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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不死身の勇者

作者: 黒影翼

注)『痛い』表現がありますのでお気をつけ下さい。



~不死身の勇者~




魔王を退治するために異世界より呼び出された勇者こと佐藤勇太(17)は、王様からの説明を聞いた。

『世界を危機に陥らせている魔王を、聖剣を手に入れ討伐して欲しい』という、本当に存在するなら失礼だが、鉄板ともいえる話を聞かされ、勇太は狼狽した。


「いっ…いやいや、僕にそんな事無理ですって!仮に変な力ちょっとやそっとあったとしたって僕ズブの素人ですよ!?」


運動部ですらない勇太は大慌てで首を横に振った。

王様の回りには鎧を着込んで剣だの槍だのを手にした兵士達。

チェックのシャツにジーンズという服装ですら、『長ズボンって生地によっては重いよなぁ』なんて思うような、ザ・一般人の勇太にしてみれば、あの鎧を着て動けると言うだけでその辺の兵士のほうが強そうだと思うほどで、そんな面々が絶望するような魔王の相手を任されるなどとてもじゃないが無理な話だった。


「安心してくれ、召喚にあたって命を失うような迷惑は絶対にかけられんと、不死の力を授けてある。この力でもなければ人間では太刀打ちできんのだ。その上、聖剣を扱えるのは勇者…つまりお主のみ。頼む!!!」


玉座のままでとは言え、王様が腰を思いっきり倒して頭を下げる。

それにつられるように回りの屈強な兵士たちまで腰から頭を下げる。

ザ・一般人の勇太に。


「わ、分かりました!や、やるだけやってみますからやめてください!!」


この状況下で調子に乗ってふんぞり返ったりけちをつけたりできる人非人ではない勇太は、慌てた様子で承諾した。






さすがに戦闘用にと備蓄してある武具庫から軽鎧と鋼の剣を受け取った勇太は、僧侶のプリスと魔法使いのメイを同行者に、まずは聖剣がある洞窟へ向かう事になった。

魔王が復活して活発になった魔物と戦いながら旅慣れつつ、対魔王に必要な聖剣を手に入れる為だったのだが…




「ぎゃああぁぁぁあぁあぁぁぁっ!!!!!」




開始早々、火のブレスを吐いてくる虫、ファイアバグにあった時点で勇太は承諾を後悔していた。

鎧を着て、剣を持って、片手剣を両手で振り下ろすのが一杯一杯の勇太が、空から放たれる炎など避けられるはずがなく、鎧関係なく燃えた。


全身を火で炙られているのだ。その激痛は並大抵の代物ではなかった。


勇太に授けられた不死の力は、メタ的に言うなれば『HPが0にならない力』だった。

戦闘不能にならない力…それは、指が融けて武器を手放す事もなく、目元が融けて見えなくなることもない。

筋繊維は一切駄目にならず…逆に言えば、神経が生きたまま炎に晒される事態になっていた。


幸いすぐにメイが魔法で虫を殲滅し、プリスがどろどろの勇太を治療した事でその地獄は収まったが…


「ひぐ…っ…った…ぁ…」


痛みに泣きじゃくる勇太をプリスが治療する中、そんな彼を見下ろしてメイが溜息を吐いた。


「こんな奴が勇者なんて世も末ね…」

「メ、メイさん!ユータさんは元々戦う人ではないんですよ!?」

「い、いいんだプリスさん。女の子の二人が戦ってるのに情けないのは確かだし。」


特殊能力を貰ったって所詮しがない高校生。

仮にも勇者を任されて引き受けた為、それまでの雑魚…角による突進の刺し傷や体当たりで転がったりする程度なら我慢もしたが、さすがに今回の全神経火炙りは耐えられる域を超えていた。


怪我が治ってまだ思い出す痛みに震える勇太を、メイは呆れた目で、プリスは申し訳なさそうに見つめていた。




世界の特性か旅慣れたからか、勇太には重かった鎧と剣も、そのうち馴染む様にはなったが、それに伴い強くなる敵と、それらが与えてくる毒炎氷等の苦しみは加速度的に増していった。


