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妖精ふぁんたじー  作者: 不明中のありかさん
第一章 異世界の少女
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第十八話:処刑の理由、本当の伝承 中編

今までにないぐだぐだ感。更新空いてる癖に低くおりてぃーで申し訳ない

 メルヴィア一向を乗せた馬車は、城門を潜った先に設けられた広場の中ほどで停止した。

 それを迎えた騎士の一人が、慣れない動作で馬車の扉を開く。

 そして、まず最初にフローラが馬車から降りようとして―――


「貴様、何者だ」


 護衛についていたエイルマーが騎士に向かって剣を突き付けた。本来、純白のマントに黒地の紋様が施された王室騎士団のマントを身に付けた騎士が迎えに出るはずなのだが、彼の前にいるこの騎士は違うマントを身に付けていたのだ。

 同じく迎えにきていた騎士たちの誰かが剣に手をかけたが、寸でのところで同僚に止められた。彼らも、王室騎士団とは違うマントを身につけていた。

 剣を突き付けられた騎士は恐怖で顔を歪ませると、震えた声でそれに返す。


「そ、蒼翼騎士団のマルス・ノイマンであります」

「蒼翼……?」

「お、王室騎士団の半数で新しく構成された騎士団でありますっ」

「聞いた覚えがないな」


 そう言って目を鋭く細めるエイルマー。下っ端ではあるが、彼も王室騎士団の一員であるのだ。

 一触即発の空気が流れる。


「おじさん、友達少ないでしょ」


 そんな空気の中、場違いな少女の声が響いた。ぎょっとしたエイルマーがそちらに目を向けると、いつの間に馬車を降りたのか傍らにてあの白いエルフの少女がこちらを見上げていた。

 フィオナが動揺したように少女――メルヴィアを呼んだが、メルヴィアはそちらに目もくれずに言葉を続ける。


「ひょっとして、彼女もいないんじゃない?」

「い、いるに決まって――」

「いたとしても、もうとっくにフラれてるとか。違う? おじさん」


 図星だった。エイルマーの表情が、一瞬赤くなら直ぐさま青くなっていく。

 ただの言いがかりだと返す事もできただろう。子供の戯れ言だと切り捨てることもできたはず。実際に、メルヴィアはその場の思いつきで喋っている。

 だが、真っ直ぐにこちらを見つめる紅い瞳が何もかも見透かしているように思えてエイルマーは不気味に思えた。

 エイルマーはこの少女が何者なのか知らされていない。ただ、第一王女に『護衛対象』だと言いくるめられている。


「こら、メル! 勝手に出ちゃだめでしょ!」


 慌てて馬車から出てきたフィオナが、そう言ってメルヴィアを抱き上げた。

 不気味な紅い瞳が自分から逸らされたことにエイルマーはほっとため息を吐く。しかし、次の瞬間に向けられた凄まじい殺気にエイルマーは呼吸どころか心臓まで止まりそうになった。


「下がりなさい。あと、貴方をこの護衛の任から解かせて貰うわ」


 その殺気を辿っていくと、白い少女を抱えた第二王女に行き当たった。

 一介の騎士に過ぎないのに一瞬でもメルヴィアに乱暴な口を聞いたエイルマーに、フィオナはものすごく怒っているのだ。事情を知らない彼にとっては、酷く理不尽な事であった。

