第十七話:処刑の理由、本当の伝承 前編
今回ちょっと短め……や、やばいぜ。更新頻度ががが
ルシール城庭園の一角。様々な植物に囲まれたその大きな広場に種族の異なる二人の男女が立ち尽くしていた。
人間でありこの国の王であるオースティン。そして、エルフであり王妃でもあるクラレンス。二人共に視線は空へと向けられており、その先には驚く程大きな光の翼が空を覆っていた。
日の光を遮るように広がっているそれは、光で出来ていなければこの王都に不気味な闇をもたらしていだろう。だが、青白い光でできたそれは、日の光を打ち消してはいるものの、その不思議な色で王都全体を照らしている。
街全体が青く彩られている中、オースティンは空から舞い降りてきた燐光に手を伸ばす。広げられた掌に乗ったそれは、質量がない為か全くの重さを感じさせない。そして、その小さな光はまるで儚さを象徴するかのようにうっすらと掌の上で消えて言った。
オースティンはそれを末娘と重ねてしまい、苦しげに表情を歪ませた。彼は掌を力強く握り締めると、やがて力が抜けたように腕を下ろしずっと黙ったままの彼女へと振り返った。
「……私は、あの子を救うことができなかった」
その言葉に、クラレンスは静かに首を振った。
「それを言うのなら、私も同じこと。それに、本当に短い間でも精一杯の愛情を与えて上げれたことがあの子への救いになったはずです。例え、それがどんなに些細な事であっても。最後にどれだけ恨まれ憎まれるようなことをしたとしても」
そう言う彼女の表情は今にも死に絶えそうなものだった。たくさん泣いて涙を枯れ果たした彼女の瞳は、その美しい美貌はもうすっかりと光を失ってしまっていた。
オースティンはそんなクラレンスを見て、何かを言おうと口を開きかけた。が、庭園に大勢の者が押し掛けたのをいち早く感じ取ると、悲しげな表情が冷たい、感情を感じさせないものとなった。
まるで、愛する娘を救えなかった自分に、それを悲しむ資格などないと自分に言い聞かせるよう、彼は仮面を被ったのだ。
そして、程なくして広場に現れる何十人者騎士たち。本来ならば銀色に輝いていただろうその鎧も、今では蒼白い光を纏って不気味な雰囲気を放っていた。
二人は突然押し掛けてきた騎士達を然程驚いた様子もなく迎えた。王室騎士団の大半が、ここに集まっていても二人は全く動じなかった。
オースティンはこつこつと音を立ててこちらに歩み寄る一人の人物に向き直る。それは最近ようやく終わった戦争で名を上げた一人の女傭兵であった。オースティンは目の前で立ち止まったその女を一瞥すると皮肉げに口元を歪ませた。
「王都の騒ぎに便乗して、城の乗っ取りか」
「元傭兵としては不落と言われたこのルシール城を占拠できる事を誇りに思えるでしょう。ですが、今の私は騎士です。騎士というのは城を、何より主を守る為の盾であり、そして剣でもある」
その女の力強い言葉にオースティンはうっすらと目を細めた。
「その騎士とやらが、こうして主に向かって刃を向けているのは些か滑稽すぎないか?」
「確かに、あなたは少し前までは私達の主であったでしょう。ですが、今の私達の主はあなたではない」
「ほう。流石は傭兵と言ったところか。いくら積まれたかは知らんが、よっぽど羽振りのいい主とやらの飼い犬となったか」
「さっきの言葉はお忘れで? 今の私は、彼らと同じ騎士です。騎士とは仕えるべき主に絶対の忠誠を誓う。金で雇われる傭兵とは違うのです」
「なかなか面白い事を言うではないか。貴様達の仕える主というのはよっぽどの信頼を得ているのだな。それこそ、絶対の忠誠を誓ったはずの王に刃を向ける程に」
「かつてのあなたであれば、私達はまだあなたの騎士でいられた。だが、今のあなたはかつての英雄でも大国の王でもない。一人の悪党だ」
その言葉に、オースティンは皮肉げに笑って見せた。それには憂いが含まれていたが、それは仮面の下に隠れてしまっていて女に気付かれる事はなかった。
「悪党、か。ならば、悪党らしくこの国でも滅ぼしてやろうか?」
さすがに、彼の言葉に返す言葉がなかったのだろう。女は一瞬悲しげに表情を俯かせると、3歩足を引いて剣に手を掛けた。
「私とやり合うか。言っておくが、かつて魔王と呼ばれた私にたったこれだけの人数で勝てると思わないことだ」
「別に、私はあなたを傷つけようだなんて思っていなません。それでは、私達の主が悲しむ事になる」
女は静かに剣を抜くと、切っ先を空に向かって敬礼をする。予想外の行動に、オースティンは思わず首を傾げた。
それは、王に向けての最大限の敬意でもあった。見れば、周りの騎士達も同じように剣を構えていた。
そして、女は凛とした声で宣言する。
「我ら蒼翼騎士団、誓ってここに宣言しよう! この天を覆いし翼の下、メルヴィア様に絶対の忠誠を違うちょ!」
どっと沸き上がる声。短くも、力強く発せられたそれは庭園全体に圧力を満たしていた。それは、彼らの意志の力だ。
オースティンとクラレンスは、そんな騎士達に文字通り目を見開いていた。冷徹な仮面を徹していた彼が、初めて素の表情を見せていた。
女は顔を真っ赤にして剣を納める。実は相当に緊張していたらしい彼女は、最後の最後で若干噛んでしまったのだ。誰もつっこまず、スルーしてくれたのはいいのだがそれはそれでめちゃくちゃ恥ずかしいのだ。若干、緊張感張り詰めていた庭園の空気が緩んでいるが、皆表情だけは厳しいものとなっている。
