第二十一話:騎士への道
「ん…ぅ………」
メルヴィアは朝に弱い。
というより、昨夜父親ととある件で深夜まで言い争っていたために少々睡眠時間が減ったせいだ。彼女は普段、日本の時間で言う6時きっかりに目を覚ます。一応王女としての生き方を叩き込まれた故の習慣なのだが、この時ばかりはさすがにその習慣を呪っているようだ。
寝起きでぽーっとしていた彼女の眉が、少しだけ不機嫌そうにしかめられる。が、それもほんの一瞬のことで彼女は盛大に伸びをすると意味深な笑みを浮かべてみせた。
「ふふっ……ミズキどんな顔するかな」
ところどころはねた髪を手でときながら、メルヴィアはこれからの事を想像する。
そして、壁に立て掛けてある大きな時計に目を向け時刻を確認すると、彼女はベッドからふわふわと浮き始めた。
そのままゆっくりとテラスへ続く大窓を開け放ち、空中に浮かんだままもう一度伸びをする。その間にメルヴィアの背中に光の翼が出現し、そこから少量の燐光が漏れだす。それが全身に行き渡ると、どことなく疲れが滲んでいた彼女の表情がすっきりとしたものへと変わっていった。
朝日を浴び、キラキラと輝く燐光を身に纏わせている彼女はさながら天使のようだ。
「……ふぅ。便利だけど、あんまり使っちゃうのはね……」
そう呟くと同時に、背中の翼が消え去り彼女はゆっくりと地面に足をついた。
疲れが出ている時によく使う彼女の魔法だった。だが、こういう魔術を彼女はあまりよしとしない。あまり多用しすぎ、依存しないようにと心がけているのだ。
しかし、人前であまり疲れたような表情を見せたくない。常に綺麗でありたい、と色々と複雑な思いに駆られる。そして、もう完全に女の子なんだなぁと妙な心境に至るのだ。
しかし、その割には自分の容姿にあまり気にかけないところがあるのは、彼女の性格故なのだろう。
そして、そんなところで姉たちが母性本能を発揮させてしまうのだ。更に稀にその母性本能を暴走させてしまい、トラウマ級のスキンシップをされてしまうことがある。主にフィオナに。
もう一人の姉がいなければ、確実に一線越えてしまっていたとメルヴィアは知らず知らずに身体を震わせる。
「さ、さてと。ミズキのところに行こうかな」
そうして、メルヴィアは駆け足で部屋を出ていく。なんだか、その危険な姉が来そうな気がしたからだ。
彼女がいなくなって数分後。第六感の警告そのままに部屋へとやってきたとある姉は、鍵を閉めたところで妹がいないことに気がつき落ち込んだ後、目に入った妹の枕に顔を埋め至福の笑みを浮かべるのであった。
「ミズキ! 起きなさい! 学校に遅れるわよ!」
バン! と瑞希に貸し与えた客室の扉を音を立てて開け放ったメルヴィアは、そんなセリフを満面の笑顔で言いながら部屋へと飛び込んだ。そして、ベッドにボディープレスをかましたところで当の本人がいないことに気がつき、一人芝居の虚しさに悶絶。
八つ当たりに枕をぽふぽふ殴り、そのまま力尽きたようにくでーっと横になった。
そのままピクピクとエルフ耳を動かすメルヴィア。やがて顔を埋めていた枕から顔を上げると、ニヤリと笑みを浮かべて起き上がる。
「サーチ型の魔術開発しててよかったよかった。よし、これ応用して新しい魔術作っちゃおう!」
エルフ耳はアンテナだったのかと突っ込みたくなるセリフだった。
そして、ノリでそんな事を言う彼女は色々と特異であった。
僅か2秒間だけ目を瞑っていた彼女はゆっくり瞼を開くとニヤニヤと笑みを浮かべる。
どうやら、もう新魔術とやらが完成したらしい。
メルヴィアはベッドの上で立ち上がると、段差を降りる要領でベッドから飛び降りる。そして、彼女の足が床につく直前に――彼女の姿が音もなく掻き消えた。
彼女が今ノリで作り出したのは、オリジナルのサーチ魔術を利用した瞬間移動魔術。サーチした対象の元に瞬時に移動するという彼女オリジナルであり、何気に世界初の瞬間移動であった。
災厄級の力を持つ彼女は、力だけが特異ではなかった。
