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妖精ふぁんたじー  作者: 不明中のありかさん
第一章 異世界の少女
13/40

第十二話:彼女の戯れ

色々と雑になってるかも。申し訳ないです

「…………」


 いつの間にか眠ってしまった妹の頭を撫でながら、フローラはいなくなった妹の姿を思い浮かべていた。

 そうして浮かんでくる感情は深い悲しみと強い後悔の念。痛みを伴う程の罪悪感に苛まれても小さな妹の姿を思い浮かべているのは一種の贖罪なのかもしれない。

 フローラは一度ため息を吐くと、主のいない部屋を一度見渡した。

 そうして頭に浮かんでくるのは、楽しかった思い出より、後悔する思い出ばかりだ。

 早く会いたい。しかし、本当に会っていいのかわからない。自分のような酷い姉が彼女に逢う資格などないのだろうから。

 その点を入れると、彼女は自ら妹を捜しに出ようとする事を許さなかった父に感謝をしている。


「フローラ様!」


 膝を枕にして眠るフィオナを悲痛な面持ちで見つめていたその時、慌ただしく扉を開けて誰かが入ってきた。

 それで目を覚ましたフィオナがゆっくりと起き上がると、その者は断りを入れて報告をする。

 それを聞いたフィオナは一度大きく目を見開くと、表情を破顔させて姉の手を握った。フローラも微笑みを浮かべて妹の手を握り返すが、彼女の手は少しだけ震えていた。















「……メルちゃん?」

「なに?」


 ふと感じた違和感のせいか、無意識にメルヴィアに声をかけたユリアは先を続ける言葉が思い浮かばず、結局なんでもないと誤魔化すことにした。

 王都の名を口にした時メルヴィアが目を見開いて固まったのだが、そんな彼女を抱えている瑞希が話しかけるとあっさりと普段の雰囲気に戻ったのだ。明らかに不穏な感情が浮かび上がったはずなのだが、見たところそのような痕跡すらない。


(気のせい……? もしかして、王都に行った事がなかったから少し驚いてただけなのかしら)


 そう思えばしっくり来そうなのだが、彼女の勘が別の何かを示してくる。喉に魚の小骨が刺さったかのような違和感を晴らすべく、またもや瑞希とじゃれあい始めたメルヴィアを見つめて考え込む。しかし、やはり答えらしい答えは浮かんでこない。


「ふゃあっ!? ちょっと、ミズキの変態!」

「ははーん。お前、ここも弱いのか。さんざんからかってきた罰だ。その罪の重さ、身を持って知れい!」

「ちょっ、ちょっと、うあ、やめ……う、み、ミズキ、それ以上奥は怒るから! 許さないからね!」

「人の耳かじったり息吹き掛けたりとしてる癖によく言う。ほれほれ、奥までいっちゃうぞ〜」

「うっ…ぅぅ〜〜〜……えいっ」

「のわっ!? てめ、俺の切ないとこ攻撃してくんな!」

「ふっふっふ〜〜。男の撃退にはこれが一番なのよ」

「く……だがな、メル」

「なあに?」

「その撃退法にはな……一つだけ……欠点があるッ!」

「え―――きゃあっ!?」

「ふはははは! どうだ小娘。こうして後ろから抱き抱えられればどうすることもできまい!」

「くっ、しまった……でも、負けない。私がここで負けたら、今までに倒れてきたみんなに顔向けできないわ!」

「小賢しい! この私に一度捕まれば貴様などどうとでもないわっ。ほーれこちょこちょ〜〜」

「ひうっ!? は、うっ、あは、ふは、はふっ」


 …………何やら二人だけの世界に入り込んでる彼女たちを見て、ユリアは寂しくなると同時に恥ずかしくなった。幸い、近くに人がいない為二人のやり取りを見られていないのだが、往来のど真ん中でイチャイチャ(ユリアからすれば)している彼女らの側にいるのは例え辺りに人がいなくても恥ずかしく思うのだ。


