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「わ、広い」


 独り暮らしのリビングを見回して、ピンキーは目を見開いた。

 ぱたたっと、翼が揺れる。


「そんな驚くほどじゃないだろう」


 レジ袋をローテーブルに置きながら、視線を泳がせる。

 厚底のストラップシューズを脱いだピンキーは、横に並ぶとあまりに小柄で、子供でも拐かしたような居心地の悪さを感じさせた。


「惣菜温めて来るから、そこ座って待ってろ。あー、手洗いしたいなら出て左が洗面。トイレも洗面向かって左」

「お気遣いどうも」


 座らせれば身長差は気にならなくなるだろうと指示し、どこかソワソワとした空気を感じ取って教えた。いそいそと出て行ったピンキーを後目しりめに、ケーキとチーズとワイン一本を冷蔵庫へ、ジャーマンポテトをレンジへ、ローストターキーをオーブントースターに入れ、ローストビーフが乗ったサラダを皿に移す。ついでにスープでも出すかと、電気ケトルに水をためてスイッチを入れた。


「つか、ポテトってフライドポテトじゃなくジャーマンポテトなのな」

「そっちの方が好きなんです」

「うわ」


 何気ない独り言のつもりだった言葉に返事があって、肩を揺らす。

 いつの間に戻ったのか、ピンキーがローテーブルの横にちょこんと座ってこちらを見ていた。


「揚げ物得意じゃなくて」

「揚げ物も炭酸も苦手とか、飲み会は拷問だな」


 ビールと唐揚げが並ぶ空間を思い出して呟く。


「そうですね。ビールもサワーも苦手なので、もういっそ飲めないってことにしてひたすらソフトドリンクを頼み続けます」

「日本酒や焼酎は?」

「どっちも飲めますけど、迂闊に頼むと酒飲み扱いされるじゃないですか」

「あー、まあ、そうだな」


 女が日本酒を頼むと敬遠されると、姉が愚痴っていた記憶がある。


「オレンジジュース片手にひたすら油ものじゃないおつまみをかっさらう時間ですよ、飲み会なんて」

「交流しろよ」

「酔った相手と?こっちは素面シラフなのに?それで楽しいのは、好きな相手や尊敬する相手とだけですよ」

「あんたいちいち発言が毒だよな」


 苦笑いしながら、ピンキーの前にカトラリーを並べ、グラスとサラダを置いてやる。買い置きのインスタントスープをマグカップに出しているあいだに、ジャーマンポテトも温めが終わったので皿に移した。


「至れり尽くせりですねぇ……」


 溶かしたスープとジャーマンポテトも並べれば、猫のように目を細めたピンキーが言った。


「誰かが用意してくれるご飯って、幸せですよね」

「なに、あんた用意する側なの?」

「いや、まぁ、どちらかと言えば?」


 首をかしげられても、俺にはわからないんだが。


 焼き上がったローストターキーを皿に移しながら、ピンキーの話を聞く。


「今の仕事はお世話係みたいなもので、家に帰れば独り身ですし、その前は……」


 言葉を飲み込みかけたピンキーの前にローストターキーを置き、その目を覗き込む。今までちゃんと見ていなかったから、そこで初めてピンキーの目が変わった色であることに気付く。

 まるで、桜霞の空のような、ピンクと水色が混じった目。


「どうせ今日明日程度の付き合いだろ。壁打ちのつもりで気にせず話せば良い」

「……あなたは、優しいですね」

「さあ。どうだかな。単なる野次馬かもしれない」


 座ってワインを開け、ピンキーと自分のグラスに注ぐ。


「あんたが昼間誰を見てたかも知ってるからな。仕事の集中を邪魔されたんだ。その分くらいは肴になる話をよこせ」

「見てたんですか……いただきます」

「見えたんだよ。どうぞ召し上がれ」


 ローストターキーは丸鳥まるどりもいたが、食いきれないからと脚だけにした。二本買ったターキーレッグの一本を手に取り、いただきますと呟いてからかじる。

 チキンに比べるとパサついた、脂の少ない肉。なるほど揚げ物が得意でないと言うピンキーが、好みそうな肉質だ。


「お恥ずかしい」


 呟いたピンキーの言葉が本心かどうかはよくわからない。しれっとターキーにかじりつきながらの言葉だったから。


 こいつはピンク頭で、馬鹿みたいな髪型と格好だが、たぶん馬鹿が付くのはお人好しな性格になのだろう。遠慮がないようで、気遣いの塊。開けっ広げなようで、決して心の奥底は見せない。


