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用済みの名探偵その6

007


 その後、ひたすら両親や礁湖に謝り倒してた後、舞花と同じ地元の私立大学を受験し、ギリギリ合格して今に至る。


 元々勉強は苦手ではなかったので地元の私立大学くらいにはなんとか滑り込むことができた。(ちなみに、舞花はスポーツ推薦で同じ大学に入学している)


「まあ、だから舞花には感謝しているんだけどさ」


 そう言って僕は昔を思い出しながら誰もいない中庭で一人パンをつまんでいた。


 舞花は今日入っていたのは先ほどの講義のみだったようで、授業が終わるとすぐにグラウンドへ向かってしまった。


 前向きに生きるとは言ったものの、十数年かけて栽培されたコミュ障がそんな簡単に治るわけもなく、このように、今でも大学ではぼっちであることが多い。


 幸いなことに舞花以外にも何人か友達はできたけれど、生憎今日は誰も大学に来ていなかった。


 そんなわけで、今日は『偶然』僕は一人で昼食をとっていた。


 この中庭には人工芝が植えられてあり、とても過ごしやすく設計されているが、しかし今は七月である。


 初夏の暑さはまだ薄着にすれば耐えられるものの、わざわざクーラーがかかっている学食や建物の外に出てまで芝生で昼食をとる学生は僕以外誰もいなかった。


 僕はというと、陸上選手だった頃の名残なのか、今日のような強い日差しを感じる中、日陰に入って過ごすことはわりと好きだった。


 特に僕たちの通う大学は海のすぐ近くに建っており、時折この中庭まで届いてくる海の香りがする風はとても気持ちがいい。


 こうやっていると、炎天下の中で走り続けていたあの頃を少し恨みがましく思い出してしまうけれど、それでも、もうすぐ夏がくることを感じさせてくれるこの時期の風は僕にとってとても心地よかった。


 きっとこれは走ることと同じく、僕の体の中に埋め込まれてしまったものなのだろう。


 この時期が僕は大好きで、きっとそれはこれからと変わらないまま――そうやってきっと僕はあの頃を大切な青春の思い出としていつか大人になったときに振り返るのだろう。


 今の僕にそんな度量はないけれど、それでも心のどこかでそんな風に感じていた。


 と、そのとき、そんなことを考えていると、僕が座っていたすぐとなりを黒猫が早足で通りすぎていったかと思うと、そのすぐ後ろからごそごそと人の気配がした。


 違和感を覚えた僕が振り返ってみると、そこには


 ――猫耳をつけたとても綺麗な女性が四つん這いになって歩いていた。


「……え?」


 僕は呆然として固まってしまった。(手に持っていたパンを落とさずにいられたことを自分で誉めてやりたい)



 僕が固まったまま見つめていると、その女性と目が合ってしまった。


『……』


 お互いに無言で見つめ合い、僕たち二人の間にはただただ気まずい時間が流れる。


「あ、あの……」


 僕が沈黙に耐えられなくなって口を開こうとしたそのとき、


「ニャー」


 と、その女性がそんな猫なで声を発した。


 しかも彼女は首を傾けながら腕を上げて招き猫さながらのとても可愛らしいポーズをとっている。


「……?」


 僕はそんな彼女の姿に魅了されながらもまだ状況を理解できず、言葉を発しかねていた。


「ニャー」


 と、また彼女は繰り返して今度はまるで何事もなかったように前を向いて先ほどと同じように四つん這いの姿勢で前に進み始めた。


 あっけにとられていた僕は次の瞬間には我に返って、あろうことか彼女に話しかけてしまう。


「あ、あの!! 名探偵の諸星美空モロボシミク先輩ですよね」


 すると、彼女――諸星美空はぴたりと動きを止め、


「ニャー」


 と鳴いて、また僕の方を振り返って招き猫のポーズをとったのだった。


 前を歩いていた黒猫はいつの間にかどこかへ行ってしまい、見えなくなっていた。

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