そんな勇太たちの旅が変わったのは、聖剣の守護者たる竜との戦いだった。


避けられない…虫とは比べ物にならない炎の息。

痛い。逃げたい。


だが、勇太は死なないが、メイとプリスはそうじゃない。


後方で怪我の回復を行うプリスはともかく、攻撃をしなければならない上積極的に盾になるわけではなかった勇太を前衛にしている為、メイがブレスに巻き込まれた。


雑魚の攻撃ならば自身の魔法力で防げたメイ。だが、竜種のブレスは相手が悪かった。

片足が焼け焦げ、見るも無残な姿になってメイは洞窟の床を転がった。


「め、メイさん!、す、すぐに治療します!」

「る…さい…アンタが巻き込まれたらそれこそ不味いでしょうが…」

「あ…ぁ…」


自分と違い、深い傷の女の子。

それでも、竜を見ようとする女の子。

震えながらそれを見た勇太は…



「あああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」



叫びながら、炎を吹き、巨大な爪を振るう竜に突っ込んだ。


炎に飲まれ、全身を焼かれながら、勇太は手にした剣を何度も振った。

鍛えたとは言え金属より硬い竜の鱗を超えるのに、何度も何度も剣を振るう勇太。


幾度そうしただろうか、気がつくと、竜は動かなくなっていた。


「ア…アンタ…」

「ユータ…さん?だ、大丈夫です…か…」


治療の終わったメイとプリスが恐る恐るその、『全身の融けた肉人形』に声をかける。

肉人形は、そのまま進むと、竜の背後に置かれていた聖剣を引き抜いて、プリスの前に戻ってくる。

正気に戻ったプリスは慌てて回復術をかけた。

ほぼほぼ融けた服はそのままに修復される身体に、二人は顔を赤らめ目線を逸らす。


「は…はは…そっか…最初からこうすればよかったんだ…」


幸いにも、完全に滅ぼされた町村は見かけなかった勇太だが、それでも兵士や冒険者なら殺されているところを見た。

それらにすら『酷い』と思い、同時に勇者に縋る気持ちを改めて理解していた勇太。


そんな冒険を共にしてきたメイの、初めての危険なレベルの怪我と、それでも戦おうとした姿に、勇太の意思が振り切れた。


「二人は…町とか守ってあげて…魔王、僕が倒してくるから…」

「え…」

「ちょ、ちょっと…」


幽鬼のようにぶつぶつと言うと、勇太は裸のまま一人聖剣を手に歩き出した。

とめたくとも、少年とは言え男。下手に全部治してしまったせいもあって直視できず、結局二人が気づくと勇太の行方を追えなくなっていた。





勇者が聖剣を手に失踪した。

この話は、ただ二人取り残されたメイとプリスの姿によって勝手に広まってしまい…





世界が絶望に包まれそうになった頃、嘘のように世界は救われた。














本来なら、聖剣を手にする以外に、いくつかやらなきゃならない事があった。

それは、魔王の住まう島に到達する手段の確保。

島は、船すら溶かす毒の沼に覆われ、まともな生物はとても辿り着けるものではなかった。


だが…


「僕…死なないんだし、我慢すれば突っ切れるよね。」


さまざまな道具や術者を集め交渉を行い、移動手段を編み出すなんて旅をしている間にも、兵士の人や…メイやプリスのような善意で戦う女の子まで傷つくなら…


覚悟を決めて、勇太は沼に足を突っ込んで…



「いぎああぁぁぁぁっ!!」



さすがに並ではなく、火に体を突っ込むような激痛に悲鳴を上げる。

が…生きている。


(防衛本能が身体を逃がそうとしてるだけだ…我慢してればそのうち慣れる…どうせ魔王なんて全体攻撃持ってるに決まってるんだ…痛いのは痛いんだから!!!)

「ああああぁぁぁぁぁっ!!!」


叫びながら、勇太は毒沼に突っ込んだ。

戦士なら、弱みを見せないためにとか、視界を濡らさない為にとか、体力を無駄に使わないためにとか、泣かない様に、叫ばない様にと心がける必要がある。

だが、彼にそんな必要はない。

必要なのは、何があっても魔王を倒すまで剣を振るうと覚悟する事、ただそれだけ。

痛くても死なないのだ、それは既に分かっている。


「あああぁぁぁば」


叫びながら沼を進む勇太の声は、やがて沼に頭が沈んで消えた。







(魔王、倒す、終わる、魔王、倒す、終わる、魔王、倒す、終わる、魔王、倒す、終わる…)


ショック死に該当するのか、発狂も『出来ない』ままに全身を焼き溶かす痛みと解けてむき出しになった身体で固形物交じりの泥を掻き分ける痛みに耐えながら直進を続けた勇太は、やがて視界が晴れたことに気づく。