桑原くわばらふみって言うんです。生前の名前」

「生前」

「ええ。生前。日本で言うなら仏様です。わたし」


 あなたのお名前も訊いても?と首をかしげるピンキーがあまりに自然な態度だったから、するりと答えを口にしてしまう。


前田まえだゆう

「ゆうさんですか。綺麗なお名前ですね」

「お世辞は、じゃない、あんた、桑原って」


 桑原(じょう)の血縁か。


 桑原と言う名前に反応した俺を見て、本当に見えていたんですねとピンキーは笑った。


「お姉ちゃんなんですよ、じょうくんの」

「姉」


 そんな、視線だっただろうか。目の前のピンキーが、桑原丈を見る視線は。


「両親が共働きで、わたしがご飯の用意をすることが多かったから、誰かにご飯を用意して貰うことって、あんまりなかったんです。家出てからは独り暮らしで、用意してくれるひともいなかったし。生前はそんなで」


 俺の疑問を押しやって、ピンキーはそう語った。もぐもぐとターキーをかじる動きで、話が途切れる。


「死んでからは、この様で」


 ぱたたと翼を揺らす動き。薄々勘付いてはいたが、ピンキーの背中の翼は飾りではなく、実際に生えているものらしい。


「寝るとき邪魔そうだな、それ」

「んー、普通のベッドは使わないので、そこまで邪魔ではないですよ」

「そうなのか」

「ええ。なんと言うか……お月さまの世話役、みたいなことをやらされてるんです。わたし」

「それでその格好?」

「ええまあ。服装は上司の趣味ですけど」


 言いながらターキーから手を離し、代わりに手にしたフォークでジャーマンポテトを突き刺すピンキー。口にしたポテトが好みの味だったのか、その頬がふにゃりとほころんだ。


 思えばプライベートで誰かと食事をするのなんて久しぶりで、幸せそうに食べるピンキーの姿は、まあ、悪くない。


「旨いか?」

「美味しいですー」


 ふにふにと微笑みながらジャーマンポテトを頬張るピンキーを見て温かな気持ちになって、その温かさを壊すのは忍びないと感じつつも、ピンキーに話を促す。

 話せと言ったのは自分だし、興味もないわけでもない。


「なんで、そんなもんやらされてるんだ?死ぬと、全員やらされるのか?」

「いえ、全員と言うわけではないですよ。死んだ生きもの全員こうしていたら、たちまち世界が溢れてしまいますから。たまたま目を付けられたものだけが、選ばれて使われるんです」

「へぇ。あんたはなんで?」


 行儀は悪いが食べながら話す。このくらいの方が、気安くて楽だ。

 会ったばかりの相手のはずなのに、幼馴染みの友人のような気楽さなのは、目の前のピンキーが、ひとではないからだろうか。


「なんで選ばれたかとかは詳しく知らないんですけど……死に方が特殊だったから、ですかねぇ。あるいは、罰かもしれないです」

「おい、肉だけ食うな。野菜も食え」

「ちゃんと別で食べますよ!お肉はお肉。野菜は野菜が良いんですー」


 ローストビーフを肉部分だけかっさらったピンキーを睨めば、もしゃっと肉を口に詰め込んだピンキーが反論する。言葉通りに野菜も取り皿によそったが、せっかくローストビーフサラダだと言うのに、なんて不遜な食べ方を……。


