱に拍車を駆けるのは当然だろう。

 抵抗するということはしばらく思い付かず、思い付いた時には既に町中に入っていた。とても多いこの人込みに紛れれば逃げ切れるだろうが、もしそれで騒ぎとなってしまえば面倒なことになるのは容易に想像できた。




「…………そろそろギルドに寄るとしますかね」


 未だに抱き抱えられていたアリスは、途中で買い与えられた長いパンをもそもそと食べながらミズキの横顔を盗み見る。


 この冒険者が一体何を考えているのか、アリスにはわからない。


 町に入ってきて、彼女を抱えたミズキが取った行動は、観光めいたものだった。

 露天商溢れる大通りを一つ一つ店を回って行き、途中で見つけた雑貨屋、武具屋に寄り、気ままに町を練り歩いていた。

 それは実際に観光だったのだろう。途中でこの町の話を聞いたり、何がどこにあるのかと聞いていたし、何だかんだでアリスも楽しんでいた。もちろん、彼女を抱えたミズキもこの観光を楽しんでいるようだった。

 故に、敵であるはずの自分とこんなことをする彼がわからなかったのだ。


 ―――いや、彼というのは間違いだ。


 男を意識した声に男の口調。長身で中性的な顔立ち、そして体型を悟らせないゆったりとした装備のせいで男と勘違いしていたが、抱えられたアリスの横っ腹に当たる柔らかいこの感触は、間違いなく女性のものだ。一応女の身であるアリスが僅かながらに嫉妬心を抱く程になかなかのボリュームもある。

 時折、油断したように出てくる素の声も確かに女性のものであるし、間近で見る横顔は女性らしい柔らかさがあった。


(………綺麗な人、だなぁ)


 ついつい眺めてしまうその横顔に、アリスはぼんやりそんなことを考える。


「ギルド寄ったらそのまま宿行くけど、どうする?」

「えっ?」


 パンをゆっくりかじりながらまじまじと見つめていた横顔が、突然こちらに振り向かれアリスはドギマギする。

 顔に熱が集まるのを自覚しながらも、真っ直ぐにこちらを見つめる紅い双眸から逃れるように顔を背けた。その様子が可笑しかったのか、くすりと笑われアリスはますます顔に熱が集まるのを感じた。


 恥ずかしい。何だかすごく恥ずかしい。


 こんなに恥ずかしい気持ちになったのは、訓練中の身体作りに、空腹でお腹が鳴ったのをあの男にはっきり聞かれた時以来だ。


「ま、とりあえず報酬貰おうか」


 いつの間にかギルドに着いていたらしく、前に向いたミズキが両開きの扉を押し開けながらそう言葉を漏らした。

 ミズキの注意がよそに向いたことにほっとし、アリスも彼女の視線に釣られるように前を向く。


 ギルド。そう呼ばれるこの無骨な建物は、冒険者や傭兵のみならず、様々な人たちに仕事を斡旋する組織である。

 ギルドの仕事は様々なものがあり、町の手伝い、清掃から物資運搬や護衛任務、最もポピュラーな魔獣討伐はもちろんのこと。全ての仕事がこのギルドに集まっていると考えていいだろう。


 ギルド内は様々な人たちで溢れ返っている。

 古参の冒険者や、新人の若い冒険者。人相が悪く、常に周りを威嚇している者もいれば、人間だけではなく獣人も何人か見受けられる。


 町中とはまた一風違う雰囲気にアリスは新鮮さを覚え、感動したようにため息を吐いた。

 中々に物騒な雰囲気でもあるが、可愛らしい外見にそぐわず暗殺者として生きてきたアリスにとってしてみれば、このぐらいどうってことなかった。


 ミズキはカウンターまで真っ直ぐ突き進むとそこで一度アリスを下ろした。そしてローブの内側に隠していた麻袋を取り出し、営業スマイルを浮かべたお姉さんにギルドカードと共に手渡した。


「………はい、確認致しました。こちらが報酬となります。ご確認を」


 水晶に手を置いたり、口頭で受けた依頼を告げたりと色々手続きをしているのをアリスは興味深そうに眺めた。

 あの男にギルドの話を聞いてはいるが、実際に目にするのは初めてなのだ。それに、近いうちに自分もこのようなやり取りをするのだろうと思うと、自然と感心を向けてしまうものだ。


