『運び屋』と『殺し屋』2
正気に戻った一人が女に銃口を向ける。
それを目撃したレオナルドが声をかけるよりも早く女はその場を離れ弾丸をやり過ごした。女を追い、銃口が揺らぐ。その隙に彼女は手近の死体を盾にした。直後、死体の肉の一部が爆ぜる。
盾を手放した女の手には刀ではなくスローイングナイフが握られていた。予備動作から軌道を察し、とっさに防御に入った男の腕にナイフが刺さる。ついで、男の腹へ走りこんできた女のつま先がめり込む。共に倒れこんだ。
苦痛に色を変えた男の表情を、女は変わらぬ笑顔で見ていた。見たまま、男の腕からナイフを抜き取り、そのまま首に差し込む。九十度捻ると男は激しい痙攣をおこした。
最後まで見守ることもせずに、女は立ち上がる。彼女の足元でまたひとつ死体が増えた。
女はあたりを見渡し、脅威がほとんどなくなったことを確認してから先ほど置いていった刀を回収しにいった。スローイングナイフをしまい、刀についた汚れをハンカチでひとまず拭うと鞘に納めた。
あたりはほとんど死体だ。いや、一人だけ生きていた。しりもちをついてただただこの光景を見るしかしていなかった男が。上着からわずかにのぞく腕時計や、靴の質を見るとどうやら襲撃者たちの中でも上の立場の人間らしい。
黒柴もレオナルドも、目前の襲撃者を屠った後に同じく視線を向けた。
男は絶叫する。
「お前ら…『殺し屋』か!」
「ご名答。まあ、見ていれば分かるよな」
黒柴が口を開く。低音の落ち着いた声だが、その奥底には意地の悪い笑いが含まれている。
女はにこにことしたまま、レオナルドは「自分は『運び屋』だ」と言いたいのをこらえて成り行きを見ていた。
「喜べよ。〈色彩〉の中でもレアだぞ、俺らは」
男は「まさか」と驚愕し、続けて何かを言おうとした。それと同じくして傍に落ちた銃を探る。
その肩へ女は血の付いたスローイングナイフを投げた。刺さった。襲い掛かった痛みに男が驚いている間に女は近づくと、ナイフを抜く暇も与えずに顔面を蹴り飛ばす。
銃を拾い上げると手慣れたようにセーフティを外し、銃口を男に向けて引き金に指をかけた。
「よせ、千夜子」
黒柴の声は若干の焦りを伴っている。
「銃は使うな」
「でも、こんな近いから大丈夫だよ」
うつぶせに倒れる男に視線を固定したまま、女――千夜子はふてくされたように答えた。
お気に入りのおもちゃを取り上げられたような、そんな子供じみた声色をしている。
「いいからやめろ。それ以外でもやりようはあるだろ」
「……」
しぶしぶ、といったふうにセーフティをかけなおし放ると、今まさに起き上がろうとしている男の背中に馬乗りになった。
両手で頭を掴むと、細腕からは信じられないほどの勢いで首を180度捻じ曲げた。今まさに死を迎えた男と目が合い、千夜子は楽しげに「こんにちは」とつぶやいた。
「…これで全員ですか?」
レオナルドがため息をつきながら座り込んだ。
「そうだな。ざっと確認してきたが、全員死亡している。首が取れている奴は確認しなかったから心配なら見てきていいぜ」
「はは、それはさすがに…。でもよかった、この地域はこういう人たちが多くて危険なんですよ」
「話には聞いている。ここらのつまらない組織をどうにかしたいって話も『運び屋』の中であったしな。帰ったら報告して臨時収入をむしり取ってくるさ」
「ぜひそうしてください」
「それでレオ、ゴールまではあと何キロなんだ?」
「一時間もしないうちにつきますよ、ミスタークロミネ。幸い車も壊れていないし、あとはのんびりドライブを楽しみましょう」
タイヤも無事だし、と安堵したようにレオナルドは呟く。
車体に飛び散った血しぶきにはあからさまに嫌な顔をしたがそれは仕方ない。帰り、町中に戻る前にどこかで洗わなければならないだろう。
「しかし、親父の言う通りおふたりに頼んでよかったです。ひとりで強行していたら今頃ここに転がっていたのは俺だったかもしれません」
「おいおい、湿っぽくなるなよ。まあ自分の運の良さは祝ったほうがいいぜ。なんせ――」
もったいぶるように黒柴――クロミネはぶるぶると体を震わせ、余韻のように二、三度尻尾を振った。
「俺たちを味方につけられたんだからな」