「あんた、もしや山掛けも魚ととろろ別々にして食べるタチか?罪深い」

「なぜそれを……」

「カマかけたんだ。しかし図星か。なんてヤツだ」

「え?酔ってます?まだ飲んでないのに?酔ってます?」

「はい乾杯」

「乾杯」


 グラスを鳴らして、ワインを煽る。


「あ、美味しい」

「この銘柄は、安いが旨い。ま、値段にしてはだけどな」


 飲み干したグラスにワインを注ぐ。


「で?どんな面白い死に方したんだ?」

「べつに面白い死に方でもないですよ。海難事故です。高波にさらわれて」


 こう、ざぶーんと、とピンキーが手遊びする。


「親より先に死んじゃったので。仏教じゃ罪なんですよね、親より先に死ぬの」

「賽の河原か?」


 石を積み続けるのと、ピンク頭でオフィス街をうろつくのは、どちらがマシだろうか。


「罰だからそんな頭に?」

「いやこれはそう言うんじゃ……え、もしかしてこれ……罰……?」


 ピンキーがピンク髪を掴んで唖然とする。

 酔わないと言ったわりに、ひとくちで随分な壊れっぷりだ。


「海難事故って、もしや桑原丈も関わってるのか?」

「え、いや、じょうくんは関係ないですよ。わたしが勝手に、呑まれて死んだだけ。家出てからは、会いに行くこともなかったから」

「何年前の話?」


 訊けば、ピンキーがうーんと唸る。


「ええと、今何年でしたっけ」

「×××××年」

「あーじゃあ、ちょうど10年ですね」

「え、ならあんた何歳で死んだの」


 桑原丈は確か俺のひとつ下、28歳だったはずだ。10年前なら、18歳。


 ピンキーは苦笑して、言った。


「じょうくんとは8歳差だったので、26歳ですね。追い越されちゃいました」

「だいぶ離れてるな。顔似てないし」

「血は繋がってませんからねぇ」

「あ?」


 なんでさっきからさらっと爆弾落とすんだこのピンキーは。


「お互い連れ子なんです。わたしの母がシングルマザーで、じょうくんのお母さんはじょうくんが3歳のときに病死してます」

「設定が重い」

「ちなみにわたしの母とじょうくんのお父さんは同い年で、わたしは母がやんちゃしてた頃に出来た子供です」

「余計重くすんな」


 にこにこ笑いながら話すことじゃない。実は酔ってないかこのピンキー。


「じょうくんが5歳のときにわたしの母とじょうくんのお父さんが結婚して、共働きだから幼いじょうくんの面倒をわたしが見てました。そのとき、もう中学生でしたしね」

「いや、中学生とか遊びたい盛りだろ」

「結婚前はお金なかったし、遊ぶどころじゃなかったですね。はやく高校生になって、バイトしたいとしか」


 いちいちピンキーの身の上が重たい。どんな人生送ってんだ、今はこんなピンク頭してるくせに(偏見)。


「じょうくんのお父さんは良いとこに勤めているまっとうなひとだったので、結婚してくれてからはだいぶ楽できましたよ。よく母と結婚する気になったなぁと思うくらいで。初恋だったらしいですけどね、お互いに。結婚してから子供もふたり作ってるし。……その世話もほとんどわたしでしたけど」

「……ほぼネグレクトだなそれは」


 正直な感想を呟けば、ピンキーは、ふふっと笑った。


「それでも食事代に困ることはなかったし、県立でも大学に行かせて貰えたし、感謝してますよ。じょうくんもその下の弟妹も、聞き分けが良かったから困らされることも少なかったですし」

「でも、家出たんだな」

「……それは、まあ、じょうくんも家事できる歳でしたし」


 嘘だな、と思ったが、言いたくないならと問うことはなかった。


「それで?なんで海難事故になんか」

「台風の日に、うっかり満潮時参道が沈むような海辺のやしろにいてしまって」

「馬鹿か」

「馬鹿ですよねぇ」


 ふふふと笑いながら、ピンキーがグラスを空ける。空いたグラスにワインを注いでやりながら、それで波に?と問い掛けた。


「引き潮のあいだは海沿いに歩いて行けるから、近づく前に帰れば大丈夫だと思ってお参りに行ったら、ぼーっとしてるうちに水嵩上がって道が消えちゃって、やばい帰れないってわたわたしてるあいだに台風が直撃して、高波が来て、社ごと波に」