呼吸の苦しさが別にあった事は、痛みのほうが凄すぎて完全に意識から消し飛んでいたが、口から紫色の泥を噴出した事で入ってきた空気によってようやく気づく。

やがて、まとわり着いた強酸のような泥が剥ぎ取れた事でようやく全身からくる激痛が『むき出しの傷口に空気が触れる程度』の痛みになる。


(魔王、倒す、終わる、魔王、倒す、終わる、魔王、倒す、終わる…)


踏み出すと、足の裏が地面に『付いた』。

着く、ではなく、付く。

靴などとうに溶解し、滲んでいる体液が土を足の裏につけていた。

その足を上げると、皮膚をはがすような痛みに襲われる。

だが、毒沼を抜けるよりはマシで、今さらだと言わんばかりに勇太は魔王城へ踏み込んだ。


「けひひ…よくぞ…うん?」


魔王城玄関口で待っていたのは、毒を操る四天王の一人ヴェノムだった。

毒を操るが故に勇太の異形にもそこまでは驚かなかったが、それでも手にした聖剣から勇者が『コレ』だと気づいて顔をしかめる。


「…コイツ、よくもまぁ生きているな、まぁいい。慈悲にこの俺の毒で永遠の眠りを与えてやろう。」


言いつつ、ヴェノムは脇にあった小瓶を手に、魔力をこめる。

小瓶は途端に、生きているものを無差別に蝕む毒を放った。

空間全てが紫色に変色するような霧の中、勇太は直進した。


「…魔王?」

「な、何だコイツ…魔王様は最上階、貴様が辿り着く事はない。」

「最上階…」


確認すると、勇太はそのままヴェノムを無視して歩き出す。


「…貴様…人間の分際で、舐めるな!!」


毒を無視されたヴェノムは、魔力によって構成した矢を放つ。

毒の四天王であるが、無効化されてそれまででは四天王など名乗れない。

矢を通して作った傷から体内に毒を流す事もできる上に、矢自体の威力も並の魔術師を凌駕していた。

鈍い音がして、勇太の身体に紫色の矢が突き刺さる。

勇太は、それも無視して階段へ足を進めた。


「ぎ…貴様ぁ!!」


ペタペタと歩く勇太を通り過ぎるように階段に立つヴェノム。

その姿を見て、勇太は一瞬足を止め…


「邪魔…する?」

「ぎっ…」


攻撃を仕掛けていたのに邪魔とすら扱われていないと思ったヴェノムが魔力を集中させる。

それを見て、勇太はヴェノムに駆け出した。


「ああああぁぁぁぁぁ!!!」

「くそっ!くたばれ!!」


毒で倒せないことにプライドの傷ついたヴェノムだったが、魔法がまるで使えないわけではなかった。

通常の爆裂魔法を放つヴェノム。直撃した勇太の顔面から破砕音が響く。



直後、爆炎を突っ切って勇太が姿を見せた。




「ヒ…な、何だ…何なんだおまえはあああぁぁぁ!!!」



意味を成す叫びはそこまでで、ヴェノムはその後、息絶えるまで聖剣で斬り続けられた。





(痛い痛い痛い痛い痛い…っ!!!)