過去、彼女がさりげない様子で人類初の事をやってのけている。例えば、魔術士誰もが夢見た飛行魔術だ。
魔術を極めし者――魔王と呼ばれたオースティンですら、その偉業は達成できなかったのだ。足が地から離れてもそれは『浮遊』で、せいぜいそれらしい事が出来ても所詮は『滑空』。初めて人が自由に飛ぶところを見せられたオースティンには一体どれほどの精神的ショックがあったのか。それが自分の実の娘であるなら尚更だ。
常識が常識ではなくなる。不可能を可能とする。人は空を飛べないという理をあっさりと覆す。
そんな、天才など霞んで見えてしまいそうなスーパー幼女は
「―――――え?」
移動した先で見た光景に、思考を硬直させてしまうのだった。
瑞希が目を覚ましたのは、まだ真夜中と言っていい太陽が昇る以前の時間帯だった。
健康的な時間帯に目覚める事を努力している彼にとって、この目覚めは些か健康的過ぎた。
「………はぁ。やっぱ気にしてんのかな」
ため息混じりに呟いた彼の表情は、どことなく陰りがあった。
故郷への思いを一度自覚してしまった彼は、とてつもない寂しさに襲われた。その度に脳裏に浮かぶのは、メルヴィアの優しい温もりだった。
昨日は涙を流すほど。今日は悲しく思うほど。
一見些細に見えるその差は、しかしとても大きな差であった。
いつまでこの世界にいるのかわからない。だが、彼女と一緒に過ごしていけば故郷への哀愁の念は少しずつ風化していくだろう。
異世界であてのない彼にとって、国の災厄と伝えられる存在である彼女は救いの女神であるのだ。
そんな可愛らしい女神に、自分は何かしてやれないだろうかと彼は考える。
当初、自分が解決してやろうと思ったメルヴィアの身を取り巻く問題は、彼女自身が解決してしまった。その時は自分の事のように喜んだが、よくよく考えて自分が何もしていない事に気がついたのだ。
「そればかりか、面倒を見られる始末……」
彼女の為に何かしてやろう、そう思って行動していたはずが、いつの間にか面倒を見られているというのは瑞希にとって色々と悲しい部分がある。
まるでヒモじゃないか、と瑞希はガックリ肩を落とした。
元男の現女の彼女にそれを当てはめていいのかわからないが、少なくとも幼女に面倒を見られるというのは男として情けなかった。
どうせなら、こっちが面倒をみたい。彼女の騎士と名乗りを上げるなら、せめてそれらしい活躍をしてみせたい。
そこでようやく彼はようやく思い至る。
「よし、鍛えよう」
せめて騎士らしく、彼女を守れるぐらいに強くなって見せよう。
そうしてベッドから起き上がり、普段の服装に着替えた彼は数秒で現実というものを目の当たりにする。
「……けど、どうすればいいんだろ」
筋トレやランニング。今の彼にとってできると言えばそれぐらい。
なんというか、今更ながらに自分の立てた誓いに漠然とした不安を抱く。
というか、もう逃げ回る必要の無くなったのだ。一ヶ月後には、メルヴィアは立派に王女として世界に出てくる。そうなれば、王女である彼女は必然的に国の騎士団に守られるようになる。
「あれ、俺ってお荷物じゃね……?」
完全に、ヒモだった。瑞希はかつてないぐらいの落ち込みを見せる。薄暗い部屋が、更に暗くなったように感じた。
不貞腐れて寝てやろうかと思った瑞希だが、すっかり覚めてしまって寝付けそうにない。
しばらく悩んだ瑞希は、散歩でもしようかと上着を引っ付かんで部屋から出ていった。
城内は灯りが灯されていて問題なく歩くことが出来た。綺麗な廊下は照明に彩られ、一抹の風景画となっていて瑞希は感動した。
こんな時間に出歩いて大丈夫だろうかと考えたが、すれ違った騎士に敬礼をされてそんな考えがぶっ飛んでしまう。
というか、なぜ行く先々で騎士たちに敬礼されるのか瑞希には理解できなかった。
しかも、『何かお手伝いさせて下さい!』とか『護衛ならお任せを!』とか色々言われるのだ。
