第二十二話:守れる力
今回ちょー適当です。ごめんなさい。次回物語が発展? します
朝食後、メルヴィアは逃げるように食堂から出ていった。
背後に姉たちの声がかけられたが、止まることなく突っ走っていく。
今はとにかく、瑞希から離れるのと早いうちに事を済ませたいという思いでいっぱいなのだ。
「……っ、10年は私のキャラまで塗り替えちゃいますか」
下唇を軽く噛み、言い知れぬ不快感を隠すように更に速く走る。気がつけば辺りの景色が霞んでぶれていたが、そんなことなど頭に入っていなかった。
まだ幼かった頃、自分の死を受け入れたことで自己に変化があったのは理解していた。しかし、その変化がまるで以前の自分を拒絶しているようで気に入らないのだ。多少の覚悟はしていたつもりであったが、やはり幾分か納得のいかない部分があった。
「…………ふぅ」
軽く息を吐き、立ち止まる。彼女の目の前には、一つの大きな扉。
城内にある魔術関連の資料庫とは秘匿性やら何やらレベルが違う、所謂最国家機密モノ。本来ならいくら肉親とは言え、王女とは言え立ち寄ることすらできないその場所なのだが、メルヴィアの『お願い』で王様が快く禁忌を許してしまったようだ。条件付きではあったが。
メルヴィアはその一見何でもないようでかなり高度な魔術結界が張られている扉を見上げる。像でも入れるのではないかと思えるその扉は、身体的か精神的かかなり巨大に見える。
やがて、決心がついたらしいメルヴィアはその扉に手を当てる。
「……私がどう変わろうと、私は私。……あ、でも男の裸で気絶なんてのは全力で拒絶します。そんなの私のキャラじゃないわ」
誰に対しての言葉でもないのに、メルヴィアはおかしそうに笑ってそう言うと問答無用で扉の魔術結界を解除。
かけた本人が数分、それ以外の者が解除するには数年かかるはずのそれを、ものの数秒で解除してしまった彼女は、果たしてそれがどれだけ異端なことであるのかわかっているのだろうか。
「条件1、楽々クリアー。お父様のあんぐりとした表情が目に浮かぶよ」
条件1。先日の夜、彼女がオースティンとの話し合いで突きつけられたものだ。曰く、本当にそれを望むのなら、自分で扉を開けろ。
「条件2は……確か、必要なもの以外は触れないだっけ。オリジナルの『神の書』以外なんて興味ないよ〜」
ふよふよと浮かびながら最深部一直線に向かうメルヴィア。浮かんでいるのは単に気分の問題であり、決してトラップ回避のためではない。
しばらく薄暗い機密保管庫の中を飛んでいくと、やがて宮廷にあったのと同じような感じの『神の書』を発見した。
「さ、さすがオリジナルだね……」
僅かに光を放ち祭壇の上に浮かんでいる『神の書』からは、ただならぬ力を感じる。
どことなく遊び感覚だった彼女も、今回ばかりは真剣そのものとなっていた。
メルヴィアはゆっくり祭壇の前に降り立つと、二度ほど深く深呼吸してゆっくりとそれに手を伸ばす。
慎重に、いつ何が起きても対処できるよう、しばらく頼っていなかった『妖精さん』に『お願い』ができるように身構える。
そして、彼女の指が触れた一瞬。メルヴィアの脳裏に不思議な声が流れた。
思わず『神の書』から指を離す。しばらくして何も起きないのを確認してから、メルヴィアはもう一度それに触れた。
しかし、今度は何も起きない。
一瞬だけ聞こえたはずの声は、もう聞こえなくなっていた。
「………アリス?」
確かに聞こえた、その言葉。それが何を指しているのか気になったが、すぐに興味が失せたのかくるりと『神の書』から背を向ける。が、帰る途中でまた気になり始めたのか、無重力の如くふよふよ飛びながら顎に手を当てて考える。
「……アリス、アリス……不思議の国? うーん……わかんない。『神の書』っていうぐらいだから、神様が書いたもんだろうけど……何ゆえアリス。あれか、ラブレターか。あまりの思いに何かしらの念まで付加しちゃうとはさすが神様。へんてこりんな岩盤をラブレターにする辺り、凄まじい恋物語だったと見える。さすが神様、次元が違うね」
言ってる本人も十二分にへんてこりんな事を口走っているが、彼女にとって先ほどの怪奇現象は特に興味がそそらないようだ。
