第二十五話:プリムローズ武競祭
……瑞希君の活躍は次回かな?
プリムローズ武競祭。都市の名前にもなっているそのプリムローズは過去に実在していた人物のようで、何でもオルグレンの建国に携わったということらしい。
らしい、というのは今現在目の前で開会の式を行っている偉そうなおじさんが長ったらしく言っているのを聞いたからだ。
瑞希は出そうになる欠伸を堪えながら、前方の台から周りへと目線を向ける。
さすがは有名な武競祭ともあってか、周りの人たちは一見して相当な手練れだという事が窺える。ほんの一人か二人程度であるが、人間にはない犬耳やら猫耳やらがいる。残念ながらエルフはいないようで、何となくがっかりした瑞希はそろそろ演説が終わりそうなおじさんへと目を向けようとする。
「………ん?」
そこで、ほんの些細な異常を目にした。
瑞希の視線のずっと先。騎士枠ではなく、予選通過者の並ぶ列のやや後ろ、大柄な冒険者風の男性の隣に、子供サイズの身長の人物を見つけた。
「(子供……な訳ないよな。ドワーフ? ドワーフまでいんの? この世界)」
いくらなんでもファンタジーすぎだろ、と思いつつ瑞希はその子供サイズをじっと観察する。
鎧の色は白銀だ。まるで騎士が使用する鎧のようなデザインだ。どことなく瑞希の着ている王室特注の鎧に似ているが、他にも騎士の中で似ている鎧があるためあまり関係はない。
背中に背負った縦長の盾と持ち主のサイズに合わない大振りの片手剣が、何ともアンバランスだ。しかし、何故か似合って見えるのはあんな見た目でこの場に並んでいるという事実のせいなのだろう。
ぼんやりと突っ立っているその謎の子供サイズの人物は、パッと見では男か女かわからない。
「…………………」
瑞希の視線に気がついたのか、その小さな騎士は一瞬だけこちらを見やる。が、まるで興味がないと言わんばかりに直ぐ様視線を逸らされた。
じろじろ見ていたから鬱陶しくなったのだろう。そう思い、瑞希は演説が終わり壇から下がっていくおじさんへと目を向けた。
間もなくして壇上に別の男性が上がり、魔術で作られたらしいマイクの前に立ち手短に順番を決めるクジを引いてもらうことを告げた。
ゴロゴロと壇の隣に大きな板が運ばれ、トーナメント表とそれぞれのクジの番号が書かれている。
「では、まず初めに騎士枠から抽選を行います。ユリア・ブランリエール選手、前へどうぞ」
どっと沸き上がる歓声。呆けていた瑞希は突然の歓声で驚き我に帰った。
どうやら、ユリアはかなりの有名人らしい。
「一番手ね。……ミズキ君、決勝で会いましょう」
「いや、無理ですから」
不敵な笑みを浮かべてそう言ってくる彼女に苦笑いを返し、ユリアは大きな歓声を浴びながら壇上へと上がって行く。そして、何やら感激している様子でクジの入った箱をもった女性に笑顔を見せてさっとクジを引いた。
1から32まで振られた番号の中で彼女が引いたのは、7番。
7の番号が振られた枠組みにユリアの名前が書かれたプレートがかけられる。
「では次の方、ミズキ・ミヤモト選手どうぞ」
「お、俺かよっ」
不意討ち気味の指名に思わず心臓を跳ねさせる瑞希。指名されたことで武競祭に出るという実感が沸いたのか、ドクドクと早鐘のように鼓動が早まった。
瑞希はいつにない緊張感を背負い、どことなくぎこちない動きで壇上に上がる。
「どうぞ、引いて下さい」
割りと美人な女性が0円スマイルでクジ箱を差し出す。そこでようやく、自分も歓声を浴びていることに気がついた。
『まだ若い』とか『期待の新人か?』など、様々な声が耳に届く。何だか照れてきた瑞希はそれを誤魔化すかのように箱に手を突っ込んで一気にクジを引く。
「番号を……はい、ありがとうございます。26番です!」
クジの番号を見た女性が板の前で待機している係に向かって声を張り上げた。それを聞き、異世界語で書かれた瑞希のプレートがかけられる。
「どうやら、決勝で当たれそうね」
係の男性にクジを引き終えたらこちらへ、と案内された先でユリアが満足そうな笑みをたたえてそう言ってきた。
「勘弁してくださいよ。あんな体験は特訓でもうこりごりです」
「あはは。まあ、決勝上がれるまで頑張んなさいよ。メルちゃんの為だーって思えば楽勝よ」
確かにそれなら頑張れそうな気がするが、やはり不安の気持ちがでかいためか軽口を叩くことができない。
