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異世界転生

一話だけ長めです

雪子(ゆきこ)ぉ! 目を開けるんだ雪子ぉ!」

 

 家に帰ると床に倒れていた妹の肩をつかみ、揺さぶる。反応は薄い。しかしそのことに僕は安堵した。まだ生きているということだからだ。空腹による多少の気絶は、もはや日常茶飯事だ。


「兄……さん……?」


 雪子がうっすらと目を開け、首をかしげる。良かった。やはりただ気を失っていただけらしい。だが、続く言葉で絶望は一気に加速する。


「あ……お父さん……お母さん」


 僕は息を飲んだ。父さんも母さんも、数年前に出て行ったきり家には帰ってきてない。時たま僕のバイト先に来てバイト料をかすめ取っていくから、この近くにいるのは確かなのだろうが。その父さんたちが見えているということは、雪子は視界もはっきりしない状態にあるということ。


「おい雪子! しっかりするんだ! 雪子!」


 雪子の頬をたたく。すると、口の中から何かが零れ落ちた。


「おい雪子。何を食べてたんだい?」


 雪子はうっすらと笑う。


「へへ。食パン……柔らかいんだぁ……」


「食パン……? 家には食べ物なんて……」


 雪子の口から出たものを拾って確かめる。


「雪子これは食パンじゃない! スポンジだ!」

 

 慌てて残りのスポンジも口の中から取り出した。けれど雪子の容態は相変わらず最悪だ。目は徐々に光を失っていく。


「雪子、待っていなさい。すぐに美味しいものをたべさせてあげるからね」


 もちろんそんなお金はない。今日の日雇いのバイト代だって、両親が持っていってしまった。だが愛する妹のためだ。物乞いだってなんだってやってやる。今は戦争中じゃない、大半の人が食べ物に困らないくらいには裕福なんだ。誰かが何かくれるはず。


 急いで家を出ようと決意したとき、ドアが勢いよくたたかれた。続いて怒号が部屋中に響き渡る。


「おい開けろ! 居るのはわかってんだよ! 借金きっちり返せや! どんだけ溜まってると思ってんだ!」


 今外に出れば、捕まって身動きが取れなくなるのは明白だった。やるせなさから怒りがふつふつとこみ上げる。どうして。どうして僕たちがこんな目に合わなければならないんだ。 


「帰ってください! 家にはお金なんて一円もありません! 借りた本人に返してもらってください!」


 怒りに任せて力の限り叫んだ。ドアをたたく音は一層大きくなる。そのまま玄関まで行ってもう一回叫んでやろうとして、視界が回転した。あたりを見回して、自分が倒れたのだと気付く。そしてここ一週間なにも口にしていなかったのを思い出した。


「大声あげるのは、良くなかったかな」


 段々と暗くなる視界。いつもの気絶より、睡魔が強いのを感じた。意識はすぐに常闇へとのまれていく。


「ああ……お腹減ったなぁ……」


 そう呟いて、目蓋をとじた。


◇◆◇


 目を覚ますとそこは、この世の全ての富を集めたが如く、煌びやかな部屋の中だった。部屋の中心に縦に長い机があり、僕はその長方形の短い部分の前にある椅子にに座っていた。驚いたことに、机や椅子、さらに部屋中の家具から果ては壁に至るまで、その全ては黄金でできていた。飾られている芸術品の数々も、恐らく僕では想像もつかないほどの価値を持つのだろう。

 しばらく眼前の光景に呆気にとられていたが、ふと当然の疑問に行き当たる。


「ここは……どこだろう?」


「ここはボクの世界さ!」


 不意に聞こえた声に思わず振りむく。この部屋には僕以外誰もいないと思っていたのだが。

 声の主は僕と目が合うと、にぱっと笑って手を振った。反射的に頭を下げる。その子は身長150cmくらいで、黒いベストとズボン、ベストの下には白いシャツを身に着けていた。

 金色の短髪がキラキラと輝き、紅い瞳はルビーのように澄んでいた。体の線が細いのと声が高かったことから恐らく女性なのだろう。


「ここは貴方の家なんですか? すみません、お邪魔しています」


 すると少女は満足げに頷いた。


「うんうん。礼儀正しくてよろしい。最近の子は皆この姿を見ると子供扱いしてきてさ。ただの人間風情がつけあがるなっての。こっちは次元が違うんだぞっての」


 そう言って腕を組むと、胸を張ってふんぞり返る。確かに、これだけの財産を築ける人が偉くないわけがない。下手に敵回すと今まで以上の災厄を呼びそうだ。僕は慌てて座っていた椅子から立ち上がった。


