あの日の出来事
ー20XX年 夏ー
体育祭も終わり、高校生活も1年と少しが過ぎると、クラスの中には序列のようなものが出来上がる。
部活動に汗を流している活発な生徒、部活には所属していないが生徒会関連で大忙しの生徒、高校生らしく健全な男女交際をしている生徒、帰宅部で趣味に命を懸けている生徒。
そして、二年のクラス替えの結果…友人もおらずクラスに馴染めず、無価値な日常を過ごしている俺のような生徒。
ただ、俺は、友達がいない生活に慣れていて、授業が終わると、すぐに俺にとっては居心地の悪い教室から一刻も早く抜け出すのが日常となっていた。
それを虚しく思った事はあるけど、悲しく思ったことはない。
放課後、友達と楽しげな声で話す人たちを避けるかのように、道具を鞄にしまい、教室をあとにする。
だが、別に帰る訳では無い。俺は一応は部活には所属しているし、そこに仲間も後輩も気になる子もいる。
それに、そこが学校での俺の唯一の居場所でもあったからだ。
ー俺は見かけによらず、剣道部に所属している。
剣道なんてものは高校に入るまでは全く縁がなかったのだが、高校での初めての友達に勧誘され、承諾した。
初めは辛かったが、初心者の俺に先輩も同輩も先生も優しかった。あまり優しくされるということに慣れていない俺は少し困惑した。
それから1年間。ここでの時間はすごく幸せで心地がよかった。そして、剣道部に男子二人、女子三人の後輩達が入部してくれたー
夕暮れに染まる格技場、扉を開けた先には、いつもはまだいないはずの後輩がいた。
彼女は椅子に座り足にテーピングを巻いていた。
彼女の名前は大枝希結。
俺と同じ、剣道部に所属している。
そして、俺の初恋の女子だった。
彼女はいつも他の女子達と一緒に楽しそうにいる。
誰とでも仲良くでき、誰にでも笑顔を見せてくれる。
彼女は八方美人でよく人間ができた人だ。
周囲の人間も彼女には笑顔で接し、人気者だった。
同じ部活になって数ヶ月、彼女と事務的な内容以上の会話をしたことはあまり無かったし、休み時間に校内ですれ違っても会話をすることはない。
俺と大枝希結の共通点は同じ高校の同じ部活に所属している先輩後輩という点以外はなかった。
だから、今日、このようなかたちで話しかけられるなどとは、夢にも思っていなかった。
彼女は俺の存在を確認すると、手をとめ、おもむろに立ち上がり言った。
「◼◼」
第一声がそれであった。
それが彼女の告白なのか、独白なのか、判断に迷うところであるが、俺に向けた言葉であるのはたしかだった。
彼女は俺の目をまっすぐ見つめていた。
「もしかしてお、俺に話しかけてるのかな?」
「この空間に先輩以外の人間がいますかぁ?笑」
いない。練習が始まる前の格技場には俺と彼女しかいなかった。
「驚いたな。君は俺のような人にはあまり関心がないと思っていたけど」
「はい、大方合ってますよ。ただ、先輩は別です」
彼女はそう言った。
「え?なんで俺は違うの?」
「だって、面白いじゃないですか笑」
「お、面白い?」
「はい、面白いんです、すごく。見ているとほっこりするんです笑」
「全然分からないのだが…」
「先輩は鈍感なんですね」
彼女は軽く溜め息を漏らした。
「まぁいいです、私は満足ですよ。先輩と話せたから、珍しく早く来たかいがありましたよ〜」
「そうか、それは良かった。俺も嬉しいよ?」
「そうですか〜」
彼女はくすくすと笑った。
「それで、俺への要件はなんだったの?」
「漫画」
と、一言だけ彼女は言う。
「全く話が見えてこないんだけど」
「ご自分の発言も覚えてないんですね、先輩?」
「…いや、覚えてるよ」
俺の発言。一週間ぐらい前に部活の仲間と漫画の話をした。その時にそのマンガの貸し借りの話をしたが、それをいきなり言われてもピンと来なかっただけだ。
「私は耳に自信があるんです。だから、先輩の記憶力がどのくらいなのかいじろうと思って」
「で、どんなやつだった?」
「おじいちゃんでしたね」
「そうだな、記憶力も耳も良くないしな。俺は普通の高校生とは違うんだろうよ」
「普通の高校生?」
格技場の窓の外を見る。
「青春を謳歌している人たちさ。男女交際したり、趣味に命を燃やしている人達」
「なるほどなるほど、納得ですね〜。でも、普通の高校生と暗さは関係ないんじゃないんですか?部活動に入るだけで明るくなれるなら苦労はしないですよ。趣味に命を燃やして逆に人間関係が疎かになっている人もいますし」
それに、と彼女は続ける。
「恋人の有無に明るいも暗いも関係ないですよ〜?中には物静かな男の子が好きって女の子もいると思いますよ」
「そんな子がいるんだ…」
「いるんじゃないんですか〜。男女の関係は単純じゃないですからね〜」
俺が返答に困っていると、彼女は、
「ちなみに先輩、私は明るくてかっこいい人が好きですからね〜」
