宝石探知ギフト
いつか運命の人に会える。
前世の私は三十路近くまでそう信じていた。
ううん、通り魔に刺し殺されなかったら、きっと幾つになっても信じていただろう。
成績は並。
容姿も平凡。
本が友達を地でいく引っ込み思案で、親しいと言える友達もいなかった。
大学進学を機に一人暮らし。
親の目がないから一日中本を読んでいられた。
平穏で、だけどほんの少し寂しい生活。
そのすき間風を埋めるように私は空想にふけった。
いつか運命の人が現れて、私をこの彩りのない世界から連れ出してくれる。
例えばそう、この漫画の王子様のような素敵な人が────
「──この役立たずめ!これのどこが金と銀だ!ただの黄鉄鉱と白鉄鉱じゃないか!」
「そうよ!どうなっているの!?あなた宝石探知ギフトを授かったと言ったじゃない!そのギフトは宝石だけじゃなく貴金属も見つけられるはずでしょ!?何で黄鉄鉱と白鉄鉱ばかりなの!?私達は金と銀を見つけろと言ったの!こんなもの何の価値もないわ!」
鬼のような形相で怒鳴り散らかし黄鉄鉱と白鉄鉱を投げ付けてくる昨日まで養父母だったスチューピッド侯爵夫妻。
怒りで我を忘れているように見えて顔や服から出る場所には当てないあたりに彼等の性格が垣間見える。
改めまして、ごきげんよう。
わたくしマリー・ソネットと申します。
今生では貧乏子爵家に産まれ、半年前、借金の形に悪徳侯爵家に売られ──もとい、侯爵家の養女になった、十歳のしがない少女でございます。
──と、まあ堅苦しいのはこのくらいにして現状報告。
嘘みたいな話だけど、通り魔に殺された私は地球とは違う世界に産まれた。
違うと確信したのは三歳。
何と、この世界には魔法があったのだ。
誰もが必ず持っているとされる魔力。
世界にあまねく満ちているとされる魔素。
いかにもな感じの呪文。
これら三つを結合させることで魔法──手から火の玉を飛ばせたり、水を出したり、風を吹かせたり等々出来るらしい。
らしいというのは、魔法の原理が全くと言っていいほど分かっていないから。
魔法は確かに存在するし、それを使うためには幾つかの手順が必要っぽいけど、手順を踏まなくても使える人がいるし、使える魔法も様々で、一概にはまとめられない──というのがこの世界の共通認識。
どんな本を読んでも、恐らく、推測するに、不確かではありますが、の文字ばかり。
魔力と魔素も、魔法を語ったり研究する上で色々不便だから、それっぽい言葉を便宜上使っているだけで、本当に存在するかどうかは分かっておらず言葉が一人歩きしてる状態。
それを更にややこしくしているのが、神様の贈り物と呼ばれる《ギフト》。
何がややこしいかと言うと、例えば、頑丈というギフト持ちは体が頑丈になるし、魅力ギフトは魅力的になるといった感じで、魔法とは微妙に異なるのだという。
しかも全員が授かるものではなく、貴賎男女を問わず、選ばれた者だけが十歳になると天から授かる──というか、突然ステータスに表示されるようになる。
あ、ステータスは前世でいう履歴書みたいなものね。
種族、名前、年齢、性別、ギフトが分かるの。
基本自分のものしか見られないけど、他人のものを見るための魔法や魔道具はある。
私だったらこんな感じ。
残念ながら魔法を使えないから特技の項目はない。
種族:人間
名前:マリー・ソネット
年齢:10
性別:女
ギフト:宝石探知
半年前にスチューピッド侯爵家の養女になったから、本来名前はマリー・スチューピッドと表示されるはずなんだけど、結局養子縁組が解消されるまでマリー・ソネットのままだった。
多分精神的な意味で家族としての繋がりがなかったからだろう。
この半年、居るのに居ないものとして扱われたり、使用人と同様の重労働を課せられたり、私一人だけ毎回冷めたくず野菜スープと一つ前の食事で彼等が食べ残したパン、もしくは今彼等が食べているパンのくずが出されていたけれど、彼等にとっては同じ食卓についていれば厚遇しているつもりだったのかもしれない。
──実は今日、私の誕生日なのだ。
そう、ギフトを授かるかもしれない特別な日。
日付が変わった瞬間に侯爵夫妻とその親戚だろう人々が『ギフトはどうだ!?今すぐステータスを見ろ!!』と詰め寄ってきたのには笑った。
ちゃんと私の誕生日を知っていたのね。
それなのに、いつも通り擦りきれたワンピースで重労働をさせ、残飯同然のものを食べさせた、と。
そういうことなのね?