 それ故に、納得できない彼は、騎士である自分は何としてでもあなた方を守る義務がある、そう言おうと口を開きかけた。


「迎えがいることですし、もうここまでで大丈夫ですよ」


 凄まじい威圧感を感じた。

 第一王女だった。

 優しい笑顔なのに、優しい声色なのに、エイルマーは自分がありとあらゆる方法で殺されるのを幻想した。

 彼女も、彼が末妹に一瞬だけ向けた不快な感情を察知していたのだ。事情を教えてもらえなかった彼にとって、理不尽以外の何物でもなかった。

 エイルマーは何も考えずに下がった。最近出来上がった思考が、ここで役に立ったのだ。後に彼が酒屋で酔いつぶれたのは、言うまでもない。


「ミズキさんも、馬車を降りましょうか」


 青ざめた表情で部下を連れて引き下がっていくエイルマーを見送ってから、フローラは馬車の中で凍りついている瑞希に向かって優しい笑顔でそう言った。


「ソ、ソウデスネ」


 優しい笑顔なのに、雰囲気も柔らかなものなのに先ほどの一部始終を見てしまった瑞希はカタカタと震えながら馬車を降りた。そして心底思う。メルの友達でよかったと。

 そんな瑞希を見て、フローラは困ったような苦笑を浮かべた。


「失礼存じますが、あなたがメルヴィアさまでありますか?」


 恐ろしい沈黙を振り払うかのように、剣を突き付けられていた騎士が膝をついてそう尋ねた。

 丁寧な物腰だが、知られていないはずの妹を知っているこの騎士にフィオナは警戒しようとした。しかし、それより早く抱えているメルヴィアが騎士の言葉に答えた。


「そうですよ。アーマッドさんの仕業ですね?」


 ぴくり、と騎士の肩が動く。僅かな反応であったが、メルヴィアはそれを見逃さなかった。

 メルヴィアはフィオナにやんわりと降ろしてもらうように頼むと、頭を垂れている騎士の目線に合わせるようにしゃがんだ。そして、丁度お互いの視線が合わさるとメルヴィアはにっこりと笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます。彼のところまで案内していただけませんか?」


 沈黙。

 齢21になる騎士になりたての若い彼は、メルヴィアのその美しい笑顔に胸をときめかせ見惚れていた。まだ幼いはずの彼女に、大人の魅力を感じたのだ。

 途端に恥ずかしくなった騎士は、メルヴィアから目線を逸らすように視線を逸らすように、赤くなった顔を見られないように俯いた。

 その視線の先。若い騎士はそこにあるモノを思わず数秒凝視した。

 黒色のフリフリワンピースドレスの短い丈の先。きめ細やかな真っ白な肌の太ももの更に奥。ほんの少し、申し訳程度に見えたワンピースと同じ黒色の――――

 それが何なのか理解した瞬間、若い騎士は慌てて立ち上がり、ビシッと背筋を伸ばし、どこかに視線を向けて上擦った声を上げる。


「りょ、了解いた、いたしましたっ! わ、私におおお任せ下さい!」

「はぁ……大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫であります!」

「……お願いしますね」


 首を傾げるメルヴィアに、若い騎士は心臓をバクバクと高鳴らせた。意図的ではないとは言え、王女の下着を見てしまったのだ。そんな極刑ものを、口が裂けても言えるはずがなかった。

 そして、皆が訝しげな目を向ける中、若い騎士は右足と右手を同時に出すというぎこちない動作で、案内をするのであった。












 ぎこちない様子で前を行く騎士から、瑞希は足元でちょこちょこ動いているメルヴィアに目を向ける。

 さっきまでは前を歩く二人の姉と一緒に王室騎士団団長が起こしただのどうの話していたはずだが、庭園の入り口ほどに来ると瑞希の隣にきていたのだ。


「何やってんだよ、メル」

「つまらないからミズキの影踏んでるの」


 くはっ、と瑞希は久々に精神的ダメージを受けた。場の空気がどことなくピリピリしていても、彼女のそういった仕草は直にくるらしい。

 その場にいたフィオナ以外の全員が、メルヴィアの言葉に笑みを浮かべる。意図的にやったのか、雰囲気が幾分柔らかくなっていた。あくまで、ただ一人を除いて。


「メルに触ったら許さないわよ」

「なんで俺そんなに嫌われてんだよ……」


 嫉妬心半分、警戒心半分のフィオナの目線に瑞希がげっそりしたように呟いた。

 馬車の中での一件で『幼い妹をてごめにした幼女純愛者』という理不尽なレッテルを貼られているのだが、瑞希がそれを知る事は一切ない。


「むー。ミズキって私よりフィー姉さまの方が好きなの?」

「あら、私には目もくれてくれないのですね。胸の大きさは一番自信がありますのに」

「フローラさん、フィオナを煽るようなことしないで下さい」

「あれ、ミズキ無視した?」

「アンタね、私を呼び捨てするなんていい度胸じゃない」

「理不尽な暴力振るうやつなんてそれで十分だろ」

「ミズキー?」

「……こっちにきなさい。焼き殺してあげるから」


 立ち止まって瑞希に殺気をぶつけるフィオナ。瑞希はとっさにフローラの背中に隠れてやり過ごそうとする。それを見て何を思ったのか、メルヴィアが瑞希の腰に素早くしがみついた。