「馬鹿か」

「馬鹿です。どこまで流されたのか、沈んだのか、いまだに死体も上がっていないらしくて」


 苦笑いするピンキーに、どうしてか、なぜそんな日にお参りなんかしたのかと訊けなかった。


「失踪宣言は」

「されてないんですよね。それが」


 ターキーの骨をかじるピンキーは、どんな気持ちでそれを言ったのか。


 気付けばだいぶん減った料理を前に、立ち上がる。


「ケーキ出すか」

「待ってました!」

「ふたつとも出して良いのか?」

「大丈夫です!!」


 ピンキーが明るく笑う。


「揚げ物はダメなのにケーキは行けるのか」

「しょっぱいものと交互なら行けます」


 ピンキーの皿にはこっそりローストビーフサラダが確保されている。


「さっきから手を付けてないと思えばあんた……!」

「甘いもの単体は、たくさんは無理です」

「女子力とは」

「アラフォーに期待しないで下さい」

「見た目20代だろ」


 重い話を吹き飛ばすように軽口を叩き合いながら、片手に乗るような小さなホールケーキをふたつ取り出す。ひとつは雪だるま型のチーズケーキで、もうひとつはサンタやトナカイの砂糖菓子とチョコプレートが乗ったショートケーキだ。チョイスが可愛らしい。