何かがプツンと切れた。
問われるままに宝石探知と答えたら、私でも知っている有益なギフトを役に立たない、大したことがないギフトだと口々に言い、では契約魔法に則り平民になります─ギフトを授からない、もしくは凡庸なギフトだった場合、即日養子縁組を解消する契約魔法をソネット子爵領からスチューピッド侯爵領までの道中で結ばされていた─と言えば養女として迎え入れた以上勝手に出ていくことは許さない、私達がそのギフトを有効利用してやろう等々言い出す始末。
夜が明けたらすぐに領内の鉱山でギフトの確認をするぞと馬車に押し込められ、暗い夜道を大名行列。
その道中、侯爵夫妻を筆頭に、見たことも話したこともない人々が、この半年の無いこと無いこと、よく思い付くなと感心してしまうくらい、ホラ話の数々を恩着せがましく私を揺さぶりながら聞かせてきた。
そして悲しいかな、誰一人誕生日おめでとうと言ってくれる人もいなかった。
日の出前に鉱山に到着。
夜明けを待ちきれなかったのか『金銀財宝を探してこい!』と鉱山にぽっかり空いた洞窟につるはしを持たされ押しやられた私は、明かり一つない真っ暗闇の中、再びキレた。
養子縁組してやったことを感謝しろ、そのギフトで私達に恩返ししなさいと彼等は言ったけれど、養育者であり契約者であった侯爵夫妻が、本心はどうあれ宝石探知ギフトを役に立たないクズギフトと口にした瞬間に契約魔法が履行され、私達の養子縁組は解消された。
つまり私と彼等はあかの他人。
他人にギフトの恩恵を与える義務はない。
本の買いすぎやら何やらで破産した実家、ソネット子爵家にも戻るつもりはない。
だって彼等は私を売ったのだ。
十歳未満の子はギフトを授かるかもしれない金の卵、通常より高く売れる。
三人いた姉は当然十歳以上、二つ下の弟はやっと産まれたソネット子爵家の嫡男。
売り物になるのは私しかいない。
涙一つ流さず、お金の入った袋に飛び付いたあの人達の姿を私は一生忘れない。
もう私を縛る枷はない。
金銀財宝を探すためのギフトと誤解されている宝石探知の使い方も手に取るように分かる。
この世界に産まれて初めて神に感謝した。
ありがとうございます。
このギフトがあれば確実に逃げ切れます。
まずは隙を作るために適当な手土産を用意しよう。
何が良いだろう?
彼等に相応しい贋物。
目眩ましに使えそうな鉱石。
──そうだ、あれがいい。
黄鉄鉱。
前世で愚か者の金と呼ばれていた鉱石。
今生ではないけど、前世では実物を見たことがあるから探せるはず。
力を抜いて思い浮かべた瞬間、洞窟内のあちらこちらに淡い光が灯った。
まるで星空に足を踏み入れたような美しい光景。
洞窟の奥から神秘的な何かが現れそうな、自分が物語の主役になったかのような、えもいわれぬ感覚。
自由を手にするべく、私はつるはしを振りかぶった。
「──黙ってないで何とか言ったらどうなんだ!?」
「なんとか」
「馬鹿にするのもいい加減にしろ!!どうして金鉱石や銀鉱石ではなく黄鉄鉱と白鉄鉱なんだと聞いているんだ!質問に答えろ!」
ギフトって色々制約があるの。
私の宝石探知なら見たことがあるものしか見つけられないって感じ。
もちろん教えないけどね。
「わかりません」
「わからない!?何言ってるの!あなたの宝石探知ギフトは宝石や貴金属を見つけるものなの!こんなゴミを見つけるものじゃないの!わかったらさっさとギフトを使いなさい!金目のものを見つけるまで寝ることも休むことも禁じます!」
夫人、怒鳴りすぎてシワに沿って化粧が剥がれてますよ?
