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全部消えても

作者: まなつか

 寝れない夜だ。

 午前二次、ただぼんやりとTwitterを眺めながら時間を潰していたがどうにもやりきれない気持ちでいっぱいになり、画面を閉じて煙草の火を消した。

「軽装でいいか」

 すっかり世間は春休み、連日観光地であるここ京都には桜景色を一目見ようと世界中から観光客が集まっていた。

 ただ、夜はその昼の騒がしさとは打って変わって一種の怖ろしさをも感じるほど静寂に包まれている。

 少しまだ冬の尖った空気を裸足のつま先で感じながら夜の街を闊歩する。

 ここで下駄を鳴らせばそれこそ風流であるように思えるかもしれないが、ここは京都といえども洛外、ただの住宅地に過ぎない。

 すっかり夜も更け、24時間営業のスーパーやコンビニを除けば自販機くらいしか目立った灯りは辺りにはなかった。僕はすっと胸を膨らませ、ふっと吐く。重く苦しかった心が少しやわらかくなるのを感じる。

「すっかり」

 春だな、と呟こうとしてやめた。

 僕は春が一番苦手な季節だ。

 高野川のせせらぎを遠くに聞きながら、駅の方へと向かう。今はもう終電を過ぎ、何も動いていない。僕は踏切の真ん中、線路の上に立ち、その先にある闇を凝視した。


 何も、ない……ように見える。


――と、急に踏切が鳴り出した。

 一体何だ、と思いつつ振り返るとそこにはいつも見かける電車があった――ヘッドライトも車内の灯りも全て消えていることを除けば――なんてことのない。

 慌てて踏切を出るとその電車はゆっくりと動き出した。よく見ると運転手すらいない。不気味さにぞっと背中に冷たいものを感じる。

 ゴトンゴトン

 ゆっくりと、ゆっくりと目の前をゆく一両のその電車は踏切を抜け、先程僕が見ていた闇の中へと消えていった。すっかり闇に飲み込まれてしまった頃、踏切が再び上がる。僕はその方向をただただ見つめていた。

 なぜ電車が、というより、あの電車に羨ましさを感じた。

 何の手元の灯りも、街灯すらないような道でもまっすぐ自分の往くべき道を知っている、その電車に。


 僕は駅のホームにあるベンチに腰をかけ、やはり線路を見つめていた。錆びついた赤茶色の線路。ただ一番上の表面だけは銀色に暗く光っている。


 次に踏切が鳴った時、東の空は既にぼんやりと明るくなっていた。

 僕ははっとなり、かの電車が往った方向を見た。


 初春の朝もやに包まれた線路の終点を。

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