『運び屋』と『殺し屋』1
嵌められた、と『運び屋』レオナルド・カーターは舌打ちをする。
バックミラーに視線を移せば、後ろに複数台の車がぴったりとついてきていた。街にいた時から何度か道を変えたにも関わらず、だ。確実にこの車を追っている。
そして今、左右を見渡しても野原しかない平坦な面白みのない一本道を車が一気に四、五台もまとまって走るのはさすがに違和感しかない。
いささか杜撰すぎやしないかとレオナルドは思ったが、その杜撰な連中に追われている自分も自分だとため息をつく。
「絶対こういうことだと思っていたんだよな…」
やけくそ気味にレオナルドは呟いた。
こういうことだとは分かっていても、この世界の新人は依頼を拒否できないのでどちらにしろ避けられない事態ではあった。
二十代というのは、親から自立し、社会人としての責任、信用や信頼が付き始める年ごろである。
表の――ごくごくまっとうな社会で生きているのならば。
アウトローな世界ではまだ舐められやすく、誰もが積極的にやりたがらない仕事を「社会勉強だ」と押し付けられてしまう不遇の時代でもある。もっとも、二十代後半から三十代ほどでその時代は終わる。生き残っていたらの話だが。
今年で二十二歳になるレオナルドもまた、先輩方からご親切に押し付けられた仕事をこなしている最中であった。
「ヘロイン50キロぐらい仲良く分け合えよクソ…っと」
ちなみに、時価によってだがヘロインは一グラム1500ドル(約15万円)ほどだ。
第六感が働き、レオナルドはとっさにハンドルを切る。
つい一瞬前まで左後輪があった位置に銃弾が撃ち込まれた。
じわりと手のひらに汗をかく。恐怖と、緊張と、高揚。ドクドクと分泌されるアドレナリンを感じる。
ついでに無事に帰ってこられたら先輩方を片っ端からぶん殴ろうと決心しかけるぐらいには気分もハイになっている。
さすがにお目当てを積んでいるからか直接車を破壊しようとはしてこない。だが、車を止めるためなら連中は何でもするだろう。例えば運転手を殺すとか。
一台がスピードを出しレオナルドの車に並んだ。人を容易に殺傷する物騒なものを見た気がして、とっさにブレーキを踏んだ。後続の車が慌てて避ける。それなりに距離を開けていたので互いにぶつからないですんだ。
停止した車の中でレオナルドは一度大きく息を吐く。
そろそろ車内に渦巻くふたつのうずうずとした殺意に吐きそうだ。なんちゃってカーチェイスよりも、この雰囲気のほうがひどく疲労感を覚えた。
周りを追跡してきた車が囲み、襲撃者がぞろぞろと降りてくるのを確認する。だいたいここまで計画通りだ。
「頼みましたよ!」
襲撃者たちが近くに不用心によってくるのを見て、レオナルドはドアを勢いよく開けた。
助手席に潜んでいた影が起き上がる。そして、影の形を相手に視認させる間もなく、レオナルドを踏み越え襲撃者の一人に体当たりした。
それは襲撃者の喉元に食らいつく。引きちぎり、血管と気管をズタズタにしてしまうと傍に立っていた別の人間にとびかかった。まさに銃を撃とうとしていた手首に噛みつく。
「犬!?」
誰かの叫び。どよめきが走った。
その言葉の通りで、今まさに人を襲っているのは黒い柴犬だ。日本の天然記念物である。もっとも、そのことを知るほど柴犬に詳しい人間はこの場にいなかったが。
唖然とその様子を見ていた襲撃者のうちの二人をレオナルドはダッシュボードに隠していた拳銃で胸部を撃ち抜く。ひとりは心臓を破壊され、もうひとりは肺を潰された。
レオナルドはバックミラー越しに後ろの様子をうかがう。襲撃者数名がトランクを開けようとしているのを見て顔をしかめながら、ハンドル近くのレバーを引いた。
かこんと軽い音と共にトランクが解錠される。
騒ぎの中で愚かにも開けようとしていた襲撃者たちの前でトランクが浅く浮く。
これ幸いとばかりに一番近くにいた二人の男たちは、急きながら開いた。
――同時に鈍い銀色が煌めき、腕が四本、地面に落下した。
いっしゅんにして両腕を無くした男たちはぽかんと滑らかな断面を見つめる。
そして痛みと現実に叫ぶよりも早く、首が落ちる。
血のシャワーを潜り抜けて、刀を手にした女がトランクから滑り出すように出てきた。
女の顔の上半分は犬を模した面で覆われており、あどけない笑みを浮かべる口元と相まってさながらお遊戯会のキャラクターのようであった。ポニーテールに括った髪の毛が揺れる。
呆然と彼女を見ていた人間たちへ、女は容赦なく刀を振るった。
あまりに現実離れした殺害場面にとっさに反応ができなかったこともあり瞬く間に二人が犠牲になった。