「ハイハイ二人共。森の中でできなかったからってこんな道のど真ん中でやらないの」


 そう止めに入った途端、彼女たちはピタリと動きを止めた。そして、無感情な瞳をこちらに向けた。あまりの異様さに、ユリアは思わず一歩退いてしまう。

 それを見たメルヴィアは、抱き抱えられていた瑞希からスルリと脱け出すと素早くユリアに近づく。

 そして、まるで大きな人形を抱き締めるかのようにユリアに抱き着くと、


「……えへへ」


 嬉しそうな顔をしてはにかんだ。

 途端、ぷっという音と共に飛び出すユリアの熱き魂。

 メルヴィアのちょっとした戯れが、ユリアに精神的なダメージを負わす事となったのだった。そして、その代償は大きなものだった。

 ユリアはどこか熱っぽい瞳で鼻から出た魂を拭き終えると、その熱っぽい瞳をメルへと向ける。


「……メルちゃん。お姉さんといいことしよっか……?」

「へ?――ひゃあっ!?」


 そして、小さな彼女を抱きしめるとメルヴィアの薄い胸に顔を埋めて深呼吸をする。


「むふふ……はぁ、メルちゃんって良い匂いね……」

「うあ、ちょっと、ユリアさん、くすぐった―――」

「ちょっと、そこの森までいきましょうか」

「ふえっ!? いや、あの、み、ミミミズキ、助けむぐっ!?」


 そして、おもむろに彼女を抱き抱えると近くの茂みに向かってずんずんと進み始めた。色々と危機を感じたメルヴィアはミズキに助けを求めようとするが、口を手で塞がれ喋れなくなる。それどころか、口の中に指を差し入れかきみだす始末。なんともまぁ、アレだった。


「んー! ん、んふっ、んんぅ、んんんー!」


 じたばたともがき、ポロポロ涙を流しながらメルヴィアはユリアに連れられ姿を消していく。

 助けてあげたくても助けに行けそうにないミズキは、黙ってそれを見るしかない。

 やがて、完全に二人の姿が消えたところで、一際大きな少女の悲鳴が響く。そして、その悲鳴から一瞬遅れて完全にのびたユリアが茂みの奥からすっ飛んでくる。

 それを見たミズキが一種の恐怖感を抱いた瞬間、ユリアがすっ飛んできた茂みがガサりと音を立てた。

 瑞希にはそれが地獄への門が開いた音のようにに思えた。
















「あれ、なんかあったのかしら」


 メルヴィアに吹き飛ばされたことによってボサボサになった髪のまま、ユリアは神妙な顔をしてそう呟いた。雰囲気が雰囲気で見ようによってはかっこいいのだが、やはりボサボサになってしまった髪が色々と台無しにしてしまっている。

 そこで不機嫌そうに瑞希の肩に乗っていたメルヴィアが尖った耳をぴくりと動かして顔を上げた。まるで小動物のようなその仕草に、ユリアは思わず頬を緩ませてしまう。

 彼女たちが向かう王都入り口の大きな門の前。そこには、何やら即席の軍の宿舎が建設されており、少々大掛かりな検問を敷いているようだった。もちろん、そのような事態になっているのはメルヴィアに原因があるのだが、当の彼女はそれを目にして不安に思うどころか、何かを企んでいるかのような笑みをうっすらと浮かべている。もしここでユリアがメルヴィアに目を向けていたら後に起こる面倒ごとは回避できていただろう。が、目の前の只ならぬ雰囲気に気を取られていたユリアは、そんな彼女の笑みに気づくことなくその検問へと近づいていく。


「すみませーん」


 少々小走りで先に検問へとたどり着いたユリアは、最寄の兵士に声をかける。兵士はボロボロになっているユリアの服装を見て一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに表情を整えると少々棘の含んだ口調で通行許可証の提示を求める。

 しかし、そんなものなど持ち合わせていないユリアは当然困った顔をして立ちすくむしかない。兵士はそんな彼女を怪しそうに睨むと、まるで鬱陶しい虫を払うかのような動作で立ち去るように言った。ユリアはそんな兵士にムッとしたように表情をしかめたが、大人しくそれに従うと遅れてやってきた瑞希たちと合流しようとした。


