第二十三話:騎士勲章
早く続きの続きが書きたい、という想いに駆られて文章が雑になってる気がする………
「は? 観光?」
お昼を食べ終わったころ、両脇に姉を連れたメルヴィアがニコニコしながらある提案を出した。
「そう、観光。ミズキもせっかくこの国に来たんだから、観光しないと損だよ」
「観光と言っても、4日後に行われる武競祭の後になりますけど」
「あんたもそのためにこの国に来たんでしょ? うちの武競祭は有名だからね」
三姉妹の言葉に、瑞希は曖昧な返事を返す。
もうすっかり旅人だと認識されているが、彼は異世界人なのだ。知らないものは知らないためどうしてもこのような反応をしてしまう。
別に言ってしまっても構わないだろうが、言ってしまうとすごく冷たい目を向けられてしまいそうで怖いのだ。メルヴィアが背中を押してくれるかもしれないが、彼女のことだから何かよからぬ事を喋り出すかもしれない。
まあともかく、せっかくの異世界だから観光ぐらいはいいだろう、そう思って瑞希は頷こうとする。
しかし、次に続く言葉で彼は完全に凍りつくこととなる。
「ま、どのみち武競祭の後に街を見て回るのは決まってるけど。武競祭前は訓練で時間が開いてないでしょうから、仕方なくよ、仕方なく」
「武競祭の後なので疲れは溜まっているかもしれませんが、そんなの気にならないぐらい楽しい観光になるはずですので」
「そうそう。何たって私たち王女が直々にガイドしてあげるんだから。……でも、私びっくりだなぁ。まさかいきなり武競祭に出るだなんて」
「騎士になれば予選をパスできますからね。ここから競技場のある町までは一日かかって間に合わないから、騎士枠を使ったのでしょう」
「あ、そうなんですね。そんなに武競祭出たかったんだぁ。ミズキの意外な一面びっくりです」
「私はそんな事より、お父様に直々に騎士の称号を貰えるっていうのに驚きよ。こんないかにも怪しい人間が、騎士と認められるなんて」
「まあまあ。ミズキさんはメルをずっと守って下さってたんですから、それぐらいのことは当たり前のことですよ」
「私としては、ミズキに貴族の位を与えてあげてもよかったんじゃないかなって思うなぁ」
「ダメよメル。怪しい旅人風情にそう簡単に貴族の称号を与えでもしたら国の存亡に関わるわ」
「でも、武競祭で優勝すればそれぐらいのことは許して貰えるかもしれませんわ」
「ちょっと、フローラ! こいつに変なこと吹き込まないで!」
「あら、『お姉さま』って呼んでくださらないのね」
「フローラ姉さま……双子なんだから別にいいでしょ」
「あはは。まあ、頑張ってねミズキ」
「せめて準決勝まで勝ちなさいよ。じゃないと、お父様に泥を塗ることになるんだから」
「ケガには気をつけて下さいね」
「…………あの、何の話ですか?」
恐るべしマシンガントーク。三姉妹の会話は入り込む余地がなく、結局最後の最後になってようやく瑞希に質問する機会ができた。
「「「武競際」」」
さすが三姉妹。ぴったりのハモりだ。しかし、瑞希が聞きたい肝心な部分が抜けている。
「いや、そうだけど……。出るって誰が? それと騎士の称号って? 与えられるって?」
「何バカなこと言ってるのよ。あんたが武競際に出るんでしょう?」
「なんだそれ、俺そんなのに出るなんて言ってないけど。あと騎士の称号って、俺なんかが貰っちゃまずいんじゃないの?」
「当たり前でしょ! あんたみたいな怪しい奴にあげるもんなんてないわよ!」
「あーもう、なんで変人指定なんだよ!」
睨み合い、一触即発となる瑞希とフィオナを見てフローラは笑みを浮かべるが、次には困った風に眉を垂れさせていた。
「困りましたわね……。もう授与式の準備は整ってますので、もう断ろうにも断れないでしょうし」
「言っとくけど、拒否権なんてないからね。だからありがたく受け取りなさい。あなたはメルを守ってくれたんだから、相応の褒美を貰う義務があるわ」
さっきと言っている事が真逆なことに、瑞希は苦笑いを浮かべた。彼女の隣にいるメルヴィアが『ツンデレ……』と言いたそうに見上げている。
そして、メルヴィアはこちらに振り向くと彼の背中に回ってぐいぐいと背中を押し始める。
「さあさあ、この後すぐに授与式だよ。聖堂にれっつごーだよ」
「いや、ちょっと待て。俺は受けとるなんて―――」