「な、に……?」
未だに驚愕に染められている彼は、とある変化を目の当たりにして更に驚愕に染まった。
見れば、空を覆い尽くしていた光の翼が小さくなっていた。それは今も収縮しており、だんだんと王都に日の光が差し始めた。
そんな彼に気づいた女も弾かれたように空を見上げたオースティンに習って空を見上げる。
「あら、小さくなってる」
「そんな、一体……」
何でもなさげに言う女と違って、ポツリと漏らしたクラレンスはさもあり得ないと言いたそうな表情であった。
女はそんな彼女を怪訝に見かけたが、突然強く両肩を掴まれ思わず身体を硬直させた。
反射的にそちらを見やれば何やらものすごい表情のオースティンがそこに。思わず最悪の事態を想像した女は、腕利きの元傭兵であったにも関わらず顔を青ざめその場に立ち竦んだ。
しかし、彼女にとってのその最悪の想像は裏切られる事となる。
「娘は!? メルヴィアは今どこにいる!?」
強く肩を揺さぶられ聞こえてきた、切羽詰まった声色。
オースティンの突然の変化に、女は思わず呆けてしまっていた。
流石は王族専用の馬車というべきか。石畳の道を割りとすごいスピードで駆け抜ける馬車は、然程揺れるわけでもなく至って快適に走行している。遮音性も十分に備わっているらしく、本来ならうるさいはずの車輪の音やら蹄の音やらはあまり車内に入ってくることはない。
そんな静かな車内は、静か過ぎると言っていいほどの沈黙に包まれていた。
張り詰めた緊張感の元を辿れば、自然とメルヴィアを挟んで座る二人の元に辿る事となる。右隣にいるフィオナは所在無さげに髪を弄り、左隣にいるフローラはどこか緊張した面持ちで虚空を見つめている。
二人共、こうしてメルヴィアを迎えに来たのはいいがその後どうすればいいのかわからないのだ。
城に連れて帰ったとしても、処刑されてしまうかもしれない。説得をすれば何とかなるかもしれないが、それに応じるかわからない。なら、いっそこのまま共に逃げ出そうかとも考えるがそれでは国に何か起こってしまう危険性がある。
もう、完全に手詰まりと言っていい状況であった。焦れば焦る程、良い策というのは思い浮かばない。
フローラは重苦しいため息を吐く。一旦思考を止めた彼女は、隣で暢気に足をぷらぷらとさせているメルヴィアに目を向けた。
その時偶然目が合ってしまい、メルヴィアは不思議そうに首を傾げる。
「……なあに? 姉さま」
「何でもありませんよ」
そう言って頭を撫でてやるとくすぐったそうに笑顔を浮かべる。
フローラはそんな末妹の笑顔に少しだけ救われた。同時に、少し余裕が出てきくる。
そこで、先ほどから緊張したように黙っている対面に座っている瑞希に目を向けた。彼の緊張は、主に女性しかいないこの密室空間から来ていたりする。
そんな落ち着かない様子で窓の外を眺めている彼はまだ名前しか聞いておらず、どこから来た人間なのかはわからないが少なくともこの国の人間ではないのはわかる。着ている服もそうなのだが、根本的に何か違う雰囲気がそれを決定付けている。
「ミズキさん。あなたはメルとどういった関係でしょうか?」
突然問いかけられた瑞希は驚いたようにフローラに目を向ける。そして、さりげなくとんでもない事を言い出さないかとメルヴィアの動きに警戒する。それから何も変な事は言わないと苦笑いを浮かべるメルヴィアにほっとしてから切り出した。
「彼女と出会ったのはほんの少し前です。本当に短い間でしたけど、今は友人同士という関係になってます」
「ミズキは私の親友1号さんです。ねー、ミズキ」
フローラやフィオナにとってはさりげなくグサッとくる言葉が出てきたが、フローラは満足したように嬉しそうに頷いた。
それを見たメルヴィアは、何を思い付いたのかニヤリと笑みを浮かべると徐に席を立ち上がって瑞希に飛び付いた。突然の行動に驚きつつも、しっかりと受け止めてもらったメルヴィアは瑞希の首に腕を絡ませ、顔を鼻先数センチまで近づける。そして、どことなく恥じらいを感じさせながら言う。
「色んなこと教えてくれたもんね。初めて泊まった宿じゃ手取り足取り教えてくれたもんねー」
その言葉に、二人は恐ろしい程素早く反応を示した。フローラは笑顔に凄みのある迫力が付加され、フィオナはメルヴィアと同じエルフ耳をピンと立たせて。
「……手取り、足取り?」
二人の声がぴったりと重なる。次いで命の危機を感じる程恐ろしいオーラも重なる。見事なハモりだと瑞希は現実逃避をした。
その現実逃避の間に、フィオナがメルヴィアを瑞希からやんわり、しかし素早く引き剥がす。その時瑞希が見た彼女の表情は、本当に憎たらしいぐらい素敵な笑顔であった。
「ミズキさん。何をお教えになったのかしら? 出来れば私たちにもご教授願えません?」
特定のシチュエーションであれば、美女であるフローラのその言葉は酷く魅力的であっただろう。しかし、優しげなその口調がとてつもないオーラと相まって絶望感しか感じられない。そんな彼女の隣には、それだけで世界を破滅させてしまいそうな冷たい表情のフィオナがいる。何も言葉を発しないのが数秒後の未来を確定させてしまっているようだった。
「……ジーザスッ!!」
極限まで追い詰められた人間は自分でも訳のわからない事をやるんだな、とどこか冷静だった瑞希はそう思った。
程なくして、瑞希は走馬灯を見る事となるのであった。
諸事情によってしばらく更新があく事になるかもです