 それが更に彼女を煽り立てることとなったらしい。フィオナはピクピクとこめかみを痙攣させると、フローラの肩から恐る恐るこちらを見てくる瑞希を文字通り射抜く。

 が、瑞希目掛けて正確に放たれた小指大の火の玉はギリギリのところで当たる事なく回避された。


「あ、危なっ! ふ、フローラさん、あいつ止めて下さい!」

「ミズキ、さっきの謝るから私も構って」

「二人から離れなさいよっ!」


 十二分に構ってもらっているはずなのだが、メルヴィアは彼の態度に不満があるようだ。

 いつもの演技かと思いきや、割りと本気になっているメルヴィアに瑞希は少しドギマギした。どうやら、先ほどの無視が堪えたらしい。若干涙目になって瑞希を見上げていた。


「あんまりあんな事言われると身が持たないんだよ」

「ごめんなさい。善処するから」

「いや、できれば止めて下さい」

「メルに話しかけるなこの変態!!」

「変態じゃねぇよこのじゃじゃ馬娘!」

「じゃじゃ…っ…アンタ、許さないわよ。絶対に焼き殺すから!」

「フィオナー。ミズキさんはメルの未来の夫だからあんまり傷付けないようにねー」

「ちょ、フローラさん!? お、おい、メルも何あからさまに顔赤くしてんだよっ」

「ミズキが、旦那さま……。ぷふっ」

「おまっ、演技か? さっきのも演技だったんだなこの小悪魔がっ!」

「私を無視するなぁー!」


 そんな彼らの様子に、案内している若い騎士はしっかりと笑いながらも内心で驚きを見せていた。

 三人とも、こうして見れば普通の女の子なのだが彼女たちはこの国の王女なのだ。そんな、彼にとっては雲より高い身分の人物と対等に話している瑞希に驚いているのだ。もしかして、彼もどこかの国の王子だったりするのだろうか、と若い騎士は勝手に一人で緊張しはじめるのであった。









 そろそろ庭園の広場に差し当たるころ、メルヴィアは先程姉たちに言った内容を思い返した。

 先程の蒼翼騎士団は、王室騎士団団長の仕業であると。その構成は王室騎士団の精鋭たちであり、もしかしたら王は拘束されているかもしれないと。蒼翼騎士団の名前の由来は、初めて自分が空を飛んだ時の翼からきているから間違いないと。

 昔、フィオナと同じように自分を連れ出そうとした時、王室騎士団団長――アーマッドが

「もしもの時は」とやけに真剣な様子で語られたのだ。あのときはまさかと思っていたが、当時話した内容と全く同じ事態を引き起こされているため嫌でも本気だったのかと認めざるを得ない。

 大して何か話したわけではないが、それなりに仲良くなったのは自覚している。しかし、当時自分をあそこから連れ出そうとするぐらいならまだしも、実際に城を占拠しようとする程彼と距離を縮めた覚えはなかった。

 もし、本当に父を拘束していたりでもしたら殴ってやろうかとメルヴィアは思った。


 案内役の騎士を先頭に、フローラ、フィオナと並び、その後ろにメルヴィア、一番最後に瑞希と、一向は揃って庭園の広場に出た。

 そこに集まっている大勢の騎士を見て、誰ともなく驚きの声を上げた。

 それを聞いて彼らに気がついたのか、それまで広場の中央を見ていた騎士たちが一斉にこちらを見た。その様子は慣れない者にはちょっとした迫力があり、案の定瑞希は表情をひきつらせて後ずさっていた。

