第二十八話:武競祭二日目
今回短めです。描写が下手だから事細かに書いてると後の試合での戦闘描写が被りそうだったのでバッサリ切っちゃいました。ごめんなさい
プリムローズ武競祭二日目。本日の試合数は昨日の半分である為、午前中は試合がない。
その午前中、各参加者は各々の時間を過ごし、そして万全な状態で本日の試合に望んだ。
若干一名を除いて。
「んあー……頭がガンガンするわ」
数名の選手たちがいる待機室の中、気だるげな声を上げているのは女性参加者唯一の美人騎士ユリアである。
どうやら、昨夜呑んだ酒が響いているようだ。
朝、皆のいる前ではなんともないように振る舞っていたはずなのだが単なるやせ我慢だったらしい。今こうして呻いているのは見知った目がないから、ではなくやせ我慢をするのも辛くなったためだ。
「うぅ……変に悩んでお酒に頼るんじゃなかった」
実は彼女、あまり酒に強い体質ではない。コップ二杯で完全に泥酔するのだ。
昨夜もそのたった二杯でノックアウトし、目が覚めた後宿に戻ろうとふらふら歩いているところちょうど見知った人間を見つけて勢いで絡んだ。
言いたいことは言えたが、何か余計なことも言った気がするのだが、ズキンズキンと苛む頭痛のせいで考え事をするのも億劫だ。
そんな中、係員の呼ぶ声が耳に入りユリアは頭痛をこらえながら決闘場へ向かう。
よほど早く帰って休みたかったのか、その日相手をたったの一撃で沈めさせて二日目の第二試合は幕を閉じた。
その次の第三試合。真っ青な顔でどこかへ駆けていくユリアを横目で見送った黒騎士ことクレスウェルは、禍々しい雰囲気のせいでびくびくしている係員の呼び出しを受けて決闘場へと向かった。
黒騎士が決闘場へと姿を表す度に、会場内の歓声は控えめなものとなってしまう。
その度に黒騎士はどんよりとしたオーラを纏うのだが、悲しいことに観客がそれに気がつくことはない。
やがて、決闘場に黒騎士の対戦相手となる騎士が姿を表す。
兜の奥に見える表情が、険しくなっているのが簡単に窺えた。
「あなたは危険だ。ここで退いてもらう」
女性実況者が選手の紹介をしている中、騎士が剣を抜きながらそう言った。その声はまだ若かった。
黒騎士は落ち込んだように肩を落とす。それが騎士にはバカにしているように見えたのだろう。
隙間から見える瞳に、怒りが宿ったのがわかった。
黒騎士はそれを見て肩を竦めると、二本の剣を抜く。
それが、決闘の合図となった。
「アルクイン・マーウィン、参ります!」
若い騎士、アルクインが一本の剣を掲げ躍りかかる。
切り下ろされたその剣は、黒騎士が持つ二本の剣に防がれた。アルクインは瞬時に半歩下がると素早く突きを放つ。その突きは左側に逸らされるも、彼はそれを利用して体を回し右手からの回転斬り。
それは黒騎士の防御を掻い潜って左横腹に吸い込まれる。
が、確実に決まったと思われたその一撃は鎧によって弾かれる。
「っ!」
驚愕に目を見開く。
そもそも、黒騎士は防御すらしていなかった。黒騎士にとっては若い騎士の渾身の一撃を甘んじて受けただけなのだが、まだ経験の浅い彼はそれが嘲笑っているかのように見えた。
アルクインの表情が怒りに歪む。
それが、黒騎士の反撃の合図。
アルクインが体勢を整えようと距離を取った瞬間、黒騎士が彼の懐に入り込む。
そして、左から高速で迫る剣を弾き、間もなく右側からくる剣を受け止める。
それは反射的な、本能からくる防御。それが、彼の限界だった。
黒騎士は攻撃を受け止めた反動で硬直したその瞬間を見逃さないまま、左手の剣で彼の右胸元に鋭い突き体制を崩させたところで右手の剣をアルクインの右側頭部に向かって凪ぎ払う。
反応する間もなくそれを受けたアルクインは、自分の無力さを痛感しながら呆気なく意識を手放した。
短時間で着いた決着は、黒騎士の実力の程を物語っていた。
続いて第四、第五試合と進んで迎えた第六試合。
小さな騎士メイフィールドは、瑞希の激励の声を背に決闘場へと姿を表す。
どっと沸き上がる歓声。その小さな体で予選、本選共に圧勝しているメイフィールドは観客たちの間でアイドルとなっているのだ。
その熱狂的とも言える歓声に怯んでいると、向かい側から対戦相手がやってきた。
軽い軽装で手ぶらのその男は、なんだかとってもキザそうな笑みを称えている。いや、実際にキザなのだろう。何せ、片手に薔薇を持ってポーズを決めているからだ。
気がつけば、会場内の歓声の半分以上が女性の黄色い声援に変わっている。