「そういや、メルってどこにいるんでしょうね」
「んー、観客席のどこかにいると思うんだけど。さすがに人が多すぎてわからないわ」
人が大勢集まっているこの武競祭の会場は、まるで世界陸上の如くの大人数だ。その中で、いくら目立つとは言え身体の小さなメルヴィアを見つけるのは容易のことではないだろう。
「あ、そういえばドワーフって種族いますか?」
小さい、で思い出した瑞希は例の小さな騎士をちらりと見やってユリアにそう尋ねた。
「ドワーフ? そんな種族聞いたことないけど……そんなのいるの?」
どうやらこの世界にドワーフはいないらしい。瑞希は適当に誤魔化すと、改めて小さな騎士へと目を向けた。
瑞希の思わせ振りな視線に気がついたのだろう、ユリアは彼の視線を辿って何やら納得したように相槌を打った。
「あの子、確かに気になるわね。あれで予選組を勝ち抜いてきてるんだから、きっと相当な手練れでしょうね。エルフの子なんじゃないかしら?」
「エルフ? エルフって強いんですか?」
「魔術においては並みの魔術士では叶わない程度にね。これ常識よ? エルフって元々魔力量が多いから、あれぐらいの子供でもきちんと訓練積んだら武競祭でも通用するのよ。多分、あの兜の下には触り心地のいい立派な耳があるはずよ」
視線の先の小さな騎士がブルリと震えたような気がした。
「でも、そうだとしたらあの背中に背負った剣と盾は?」
「そうねぇ。予選を勝ち抜いているなら魔力付加ぐらいはできると思うんだけど、子供の膂力じゃいくら魔力付加してもたかが知れてるからね……」
「んじゃ、あれは飾りで実際は魔術を使ってくると」
「そうかも知れないけど、そうとは言い切れないかな。まあ、実際に目で確かめればわかるでしょう」
確かにそうだ、と瑞希は頷きもう大分埋まっているトーナメント表に目を向けた。ユリアの対戦相手はもう決まっているようだが、瑞希の対戦相手はまだ決まっていない。
弱そうな人頼むぞ〜と瑞希は願いを込める。
「25番です!」
そんな事を思っていると早速対戦相手が決まったようだ。壇上から降りてくるその人物を見て、瑞希はあからさまに嫌そうな顔をする。
あのちっちゃな騎士の隣にいた大柄の冒険者風の男だった。どうやら騎士枠全ての抽選が終わり、予選組の抽選が始まったらしい。
冒険者風の男は瑞希の視線に気がつかないまま、彼の前を素通りして列に並ぶ。
「ピンパーネル・リンダース選手、前へどうぞ」
心底気分が落ち込んでいたその時、聞き覚えのある名前が彼の耳に届いた。
壇上を見てみると、いつしかのネコミミ武人が渋い表情でクジを引いているところだった。ピコピコ動くネコミミが可愛らしいのか、箱を持った女性の頬が若干緩んでいるように見える。歓声の中にも『キュートなおじさまー!』と叫んでいる者もいる。
そのキュートなおじさまは瑞希の視線に気がつくと、笑みを浮かべて一礼してきた。瑞希も慌てて礼を返す。
彼の引いた番号は12。勝ち進んでいけばユリアと準々決勝でぶつかることとなるだろう。
ネコミミ武人と美人騎士のぶつかり合い。なんだか見るのが楽しみになってきた瑞希であった。きっと凄まじい決闘になるに違いない。
「…………ん?」
脳内で人外的な立ち回りをしているところを想像していると、突然会場内の歓声がしんと静まり返った。
不思議に思い壇上を見てみると、黒い鎧を着た誰かがクジを引いているところだった。
その姿は黒騎士、というより闇の騎士と言った方がしっくりくる。
黒騎士が引いた番号は、11。ピンパーネルの対戦相手となった。
「なんか、不気味ですね」
「……そうね。禍々しい雰囲気がして気持ち悪いわ」
ユリアの表情は酷く険しい。傭兵として生きてきた彼女だ、恐らく黒騎士の実力を把握してしまったのだろう。
「これは、ちょっと頑張らないといけなくなりそうね」
あの黒騎士は、確実に周りの者と突出している。優勝候補であるユリアと同等、もしくはそれ以上の実力はあるだろう。
ユリアの『ちょっと本気だす』宣言に瑞希は対戦相手であるピンパーネルが心配になってきた。
「……………」
ちらりとピンパーネルを見てみるが、彼は何時も通りの渋い表情だ。見た感じ彼もかなりの手練れだろうし、多分、大丈夫なのだろう。
「22番です!」
誰かの番号が決まったらしい。トーナメント表を見てみると、先ほどの番号で最後だったらしい。