 しかし、他の三人は違った表情を見せていた。

 フローラとフィオナは驚愕に目を見開き、メルヴィアは表情を強ばらせていた。

 彼女らの視線の先には、確かに王室騎士団団長のアーマッドがいた。その側には見覚えのある女騎士がおり、彼は何やら真剣な様子でその女騎士に話しかけようとしていた。

 だが、彼女らの視線はその二人に向いているのではない。彼らの奥。そこにいるもう一人の人物を、三人は見ているのだ。


「……お父様」


 微かに震える三人の声が、ぴったりと重なる。やっぱり姉妹だなあ、と瑞希は場違いな事を考えた。

 それを聞いたのか、彼女たちの視線の先にいた人物――オースティンが弾かれたようにこちらを見た。

 ―――正確には、メルヴィアを。


「(こいつが……張本人?)」


 一体どんな悪党なのかと想像していた瑞希にとって、オースティンは拍子抜けするぐらい普通だった。

 そして彼が最初にオースティン見て思ったのは、『仮面』。嫌われ役をしている、心優しい人物という印象だった。


「ん………」


 一歩下がってきたメルヴィアが、瑞希とぶつかった。

 その身体は微かに震えていた。


 オースティンはアーマッドたちを押し退けるようにこちらに歩み寄ってくる。 やがて、妹を庇うように立ち塞がる姉たちの前までやってくると掠れた声を絞り出した。


「メルヴィア……本当に、メルヴィアなんだな……?」

「……お父様」


 信じられないと言ったような、しかしどこか安堵を思わせるその口調。フローラとフィオナが怪訝な表情を浮かべたが、彼はメルヴィアの声を聞いた瞬間、膝から崩れ地面に手をついた。

 微かに肩を震わせて呻くような声を出す彼は、涙を流しているように見える。

 メルヴィアが、恐る恐ると言った様子で瑞希を見上げた。

 瑞希は何も言わず、ため息を吐きながら彼女の背中を押した。

 背中を押されたメルヴィアは最初戸惑ったようにたたらを踏んだが、やがて決心したように表情を引き締めるとオースティンの目の前まで駆け寄った。

 フローラかフィオナ、どちらかが彼女を呼び止めたがメルヴィアは止まらなかった。


「お父様。顔を、見せて下さい」


 ぴくり、と俯いていたオースティンの肩が動く。そして、数秒ほどおいて彼はゆっくりと顔を上げた。

 その彼の表情を見て、フローラとフィオナは驚いたように息を飲んだ。


「………すまない」


 その一言で十分だった。

「すまない、メルヴィア」


 メルヴィアは穏やかな笑みを浮かべる。フローラとフィオナは驚愕に目を見開き、瑞希は呆れたようで安心したような表情を浮かべた。

 メルヴィアが現れてからどこか張りつめていた空気も、今では穏やかなものへと様変わりしていた。

 メルヴィアは、一歩オースティンに歩み寄った。それは彼女が手を伸ばせば触れられる距離だった。

 メルヴィアは、穏やかな笑顔のままゆっくりと前に手を伸ばす。目の前にある、今にも泣き出しそうな父の顔に向けて。

 そして、彼女の指先があと少しで触れそうになったところで












 彼女の肘から先が、姿を消した。


「………え?」


 広場にいる誰かがそんな声を漏らした。

 見れば、なぜか横を向いたオースティンの顔。

 今にも泣き出しそうだった彼の表情は、驚愕の色に満ちていた。

 驚くのも無理はない。

 メルヴィアは、父の頬をぶったのだ。それも、誰にも捉えられない速度で。


「……メル、ヴィア?」


 ギギギ、と前に向いた彼の瞳が笑顔の末娘の姿を捉えた。

 その瞬間、オースティンの顔が左に向いた。シュバシン! という鋭く乾いた音と共に。

 もう一度、ゆっくりとメルヴィアに顔を向けるオースティン。その顔が、先程と同じ音を立てて右を向く。

 いつの間にか、再び空気が張り詰めていた。それも、先程以上に。


「どうしましたの? 目を逸らしたりなんかして」


 寂しそうなその声に、オースティンが再び顔を前へ、すなわちメルヴィアへと向けた。

 しかし、やはり鋭い音と同時に彼の顔が横に向く。


「私を、見てくださらないのですか……?」

「いや――」


 シュバシン!