……否、実際にはそこまで頭が回る余裕がなくなっているのだ。
最初と同じように大きな扉の前にたどり着いたメルヴィアは、扉を閉めきるとそれにもたれるようにズルズルと地面に座り込んだ。
こうして彼女がここにいる目的は、瑞希を帰す方法を探す為だ。オースティンに洗いざらい吐き、詰めより、『神の書』ならと聞いて渋る彼を説得までして探した結果、確かに帰せる方法を知ることができた。
原理はわからないが、あの石板は触れるだけでその中にあるだろう欲しい知識得ることができる。そのお陰で帰す方法はわかった。だが、同時にそれがどれほど危険なものであるのか理解した。
メルヴィアは微かに震える自分の身体を掻き抱き、二、三深呼吸する。
俯いた顔に浮いた笑みは、何かを諦めたような色が浮かんでいた。
「うひゃあっ!?」
「んなっ!」
木剣を振り下ろした瞬間、突如目の前に現れた人物がすっとんきょうな声を上げ、紙一重でそれを避けた。
木剣を振った瑞希は突然の介入者に盛大に驚き、足をもつらせこれまた盛大にすっこける。ゴロゴロと回転した彼はやがて手放した木剣で頭を打ち悶絶。なんともまあ、情けない姿だった。
「……あー大丈夫、ミズキ?」
「だ、大丈夫じゃ、ない……」
頭を抱えてプルプル震える瑞希に介入者――メルヴィアは苦笑を浮かべ、せめてもの慰めとよしよしと頭を撫でる。
そんな瑞希の情けない姿に笑いを堪えながら、先ほどまで彼の相手をしていたユリアは僅かに浮かんだ汗を拭いつつメルヴィアに訊く。その彼女の目は、どことなく真剣な色が混じっている。
「メルちゃん、さっきのってもしかして魔術?」
「もちろん。私、多分何でもできるから」
えっへんと胸を張るメルヴィア。多分という単語がついているせいで、可愛いらしい以外何もない。さりげなくとんでもないものを見たが、彼女の振る舞いにどうでもよくなったのだ。
一瞬でもそんな彼女の力を見極めようとしたユリアはすっかり毒気を抜かれたように笑顔を浮かべる。
「見たところ剣の稽古でもしてたみたいだけど」
「うん。ミズキ君にね、『誰かを守れるよう強くなりたい』って迫られたから」
メルヴィアの瞳がキランと輝いた。
彼女はうつ伏せに倒れた冗談でピクリとも動かない瑞希の傍にしゃがむと、ツンツンと頭をつつき始める。
「へぇ、へぇ〜。そうなんだぁ。かっこいいねぇ。その時のミズキの姿が思い浮かぶよぅ」
恥ずかしいのか、瑞希は耳を真っ赤にして無言を貫いている。今の彼女はきっとニヤついた笑みを浮かべているだろう、と瑞希はプルプル震えながら想像した。
しかし、彼の予想とは違ってメルヴィアの表情はとても穏やかな笑みだ。
「その『誰か』を守れるよう、頑張って、ね!」
バシン! と音を立てて背中を叩き、メルヴィアはユリアへと向く。
大体の言いたい事がわかったユリアは一つ頷いて見せ、訓練所の壁に掛けられた大きな時計に目を向ける。
時計の針はお昼時を少し過ぎたところを指していた。
「あら、もうこんな時間なのね。ミズキ君は鍛えがいがあるからすっかり時間を忘れちゃうわ」
「むむ、もしかしてミズキにそういう才能あるの?」
「ええ、もちろん。剣の才能は天才と言ってもいいぐらいなのよ、実は」
「な、……なんですとー! こんな、ちょっとかっこいいけどヘタレてそうなミズキにそんな才能が……」
「だぁれがヘタレだぁ?」
いつの間に立ち上がっていた瑞希が、メルヴィアの頭を高速で捉えていた。
「はっ、いつの間にっ………しないよね? ぐりぐりしないよね?」
あの激痛がリフレインしているのか、もう既に彼女の瞳はうるうると潤んでいる。
瑞希はそんな今にも泣き出しそうな幼女に向かって暖かい笑みを浮かべると、
「きゃああああ!!」
問答無用でぐりぐり開始する。
途端に絶叫を上げ身体を捻り痛みに悶えるメルヴィア。
が、ぐりぐり拷問は案外すぐ終わり、メルヴィアは意外そうに、しかし息を荒くしながら恨めしそうに瑞希を睨んだ。
瑞希はそれを笑って受け止め、ポンポンと彼女の頭を叩く。
「お前ってほんと妹キャラだなぁ」
「はい? え、何、なんでそこに繋がるの?」
「いや、ちょっと思っただけだよ。うんうん」
