〈黒〉5
夕飯というには大敗で、軽食ならば失敗の、どちらにしろ遺憾を残した食事のあと今夜の『パーティー会場』のそばで三人は待機していた。
千人ほど収容できるクラブだ。普段は着飾った人間が通りを歩いているのだろうが、今日は皮膚にインクを打ち込んだ人間のほうが多い。どこか異様で物々しい雰囲気であることは間違いない。雰囲気に気づかないまま入ろうとして、受付に追い出されている男女が何組かいた。
「クラブで集会は隠れ蓑としては面白いけど、出入りする人間に一応のドレスコードは守らせるべきじゃないかね?」
路上駐車した車内でアンナはぼやいた。
「あれで気づかれないとでも考えているのかどうか」
「思っているからこうしているんだろ、杜撰すぎるとは思うが。それでアンナ、俺たちはいつから仕事をすればいいんだ」
「22時にクラブ内へ侵入。あとは各自好きなようにして」
時計を見ればあと一時間ほど。
言いながらアンナは近くで買ってきた有名チェーン店のコーヒーを啜る。
その横で千夜子はフラッペとカプチーノが合わさった飲料を手の温度で溶かしながら飲んでいる。アンナの奢りというということもあってか少し高めのものだ。
「ずいぶん楽そうに言ってくれる。何人いると思っているんだ」
後部座席で腹ばいになったクロミネは嫌そうな声を出した。
「『ラック』の所属人数は…二百、三百ちょいかな」
「つまり一グループにつき百人前後はいるのか。ストリートギャングにしてはいささか少なくないか?」
「あんまり幅を利かせすぎてカリフォニア州の恐ろしい先輩方に目を付けられたくないんじゃないかね」
「それもあるかもな」
おそらくはこんなちっぽけなギャングを巨大な勢力をもったグループは見向きもしないだろうが、万が一がある。
好き勝手に生きるためには好き勝手なことは出来ない。どんな組織でも上下関係と数の前には無力だ。
少し飲んでは溶かし、少し飲んでは溶かしを繰り返していた千夜子は飽きてきたのか左右にプラスチックカップを振りながら口を開いた。
飲料を飲んで体が冷えたのか唇からはわずかに色が失せている。
「ねえボス。わたしたち、三百もころせるかなあ。せんめつでしょ?」
「そうだな」
「あんまり〈黒〉に向いていないおしごとだよね」
千夜子は近接戦を得意としている。そして銃の扱いはどの種類でもあまり芳しくない。
そしてクロミネも銃火器は得意に入るが、その得意なものを生かすためには様々な制約が入る。犬の姿のままでは引き金も引けない。
そのため、受ける依頼もほとんどが少人数でも遂行できるものである。技術は必須で、人海戦術を使えないようなもの――いわゆる、暗殺だ。
「どうがんばっても、もれが出るよ。ね、アンナ。爆発物とか使わないの?」
「そんなに心配しないでいいよ、チヨ。学校の課題じゃないんだからそんなバカ真面目にする必要はない」
「その通りだな」
後ろでクロミネも頷いた。
そばを通りかかった通行人がクロミネの姿を見て微笑み、手を振った。
クロミネは数度通行人に向かって尻尾を振った後に前へ向き直る。
「前金は貰っているんだろう、アンナ」
「もちろん」
「なら話は終わりだ。最低、主要人物だけ殺せばいいさ。そんなちまちま殺していたら朝と警察が一緒に来ちまう」
「第一優先はそれさね。さっきの四人だけは何としてでも殺す」
少し様子を見てくると言ってアンナは運転席から出ていった。
車内に残されたのは千夜子とクロミネ。〈黒〉。たった二人の殺し屋組織。
「だが見逃せとも言わない」
アンナが居た時よりも低い声でクロミネは付け足す。
「殺せるだけ殺せ、いつもみたいに」
「うん。分かっているよ、ボス」
ただ素直に千夜子は頷いた。
従順な犬のように、自分の考えはそこになく。