「拒否権は無いって言ったでしょう?」
「早く聖堂に向かいましょう」
言葉の途中でフィオナが左腕をひっつかみ、フローラが右手を持って瑞希を引っ張り始めた。背中にはメルヴィアがついていて、逃げようにも逃げられない。というより、美人二人に何気に触れられ妙に緊張してしまった彼は、なすがままに引っ張られていった。
二人の柔らかい手が印象だった。
聖堂に立ち入る前に、衣装室に放り込まれた瑞希は高級そうな白いタキシードをメイドさんに手渡された。どうやら、受け取る以外に道はないらしい。
瑞希は手元にあるタキシードを見てため息を吐くと、諦め、軽く現実逃避をしながら服を着替え始める。
「……しかし、王女に囲まれた俺って何気にとんでもない体験してるな」
きっと、人生に一度あるかないかの奇跡だろう。異世界に来てからというもの、そういうものばかり体験しているようだ。
そんな事を考えているうちに、瑞希は白いタキシードに着替え終えていた。初めてのタキシードは違和感がある。きっと、こんなものを着るのはこれが最初で最後だろう。
着替え終えた瑞希はどことなくぎこちない動作で衣装室を出る。慣れない服装というのもあるが、これからのことを想像して緊張してきたのだ。
「ネクタイが曲がってますよ」
扉の側で待っていたらしいメイドさんがすいっと前に出て手早くネクタイを直す。
いきなりでドギマギした瑞希はぎこちない笑みで礼を言う。それを見てメイドさんはどこかおかしそうに笑った。
「肩の力を抜いて。落ち着いて、気楽に考えれば大丈夫ですよ」
「いや、結構難しいですよそれ」
「ふふっ。では、言ってらっしゃいませ。あちらを真っ直ぐ向かえば聖堂です」
笑顔で見送るメイドさん。彼女なりに緊張を解そうとしてくれたのだろう。
瑞希は感謝の気持ちを込めて一礼し、聖堂へと向かう。大分自然体になったが、どことなくソワソワしている様子にメイドさんが笑う気配がして瑞希は足早に目的地へと向かう。
「お、ミズキ君。やっほー」
聖堂の前には白銀の甲冑を身に付けたユリアが待っていた。手を軽く降ってくるその姿を見て、短い距離でまた高まった緊張が幾分か和らぐ。
「先生、なんでここに?」
「特訓中以外はユリアでいいよ」
「んじゃ、ユリアさんなんでここに?」
「私もこうして騎士の一人になったからね。秘匿の騎士団とは言え、一応王室に籍を入れてもらってるから」
「そうなんですか」
「ええそうよ。……それにしても、ミズキ君カッコいいわね」
「あんまりからかわないでくださいよ」
「あら、からかってなんかいないわ。………っと、そろそろ時間ね」
ユリアが扉の前に立ち、手をかける。そろそろか、と少しの間忘れていた緊張が甦り、瑞希はガチガチに身体を固めた。
彼女は開ける前に一度瑞希に振り向くと、笑みを向ける。
「リラックスよミズキ君」
「無理です。帰りたいです。というか作法とか全然知らないです」
「大丈夫よ。誠意を持って行動すれば、自然と身体が動くわ。んじゃ、開けるわよ」
その一言と同時に、ユリアは大きな木の扉を開け放った。
一瞬こちらを振り向いたユリアは、『頑張って』とウィンクをすると表情を引き締め中へと入っていく。
いよいよか、と緊張で震える自分に喝を入れ瑞希は聖堂に足を踏み入れた。
神聖な空気、と言うのだろうか。瑞希はまるで何かの境界線を越えたような気分になった。
高い天井にステンドグラス。
白い大理石の床に、玄関より長く真っ直ぐに敷かれた赤い絨毯は、まるで聖地への道のりのようだ。
その神聖な世界の奥。聖地への道のりの先に、二人の姉を従え、彼女はいた。ステンドグラスから降りた光がスポットライトのように集中した姿は、とても神々しい。
なぜ、と思う前に彼はその少女に瞳を奪われる。
白い髪は、真っ白な聖堂内で一際輝いている。その赤い瞳は神秘的な光を宿しており、美しい。
引き締めた表情にうっすらと優しげな笑みを称えた彼女は、その小さな身体に大きな慈しみを感じさせる。彼女の姿はまるで聖母のようであった。
―――知らず、一歩前に彼は踏み出していた。
足が勝手に前に進む。驚きの気持ちはなく、その心は更に前に行くことを望んでいた。
純白の綺麗なドレスを身に纏った彼女は、ただ優しい笑顔を浮かべて待っている。