「お勤めご苦労さまです」


 しかし、振り返ったところで唐突に背後から聞こえてきた透き通るような綺麗な声に、ユリアは思わず背後へと振り返った。

 振り返ってみると、いつの間にやってきたのかメルヴィアが先ほどユリアと会話していた兵士と話をしているところだった。が、メルヴィアはユリアが見てきた『普通の少女』のそれではなく、どこか高貴な、不思議な雰囲気を纏ってその兵士と対話していた。ユリアの脳裏に、一瞬だけ魔獣を撃退した時の彼女の姿が浮かんだ。


「つ、通行許可証を拝見したい」


 どことなく神秘的な雰囲気を感じ取ったのだろう。どこか威圧的だった兵士は若干緊張したようすで幼い少女と向き合っている。

 メルヴィアはにっこりと笑みを浮かべると、軽く一礼をしてその兵士を恐縮させた。


「王都に戒厳令が敷かれているのは存じております。その為の検問なのでしょう。いつ得体の知れない者が王都を襲撃するかわかりませんもの。ですが、困ったことに私たちはあなた達が求める通行許可証を持ち合わせておりません。これには然るべき理由があるのですが、今ここで立ち話で済ませられるほどのものではないのです。厚かましいとお思いでしょうが、臨時の許可証の発行をしていいだけませんでしょうか? もちろん、その許可証を発行していただくに必要な問答はすべて包み隠さずお答えしましょう。無理を承知してのお願いです。どうか、私たちの願いを聞き入れてもらえないでしょうか?」

「………す、少し、お待ち頂きたい」


 穏やかな物腰ではあるが、拒否を許さないその迫力にその兵士は耐えられなくなったのだろう。額にうっすらと汗を浮かべたその兵士は、やや小走りで宿舎の方へと向かっていった。

 それをひらひらと手を振りながら笑顔で見送ったメルヴィアは、大きく息を吐き出しながら呆然と突っ立っている二人へと振り返った。そして、さもいい汗掻いたと言いたげに汗を振り払う動作をすると、妙に清々しい笑みで言う。


「いやー、疲れたぜ」

「……メルちゃん。あなた何者?」

「……村の時も思ったんだけど、メルって色々と恐ろしいよな」


 そんな彼らの反応に、メルヴィアは照れるような反応を見せる。瑞希は今更ながら彼女が王族の者であると改めて認識し、ユリアはそんな彼女を直感的にどえらい身分の者なのだと理解した。


「って……そうだ、なんで気づかなかったんだよ……」


 と、そこで瑞希はメルヴィアがお尋ね者であったことを思い出し、本当に後悔するように表情を歪ませた。一番重要な問題を失念していた彼は、自分の失態にふつふつと怒りが沸き始める。

 そんな彼の変化に鋭く気づいたユリアは、瑞希に目を向けるもののそれを聞き出そうとはしなかった。訳アリだという事は最初からわかっていたことだし、自分の恩人に無理に聞いたりするという失礼なことはしたくなかったのだ。


「大丈夫だよミズキ」


 力強く手を握って歯軋りする瑞希の手をそっと取ったメルヴィアは、そんな彼を安心させるように柔らかい笑みを瑞希に向けた。


「けど……」

「気にしなくていいの。私が大丈夫って言ったら大丈夫なの。ミズキは側にいてくれるだけでいいから」

「………メル」


 陰りのない笑みを向けてくるメルヴィアに、瑞希は申し訳なさそうにした。

 手を取り合って見つめあっている年の差カップルに、ユリアはつまらなそうに地面に転がっている小石を軽く蹴飛ばした。

 実際には罪悪感いっぱいの瑞希が真っ直ぐに見つめてくるメルヴィアの瞳から目を逸らせなくなっているだけなのだが、端から見るとそう見えてしまうらしい。


「若いって良いわね〜。あーもう嫌んなっちゃう」


 10歳は一気に老け込んだかのようなユリアに、二人して苦笑を浮かべた丁度その時、先ほどの兵士が検問の責任者と思わしき男を連れて戻ってきた。しかし、その責任者の表情は遠目からでもあまりいい雰囲気ではない事がわかる。しかも、その極めつけに何やら武装している兵士たちが急いでこちらに駆けてくるのがわかった。


