『運び屋』と『殺し屋』3
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「確かに、約束の品を受け取った。これは報酬だ」
広範囲の地域を取り仕切る麻薬カルテルのトップ・ジェームズはそう言って部下に命じ、ジェラルミンケースをレオナルドに渡した。ウェブマネーやらなんやらが発達しているこの時代でも、結局は現物のほうが信用を得られやすい。
ジェームズとレオナルドは対面に座っている。レオナルドが腰を沈めるソファの後ろでクロミネと千夜子が護衛のように立っていた。
犬と、仮面を被った女。相手をばかにしていると思われても仕方のないふたり。普通なら門前払いをされても文句は言えないが、すんなり通された。
千夜子は日本刀を腰から下げたままである。ここは麻薬カルテルのフィールドなので容易に手を出されないよう牽制しているのだ。それと同時に、敵意がないことを示すためか手を後ろで組んでいる。
慎重にケースを開けるレオナルドを見て、ジェームズは薄く笑った。
「さすがにこの場で開けると分かっているのに爆弾はしかけないさ」
「…あ、すいません。若輩者で」
「いい。先輩にさんざん脅されていたんだろう?」
「はは…」
「彼がいなければそうしてもよかったんだがね」
物騒なことを小声でぼそりと呟いてジェームズはクロミネを見た。
クロミネは一言も発さず、ただバカにするように口をぱかりと開き舌を出してみせただけだ。
「――はい、確かに受け取りました」
「これからも頼むよ。そういえばここに来るまで厄介者には絡まれなかったか?」
「遭いました」
「だろうね。こちらとしても目障りなので早く潰したいのだが、なかなか姿を現さなくて――」
「ころしたよ」
ジェームズの言葉を女の声がさえぎった。
一斉に視線が千夜子に集まる。むず痒そうに、彼女は口元をゆがめた。
「今、なんと?」
「私と、ボスと、レオでころしたよ。男ばかり十四人。ここから北の方角に一時間。まだ死体があるんじゃないかな」
カラスに食われてなければね。そう付け足した。
「おい、お前…」
あまりに奔放な態度と口調に部下の一人が止めようとする。ジェームズは首を振って制止した。
顔がこわばるレオナルドと、尻尾をゆるく振るクロミネ。
「お嬢さん、名前は?」
「オニキス。よろしくね、ジェームズさん」
偽名であることはジェームズ側もすぐに分かっただろう。
そういうものだ。『殺し屋』や『情報屋』はおおっぴらに本名を口にしない。
「よろしく。全く恐ろしい護衛をつけたものだな、『運び屋』くんは」
皮肉が混じった物言いにレオナルドは苦笑いをするしかない。
ジェームズが千夜子の無礼さに腹を立ててしまえばさっきの比ではない戦闘が起きてしまうところだった。
なんせ、全員銃を構えている。
「…それでは、仕事も済みましたのでこれで。再びお会いできたらいいですね」
「ああ、また頼むよ」
社交辞令とも取れる会話の後、クロミネとジェームズは一瞬視線を合わせた後に、ふいとどちらともなく目をそらした。
不思議そうな顔でレオナルドは見たが、『運び屋』にとって好奇心は最大の敵だ。何も知らないふりをして部屋を出ていく。そのあとを千夜子、クロミネが追っていった。
――見送りに出た部下の数人もいなくなり、部屋は片手に数えるほどの人数になった。
「…いいのですか?」
トップの右腕がそっと耳打ちをする。
「情報の漏洩を気にするなら、あの場で殺したほうがよかったのでは?」
『運び屋』など裏社会では消耗品だ。年間何人も消えているが、誰も気にしない。同業者ですら。
そして彼らは気づいていたかどうか知らないが、ヘロインに混じって他麻薬カルテルとの取引の物品も含まれていた。分からないように仕組ませたとはいえ、念には念を入れるならあの若い『運び屋』を殺しておいたほうがよかっただろう。
「『運び屋』はともかく、その後ろが問題だった」
「カタナを持った女と、黒い犬ですか?」
「侮らないほうがいいぞ。いったいどこにそんな伝手があったか知らないが…喧嘩を売るとめんどうくさい奴らを護衛にしていた」
「あれが、ですか…脅威は女のほうですか?」
「犬だ」
「犬」
納得しかねる、といった右腕を放置しジェームズは度の強いアルコールを持ってくるように言いつけた。
わずかに、煙草に取りだそうとするジェームズの手が震えている。
黒柴がーー〈黒〉が数年ぶりにおおっぴらに出てきたことに対しても嫌な予感を覚えると同時に、どうかトラブルに巻き込まれないようにと信じてもいない神に祈った。