一方、勇太も余裕があって超人めいた振る舞いをしていたわけではなかった。

発狂できていれば、頭に痛いという情報が行かないからそこまで苦痛ではないのだろうが、皮膚の削げた全身は何をしても激痛を発し続けている。

だから、矢の点の傷より歩いたり剣を振ったりするたびに擦れる『自分の身体』のほうが痛かったのだ。

刺されるくらいなら無視したかった勇太だったが、さすがに自身の進行方向に先回りまでされては戦うしかない。


ただそれでも頭に直撃した爆発は、一回死んだ気分だった。


死なないと言う加護なだけで、しっかり衝撃そのものはそのままで全身を伝う。

ただ、それが原因で壊れないと言うだけの加護で爆発の直撃を受けた勇太は、涙で視界が塞がりそうだった。


「魔王、倒す、終わる、魔王、倒す、終わる、魔王、倒す、終わる…」


最早、頭に任せておいたら目的すら忘れそうなほど常時苦痛に晒されている勇太は、目的を口に出す事にした。

指を二本だけ立てておいて2という数字を意識しなくても覚えて置くように、頭を痛みが支配しても口任せに目的を忘れないようにと言う心がけだった。


「残念だが、貴様はここまでだ。」


巨大な黒い鎌を手にしたローブの男が立っていた。


「我が名はザイン、貴様の命を…おい…」


魔王じゃないならどうでもいい。

勇太はまたも無視しようとした。

道中の雑魚は誰も彼も攻撃が効いてない上に聖剣を振り回す異形の化物相手に戦おうとしない為、それでよかったのだが…


「無視するとはいい度胸だ…ならばコレでも食らうがいい!!」


鎌を振りかぶって勇太の背を切り裂くザイン。

壊れないゴムを叩いたような感触にザインは顔をしかめたが、勇太はピタリと足を止めてザインを見た。


「ふん…しぶとさが自慢のようだがこの俺の呪いから逃れられると思うな。」


ザインの呪い。

それは、あらゆる力を封ずる封呪の力。

鎌が直撃しなくても、呪力をこめた刃を幾度も受けると、やがて戦いにならなくなる。

速さを、防御力を…『攻撃力』を失って。


解呪道具はない。

それの意味する所に気づいて勇太は震える。

聖剣を手にザインを見てぶるぶると。


「あ…ぁ…」


一番嫌なのが、自分の身体を動かして、脇や足が建物や自分の身体に擦れる傷み。

むき出しの神経に粘着質の体液が滲んで摩擦の増した身体同士が擦れる痛み。


攻撃力なんて下げられたら…倒すまでにかかる時間がどうなるか…


「あああぁぁぁあぁああぁぁああぁぁ!!!!!」

「む、な、何だ!?いい気迫だ!だが少々本気になるのが遅かったようだな!!!」


絶望と、それを振り切る意思を以って駆け出す勇太。

戦士として自身を見据えた勇太に喜んだザインだったが、自身が鎌を振るい疲れた頃にそれを後悔した。






船をも溶かす毒の沼に囲われた城の最上階で、魔王女ディアは優雅にワイングラスを傾けていた。

姿形は少女のようだが、その実は魔竜の力を持つ魔の王女。

勇太のような常時死なないタイプの不死身ではないが、倒されても数十、数百年ごとに力を取り戻して、世界を得ようと動くのだ。


「勇者が失踪…ふふふふふっ…今回こそ世界は私のものね…」


そんな中、聖剣を手にした勇者の失踪を知ったディアは、勝利を確信して嗤っていた。


だが…


「…ん?」


下層を守護していた四天王の一人、ヴェノムの死を感じたディアは席から立ち上がる。


「専用の船が完成した報告はない…飛翔体の接近も…一体何が…」


考えても分からない中、四天王の二人目ザインの死を感じ、ディアは舌打ちした。


「どうやってか知らないが、間違いないわね…勇者が来たんだわ…」


悪態を吐き、しかし微笑んだディアは、近くの棚からワインを一本取り出すと、椅子にかけなおしグラスに注ぐ。


「勇者を倒してこそ、魔王の本懐ってものよね。さぁ来るなら来なさい…」


強者の余裕と言わんばかりにグラスを傾け勇者を待つディア。

やがて、残る二人も討たれたことを感知したディアは、ゆっくりと立ち上がる。


ボトルを置き、右手に魔剣を、左手に空のグラスを持つディア。

入って来た時に格好つけてグラスを握りつぶして迎えてやろうと、玉座の間の扉が開かれるのを待つディア。


やがて、ゆっくりと扉が開かれる。


「ふふふ…よく来たわね勇…」


言いかけて、ディアは翳した左手からゆっくりとグラスを取り落とした。

彼女の想定と異なる形で、床に落下して砕けるグラス。


その音に次いで『ペタリ』という音がした。



ペタリ、ペタリ、ペタリ、ペタリ。



一定感覚で繰り返されるその音は、音の度ディアに近づいてくる。




それは…聖剣を手にした不気味な肉人形だった。




皮膚は完全にその姿を失い、髪も焼け爛れ融け皮膚と混ざり模様のようにこびり付き、毒で紫色に変色した血色が、むき出しの筋肉を紫色に変え、身体の各所には火がついていた。