「……そういう風に訓練されてんのかな」
何気に国のトップたちと対等に接しているところを見られている彼が騎士たちにどこかの王族かと勘違いされているのだが、そんな事知るよしもない。
瑞希は迷子にならないように、しかし当てもなくぶらぶらと歩く。その内会う度に敬礼してくる騎士たちが恐ろしくなり、瑞希は知らず知らずに人気のない道を選んで歩く。
やがて、突き進んでいくうちに照明は無くなり、物静かな空間に何かの音が聞こえてくるようになった。
興味をそそられた瑞希は音のする方に向かう。それは段々と大きくなっていく。ガシャンガシャンと鳴るそれは、瑞希の脳裏によろしくないイメージが沸き起こる。
「城の奥に潜む亡霊……なんちゃって」
HAHAHAと瑞希は笑う。どことなくひきつったその笑みが、彼の心情を事細かく表現していた。
だが、そんな彼のイメージは長い廊下を抜けた先であっさり霧散する。
廊下の先は、広場だった。だが、ただの広場ではない。色々な物が置かれたその広場を適切に表現するのなら、『訓練所』が当てはまるだろう。
少しの照明しかないその訓練所は、甲冑やら武器やらが置かれているため不気味な印象を持ちそうだが、不思議とそんな印象は持てなかった。
研ぎ澄まされた気配のような空気というのだろう。緊張感のあるその雰囲気は、どことなく『騎士』を連想させられる。
「……ん、誰?」
場の雰囲気に飲まれていたのか、呆然としていた瑞希は奥から聞こえてきた女の声に我に帰った。
いつの間にか、何かを打ち付ける音はなくなっている。
瑞希は声の聞こえてきた奥の方ふと目を向けた。
そこには木剣を持った女性がいた。何か訓練でもしていたのか遠目からでも軽く息が上がっているのがわかった。
その女性はいつまでも答えない瑞希を訝しげに思ったのか、僅かに目を細めてこちらを見つめた。
「あ……すみません、なんか邪魔しちゃったみたいで」
「いえ、お気になさらず……ん? ミズキ君?」
見知らぬ女の人に名前を言われて、瑞希はぎょっと肩を跳ねさせた。が、よくよく見てみるとそれが知っている人物である事に気がついた。
「……ユリアさん?」
「やっぱりミズキ君だ。こんなところでどうしたの?」
その女性はいつしかメルヴィアと共に出会ったユリアだった。今では秘匿に結成された『蒼翼騎士団』の団長として、城に止まっている。なぜあの話し合いで彼女がいたのは、そこに理由があったのだ。
瑞希は首を傾げてこちらに近づくユリアに曖昧な笑みを浮かべた。
「いやぁ、なんか起きるのが早くなり過ぎちゃって」
「ん、そっかそっか。興奮して寝付けなくてそれでお城の探検をしていたわけか。男の子だね〜」
ニヤニヤと笑みを浮かべてうんうん頷くユリア。意味のわからないことに瑞希はきょとんとした表現を浮かべる。
その、
「は? 何言ってんだこいつ」的な顔に何か気がついたのだろう。ユリアはあ、しまったと呟き愛想笑いを浮かべた。
「い、いや、気にしないでくれたまえ少年。あは、あはは」
「何ですかそのめちゃくちゃ不自然不審な笑い」
「細かい事は気にしないの。女の子に嫌われちゃうわよ?」
「それは、ショックですけど………」
「なら気にしなーい」
そう笑いながら、ユリアはバシバシと瑞希の背中を叩く。汗を掻いているせいか長い茶色の髪の毛が肌に張り付いており、なんだか色っぽい。
姉がいたならこんな感じなのだろう、と瑞希はぼんやり思う。
「それで、ユリアさんは何してたんですか?」
「ん? 訓練よ。ミズキ君は?」
「いや、ユリアさんの言う通りお城の探検してたらここに迷い込んじゃいました」
「そっかそっか。あ、何なら私が稽古つけてあげようか?」
ユリアにとっては冗談のつもりで言ったのだろう。ニヤニヤと、いつの間にか二本目の木剣を持って瑞希にちらつかせている。
瑞希は真剣な表情で一瞬考え込む。が、既に決まっている答えを口に出す時間はそんなになかった。
「お願いします」
