Episode 4
「……ん、戻ってきたかな」
3人の赤ずきんの呼び名を決め、それぞれが使える能力の詳しい話を聞いたあと。
私の意識は本を開いた場所……つまりはルプス森林の前へと戻ってきていた。
時間を確認すると、結構話し込んでいたはずなのに1時間も経っていない。
恐らく、あの空間ではVRMMOならではの時間加速でも設定されていたのだろう。
何か変わった事があるかと、周囲を見渡してみても契約の書を開く前とそう変わってはいなかった。
多少人が増えた程度だろうか。
「よし、行こう」
小さく呟いたあと、ルプス森林の中へと向かって歩いていく。
目にも留まらぬ速さのモンスターがいる、という話だが……やはり一度自分の目でも確認はしておいたほうがいい。
自分の目で見るのと、話を聞くのとでは感じ方は違うから。
<ルプス森林 浅層>
視界の隅に文字がフェードインし、消えていく。
周囲を見渡せば、木、木、木。
森林なのだから当然なのだが、やはり木が多い。
全力で、増して目に留まらないほどの速さで駆け抜けるのは難しいと感じてしまうほどに。
「【喚起:赤頭巾】。来ておくれ、スーちゃん。次いで【喚起:赤ずきん】。護衛を頼むよアーちゃん」
契約の書を開き、2人の赤ずきんを呼び出した。
1人目は『小さな赤頭巾ちゃんの生と死』の赤頭巾。
2人目は『少女と狼』の赤ずきんだ。
【喚起】。
契約の書から【契約】を行った登場人物達を呼び出す『紡手』専用のコマンドの1つ。
私がやったように対象を選択し呼び出すことも、対象を選択せずに無造作に呼び出すことも可能な状況によって使い分けが可能なものだ。
契約の書から溢れ出した光がそれぞれ人の形となり、弾け。
先程話をした時と同じ彼女らの姿となってこの場へと召喚された。
赤頭巾……スーちゃんの方はこちらへペコリと頭を下げているものの、アーちゃんの方は不機嫌な顔を隠さずに苛立ったように周りを見渡していた。
「スーちゃん、スキル発動お願いね」
『分かりました。【疑っても仕方のない事】』
「アーちゃんは……おいおいどうしたんだい、不機嫌そうじゃあないか。お姉さんに話してごらん。どうせゲームで負けたのを引きずってるだけだろうけど」
『……やっぱりその呼び名でいくわけ?』
「そりゃそうとも。みんなで決めただろう?恨みっこなしとも言ったはずさ」
『はぁぁ……』
どうやら呼び名が気に食わないらしい。
ちなみに呼び名を決めた方法はじゃんけんで、一番勝ち残った者が希望した名前に、というルールで彼女は一番最初に負けている。
ちなみに勝ったのは『赤ずきん』のサーちゃん。
彼女曰く、それぞれの役割に沿って名前をつけたらしい。
私は彼女らの実質的な主人な為、マスターと呼ばれる事にはなったが。
……幼女にご主人様って呼ばれるの、現実だったら即お縄だろうなぁ。
そんなバカみたいな事を考えながら、雑談のような会話をしつつ、足を森の奥へと向け歩いていく。
「いいじゃないか、攻撃役だからアーちゃん。分かりやすいし可愛いし」
『だからそれが私にとっては……』
すると、アーちゃんが突然言葉と足を止め、ある一方向……私の背後に当たる方へと視線を向けた。
私は斥候役のスーちゃんへと視線を向けると、首を縦に振り肯定した。
十中八九敵だろう。……もしかしたら他のプレイヤーの可能性は否めないが。
「距離は?」
『約20m程です。まだこっちが気付いているのには気付かれてないかと』
「アーちゃん狙える?」
『……やれなくはない、けど確実じゃないわね。木が邪魔よ』
「オーケー。じゃあカウンター気味に行こうか」
そう言って、私は後方へと振り向いた。
瞬間、何か背筋に氷柱を差し込まれるような悪寒を感じ。
次の瞬間、横からバンッ!という弾けた音と共に何かが私の目の前で倒れる音が聞こえた。
「Grrr……rr……」
『ふん。狼風情が私に勝てると思ってるのかしら』
見れば、いつの間に取り出したのか。
アーちゃんの手には1丁の銃が握られていた。
その銃口からは紫煙が今もなお天へと昇っていっている。
「ヒュゥ。やるねぇアーちゃん」
『……まぁ、普通の狼相手ならこんなものよ。伊達に狼を殺したって経歴背負ってないわよ。ただ、それに使ったの1番威力が低い弾だから……』
アーちゃんが倒れている何かへと近づき、何度か頭部らしき場所へと向かって銃の引き金を引いた。
〈レッサーウェアウルフを討伐しました〉
チャットログにそう表示され、それと同時にアーちゃんの足元から光の粒子が天へと昇っていく。
「おつかれ、人狼か」
『成長しきってないのか、劣等種なのかはわからないけれどこの森にはこんなのがうじゃうじゃいるみたいね』
「アハ、いいじゃないか。君の独壇場だろう?」
『それもそうね。……スー、次はどの方向かしら』
『次は……少し離れた位置、大体10時の方向にいますね』
一瞬で20mという距離を詰めてきた人狼が劣等という時点で、普段ならば頭が痛くなる問題ではあるものの。
今の私には優秀な攻撃役が付いていてくれるため、余裕があった。
『少女と狼』、自身を喰らおうとした狼を殺し生き残った赤ずきんの物語。
そんな物語の登場人物だからなのか、アーちゃんの持つスキルには狼に対して有利に働くようなモノが存在した。
その代表が【女子供を嘗めるな】というパッシヴ型のスキル。
効果は単純、狼系モンスターに対しての行動速度増加、ダメージの微増加という……狼を相手取る為だけのスキル。
今の襲撃に関しても、これによって一瞬で近づいて来た人狼よりも先手を撃ち、無傷のまま勝利したのだろう。
「いいね、じゃあそっちに向かおうか。アーちゃん何体まで相手出来る?」
『今のと同じレッサーなら幾らでも。普通のだったら……そうね、2体までが限度じゃないかしら』
「それはどういう意味で?」
『勿論、貴女を守りながら戦うという意味でよマスター』
なら良し、と私は彼女達と共に森林の奥へと向かって足を進めて行く。
心強い味方が出来たものだと、笑みをこぼしながら。