求めたのは女神〜序章:アシェの秘密と独裁の始まり〜
「近々戦争が始まる」
そんな、とアシェが目を見張った。彼女は妊娠していた。もちろん目の前の男、夫のロンデルの子だ。
「東の国々がブランシールと同盟を結んだ。もう時間の問題だ」
ブランシールは東大陸では一番勢力があり、次々と近隣諸国を支配下に置いた。同盟など名ばかりで、小さな国はブランシールの兵隊にしかすぎない。同盟を断れば容赦なく攻め込まれ、土地は荒れ、女子どもも関係なく虐殺される運命なのだ。
それと同等の力を持つエギュイエットは、唯一の敵国としてブランシールに常に監視されていた。もちろんエギュイエットは自衛のための軍はあったが、攻め込むための大掛かりな軍は持たない。それどころか少しずつ平和に関する同盟の調印を呼びかけ、そういった仲間を増やしていった。
しかしブランシールはそれを宣戦布告だと言いがかりをつけ、正式にエギュイエットに攻め込むことを宣言したのだ。
「でもあと3ヶ月もすればこの子も」
「それまでには戻ってくるさ」
そんな保障はどこにもなかった。あのブランシールとの戦いだ。そう簡単に決着がつくとは思うわけもなく、アシェはロンデルを抱きしめ咽び泣いた。
「・・・気をつけて・・・必ず・・・戻ってきて」
「ああ、必ず」
その日、二人は抱きしめ合いながら眠りについた。そして眠りに落ちる直前「いつまでも朝がこなければいいのに」とアシェは呟いたが、ロンデルは小さく「俺は早く朝がきてほしいよ」と言いながら、アシェの腹部を優しく撫でた。アシェは「そうね、ごめんなさい」と言って、ようやく安心したように眠った。
程なくして、ブランシールとエギュイエットとの戦争は始まった。
自衛だけの軍とはいえ、エギュイエットの軍事力はブランシールに勝るほどだった。しかし、東諸国が加わると話は別だ。簡潔に言うと、圧倒的に数は及ばない。エギュイエットは軍人だけで5千、賛同した民間の防衛隊を含め約7千。対するブランシールは軍人、民間人、支配諸国含め約1万6千。倍以上であった。
戦況は確実にエギュイエットの不利であった。戦場は規定の場所など無視され、次々と村人が犠牲となった。山は燃え、川は涸れ、そこにあった美しいものたちはすべて跡形もなく消え去っていった。
ロンデルの村も例外なく襲われた。そしてロンデルがようやく戻ってきたときにはもう、昔の景色など感じられない程凄まじいことになっていた。そこら中に埋葬されずに横たわったままの死体が放置され、生き残った者も小さくうずくまり息だけをしていた。家などは見渡す限り焼け崩れ、飲み水も茶色く濁っていた。思い出したかのようにたまに村人がその水をすすっていたが、それも疎らなものだった。
「すまんが、アシェという者を知らないか」
「さあ、見当たらないなら死んだか逃げたんじゃないの?」
死体なら見つかるか、とその老人は笑いながら焼け焦げた遺体に触れた。その老人は男か女かさえも分からないそれをじっと見つめ、次にロンデルが話し掛けても聞こえていないかのようにずっと見つめていた。そしてロンデルは祈りながら自宅へと足を進めた。
何もない。
そんな言葉以外、ロンデルには思いつかなかった。家なんてものは当然灰と化し、小さな家庭菜園は真っ黒い土と同化していた。
「アシェ!!」
大声で呼んだ。何度も何度も。しかしそこには誰も何もなかった。まだ熱のこもっていた炭に手を突っ込み、辺りを引っ掻き回した。しかし何もなかった。
「そこの人、まさかロンデルという者ですかな?」
声の方に顔を向けるとそこにいたのはロンデル同様、真っ黒になった一人の老人だった。ロンデルは我を忘れ、その老人に掴み掛かった。
「アシェはどこだ?!」
老人は微動だにせず、ロンデルを見極めるように黙った。そして震えるロンデルの腕をゆっくりと解いた。
「彼女はブランシールだ」
「・・・ブランシール?」
何故、と問う前に老人は口を開いた。
「彼女は人ではない。ここら一帯を守っていた、言わば守り神だった。人の姿をしていたのは、人間を愛してしまったからだ。しかし力がなくなったわけではない。どこからかそれがブランシールに知れた。」
村にはアシェという神を祭っていた。出会った当初は「偶然ね」なんて言っていたのをロンデルは思い出した。しかし、彼女がどこから来たのか記憶がなかった。もともと村人ではないのは確かだが、彼女と出会ったその日のことを今考えると不思議なものだった。
それはやけに振り続けた雨がようやく上がった早朝のことだ。
ロンデルが晴れた空を外に出て見上げると、ふと自分に何かが近寄ってくるのを音と気配で察知した。そして目を向けた先にいたのは色白で長い黒髪の美しい女だった。ロンデルは見惚れ、その女が声をかけるまで視線を外すことができなかった。それからたびたび女は現れ、いつの間にか二人はともに生活し、子を授かった。
「あんた、何者なんだ?」
老人はまるでロンデルの言葉が聞こえていないかのように続けた。
「彼女の力はここを離れても通用する。そして守り神といえど、破壊神の一人。そして子を身ごもっておるから下手な反抗はしないだろう。力はあるが、もう体は軟弱な人間そのもの。愛する者たちのために生贄となった」
「馬鹿な!そんなこと!!」
俺は何も知らない、とロンデルはひざまずいた。彼女の生い立ちに興味がなかったわけではない。しかしそんなことは関係なく、ただ彼女との幸せな生活を送れればロンデルは十分だった。
「アシェは・・・生きているんだな・・・」
「殺されるのも時間の問題かもしれん。力は徐々に子へと受け継がれる。しかし、あの美しさなら慰み者として生かされるかもしれんな」
「うるさい!」
ロンデルは老人を睨みつけ、立ち上がると同時に背を向けて歩き出した。
「何者か知りたくなかったのかね?」
「どうでもいい」
そうか、と聞こえたと同時に老人の気配がなくなった。ロンデルが振り返ったときにはもうすでに姿はなく、老人が立っていた場所に小さく光る物を見つけ、思わず拾い上げた。それはアシェが身に付けていた耳飾で、ロンデルと片方ずつ付けていた。それが夫婦の証でもある。手の中の紫色の石が、平和だったあの頃のまま美しく輝きを放っていた。
「アシェ・・・」
それを本来付けない右耳に装着し、ロンデルは軍へ戻ることなくただブランシールを目指し歩き出した。
しばらくして、エギュイエットの降伏宣言で5ヶ月にも及ぶ戦いは幕を閉じた。そしてそれは、ブランシールの独裁の始まりでもあった。
難しいですね、ファンタジー。でも・・・でも楽しかったよ!!!(爆
序章とか言っときながら連載予定はありません。もし連載するならいろいろすっきりしたころですかねー。
中途半端は嫌だからね!(とか言いながら中途半端にほったらかしてすみません
それでは〜