「ろうそく立てるか?」

「誰が吹き消すんですか」


 ケーキのチョイスは可愛いくせに、発言は可愛くない。


「ゆうさんどれくらい食べます?両方食べますよね?」

「4分の1ずつ」

「助かります」


 それは、残りが多くてなのか、減らしてくれてなのか。


 躊躇なく雪だるまに包丁を突き立てるピンキーは、見た目ではなく中身でケーキを選んだに違いない。無惨な姿にされた雪だるまを受け取りながら、そう思った。


「サンタとトナカイとチョコ、どれが欲しいですか」

「欲しいなら全部取って良い」

「えっ」


 思わぬ台詞を聞いた、と言いたげに、ピンキーが俺を見る。


「良いんですか」

「じゃあチョコプレート半分くれ」

「全部じゃなく?」

「半分で良い」


 砂糖菓子とチョコプレートを避けてからショートケーキを切ったピンキーが、慎重にチョコプレートを包丁で半分に割って、半欠けをころん、とショートケーキの端に添える。


「乗ってて、みっつじゃないですか」

「なにが」

「ケーキの飾り。マジパンかゼリーが2個と、チョコプレート」

「まあ、そうだな」


 バランス的に4個も5個も乗せないだろう。

 頷けば、だから、とピンキーは続けた。


「わたしの分は、なかったんですよね。わたし、お姉ちゃんだから」

「……そうか」


 うちは姉と俺のふたり姉弟だったから、砂糖菓子はひとつずつで、チョコプレートは半分こだった。姉は優しかったから、いつも俺に好きな方を選ばせてくれていた。

 もしも兄弟が多かったなら、あの優しい姉もきっと、自分はいらないからと譲ってくれていただろう。


 ピンキーは自分も4分の1ずつを皿に乗せると、嬉しそうにショートケーキをサンタとトナカイで飾った。


「いただきます」

「どうぞ召し上がれ」


 包丁のときと同じく遠慮なく、ピンキーが無惨な雪だるまにフォークを突き刺す。ぱくりと口に入れ、んんーっとうめいた。


「おいしぃ」

「そりゃ良かった」


 ひかえめとはとても言えないひとくちを頬張るから、口端がクリームで汚れてしまっているが、味わう顔は天使のようだった。


「貰った分以上は取らないから、落ち着いて食え」

「ふわっ、ありがとうございますー」


 クリームが付いた箇所を指摘すれば、はにかんだピンキーが自分の指先でぬぐってその指をなめる。ちゅっ、と小さなリップ音がした。


「……確かに、旨いな」


 そんな光景から目をそらし、ケーキを食べた。見た目のファンシーさに反して雪だるまは甘さ控えめで、食べやすい味だった。


「いや、あっま……」


 対するショートケーキの、暴力的な甘さ。長持ちさせるためか、かためにホイップされたクリームの攻撃力もすごい。


「この、チープさが良いんですよ」


 買って貰っておいて失礼なピンキーが、大口でショートケーキを頬張り顔を弛ませる。

 一度ケーキの上に飾られた砂糖菓子は、今は皿の端に避難させられていた。


 自分もケーキを食べながら、幸せに包まれてケーキを堪能するピンキーをしばし眺める。時々ローストビーフサラダをはさみつつも、気持ちの良い食べっぷりだ。


 追加でもう4分の1ずつ食べて、ピンキーは満足そうに息を吐いた。


「美味しかったですー。お腹一杯。もう食べられませんー」

「残りは明日か?」

「はい」


 ピンキーがケーキをひとつの箱にまとめてしまう。しまったケーキとほとんど残っていない料理を片付け、代わりにしまっておいたチーズの詰め合わせとワインを出す。


「ほら」

「ありがとうございますー」


 新しいグラスにワインを注いでやれば、へにょりと笑って受け取る。

 自分の分も注ぎながら、手探りで歩くような慎重さで問い掛けた。


「それで?」

「それで?」


 首を傾げるピンキーにグラスを掲げて見せれば、チン、と涼やかにグラスをぶつけられた。


「海で死んで、今はお月さまの世話役とやらをやっているあんだが、こんなところでなにやってるんだ?仕事か?」

「仕事では、ないですねー」


 言ってピンキーが、ワインを口にする。


「これも美味しい」

「味覚の好みが似ていたようで重畳」


 チーズには手を伸ばさないあたり、欲張ってケーキを食べ過ぎて本当に満腹なのだろう。


「休暇中なんです。今日と明日はお休み」

「月にも休暇があるのか」

「ありますよ。お世話役はひとりではないですから」


 酔わないと言っていたわりにとろんとした口調で、ピンキーが答える。


「ほんとうはね」


 少し舌っ足らずに聞こえる話し方は、外見や格好もあいまって、26歳だと言う年齢よりも幼く見えた。


「なにか特別なお仕事でもない限り、下界に降りちゃいけないんです。とくに、知り合いがいるようなところには」

「なら、なんであんたはここにいるんだ」

「ないしょー!」


 くすくすと笑って、ピンキーはぱたんと横に倒れた。

 すーすーと、安らかな寝息が聞こえ……ない。が、横向きに倒れて目を閉じる姿は、死んでいるのでなければ寝ているのだろう。


「いや、お前、酔わないんじゃなかったのか」


 中途半端なところで寝るんじゃない。


「おい、お前、寝るならせめてソファーに」

「……」


 起きやしない。と言うか、呼吸が感じられないからどちらかと言うと死……いや、縁起でもない。


 首を振って、ピンキーの肩に手を伸ばす。


「──おい。ベッド貸してやるから床で寝るな。起きろ」


 触れられないかと思った肩は生きたひとのように柔らかく、けれど、温もりのない家具のような温度だった。


 本当に死んでいるのか。いや、死んでいると言ってはいたが。


「おい。おい……ふみ」


 ピンキーと呼ぶわけにも行かず、かと言ってピンキーにとってどんな感情を持つ呼称かわからない桑原と呼ぶ気にもなれず、ためらいつつも一度聞いたきり呼んでいない名を口にする。


「ふみ。起きろ。ここで寝るな」

「うぅん……」


 唸ったピンキーが、ころりと転がり俺を見る。生きていた。死んではいるが。


「起きたか。移動を」

「……ごめんね……じょうくん」


 ぱちりとまたたいた瞳からは、光るものがこぼれていた。


「ごめん、ね……もう、わすれて……」


 ぎゅっと眉を寄せて縮こまり、また、なにも言わなくなる。


「……タチが悪い」


 酔わないと言ったくせに、こんな寝落ち方をするとは。


 ため息を吐いて、ローテーブルの上を片付ける。そのままローテーブルもよけ、丸まるピンキーにブランケットをかけてやった。

 幸いにも、冬用の毛足の長いラグだ。一晩くらい、ここで寝ても問題ないだろう。寒さも感じないらしいし。


「ごめんね、ねぇ」


 なにかあるのだろうとは思ったが、泣きながら謝るとは穏やかでない。が、ピンキーに訊くのは気が引ける。


「と言って、桑原と親しいわけでもないからなぁ」


 迷宮入りかともやもやする気持ちを押しやり、俺は自分の寝る支度に取り掛かった。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


続きも読んで頂けると嬉しいです

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