聖地にて、小さな聖母は祝福を受ける旅人を待っている。
どこか夢心地になった瑞希は、視界を目の前の少女に固定したまま真っ直ぐに歩いた。
無意識のはずのその歩みは、誠意を、誇りを持った力強い歩みとなっていた。
一歩、更に一歩と、気がつけば彼は彼女の前にたどり着いていた。
短い距離なのにとても長く感じたその道のりは、まさに聖地へ向かう旅路であった。
小さな聖母が、とてつもなく大きく見えた。
瑞希は夢心地のまま聖母の前に跪く。彼の目の前に、スッと小さな手が差し出された。
瑞希はまるで催眠術にかかったかのように、差し出された手に口づけをする。
そこで彼はハッと我に帰ったがなぜか恥ずかしく思えず、誇らしく思えた。
「汝、賞賛すべき行いをなした者。栄誉たる行いを成した旅人よ。其の名をここに、高らかに告げなさい」
朗々たるその言葉に高らかな高揚を感じる。彼女の前で名乗ることに、喜びを感じる。
「ミズキ。ミズキ・ミヤモト」
高らかに、力強く名乗る。
聖堂内にいた騎士たちの胸に、目の前の小さな聖母にその名が刻まれる。
彼女は一つ頷き、側で待機していたメイドから勲章を受け取る。
そして瑞希の胸元に勲章を付け、今度は一本の抜き身の剣を受け取った。
小さな聖母はその剣を掲げると、朗々たる振る舞いで告げる。
「汝、ミズキ・ミヤモト。メルヴィア・オルグレンの名において、汝が行いに相応しき賞賛を与えます」
彼女は銀色の紋様が施された黒塗りの鞘に剣を納めると、瑞希に向かって差し出した。
受け取ったその剣の重みはずっしりと両手にかかり、それが騎士の誇りの重さなのだと理解できた。
「これは騎士の任命。栄光たる旅人よ。騎士を名乗ることを許しましょう」
その瞬間、拍手が沸き起こった。聖堂内の騎士たちの感激の拍手だった。
今、ここで、彼は騎士と認められた。それがとても誇らしかった。
立ち上がり、拍手が沸き起こる聖堂内をぐるりと見回す。より一層強く拍手が沸く。それが嬉しくて、瑞希は表情に笑みが浮かぶのを抑えられなかった。
―――だから、喜びに気を取られていた彼はそれにが付けなかった。
「………『アリス』の加護があらんことを」
小さな聖母の赤い瞳が、金の色へと変わる。白の髪が、限りなく白い白銀へと変わり、より一層光を身体に纏わせる。
だが、それはほんの一瞬だった。小さく呟かれたその言葉も、盛大な拍手に飲み込まれる。
「………メル?」
唯一、その変化を目にしたフローラが驚愕に目を見開いていた。
メルヴィアは小声で呟いたフローラに反応し、顔を向けてくる。
「何か言いました?」
「いえ、メルがさっき何か言った気がしたんだけど」
「さっき? 授与式の前?」
「あ…………い、いえ、なんでもないの。ごめんなさい」
不思議そうに首を傾げ、メルヴィアは瑞希の背中に視線を戻す。
自分のことのように嬉しそうに笑っている彼女は、先ほど見た変化が幻覚の類いに思えてしかたがない。きっと気のせいなのだろう。
「………アリ、ス」
だが、フローラの表情はどこか影が差し込んだ浮かない表情だった。
「その調子で武競祭頑張ってね、ミズキ君」
いつの間にか側まで来ていたユリアが、ニヤニヤ笑いながら瑞希の肩に手を置いた。
「あ……忘れてたー! やば、どうしよ、早いとこ言わないと、って誰に言えばいいんだよっ」
「ちょっとあんた、聖堂でバカみたいに騒ぐんじゃないわよ」
「騒がずにいられっか! 誰だ、誰に言えば、ああ、王様に言えばいいんだな、そうだなっ」
今までの空気ぶち壊しで瑞希はわたわたと慌てた。そこでニヤニヤ笑っているユリアに気がつき、瑞希はちょっとした天啓を受けた。
「………ユリアさん。もしかして……」
「あ、わかる? ミズキ君勘がいいねぇ。そうよ、騎士団長に頼んでミズキ君が武競祭に参加できるように取り計らってもらったの。あ、もう変更効かないから無理よ。これを機にどんと強くなっちゃいなさい!」
瑞希の体がピキリと固まる。俯いた彼はピクピク、プルプルと震え始める。
お? とユリアは瑞希の顔を覗き込もうとした。
それが、彼女にとっての致命的な失点だった。
ガバッと顔を上げた彼はとてもいい笑顔だった。
そして、ユリアはいつの間にか自分の即頭部に拳を突き立てられ、
「――――――っ!!」
次の瞬間、神聖なはずの聖堂内に痛々しい悲鳴が響き渡った。