「あーそうだ、新しくギルドカードを発行して欲しい。この子のなんだけど、大丈夫だよな?」


 こちらに向けられる視線に注意しながらも、今度はギルド内を観察していたアリスは、ふとそんな言葉と同時に頭にぽふんと手を置かれてミズキに視線を戻した。


「確か、推薦なら色々と面倒な手続きをパスできただろ?」

「はい。では、その子をギルドに推薦するということでよろしいですね?」

「ああ。実力なら俺が保証する。なんたって殺されかけたからな」


 まあ、と驚きに目を見開くカウンターのお姉さんをよそに、アリスは一瞬で全身を強張らせた。ほぼ反射的に、腰元のナイフに手を伸ばす。

 ここに来るまでの観光ですっかり忘れていたが、自分をここに連れてきた彼女は暗殺対象者だったのだ。


 つまり、彼女にとって自分は命を脅かす敵――――


「わふっ」

「そういう訳だから、ぱぱっと頼みます」


 急激に膨れ上がった警戒心が、また同じ早さで萎んだのは、ローブ越しに乱暴ながらも頭を撫でられたせいだろう。それか、可笑しそうにしながらも親愛を秘めた眼差しのせいかもしれない。

 ともかく、自分にこんな態度を取る彼女を疑いはすれど、不思議と敵意を抱くことは終始なかった。


「それでは、この用紙にお二人のサインをお願いします」


 いつの間にか頭を優しく撫で始めた感触に身を委ねていると、カウンターに一枚の紙が出された。

 ミズキは一旦アリスの頭を撫でる手を止めて、さらさらとその用紙にペンを滑らせる。そして自分の名前を書き終えるとミズキはアリスにペンを持たせ、抱えあげた。

 どうやら、カウンターに置かれた紙に名前を書けということらしい。用紙の一番上には、ギルド新規登録〈推薦〉とあり、その下にはギルドの規約らしい文がずらりと並んでいた。一番下には推薦人と推薦する人の項があり、推薦人の枠にミズキとだけ書かれている。


 ここに名前を書くだけでギルドカードが貰えるらしい。

 直前の話から察するに、本来なら色々な手続きを踏まなければならないようなので願ったりかなったりだ。しかし、状況が状況だけに大丈夫なのだろうかと不安になってくる。


「名前、書ける?」

「―――だ、大丈夫ですっ」


 ふと耳元で優しく囁くそうに言われて、アリスの人ならざるエルフの証である長耳がぴくぴくと揺れた。同時に、得も知れぬ感覚に身体が震え、またしても顔に熱が集まるのを自覚する。

 それを誤魔化すように用紙に集中し、僅かに震える手で用紙に自分の名前をささっと書いた。何か企みがあるにせよ、ギルドカードが手に入るのならばそれに乗らない道理はない。

 書き終わると何だか妙な達成感が湧き、アリスはやや興奮したようにやや赤い頬を更に赤らめて紙とペンをお姉さんに手渡した。


「はい、それでは確認させていただきますね」


 その姿が微笑ましく、お姉さんが営業スマイルとは違う笑みを表情に浮かべた。


「アリス様。ギルド新規登録を、Bランク冒険者、ミズキ様の推薦により受理致します」


 営業スマイルに戻ったお姉さんはそう言うと一枚のカードをカウンターに置く。


「こちらがあなたのギルドカードとなります。万が一紛失された場合、紛失届を提示してもらえれば新しくギルドカードを発行することができますのでご安心下さい。ですが、その場合推薦を受けたことで免除された手続きを受けてもらうことになりますので、くれぐれも紛失なさらないようお気をつけ下さいませ」


 説明を終えたお姉さんは最後に営業スマイルで締めくくると、ギルドカードを手にとってアリスへと差し出す。アリスはそれを大事そうに受けとると、マジマジとそのカードを見つめた。

 ギルドカードと言っても、特に何かがあるわけではない。ただ名前とランクなどが書かれていて、これ自体は単なる個人証明の価値しかない。生年月日や出身地など、自己紹介の枠など色々書き足すこともできるが、所詮はその程度。ある程度ランクが上がればギルド運営の宿などでサービスを受けられるらしいが、どこぞの商会の会員カードにだってそれぐらいはある。

 そう特別な何かがあるわけではない。だが、アリスにとってみれば、はっきりと自分を証明できるかけがえのないもの。ましてや、成り行きとは言え初めて自分で手に入れた物なのだ。自然と愛着も湧き、感動するのは当然のことだった。






 その後、アリスは宿の一室で難しい顔をしていた。

 アリスを抱えたままギルドを出たミズキが向かった先は、良心価格の割りにサービスやセキュリティがしっかりしている人気の宿だ。そこでミズキが負担するということで二部屋借りたのだが、どうしても不安になってくる。

 優しく接してくるのは警戒心を解くためで、実は今この瞬間逃れられないように騎士や兵士達による包囲が進んでいるのではないか、もしくは今日一日油断させて深夜に暗殺者を、明日の朝食に毒の入ったものを…………。