そう言い切り、こほんと咳払いをすると、最初の言葉を繰り返した。
「◼◼」
また同じ漫画の名前だ。
「それは聞いたよ?」
「はい、言いましたよ。ちなみに2度目です」
「ではどういう意味なの?」
「私、漫画読むの好きなんですよ、だから、先輩に貸してもらおうかなぁと」
「どうして俺?」
思わず問い返してしまう。
混乱している俺に、彼女は言った。
「私、先輩と仲良くなりたくて、その口実にと思って」
「おい、それ本人に言っていいのか…」
「はい、問題ないです〜」
「わかった…貸すよ。うん」
「ありがとうございます。先輩〜」
その時の彼女の顔はいつもより嬉しそうに見えた。
〜1年後〜
ー20XX年 春ー
時は流れる。
あの日、格技場で大枝希結と話してから約1年後、俺は無事、進級。高校三年生となった。
今年は受験の年でもあり、部活の引退の年でもあり、高校生活最後の年でもある。大切な年であるのに、俺は違うことを考えていた。
そう、大枝希結とはこのままでいいのか。と。
自分の想いを伝えないで終わるのは嫌だった。
かなり可能性の低い勝負であるのは自分が一番よくわかってる。ただ、このまま中途半端な状態でいるのが一番気持ちが悪かったのだ。
ただ、部内での空気が険悪になるのを恐れ、一歩踏み出せずにいた。
しかし、なんと今日は大枝希結の誕生日。
だから、部室に大枝希結を呼び出した。
突然俺に呼び出された彼女は少し驚きながらも、笑っていた。
俺がその笑顔にみとれていると、彼女はまた唐突にこう言った。
「先輩は気になる子はいないんですか?」
と、ニヤつきながら。
「いや、特にはいないな。ほら、俺にはあまりいうのに縁がなかったからな。」
「あらら笑これからいい恋でも目指していきましょう笑」
「俺なんかがこれから“恋”なんてものができるとは思わないがな…」
「先輩なら大丈夫ですよ〜。案外、先輩を好きな人が近くにいるかもしれませんよ?」
「どこが大丈夫なものか…。いたらいいのだがねぇ」
「だから、近くにいるんですよ〜?」
そう言いながら、彼女は近づいてきた。心臓がドキドキする。こんなにも胸が熱い。
「ち、近いな。」
「そう言えば、さっきの仕返しだが、君には好きな人がいるのかな?」
「さぁ〜どうでしょうね〜」
と、また彼女はニヤつく。
「そうか、まぁなんにせよ、君なら大丈夫だろう」
「ん?何がですか?」
「君の同級生達もそれほど馬鹿ではないという事だよ。いずれ来るさ」
「残念ながら先輩なんですよね〜」
と、彼女はニヤつく。
「そうか、先輩か。って事は俺の同級生か。顔は狭いが何か協力できることがあったらするよ?」
「いや、大丈夫ですよ〜。気長に待とうと思います」
「だが、その人ともあと1年も居られないんだよ。」
「ですよね〜。だから、何かアクシデントでも起こればいいんですけどね」
「そうだな」
「いやまぁ、見てるだけで楽しいんでそれで満足もしてるんですけどね〜」
「そうか、ならいいんだけど。後悔だけはしないでくれよ。俺は君には後悔なんてして欲しくないからな?」
「……」
彼女は急に黙り込んでしまった。
俺は用件を終えたので、部室から出ようと、扉を開けようとした時に、
「先輩なんです」
と、言った彼女の顔はひどく赤面しているように見えた。明らかにいつもの表情とは違っていた。
「貴方なんです。私が好きなのは。」
と、追い討ちのようにもう一度。
頭の中が真っ白になった。何も考えられなかった。だが、混乱してる場合ではない。返答をしなくては行けない。
「私じゃ先輩につりあわない事なんて分かってるんです。だけどー」
「好きだぞ、俺は」
「先…輩…?」
「本当だ。いないってのは嘘だ。隠してたんだ。俺の方こそつり合わないと思って、ずっと自分の気持ちに嘘をついていた。ただ、今君のことを見て、確信した。俺は1年前からずっと、君の事が好きだった。」
「あの、先輩…?」
「なんだ?どうした?大丈夫か?」
「私…泣いてもいいですか?」
「ああ、とことん泣いてくれ」
そこから彼女が泣き止むまで、小一時間かかった。
だが、この時間は俺にとっては一分いや、10秒のように感じられた。
彼女がこんなにも取り乱しているのを見た事がなく、困惑したが心を許してくれたのだと、そう感じ嬉しかった。
復活した彼女はまた唐突に言い出した。
「じゃあ!先輩?こんなに私を泣かしたんですから、責任とって下さいね?」
「責任?あ、ああ。俺が取れる範囲でなら取ろう」
「言いましたね?言質取りましたからね?私を幸せにしてくださいね?」
「ああ、もちろんだ。幸せにするよ。」
こうして俺と彼女ー大枝希結ーは付き合う事となった。
「ただ、私に先に言われた時点で先輩、男として告白は大失敗してますけどね〜」
と、大枝希結はニヤついていた。
中途半端な終わり方ですいません。