「もしや貴方は大手企業の創設者様だったりするのでしょうか? すみません僕だけ勝手に座らせていただいて。どうかお許しください」

 

 そう言って頭を下げる。


「うん、分かってる! 君分かってるよ! よーし。これは権能も奮発しちゃうよー」


 少女は大きく腕まくりした。

 権能……? 権能って何だろう? 気になるが聞いてもいいのだろうか?

 首をかしげていると、少女は僕の気持ちを察したようで口を開いた。


「ああ、詳しいことはこれから話すよ。君の身の上話もしないといけないしね。まあでもまずは……」


 そう言って僕が座っていた椅子と向かい合う席に着くと、指をパチリと鳴らした。瞬間、ポンッという音と共にテーブルには見たことはないが一目で豪華と分かる食事の数々が並ぶ。

 湯気の熱と鼻をくすぐる料理の香りに、思わずごくりと喉を鳴らした。それを見た少女はふふっと笑うと、食べてもいいよと手で示した。

 僕は慌てて首を振る。


「い、いえ! こんな大層なものいただけません! 僕は一文無しの身、何かを頂いてもそれに見合う対価を持ち合わせていないのです」


「おいおい、けち臭い言うなよ。僕は君のことが気に入ったんだ。勿論見返りは求めないさ。あえて言うなら、君がおいしそうに食事を摂る姿を見るのが僕の求める見返りかな」


 満面の笑みでそう言うが、今度は警戒心から手を付けるのをためらった。以前格安で食事をふるまってくれると聞いて入った店で、場所代や入店料などと言って法外な金額を要求されたことがある。それ以来ただより高いものは無いと身を以てしったのだ。

 出来るだけ角が立たないように断ろうと口を開きかけたところで、少女が被せるように話し始めた。


「僕の申し出を断るなんてことないよね? 遠慮も過ぎれば失礼に当たるよ? それともまさか、この僕が、高々人間風情を騙すために策を弄していると邪推しているわけではないよね?」

 

 暴風と錯覚するほどの圧倒的威圧感。僕と少女は各が違うのだと直感的に思い知らされ、同時に確かに僕は人間風情なのだと納得した。 僕と彼女はどちらも人間であるはずなのだが、何故か自然とそう思ってしまったのだ。


「……わ、わかりました。ありがたく頂きます」


 僕は、ゆっくりと席に着くと。恐る恐る一口、料理を口に運んだ。

 そこからは止まらなかった。獣のように食らいつき、数年ぶりのまともな食事を堪能した。

 お腹も大分膨れてきてフォークを動かすペースも落ち着いてきたころ、彼女は再び話し始めた。


「さて、それでは話を始めるけど、まず君は死んでしまったんだ。死因は餓死」


 その言葉に思わず手を止め、少女の方を向く。何かの冗談かと思ったが、彼女の相変わらずこちらを向いて微笑んだままだ。表情から言葉の真偽は窺い知れない。僕が頭を悩ませている間にも話は続く。


「そしてボクことだけど、ボクは神様さ。「アルカナ」という世界における、五柱の神の一人、慈悲の神アウロラさ!」

 

 そう言って手を広げると、背中から純白の翼が現れ、黄金よりもはるかに眩しい光が彼女の背中から射しこんだ。思わず腕で目を覆う。だが光はすぐに収まっていき、彼女を再び直視することが可能となった。


「ごめんね。こうでもしないとなかなか信じてもらえないしさ。でもこれで、ボクが神様だって分かっただろう?」


 僕は何度も首を縦に振った。先ほど以上の威圧感に全身が震えていた。自分とは異なる次元の存在に、ただただ本能が悲鳴を上げていた。

 だが彼女の言葉を信じるなら、僕は死んでしまったのか……。まあ、生きていても辛いことばかりだった。早く楽になれてよかったのかもしれない。ただ一つ、心残りがあるとするなら……