「ちょっと、何あれ!」

「め、メル? 本当に大丈夫なのか?」

「あはは。まあ、大丈夫じゃない? 多分」

「み、ミズキ君何かやったのね!? あれでしょ、どこかのお嬢様だったメルちゃんを拉致したとか!」

「何を言っとるんですかあんたはー! 人を勝手に犯罪者に仕立てあげるな!」

「最初は怖かった。でも、ミズキの優しさに触れてから、私は変わった。そんな私は、今は立派な共犯者です」

「メル、ちょっとこっちこい」

「え? やだ、ミズキもしかして大勢の前で私を――あ、あれ、ミズキ顔が怖いよ? そ、その手は何? え、いや、それ痛いよ? 凄く痛いよ? あはは、ミズキはそんなひどいことしないいいたい痛い痛いうううう!!」

「あんたたちこんな時によくじゃれあえるわね!?」

「ユリアさん見てないで助けて〜! 頭割れちゃうー!」

「あー、俺ら仲良しなんで。ほら、メルも涙流すぐらいに喜んでるでしょ? こいつ痛いの大好きなんで」

「そ、そんなんじゃないもん! ミズキの鬼! ―――あ、痛い、強くなってきてる、痛い! いたぁい!! 誰でもいいから助けてー!」


 あまりの展開にパニックを起こすユリアとそんな状況でもふざけるメルヴィアを矯正する瑞希。

 そんな彼らを囲んだ兵士たちはあまりのばか騒ぎに肩透かしを食らったようだ。自然と彼らの視線は責任者の男へと向くことになる。

 彼は戸惑ったような表情をしながらも、瑞希に頭を拳骨でぐりぐりとやられているメルヴィアへと鋭い視線を向けた。

 彼――エイルマーはメルヴィアが脱走する時に彼女の蹴りを食らったあの騎士だった。致命傷を負っていなかったとはいえ、陥没した鎧によって胸部が圧迫され、肋骨を数本負っている。唯一彼女の攻撃を受けた彼だからこそ、目の前で痛みに耐えながら涙をポロポロと流している少女があの時の少女であるのか見極められることができる。

 できるのだが、やはり彼でも今の彼女とあの時の彼女を照らし合わせることができなかった。何しろ、あの破壊力をもった蹴りを繰り出した少女だ。そんな少女が、見た感じ普通の一般人である青年にやられっぱなしなわけがない。

 やはり、この少女はあの時の少女と容姿が似ているだけで全くの別人なのだろう。それに、顔もしっかりと見ていたわけではない。

 そう思った彼は緊急で招集した兵士たちを解散させようとして、ふと何かに思い至ったように寸でのところでそれを止めた。

 彼はメルヴィアを泣かせている瑞希へと目を向けた。

 もし、目の前の少女があの時の少女と同一人物であるのならば、あの青年はひょっとしてとんでもない人物なのではないだろうか? そう考えると、あの少女が青年にいいようにやられているのにも納得がいく。恐らく、少女と同等か、それ以上の力を持っているのだろう。


 いまだにメルヴィアの頭をぐりぐりしている瑞希に、とんでもない勘違いをした彼は、再びメルヴィアへと鋭い視線を向けて高速で思考を巡らせる。


 わざわざ逃げてきたというのに、再びこうして戻ってきたこの少女には何か目的があるはず。牢から脱走したあの夜、少女は自分を処刑しようとしたこの国へと復讐しに一度王都を襲撃してきた。しかし、一歩早く脱獄したという情報が王都へと回り、即席とはいえ防衛線を張ることができ、撃退することができた。それで一人ではどうすることもできないと悟った少女は、強力な力を持った者を仲間にすることで戦力拡大を図った。彼女だけでも国の脅威となるのに、わざわざ仲間を作ろうとする辺り、徹底的な復讐を考えているのだろう。そう考えると、強行突破に出ようとせず、正面から堂々とやってきたことにも何らかの意図があるのではないか。ひょっとしたら、何かしらの術を使い検問を潜り抜けようとしたかもしれない。