ペタリと言う音は、靴のない足が床を踏みしめ、漏れ出す粘液が床に張り付く音だった。


毒や炎…燃焼の状態異常は、『HPが0にならない』事とは関係ないため、治療ないまま進んだ身体に残ったままだったのだ。

『全ての技が繰り出せる瀕死の状態』を維持する加護と言う名の呪いを受けたまま、肉人形…勇太は一歩ずつディアに近づく。


「あ…えと…」

「……魔王?」


全ての技が繰り出せる…目は見える状態である勇太。

どろどろでむき出しの各所から、綺麗な目だけが覗き、ディアを見据える。


「そ、そうよっ!」


多少…多大に動揺はしたディアだったが、それでもグールたスケルトンなどの死霊系のモンスターの上でもある魔王。

自信満々に答え…



「魔王…マオオォォォォォォォォォォォォ!!!!」

「ひっ!!」



歯をむき出しに口を大きく開いて叫ぶ勇太に、ディアはいからせた肩を一瞬で縮こまらせた。


勇太は今まで、記憶の端に残る、無残に死んでいった兵士の姿や足を焼かれて戦おうとしたメイ、情けない頃からどんな傷でも献身的に見てくれたプリスの姿を支えに、精神崩壊を誘う激痛を『魔王、倒す、終わる』とだけ繰り返しながら押さえ込んでここまでぺたぺたと歩いてきたのだ。

怯える少女相手という正気の勇太なら気を使いそうな光景も、今の彼には何も及ぼさなかった。


「く、くそっ…舐めるな人間!!!」


恐怖を覚えた事がプライドに傷をつけたのか、ディアは歯を食いしばって黒い炎の弾を打ち出す。

回避などと言う頭はなく、勇太に直撃した黒い炎はその身体を包み…




「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁああぁ!!!!!」

「ひぃっ!!!」




激痛による悲鳴なのだが、叫びながら剣を振り上げ前に進んでくる勇太の声は、最早化物の奇声でしかなかった。

黒い炎をまとわりつかせた肉人形が、聖剣を振りかぶってかけてくる。


(な、なんなのよぉコイツ!)


やがて、聖剣がディアの身に振り下ろされる。

直撃軌道。しかし…


プツッ、と、そんな感触と共に、ディアの肌に針で刺したような傷だけが付いた。


「つっ…は…はは…な、何よ…何よ!こんな弱いの!?馬鹿じゃないの!!」


まともな勇者が技を繰り出しても即死などありえない魔王の身。

いろいろな敵を無視して仲間も連れず補助もなくやってきた勇太は、ディアの知る勇者の中でも最弱だった。


(よくよく見れば、ザインの呪い解けてないじゃない…顔色で判別できないけど、毒の臭いもするし…はっ、怯えて損したわ。)


状態異常を解除する手段のない勇太。

その身に降りかかっている力の残りを感じ取ったディアは、それを差し引いても弱い勇太の力を改めて認識して落ち着きを取り戻す。


「この私を舐めた事を後悔させてやるわ!!」


手にした魔剣を振りかぶったディアは、全力で勇太に叩きつけた。


バン、と、衝撃音がして、がちがちの硬いゴムに刃物を押し付けたような感触と共に魔剣が止まった。


自分も弱くなったのかと思ったディアだが、その斬撃の先の床が刃も届いていないのに衝撃波だけで切り裂かれているのを見る限り、それはありえない。


そこまで見て、ようやく察する。


「ま、まさかコイツ…死なない…の?」

「ああああぁぁぁぁぁああぁぁぁああぁぁ!!!」

「い、いやぁ!!あつ…っ…」


化物の咆哮のような声と共に振るわれる、針で刺したような一撃が、再度ディアの肌を裂く。


「く、くるなぁっ!!!」


黒い炎を魔剣の刀身から迸らせ、ディアが剣を振り下ろす。

真っ向から両断するかの勢いで直撃した魔剣は、勇太の額に食い込んで、炎でその周囲を爆散させる。


が、勇太が突き出した聖剣が、ディアのお腹にプツリと小さな傷を作った。


ちょっとした血が膨らんでくるような小さな傷を見下ろしたディアは、魔剣を取り落とし、後ずさりして、玉座に足を引っ掛けて座る。

余裕などではない、ディアは気づいたのだ。

何故、四天王が死に絶えるまで時間がかかったのか、何故、そのくせここまで勇太が辿り着いたのか。


これから…自分がどういう結末を辿るのか。


(ぜ、絶対に殺せないって事は…私はコイツに倒されるまで叩かれ続けるの…こんな小さな傷で?繰り返し繰り返し?)