 一度考え始めると限りがない。アリスはそこで一度考えるのを止めると、腰元のナイフを確認してソファーから立ち上がった。


 待遇を良くしてくれるのは構わない。むしろ、極貧生活を覚悟していた身としては願ってもないことだ。しかし、そうしてくれる相手が相手だけに素直に喜べなかった。


 一人で悩んでも仕方がない。本当に何を考えているのか聞き出せないかも知れないが、本人に聞いた方がいいだろう。


 そう思い立ったアリスはミズキが借りた隣の部屋まで移動。扉を数回ノックしてみたが、反応は得られず出掛けたのだろうかと首を傾げる。ドアノブに手をかけるとあっさり回り、昼間とはいえその無用心さに警戒心が湧く。

 しかし、中からは気配を感じるのでアリスは音を立てないよう、罠の類いがないのを確認しながら素早く部屋の中に滑り込んだ。


 部屋に入ってすぐにバスルームに通ずる扉があるのだが、そこから水を弾く音が聞こえた。どうやら汗を流している最中らしく、ノックに気づかないはずである。

 だが、絶対に気づかれていないという保証はない。何せ、相手は完璧だったはずの奇襲を察知する程の手練れだ。間違いなく、今まで暗殺してきた者たちの中でも群を抜いて一番だろう。


「…………ふぅ」


 アリスは緊張を意思の力で無理やり殺し、バスルームの扉を開く。

 殺しはしない。生半可ではないだろうが、四肢のどれかを切り落としてでも動けなくし、目的を聞き出す。

 ナイフをいつでも抜けるように身構え脱衣場へ入り、浴室への押し扉を勢いよく開いた。

 扉から湯気が溢れ全身に纏わりつき―――――


「……………え?」


 熱気に思わず顔をしかめたところで目に入った光景に、アリスは一瞬意識が飛んだ。


 ミズキが、倒れていた。

 頭部から血を流し、垂れ流しのシャワーを全身に浴びながらうつ伏せに倒れていた。

 湯気と熱気、そして血の臭いが鼻に付き、それで我に返ったアリスは素早くミズキの状態を調べる。


「――――ぅ、く………」


 生きていたらしい。

 念のために脈を計ろうと首に当てた手が苦しかったのか、嫌がるように身動ぎした。

 一体何があったのかわからないが、意識を混濁させる程のことがあったようだ。

 止めを刺すかどうか一瞬考えたが、脳裏にこの町を観光したことがちらつき言い様のない不安感に見舞われた。

 例えあれが罠への布石なのだとしても、アリスは確かに幸せを感じていた。

 誰かに必要とされる幸せとは違う。満たされた幸せ、と言うべきなのだろうか。

 それが偽りの夢で、このすぐ後に絶望を与えられたとしても、そんな幸せな夢を見せてくれた彼女を殺すのはどうしても躊躇われた。


「………っ、私の、バカ。どうにでもなれっ」


 複雑な気持ちを胸に抱き、アリスは垂れ流しのシャワーを止めるとミズキの身体を仰向けにさせた。


「あ、あれ……? 俺は……」


 それで意識が戻ったのか、焦点が若干ずれた目がこちらに向いた。


「お風呂場で意識を失っていました。何があったんですか?」


 アリスはミズキの顔にべっとりとついた血を流すと、上半身を担いで脱衣場まで引っ張る。比較的体重の軽い女性とはいえ、身体が幼いアリスが抱えあげるのは無理がある。

 魔術が使えれば話は別だが、残念ながらアリスが知っている魔術は電気を使う初級攻撃魔術のみだ。触れていれば行使するだけで殺せるが、離れた相手には何かを伝わせなければならないので使い所が限られてしまう。


「あー……そっか、うん……あはは、ちょっと疲れが溜まってたみたいでふらっとね」


 そう言って辛そうに起き上がるミズキを支え、偶然近くにあったバスローブを着させる。

 どうやらシャワーを浴びている時に貧血を起こしたらしい。その時にどこかに額を打ち付けたらしく、僅かに額が裂けてしまっている。

 覗き見たミズキの顔は一目でわかるほど顔色が悪く、堪えるように眉を潜めた彼女はちょっとどころではなく、かなり疲労が溜まっていることが素人目でもわかった。

 その溜まった疲労の一部の原因が自分にあるのだと考えると、アリスは申し訳ない気持ちになってしまう。


「………しばらく、ベッドで横になって下さい」


 返事を返すのも辛いのか、うめき声を上げるミズキを支えアリスは彼女をベッドに連れていくのだった。


 もうその時、彼女が何を企んでいるのかなどという考えはアリスの中になかった。

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