「……あれ、なんかバカにしてる? ねぇバカにしてるの?」
「いや、バカにはしてねぇよ。あれだ、一言で表すと『萌え〜』」
「なにそれ。やっぱりバカにしてるでしょ。その、いかにもお兄ちゃんっぽい表情がムカつくんだけど」
むー、と睨むのがまたさまになっていて、瑞希はとっても暖かい気持ちになった。
やはり、幼女は愛でるものだ、などと言う思考が生まれ、少し撫でてみると睨んだままどことなく心地良さそうな表情になり、所謂お兄ちゃん気分が芽生えてきた。ぴくぴく動くエルフ耳が可愛らしい。
「……すごくいいところを邪魔して悪いんだけど、そろそろお昼食べに行かないかしら?」
そこで今まで黙って二人を見ていたユリアが声をかけた。空腹を感じ始めたのもあるが、何となく、ほっとくといつまでもこうしていそうな気がしたからだ。
はっと我に帰ったメルヴィアは、ちらりとユリアを見やると瑞希の手を右手で払いのけ、勢いを乗せて左手で彼の腹目掛けてパンチを放つ。
理想的な速さと強さを持ったその拳は、青い光を纏って瑞希の無防備な腹に突き刺さる。
ごほっ、と呻き身体をくの字に折り曲げ軽々とぶっ飛ぶ瑞希。やがて壁に激しく激突した彼は、不思議なぐらいピンピンとした様子で立ち上がった。
「いきなり殴るこ…と……は………」
言葉が萎んだのは、彼が身体の異変に気がついたからだ。
そして、それが目に見える異常となるとユリアが目をパチクリさせ、恐る恐る彼を指差した。
「み、ミズキ、君……それは……」
「……な、……なんじゃこりゃー!」
某刑事ドラマのワンシーンを忠実に再現した瑞希。いかにも血で染まっていそうなその両手両腕、いや全身は確かに赤色に染まってはいたが、いささか他の色が混じっている。
彼の全身が、その赤を含めた全ての色を放つ。いや、放つというより漏れ出ているようだ。
ほわほわと、まるで湯気のように瑞希の全身から『虹色』の煙のような光が発生する。
それは不思議な感覚だ。しかし、意味不明な現象で半ばパニックに陥りかけているせいで感覚なんかに気を向ける余裕がなかった。
なんというか、力が抜けて来ているのだ。
「ちょ、何このオーラ……うわ、なんか目眩が……」
「み、ミズキ君? ちょっと大丈夫?」
大丈夫じゃない、そう言いかけて瑞希はぐらりと膝をついた。
鼓動が早まり、息が荒くなり、視界が狭まり、音が遠くなっていく。
このままじゃ死ぬな、とどこか冷静な部分が暢気に現状を把握した。
「ミズキ」
やがて意識が薄れ始めた頃、聞きなれた透き通るような声が耳に届いた。
メルヴィアだ。
顔をあげると、もう視界が狭まっているせいかとても大きな彼女を確認できた。
メルヴィアは美しく、暖かい笑顔を浮かべる。そしてその笑顔のままぐっと拳を握りしめ親指を突き立てる。
「……纏よ」
「は?」
「体中を流れる血液を想像しなさい。そうすれば、自然と魔力は身体に留まるわ」
突っ込みたかった。突っ込みたかったが、それだけの力がなかった。
とにかくうるさい耳鳴りの中で不思議と鮮明に聞こえる彼女の言葉通り、某狩り人漫画の如く体から溢れるオーラを留めるイメージをする。
やけくそにやってみたそれは、意外と綺麗にできてくれたらしい。瑞希はイメージをした途端に急速に身体に力が戻るのを、いや今までと違って溢れてくるのを感じた。
やがて完全にオーラが体内に引っ込むと、瑞希は以前の自分にはなかった何かをひしひしと感じるようになった。
「………これ、は」
「探しものの副産物、かな。でも結局私なりのやり方でやったから。私天才! バカじゃないもんね!」
「メルちゃん? ミズキ君に何を……?」
「あ、えと、ミズキに力をあげたの。魔力を少しだけ」
なるほど、確かにこれは魔力なのだろう。瑞希はそう思いながら手を握っては開き、今までになかった未知の感覚を確かめた。
そして、十分確かめたあと彼はさりげなくどこかへ向かおうとしているメルヴィアを捕まえた。
一瞬のうちに近づいたことに自分でも驚きつつ、しかしそれを飲み込んで握りこぶしを作る。
そして、それを彼女の側頭部に固定。
「あ、待って、ごめ――――」
言い終えるより早く、彼はそれを実行した。