「どうして余所見をするのです?」

「それは――」


 シュバシン!


「お父様は……私が嫌いなのですか?」

「ちが――」


 シュバシン!


「お父様……やっぱり、私が嫌いなのね……」

「だか――」


 シュバシン!


「今まで、ちゃんとお父様の言うことを聞いていたのに……」

「やめ――」


 シュバシン!


「酷い! お父様は私の事をちゃんと見てくれなかったのね!」

「メル――」


 シュバシン!


「お父様のばか! ばか! うぇーん!」

「ごめ、ゆるし――」


 シュバシン!

 シュバシン!

 シュバシン!

 シュバシン!


 端的に言えば、シュールだった。

 オースティンが顔をメルヴィアに向けようとする度に、鋭い音と共に顔が横へと向くのだ。

 原因はわかってる。メルヴィアの亜音速ビンタだ。

 今の彼女は左手で涙を拭いながら、右手でビンタを繰り出している。しかし彼女の右腕の肘から先が跡形もなくぶれているのだ。

 それに合わせて、オースティンの顔も跡形もなく左右にぶれた。更に加速でもしたのか、鋭い音を後から響かせ右に左に顔を振りまくり。

 気がつけば、シュバシン! というビンタの音からシュゴガッ! というパンチの音へと変わり始めていた。

 最終的には涙を脱ぐっていた左腕も参戦。しかも、しっかりと腰を落として威力を底上げしている。

 気がつけば、両腕の肘から先が消失している少女と、首から上が消失している男性という図が出来上がっていた。

 瑞希にはわかる。今涙を流している少女が、心の中で『オラオラオラオラ!』と叫んでいるのが。この行為に、だんだんと愉悦が混じり始めていることが。


「め、メル? そこまでにしましょう? ね?」


 やがてようやく我に帰ったフローラがメルヴィアを優しく後ろから抱きしめた。

 ピタリ、と止まるメルヴィアの小さな拳。彼女の拳は、べっとりと余すことなく赤く染まっていた。


「お父様が、泣くまで、殴るのを、止めません」

「もう、いいのよ? ほら、お父様赤い涙流してるから」


 涙をポロポロ流し、しゃっくりをしながら言うメルヴィアの正面に回り込んだフィオナが言い聞かせるように、だが穏やかな口調でそう言った。

 メルヴィアは鼻をすんすんと鳴らしながらオースティンを見た。

 極限まで顔面を腫れさせ、所々裂けて血をだらだらと流す、父親の成れの果て。顔面の原型がないそれは、もはやクリーチャーと言ってもいい。


「お父様……許してくれる?」


 今にも泣き出しそうな声でそう言うメルヴィアは、親バカでなくても無条件で許してあげられる可愛さがあった。

 しかし、その両腕にべっとりとついた血と、身体にも顔面にも浴びた返り血を見ると問答無用で許してあげないと殺されるという確信があった。

 唇が動かせないオースティンは、弱々しくもだが割りと必死な様子でブンブンと首を縦に振った。

 広場にいた一同は、これで地獄が終わると嘆息した。皆、メルヴィアの可愛いらしくも純粋な残酷さに恐れ戦いているのだ。

 そして、メルヴィアは満面の笑顔を浮かべる。


「ありがとうお父様! 大好きです!」


 はにかんだ彼女の笑顔は、天使そのものだった。全身に浴びた返り血を除けば。

 そして、メルヴィアは瑞希に飛び付いた。オースティンの血がついてしまうが、瑞希は全く気にしないでメルヴィアを受け止める。

 それはようやく許しを得て安心したのだろう、と周りには見えた。

 だが、違う。瑞希にはわかる。彼女にも彼女なりの鬱憤が溜まっていたのだ。彼女の笑顔はその鬱憤を晴らしてすっきりしたという意味なのだ。

 瑞希は腰に抱きつくメルヴィアの頭に手を置いて彼女にだけ聞こえるように言う。


「……お前、結構楽しんでただろ」

「んふふ……ちょっとだけ」

「俺にはすんなよ?」

「するわけないでしょ」


 即答して腹に顔を埋めてくるメルヴィアに、瑞希は何とも言えない気持ちになった。

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