『ようやく迎えました第六試合! 注目すべきこの一戦! その小さな体で相手を翻弄するのは、とっても素顔が気になるメイフィールド選手! きっとその仮面の下には可愛いお顔があるに違いない! あとでお姉さんの家でちょこっとだけ見せて下さいねっ』
家、と限定している辺り何だか犯罪チックな匂いが漂っている。
『対するは、武競祭参加者唯一の魔術士カルヴィン! 華麗に相手の攻撃をかわすその動きは女性観客を虜にする! でも私ぃ、キザな男って嫌いなのよねぇ』
少しだけ沸き上がるブーイング。
カルヴィンはピクリと眉を動かすと、女性実況に向かって恭しくポーズを取る。
「……フッ。僕の美しさはまだまだ未完成。しかし、その美しさに磨きをかけ、いつかきっとあなたを魅了して差し上げましょう」
全く持ってキザなお方だった。
そして、不敵な笑みと共にメイフィールドへと振り向くと薔薇を華麗に投げ捨て迎えるように両手を広げた。
「僕は君のような子供を傷付けたくない。ここは大人しく降参しては貰えないかい?」
メイフィールドはピクリと身体を動かすと、ゆっくりと盾と剣を構えた。
子供、というワードに怒りを覚えたらしい。
カルヴィンは困ったように肩を竦め、そして悲しそうな表情をする。
「そうだったね。君も一人の騎士だ。僕は幼い君の挑戦を受けなければならない」
「今理解したよ。君じゃ僕には敵わない」
メイフィールドの冷たい言葉に、カルヴィンはゆっくりと首を振った。
「何なら初撃はそちらに譲りますよ」
「僕をバカにしてるのかな?」
「実際にバカでしょう?」
カルヴィンの顔が真っ赤に染まる。端整な顔立ちが一瞬歪み、しかしまたキザな笑みを称える。
「いいだろう。なら、君に実力というものを教えて上げよう。君も騎士の端くれなら、自分の言葉に後悔しないことだね!」
「するわけないじゃないですか」
今度こそ、その端整な顔立ちが怒りに歪んだ。
そして、右手をメイフィールドに翳して詠唱を開始。小声である為何を言っているのかわからないが、一体どんな魔術なのかは理解できた。
決闘場に荒々しい風が吹き荒ぶ。カルヴィンを中心に渦巻くその風は、まるで嵐のように見える。
その風がカルヴィンの右手の前へと集まる。本来見えないはずのその風は、魔力の影響を受けている為かうっすらと緑色を帯びている。
やがて、魔術が完成したのかカルヴィンがニヤリと笑みを浮かべた。
「降参するなら今のうちだよ?」
メイフィールドは両手を軽く上げ、肩を竦めながら軽く首を振った。
だめだ、こいつ。
そんな感じ無言のメッセージが届いたらしく、カルヴィンは笑みを打ち消すと右手の前に渦巻いていた風を解き放った。
メイフィールドに迫る、風の暴力。それをまともに受ければ小さなその体に決して浅くない傷を負うことになるだろう。
カルヴィンは自分の勝利を確信した。例え盾で防いだとしても、嵐を完全に防ぎきることなど不可能だからだ。
だからこそ、目の前の光景に目を疑った。
「はぁああッ!」
吹き荒ぶ風の音の中聞こえる小さな騎士の声。
気合いと共にメイフィールドは右手に持っていた剣を思い切り凪ぎ払う。
たったそれだけで、カルヴィンの風は呆気なく掻き消された。
驚愕に目を見開く中、メイフィールドが振り抜いた剣を構え直そうとする。それより早く我に返ったカルヴィンがすぐに詠唱をすべく口を開くが、一瞬でも動きを止めていたのが致命的となった。
メイフィールドは瞬間的にカルヴィンの懐に潜る。咄嗟にカルヴィンが無詠唱魔法を放とうとするがもう遅い。
メイフィールドは左手の盾で思いっきりカルヴィンの顎に振り抜く。縦長の盾は凶悪な鈍器となり、カルヴィンは軽々しく宙に舞い、そして墜落した。
無意識なのか、宙に舞っている途中もどことなくキザな感じであった。
そして、第七試合。
昨夜、ユリアに受けたアドバイスのおかげか、所々危ない場面もあったが無事に勝利を納めることができた。
三日目の準々決勝も勝利し、瑞希は準決勝へと進出する。
これには彼自身が一番驚いていた。
確かに彼の成長速度は並じゃない。しかし、彼の剣の腕はせいぜい良くて騎士の平均的な実力程度だ。騎士が総じて実力者とは言え、様々な実力者が出場するプリムローズ武競祭は簡単に勝ち進めるほどレベルは低くない。むしろトップレベルだ。
いくら優勝候補のユリアに稽古をつけてもらい、アドバイスを貰ったとしても素人であるはずの彼がここまで勝ち進めるはずがないのだ。
プリムローズ武競祭四日目の準決勝。
進出者は瑞希を始め、唯一の女性参加者ユリア、小さな騎士のメイフィールド、謎の黒騎士クレスウェル。
ここまで勝ち進めたことに疑問を抱きつつ、瑞希は四日目の準決勝を迎える。