 そうなると、まず一番始めを挫くことができたのはこちらとしては大きい。しかし、出端をくじかれたという事で強硬手段に出るということも考えられる。もしそうなってしまえば、たったの二十数人しかいない兵士だけでは足止めにもならない。あの少女は王室直属の騎士や魔術士、精霊術士を相手に逃げたとはいえ全くの無傷でいられたのだ。

 そして、それが単なる様子見だったとしたら。計画を練り、万全の策をもって再び襲撃にきたのだとしたら。そう考えた彼の背筋を冷たい何かが走った。

 エイルマーはそれを振り払うかのようにぐっと拳を握ると、最後に唯一剣を持っているユリアへと目を向ける。

 彼の視線は、自然とユリアが持っている剣へと向いていた。そして、鞘に小さく描かれた紋章を偶然にも見てしまった彼は一瞬だけ目を見開き、鋭い眼光を更に鋭くさせる。

 そこには白い双翼を持った女神を基調とした紋章が描かれていた。それは一時期国の英雄として称えられたとある傭兵に与えられた紋章だった。

 あたふたと慌てているユリアに目を向ける。一見、少し腕の立つ冒険者なだけに見えるが、彼の瞳はそんな表面上のものではなく、奥深くにあるそれを確実に捉えていた。

 エイルマーは『白銀の女神』と讃えられた英雄を仲間にしている白髪紅眼のエルフの少女に恐怖心を抱いた。どうしてこんな幼い少女が処刑されるのかも、今納得がいった。正しく化け物と形容するべき存在が、目の前にいる。

 しかし、だからこそ一刻の猶予もない。そう考えた彼は、携帯していた剣を勢い良く抜きさると、高らかに宣言する。

 色々と深読みのしすぎで招いた、典型的な迷惑であった。


「一体どのような策を練ってやってきたは知らんが、貴様の思惑はここで潰える!」


 ある意味和やかだった三人のやり取りに気を緩ませていた兵士たちは、そんな彼の言葉を聞くと一斉に緊張感を取り戻した。上官の鋭い威圧感に、彼らは目の前の彼らが敵であると認識したのだ。中には半信半疑で三人を見つめる者もいたが、『白髪紅眼のエルフ』という情報は全員に伝わっている。兵士たちは、手に持った武器を構えると上官の指示を仰いだ。

 兵士たちの上官である彼は、完治していない怪我の痛みを意識の外へと追いやると、手に持った剣を振りかざしながら三人へと一気に距離を詰めた。それが攻撃の合図となり、一瞬遅れて彼女たちを取り囲んだ兵士たちが一斉に武器を掲げて踊りかかった。

 一斉に兵士たちが迫ってくるなか、いち早く反応したのはパニックに陥っていたはずのユリアであった。彼女はボロボロの剣をすばやく抜くと、正面から切りかかってきたエイルマーの剣を受け止めた。ガギン、と甲高い金属音が響き、所々にひびが入っていた剣に一際大きなひびが音を立てて走る。


「メルちゃん、ミズキ君、逃げて!!」


 受け止めるや否や、この状況の把握を一瞬で済ませた彼女は背後で今にも襲い掛かられているであろうメルヴィアたちに向かって悲鳴に近い声を上げた。できれば彼女自身がメルヴィアたちを逃がしてやりたいのだが、騎士として相応の実力を持っているエイルマーとまともに使えそうにないボロボロの剣のせいで、エイルマーを食い止めるのに精一杯なのだ。一般人であるミズキはもちろん、まだ幼いメルヴィアは大勢の兵士を相手にするどころか逃げることすらままならないかもしれない。だが、折角友人として縁のできた彼らにこんなところで死なれるのは困る。何としてでも逃げてもらうしかない。

