第一話「uno〜出会い〜」
サー…サー…
雨が降ってる。私は雨が嫌いだ。不快な気持ちになる。単純に髪が濡れると、まるでパーマをあてたみたいにクルクルってなるのも嫌だし、歩くとキュキュって嫌な音がしたりするのもたまらない気分になる。そして何より、雨が降ったら路上ライブができなくなる。これが、一番嫌だ。
まあ、路上ライブって言っても……この辺で一番栄えてる駅の前のロータリーのとこでゲリラで歌ってるだけなんだけど。それでも私にとったら大事なライブ会場。ここは広いし他にも路上ライブしてる人たちがいる。ギターで弾き語ってる人たち。コブクロとか、好きなんだろうな。スケボーの練習してる人たちもいる。そういう私は、ラジカセ片手にR&B歌ってるバカ女なんだけどね。
名前はYUKI。本名は倉橋由紀。だから、YUKI。倉橋って苗字は嫌いなんだ。なんか、地味だし味気ない。
別にR&Bしか聞かないのかっていったら、そうじゃないよ。基本的に音楽は好きだからなんでも聞く。今は高1なんだ。あんまり学校は行ってないけど。別にいじめられてるわけじゃないし、友達が少ないってわけじゃないんだけど……なんでだろう。すっごく息苦しくなるんだ。急に、苦しくなる。すっごく無駄な時間を過ごしてるみたいな。そんな気分になっちゃう。
最初は、たまに休む程度だったんだけど。気づいたら週に2日は休むようになって、3日になって、4日になって。気づけばほとんどいかないようになっちゃったんだ。友達と会いたくなったら携帯で連絡とれるしね。
今日はなんとなく雨が降りそうな感じだったんだけど……いよいよ降ってきた。最悪。天気予報とか、ちゃんと見るようにしないといけないな……。
「おーい。YUKIちゃん。今日は歌わないの?」
田中さんが話しかけてくる。田中さんっていうのは、いわゆるホームレス。この駅に住んでるって言っても過言ではないから、あながちホームレスとも言い切れないんだけど。私の最初のお客さんで、最初のファン。田中さんは8年前からホームレスやってるホームレスの中堅だって自分で言ってた。顔は真っ黒だし髭もじゃだけどまだ年齢は28歳なんだって。
「雨が降ったら…機材も出せないし…今日は無理かなー」
「そうかぁ…オイラYUKIちゃんの歌聴かないと夜中不安で目が覚めるんだよなぁ」
最近はホームレス狩りがまた流行りだしたらしくて田中さんも毎日不安らしい。私はそんな田中さんが大好きだ。田中さんが名残惜しそうにどこかに歩いていく。まだ夜の22時だから、終電の頃までどこかをぶらつくんだろうな。
さて……私はどうしようかな……。親は基本的に自由がモットーらしくて私のやることに口は出さない。犯罪さえしなければ、私のやりたいことをやらしてくれる。最低限のモラルを持って行動するなら、自分の好きなことをしなさい。これを私は3歳のころから言われ続けてきた。仲が悪いとかそういうことはない。親には感謝してるし、家族愛だってあるよ。
口うるさい親じゃなくて、良かったって思ってるぐらい。それでいて私のことをちゃんと心配してくれてるしね。
それにしても……雨、止まないなぁ…。
そんな時、ふと視界にでっかいラジカセを片手に雨の中屋根のないところに陣取ってマイクを握る男の人が写る。
だぼだぼのデニムに、バスケットのゲームシャツ……そしてバンダナにななめキャップ……。なにこれ…何年前のスタイル……?
すると、そのB系っぽい人は雨の中ラジカセを起動させて爆音を鳴らしだした。それは、ドラムのループ音。それも、スネアとバスドラムの音のみ。っていうか、あのラジカセは防音?
B系の人はマイク……じゃない。あれ、よく見たらコケシだ。なんでコケシ?コケシを握って、叫びだした。
「周りを見たら何も無い風景 こっから始まるぜ俺のすんげー イマジネーション 最高のテンション DO-zだけが織り成すセッション 俺が紀州のリリカルマーダラー そこらで蠢くいきがるやつらー やるんだったらー やってやんぜなんならー ハンデとしてやってやんぜなんならー!」
これ…ラップかな。なんていうか、時代錯誤な感じだった。ラップも流行りだからそれなりに聞くけど、こんな韻の踏み方、ちょっと古い……っていうか、それを言い出したらファッションも全部古い……。DO-zって名前?どういう意味?
私は、頭の中ではてなマークがいっぱいになりながらも……少なくとも彼に目がいっていた。いや、目を離すことができなかった。
これが、私と彼、DO-zこと伊藤豊との出会いだった……。