「あ、あの……」


 今となっては向き合うことすら恐れ多いのだが、焦りにかられて口を開いた。


「何だい?」


「僕の妹はどうなったのでしょうか? 僕が死んだとき妹も死にかけていたのですが、やはり死んでしまったのでしょうか?」


「えっと……ああ、それなら大丈夫さ。君が死んだ直後、騒音による通報を受けた警察官がやってきて君の妹を保護した。そこからは施設に預けられ、普通に就職して普通に結婚。子供たちと共に幸せに暮らす運命にあるよ」


 アウロラ様の目の前に五百円玉くらいの不可思議な幾何学的図形が現れ、それを覗きながら言う。神様特有の力なのだろう。

 僕は安心に胸をなでおろした。良かった。妹は幸せになれるらしい。だとするなら、妹の生活費を稼ぐのに全てを捧げた僕の人生にも意味があったと言えるだろう。


「ありがとうございました神様。最後に美味しい食べ物も食べれたし、僕は満足です。僕は安らかな思いで一生を終えられます」


 するとアウロラ様は慌てたように両手を振った。


「ちょっと待ってよ! まだ話は終わってないんだ! 君の人生はまだ終わったわけじゃない。というか、まだもう一回残っているんだ」


「えっと、それは生き返れるということですか?」


「いいや、そうじゃない。君は元居た世界からは完全に消滅した。だから君がその世界で再び君自身として生を受けることはない。君はこれから、ボクの世界アルカナで生まれ変わるんだ」


「……はぁ。そうなんですか」

 

 そう呟くと、彼女は不思議そうに首を傾げた。


「驚かないのかい? 結構凄いことだと思うんだけど……」


「まあ、神様のなさることなので。何が起こっても不思議ではないかと。死んだらそういう世界に行くんだなぁと、納得した気分です」


「結構肝が据わってるんだね。別に誰でも行けるわけではないよ。むしろ少数派だと言っていい。選ばれし理想郷への来訪者なのだから」


 その言葉に、今度は僕が首を傾げた。皆が行けるわけではないのなら、なぜ僕が選ばれたのだろうと。自慢ではないが、僕は中々の一般人だと自負している。そんな名前だけでも凄そうな場所へ誘われるいわれなどないのだが。


「理由は今から説明するよ。君は輪廻転生というものを知っているかい?」


 彼女の問いに、僕は一度頷いて答える。


「はい。人は死んだら生まれ変わるっていうやつですよね。学が無いのでそれだけ知りませんが」


「簡単に言えばその通りさ。そして死んだ者の魂は一度一か所に集められ、一度全て混ざってからその一部が新しく生まれる者に与えられる。それが世界の魂の仕組みさ」


 説明を聞いているうち、思わずため息が漏れた。


「なんだか、世界の神秘に触れた気分です」


 すると彼女は嬉しそうに指を鳴らす。


「お、上手いことをいうじゃないか。確かにこういうのは神様しかしらない秘密さ」


 別にそういうつもりで言ったのではなかったのだが。とりあえず苦笑いで反応すると、アウロラ様も気が済んだのか話を続けた。


「だが、その魂の収集に問題がある。もし集めた魂が汚れていると、一か所に集めた時に汚れが広がってしまうのさ。すると新たに生まれた魂も汚れてしまう。それだと困るだろう?」


「悪人が増えるということですか?」


「それもある。あとは精神に異常をきたす者が増えたり人々の生への執着が弱くなったりかな」


「確かに、それは困りますね」


 僕が相槌を打つと、アウロラ様は満足げに頷いた。予定した通りに話が運んで行って気分が良いのかもしれない。


「そこで魂の浄化機関として生まれた世界が『アルカナ』さ。ま、そこで生まれた人々も自我を持つから、もはや一つの独立した世界なんだけどね。本当に汚れきった魂は処分しかないんだけど、ある程度までの汚れなら、この世界で素晴らしい人生を謳歌してもらうことで解消される。君も新たな生を存分に楽しむといい」


 そう言って自慢げに胸を張る。そしてこちらをちらりと見るが、僕はどうやら彼女の望む顔をしていなかったようで、彼女は勢いを増して言葉を続けた。


「心配しなくていいよ。君の世界の者は皆アルカナを理想郷と呼んだ。君の幸福は神であるこの僕が約束しよう」


 そんな彼女の言葉に、僕は慌てて首を振る。変な誤解で神様の期限を損ねたら大変だ。


「い、いえ。そんな素晴らしいところへ招待してくれてうれしいのですが、僕の魂は汚れていたのだなと。これでも質素倹約に生き、悪いことはしなかったつもりだったのですが……」