ユリアは目をパチパチと瞬いた。まさか、肯定的な返事が来るとは思わなかったのだ。
だが、一度出した言葉を撤回するには、瑞希の顔を見るとできない事など容易に把握できた。ユリアは苦笑しつつももう一本の木剣を瑞希に手渡す。
それを受け取った瑞希は、手に馴染ませるように何度も握り返した。ユリアはそれを見てどことなく真剣な表情を見せる。
「何か悩みでもあるのかな? 私はミズキ君の師匠なんだから、遠慮なく言っちゃいなさい」
「師匠って……いや、まあお願いできるならお願いします」
「……なんか訳あり?」
笑みを打ち消したユリアに、瑞希は苦笑しつつも見返した。
「訳ありと言えば訳ありですね。ほとんどは……自分の我が儘かも知れないですけど。せめて、守れるぐらいには強くなろうかと」
「ふぅん。………どうやら、ミズキ君は真剣っぽいから、私も真面目に教えてあげないといけないわね」
「すみません、ユリアさん」
「いいのよ。これからは私を先生と呼びなさい」
「はい。……先生」
胸を張るユリアに、瑞希はどことなく嬉しそうにそう言った。
ユリアは満足気に頷くとミズキの手を取り広場の奥へと向かう。
いきなり手を掴まれた瑞希はドギマギしたが、素直に引っ張られていく事にした。
「ミズキ君は剣を握った事はあるのかしら?」
広場の奥にあるちょっとした空いた空間にたどり着くと、ユリアは瑞希と距離を取りながらそう聞いてきた。
「いや、これが初めてです」
「ふむ……どれくらいで強くなりたい?」
「……すぐに、じゃダメですかね?」
「いえ、十分よ」
そう言って、ユリアは木剣を構えた。瑞希も同じように木剣を構え、自分なりにいつでも対応できるようにする。
「ミズキ君が何を思って強くなりたいのか大体想像できるわ。もしその気持ちが本当で、一時的な感情ではないなら、遠慮なくかかってきなさい」
ドン、と重苦しい威圧感がユリアから放たれた。かつて、宮廷で感じたものよりさらに強いその威圧感は、瑞希の心を一瞬だけ揺らす。
その揺らぎが、致命的である事を瑞希は本能的に理解した。
瑞希は歯を食い縛り、強く木剣を握った。一瞬でも揺らいだ自分を叱咤するように、自分に喝を入れる。
「……いきます」
そうして、瑞希は木剣を振り上げユリアに肉薄する。
…………んあー」
ユリアとの訓練はスパルタ以外の何ものでもなかった。
こちらが初心者であるにも関わらず、彼女はとっても早いスピードで剣を振るったのだ。もちろん、平凡な日々を過ごしていた彼がそれを避けれるはずも受けきれるはずもなく、もろに脇腹に貰ってしまっていた。
その一撃でのされた瑞希であったが、どこからか取り出したクリスタルを胸に押し付けられ強制回復。マジックアイテムとのことだったが、そのあと即時に訓練という名の虐めが始まり、何度も何度もそれを繰り返した。
大分慣れて速度に追い付いたと思っても、更に一段階早いスピードで攻撃されるのは軽くトラウマである。
結局、ユリアに一太刀も浴びせられないまま訓練は終了し、瑞希はヘロヘロの状態で部屋へと戻った。
「………ふ、風呂」
疲労感と倦怠感のダブルコンビに襲われつつ、汗だくの身体でいるのは些か耐えられないと身体にむち打ち、瑞希は部屋にあったらしい浴室へと足を踏み入れる。
ほとんど無意識に服を脱ぎ去った瑞希は、そのまま無意識に身体を流し、夢遊病に近い状態で広い浴槽に身体を沈めた。
「はぁ〜〜………」
暖かいお湯が身体を包むその何とも言えない心地よさに瑞希は眠気に苛まれた。
瑞希は一度お湯をすくって顔を洗うと、長い長いため息と共に首までお湯に浸かる。
「………しっかし、いくら手加減してくれていても容赦ないっていうのはなぁ」
明らかに即死ものを食らったはずなのに、生きているしマジックアイテムのおかげで傷らしい傷は見当たらない。しかし、体の節々が痛く少し身体を動かすだけでも瑞希は顔をしかめた。
その痛みを感じながらお湯の中で何度も手を握り、瑞希は訓練終了時にユリアに言われた言葉を思い出す。