誰だろう、そう思い壇上を見てみるとあのちっこい騎士がこちらを見ているところだった。
瑞希と目線が合うとすぐに逸らし、今度は例の黒騎士へと目を向けた。黒騎士もちっこい騎士を見ているようで、二人の視線は自然とぶつかった。
小さな騎士は、瑞希と目線が合ったときと違いすぐに目を逸らすことはなかった。しかし、小さな騎士が不思議そうに首を傾げると、黒騎士はくるりと背を向けて列に並ぼうとゆっくりとした歩みで列へと向かった。
観客には意味深なやり取りに見えたのだろう。『子ども騎士!』とか『ちっちゃくて可愛いー!』とか言う歓声が、『因縁の対決か!』とか『光と闇の一大決戦だ!』とか少々意味不明な歓声へと変わっており、瑞希はなんだかため息を吐きたくなってきた。
「……なんでこうなったんだろうな」
近いうちに一騒動ありそうな漠然とした予感に、瑞希はげんなりと肩を落とした。
その日は開会式だけで終わり、一日の日を置いて武競祭本選は開始された。
「緊張してる?」
鎧が微かに擦れる金属音。不安気に手を弄んでいた瑞希の動きがピタリと止まり、同時に小さな金属音がピタリと止んだ。
壁に背中を預けていた瑞希は顔を上げ、そこにいた意外な人物に目を見開いた。
「お前……は」
小さな騎士。常に白銀の兜で素顔を隠す、不思議な騎士。
彼、もしくは彼女はどことなくからかうような雰囲気で、しかし確かな優しさを感じさせる声色で話しかけてくる。
兜のせいなのか、くぐもって聞こえてくるその声は不思議な音色を持っていた、
「僕はメイフィールド。準決勝で君と当たることになるから、よろしくね」
僕、ということはこの小さな騎士は少年なのだろう。
不思議なその雰囲気に、白い少女の姿を幻視させられ瑞希は思わず苦笑を漏らしてしまう。
「ユリアさんといい、なんでこう、俺と当たることを期待してるんだろう」
「それは、君が無事勝ち進んでくるという確信を持ってるからじゃないかな」
「お前もそのクチなのか?」
くぐもった笑い声が聞こえてくる。その仕草は少年と言うより、どこか高貴な令嬢のようだった。
少年、と仮定したばかりなのだが早くもそれが揺らぎ始める。だって、僕っ娘だったりしそうだから。
「半分正解で半分外れかな。確かに、君が準決勝まで勝ち進んでくる確信はある。けど、それ以上に君が勝ち進んでくることを望んでいるんだ」
それは、捉えようによっては格下だと言っているようなものだろう。だが、瑞希は気分を害さず、むしろ上機嫌となって小さな騎士の話し相手となる。
「俺じゃなきゃ嫌だってことか?」
「そうだね。準決勝での僕の相手は、君じゃなければ勤まらない。君以外とはイヤなんだ。もし違う人が勝ち進んできたなら、僕はその時点で決勝を諦める」
「これは……初対面なのに、ずいぶんと好かれたもんだなぁ」
「うん。僕は君が大好きだからね」
コロコロと、兜の奥から鈴の音のような綺麗な笑い声が漏れてくる。
瑞希は恥じらいもないストレートな小さな騎士の言葉に恥ずかしげに首の後ろを触れると、まるでその真っ直ぐな好意から目線を逸らすように待機室から見える決闘場へと目を向けた。
その先では、もう既に三回戦が行われていて局面は終盤へと差し掛かっていた。
一回戦、二回戦と共に素人の瑞希にとっては舌を巻く攻防が繰り広げられた。ユリアにはなかったパターンを、動き方を学習しようと真剣に見つめてもいた。
だが、それと同時に大きな不安がのし掛かりいつの間にかすっかりと自信をなくしてしまっていた。
こつん、と鎧を着込んだ腹にメイフィールドの拳が当てられた。
その拳が語る言葉に、瑞希は確かな闘志を瞳に乗せる。
「わかってる。もう不安なんてないさ。こんなんで挫けてられないからな」
「なら、もう安心だね」
そう言って、メイフィールドは背を向けて離れて行く。
いつの間にか不安を取り除いてくれた小さな騎士に、瑞希は敬意を表す。
「ミズキだ」
メイフィールドは歩みを止めない。だが、その小さな背中の向こうで笑みを浮かべているのは容易に把握できた。
改めて決闘場に目を向けて見ると、いつの間にか始まっていた四回戦で、決勝でぶつかる相手が軽々と対戦相手を凪ぎ払う瞬間だった。
不安はない。不安はないが、
「……メイフィールドがユリアさんみたいに強かったらどうしよう」
格好つけてみた自分を、心底恨みたくなった瑞希であった。