 背後で小さく悲鳴を上げたメルヴィアの声を聞いて、ユリアは焦燥を感じると共にこんな時にどうすることもできない自分の無力さに怒りを覚えた。

 しかし、結果から言うと彼女の焦燥は杞憂に終わった。


「なーんちゃって」


 ユリアの耳に聞こえてきたのは、さもいたずらに成功したかのような楽しげなメルヴィアの声だった。

 パニックと焦りで彼女は忘れていたのだ。メルヴィアが、『ただの少女』ではないことを。

 ぶわっ、といきなり吹いてきた突風に、数人の悲鳴が上がった。ユリアもその突風を背中に受けてバランスを崩しかけたが、ふと後方に引き寄せられる力を感じた彼女は、次の瞬間地面から足が離れていた。そのまま、兵士たちの方位から脱出していく。

 思わず悲鳴を上げかけたユリアは、すばやく背中へと目を向けて自分を引っ張る何かを確認した。


「着地、気をつけてね」


 なんと、自分を引っ張って空を飛ぶメルヴィアであった。メルヴィアは背中に生えた四つの青白い光でできた翼を広げ、右手に意外と大人しくしている瑞希と左手に驚愕に目を見開いているユリアの服を掴んでいる飛行していた。ある程度空を飛ぶと、二人の服を掴んでいた手を離し、落下していく二人に合わせて高度を落としていく。

 兵士たちと然程離れていない場所で難なく着地するユリアと、危うい感じで着地する瑞希。そして、二人の隣でなぜか満面の笑みを浮かべてふよふよと空中に浮かんでいるメルヴィア。

 ユリアはもたついている瑞希の手をしっかりと掴むと、側でふよふよと浮いているメルヴィアに目を向けた。


「メルちゃん、早く逃げるわよ」

「逃げなくてもいいよ」

「何言ってるの! あなたならあんなの蹴散らせるかもしれないけど、そんなことしたらもっと厄介なことになるのよ?」

「蹴散らせる自信なんてないよ。でも、この検問を通れる確信はあったり」


 相変わらず楽しそうな笑みを浮かべているメルヴィアに、ユリアは頭を抱えてしまう。一体何をする気かわからないが、彼女としては面倒なことになって彼女たちに危害が及ぶのを何としても避けたかった。ユリアはメルヴィアを説得しようとして口を開くが、彼女が言葉を発するより早く、メルヴィアが言葉を発した。


「ねえねえ、ミズキ」

「な、なんだ? もしかして、俺に囮になれってか?」

「もう、そんなの頼むわけないでしょう。それより、あのキュイーンってなって洗脳っぽいことするのなんて言うんだっけ?」

「は? 洗脳?」

「うん。ほら、アニメにあったでしょう?。主人公が、右目……左目だっけ? どっちかの目を使って命令するあれ」

「あー……ギ○スか、それ」

「そう! それだよそれ! それで、どっちの目?」

「左目」


 二人のわけの分からないやり取りに唖然としているユリアを尻目に、メルヴィアはころころと笑った。

 瑞希の方はメルヴィアの考えている事がわかったのか、本当にそれができるのかと疑わしげにしながらも若干期待するような視線を送っていた。ユリアの方は言っていることはわからないものの、洗脳などという物騒な単語から彼女がやろうとしていることに想像を膨らませていた。

 もう、言ってもやめないということを悟っていたからだろう。ユリアは深くため息を吐きながら空中で笑い転げているメルヴィアを心配そうに見やった。

 エイルマーを筆頭に、突然翼を生やし空を飛んだ少女を見て唖然とした様子で固まっていたのだが、悠長に会話をしている彼らの言葉の一部を聞き取ると散開しながら一気に距離を詰めようとした。

 しかし、絶妙な間合いを取っていたメルヴィアは、彼らが迫る前に表情を引き締めると、広げていた四つの翼を一度羽ばたかせて身構える。


「メルヴィア・ティレット・ルシール・オルグレンが命じる。私たちを―――」


 そして、ものすごく芝居がかった動作で、


「―――全力で通せ!」


 某アニメの洗脳術をかっこよく、しかし傍から見れば可愛らしく発動させるのであった。

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