確かに、多くの本には宝石探知ギフトは宝石等を見つけられる能力って書いてる。
でもね、自分の力を利用されると分かって全部打ち明けるはずがないのよ。
まあ私もギフトを授かったからこそ分かったんだけど、切り札とも言える部分はどの本にも載っていなかった。
それはそうよね。
宝石探知ギフトが金目のものを見つけられるのは本当だから、行き着く先は飼い殺し。
分かりやすいったらないわ。
でもね、前世で言う都市伝説みたいに、宝石探知系のギフト持ちは囲われてもいつの間にか姿を消すの。
密室にしても、檻に入れても、鎖で繋いでも、居なくなってしまうの。
おとぎ話と思ってたけど、今なら分かる。
彼等はギフトの本当の使い方をしたんだって。
「……あの、どうして怒るんですか?宝石探知ギフトは名ばかりが大層なだけの役に立たないクズギフトなんでしょう?あなた方がそう仰ったではありませんか。そんなギフトで金目のものを見つけろだなんて無理に決まっているじゃないですか」
「煩い!つべこべ言わずにさっさと探してこい!!これは命令だ!」
「……わかりました。失礼します」
あー、やっぱり使ってきた。
スチューピッド侯爵の十八番、使役ギフト。
このギフトを持っているから、色んな悪どいことも蜥蜴の尻尾切りの要領で逃げおおせている。
何故ギフトのことを知っているかって?
それはね、契約魔法を結ぶ際にステータスの開示が必須になるから。
人身売買を禁止しているこの国は、借金の形として行われる養子縁組は黙認しているのが実情。
その代わり、国が定めた手順を踏まないと、売り手に人身売買者と告発されたり、借金をチャラにしなければならなくなったりするので、契約魔法が必須になっているの。
侯爵夫妻は私が文字を読めないと思っているけど、前世からの本の虫、物心ついた時から読めるよう努力してきた。
だから侯爵が使役ギフト持ちだと分かったの。
いつ使われるかヒヤヒヤしてたけど、簡単な暗示ならともかく、本格的に使うにはかなり面倒な手順が必要みたいで、今まで使われることはなかった。
侯爵は養子縁組という繋がりで暗示同然のものを発動させたみたいだけど、前述の通り養子縁組は解消されているので効果はない。
掛かったと勘違いして、夫婦揃って偉そうにふんぞり返ってるけどお気の毒さまでした。
いつまでもそうやって油断していてください。
私はその間に遠くに逃げるから。
十歳の私じゃ逃げられないと思うでしょう?
でも大丈夫。
私には宝石探知ギフトがあるから。
宝石探知ギフトはね、ギフトの持ち主が宝石と思ったものを見つける力なの。
今の私にとっての宝石は゛逃走経路゛。
寝不足でふらふらで栄養失調の私でも、あなた達から安全に確実に逃げ切れる逃走経路。
私を自由へと導いてくれるそれは値千金。
何物にも代えがたい宝石だ。
簡易テントから出ると不躾な視線が飛んでくる。
つるはしを片手にふらふらと鉱山に向かう私に声をかける者はいない。
お目付け役も来ない。
誰もが使役ギフトを信じているのだ。
夜明け間近。
灯りを持たない私は闇に紛れる。
足元から伸びる一筋の光。
さあ、マリー。
勇気を出して。
覚悟を決めて。
道は示された。
後は、この道を歩くだけ。