『……ミズキ君。君、才能あるわよ。持久力とか筋力はまだまだだけど、そんなのガンガン行けば自然とついてくる。すぐ強くなれるだろうから、私の修行にしっかりついてきてね』
色々と後が怖いその言葉だが、才能があると言われても瑞希は訝しげに眉を細めるだけだった。
ユリアの実力がいかほどか瑞希は知らないが、こてんぱんにやられて才能があると言われても信じろというのが無理だった。というより、信じる余裕がなかった。何せ、女性に一方的にボコられているのだ。もし一撃だけでもユリアに入れていたら、少しは彼の自信も変わっていただろう。
「………ま、いっか」
これで強くなれるなら、と瑞希は笑みを浮かべて顎までお湯に浸かる。
別に最強を目指す訳ではないが、すぐに強くなれると言われて嬉しくならないはずがなかった。
どことなく、ハートが燃え上がってきたかのように感じ瑞希は段々とウズウズしてきた。
今度はいつ稽古をつけてくれるのか楽しみにしながら、瑞希は浴槽から上がる。
「ありゃ、もうこんな時間か。……とりあえず、あとでまたユリアさんのとこに行くか」
広い浴室の天井近くの壁に設けられた小窓から差し込む朝日を一瞬見やり、瑞希は浴室から出るべく出口に向けて足を進める。
その一歩を踏み出した瞬間だ。
「―――――え?」
突然、目の前に強烈に見覚えのある誰かが姿を表した。
その誰かは呆けたような顔をして、こちらを見つめた状態で硬直していた。
瑞希も一歩踏み出した状態で硬直しており、しかし目の前の人物を確認するといち早く硬直から回復。
背中辺りまで伸ばした真っ白な髪に紅い瞳。エルフ耳を持つその人物は、10歳児にしてはそれより幼い容姿の少女であった。
「……メル。いくらなんでも、風呂の最中に堂々と侵入するのは色々とダメだと思うんだ」
さほど驚いた様子もなくそう言う彼は、きっとこれが彼女のいたずらだと思ったのだろう。少々どころかかなり恥ずかしいが、ここで慌てたら彼女の思うつぼだと考えたのだ。
だが、瑞希の予想は裏切られることとなる。
「……………………はぅ」
その時彼女が何かを考えていたのかわからない。
メルヴィアは呆然としたまま瞳を上に下にキョロキョロ動かした後、最後に瑞希の瞳を見やってからボンと顔を真っ赤にして棒立ちのまま背後へと倒れた。
「ははっ、よくできたベタな演技じゃんか。まるで純潔無垢なお姫様だ。いや、確かにメルはお姫様なんだけど、中身が違うというかなんというか、いや決してお姫様みたいじゃないわけじゃなくて寧ろお姫様っぽいというかどことなく完成されたお姫様というか………おーい、メルー?」
やや現実逃避気味につらつらと言葉をかけて見るも、メルヴィアは仰向けに倒れたまま起き上がろうとしない。起き上がる気配がしない。しかも、何やらうなされているような声が聞こえるではないか。
瑞希の脳裏にありもしない可能性が浮かぶ。
まさか、マンガの世界じゃあるまいし。あり得ない。メルなら尚更あり得ない。
そう思っても、いつの間にか流れている冷たい汗は全く止まってくれなかった。
「あの、メルヴィアさん? 大丈夫かな?」
こっそり近づき、近くでメルヴィアを確認する。
閉じられた瞼は長い睫毛がふるふる震えている。軽く手を翳しても開く気配が全くしない。
眉をしかめて唇をきゅっと閉じ、ぐっと握りしめた左手を胸元に、右手でパジャマの端をぎゅっと握りしめて何やら微かに身体を震わせ脚もじもじと擦り合わせるように動かしている彼女は、何かしらの快感に耐えているように見えてしまう。一言で表すなら、エロい。顔が赤くなっているから尚更だ。幼い癖に無駄にエロい。
「メル? あの、メル……?」
「ん……ぅ…ん………」
一体こんなロリボディのどこにこんな大人の色香を蓄えてんだ、などと現実逃避しつつようやく事の重大さに気がついた瑞希は、慌ててメルヴィアを起こしにかかった。
だが結局、彼女は朝食の時間まで目を覚ますことはなかった。