自分の身体を抱えるようにして腕を交差させたディアは震えだす。

黒い炎を巻き上がらせた勇太は手にした聖剣を振り上げる。

間近で腕を振るった勇太から、毒交じりの体液が飛んできてディアの頬に付いた。


「ひっ…や、やだ…助け…あつっ…」


肩を聖剣で叩かれる。プツリとまた小さな傷が刻まれた。


首にでも当たればまだマシかも知れないが、ディアはザインの呪いに『直撃封印』(クリティカルヒット無効)があることを思い出す。


小さな傷。だが、ディアの恐怖はそれで振り切れた。


「ご、ごめんなさいごめんなさいもう人間襲わないから世界とか要らないからもうやめ」

「魔おおオオオオォォォオォオオォォオォォォォ!!!!!」

「いたぁっ!やだ!やだぁ!!ヴェノム!ザイン!誰か!誰か助けて!いたい!嫌だ!嫌だ!ごめんなさいごめんなさいもう止め」


全身を消えない黒い炎で焼かれながら聖剣を振るう紫色の肉塊は、魔王だった女の子の言葉の意味を理解する理知を残しておらず、ディアの悲鳴が聞こえなくなるまでに、途方もない時間を要した。


途中『何でもするから許して』から、『お願いだから殺してくれ』と急所を差し出すようにさえなったディアだが、不幸にも呪われた勇太の剣は急所には一切当たらなかった。







日が巡るほどの時間が経ち、勇太はようやく魔王が動かなくなっている事を理解した。


魔王、倒す、終わる。


コレだけを念じてここまで辿り着いた勇太は、沈みかけの赤い夕日を見る。

そう、コレで自分の役目は終わったんだ。

もう傷も呪いも治していい、地獄の時間は終わったんだ。


日差しの差し込む先を見て、すぐにでも帰ろうと…




遠く見える陸地の手前に広がる紫色の沼を見て固まった。



「あ…あぁ…あぁああぁ…」



終わったのに、終わっていなかった。

もう用事もないのに、絶対に後一回はあの地獄を越えなければいけなかった。

そもそも何処に行けば誰に頼めば治して貰えるのか、ソレも分からない上にまともに喋れるほど頭に心に余裕がない勇太は…








「って夢を見てさ。来年受験ならもう勉強しろってことかなコレ…」

「ゲームやってた罪悪感って…勇太って妙に真面目よね、志望にもよるけど全員勉強漬けって事はないでしょさすがに。」


通学路、勇太は幼馴染を隣に先の悪夢を話していた。


「しっかし夢でまで苦労人でなくても…大体今時報酬もなく知らん人の為に頑張る夢なんて相当お人よしよねアンタも。」

「いやぁ、夢だけどおかげさまで寝起きが辛いとか程度なら気にもならなくなったよ。人の不幸なんて自分には関係ないって言うけど、自分の見た夢だからかな?若い時の苦労は買ってでもしろってよく言うものだよね。夢でレベルアップしたみたいで得した気分。」

「…アンタ大物だわ。あれだけの目に遭ってよくもまぁ…」


気分よさそうに微笑む勇太を横に、芽衣は頭を抑えて彼に聞こえないように小さく呟きを漏らした。









あとがき


今回は元々、「HP0にならない?やったね勝ち確じゃん!!余裕余裕!痛ってえええぇぇぇ!!!」と言う…



『ギャグ』



が元ネタで、話を書き出しました。


…何故!?どうしてこんな見てて身も心も痛い話に!?NO!病んでない病んでないんです!!


ホラーものも嫌いじゃないので、魔王軍が見たら恐怖映像的な感じになるかなーとか思った挙句、心霊関係ないからスプラッターになるなーと…

経緯は自分で把握してるんですが…病み系作者になりかねない状況をどうにかしようとギャクでも出そうと思い立ったはずなのに結果がこれでは…


と、とりあえず作者事情は置いてくとして…この話は、普通恐怖対象と、恐怖する側に分かれてるのが、『両側の絶望』になってるのが特徴かと思います。

魔王を倒さないと延々苦痛が続く勇者(しかも終わったと思ったら終わってなかったオマケ付き)と、もう何をやっても傷が増えない上に見た目化物で聖剣持ってる奴が理性飛んだ奇声と共に自分が死ぬまで叩かれ続けると言う未来予想図が出てくると言う絶望(自軍配下の呪いの効果を把握してる魔王の絶望は割増し)という…


うん、救いがない(苦笑)。


元々ギャクの要素として、『滅茶苦茶な桁のボスのHPを減らし切る』等のメタ要素も考えていたので、あれだけ怖がってたのにディアが逃げなかったのは、敵ボスに逃げるコマンドなど存在しないから、と言う理由でした。メタネタがそのままホラー要素になってる感じです。


新年に引きずらないようにこのタイミングでの投稿に。皆さん良いお年をー(説得力皆無)。

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