 在りし日を思い出しながら言う。何度思い返してみても疾しいことなどしたことがなかった。自分のちっぽけなプライドのために。何より、妹につらい思いをさせないために。

 アウロラ様はそれなら納得だと頷いた。


「ああ、悪人だけ魂が汚れているわけではないんだ。むしろ根っからの悪人なんてほとんど存在しない。皆何かしらの原因で何かを失ったり、何かを諦めたせいでヤケを起こして勢いで悪行を行ってしまうんだ。だから魂の汚れというのは心の傷に近いものなんだよ。というか、根っからの悪人は魂が汚れすぎてるから僕の管轄外だね、この世界にはこれないよ」


 成程、僕は悪人に堕ちずにすんだようだ。だが同時に、僕を苦しめ続けた両親や借金取り達のことが思い出される。彼らが悪人でないかもしれないなど、僕には到底受け入れがたい事実だった。少なくともここに一人、苦しみの果てに殺されたものがいるのだから。

 俯く僕にアルカナ様は肩をすくめて「続きを離してもいいかな?」と聞いた。僕は頬を二度叩いて気持ちを切り替え、お願いしますと頭を下げた。


「それで君はね、生きた境遇があまりにも悲惨すぎたらしい。らしい、というのは魂やその者の人生の観察は別の管轄だからなんだけど。そのせいで君は生への執着があまり強くないそうだ。その伝染を防ぐために君はユートピアに行くんだよ」


 確かに、それなら納得だ。さっきだって自分が死んだことはそれほどショックでもなかったし。


「そういうことだったんですね。なら、次の人生はめいいっぱい楽しんで来ようと思います」


「ああ、そうするといい。で次は権能の話なんだが、ユートピアは所謂ゲームのような世界なんだ」


「ゲーム……ですか? それはトランプや将棋のような?」


 すると彼女は「まさか」と笑った。


「君の生まれた国でもよく見かけるテレビゲームとかの類さ。レベルがあってスキルがあって魔法があって。そんな不可思議な世界で成功を収める。どうだい、わくわくするだろう?」


 目をキラキラさせてこちらの顔を覗き込む。よっぽど自分の世界が好きなのが一目でわかる表情だった。

 しかし反対に僕は首を傾げることとなった。


「レベル……? スキル……? すいません。僕にはよく分からないです。それにテレビは僕が物心つく前に父が売ってしまったらしく、電機屋でしか見たことがないので使い方は……」


 するとアウロラ様はくちをあんぐりと開ける。


「日本という国は現在平和で裕福な国だと聞いていたのだが……。ちょっと待ってくれ。君の人生がいよいよ気になってきた。今後のためにも君の一生をのぞかせてもらうけど、いいよね?」


 そう言いながらも、すでに先ほどの幾何学的図形は現れている。僕が一つ頷くと、すぐにアウロラ様は作業へと集中していった。


 それからしばしの時間が流れた。途中アウロラ様は「えっ、容姿だけでここまで虐められるものなの?」とか「……嘘。いくらお金がなくてもここまでの生活は……」とかいう声を漏らしながら、どこから持ち出したティッシュで鼻をかんだりしていた。最後の方では「雪子ォ! 雪子ォ!」と叫んでいたので、僕の死ぬ直前を見ていたのかもしれない。

 そして現在アウロラ様は、黄金の机に様々な液体を垂らしながら、ティッシュで目頭を押さえている。


「大変だったのねぇ! そこまでされて性格が曲がることもなく……。大変だったのねぇ! うちの世界の奴隷だってもう少しましな生活してるわ!」


 叫びながら再び鼻をかむ。口調が女性らしくなっているので、先ほどまでは意識して変えていたのかもしれない。なぜそんなことをと思ったが神様なりの理由があるのだろう。

 アウロラ様が落ち着くのを待っていると、机に伏していたいた彼女はいきなりガバッと顔を上げた。


「決めたわ! 君は次の人生では世界で一番幸せになりなさい! そのために私の使用可能な権能の容量全部あなたに注ぐわ!」

 

 びしっと僕を指さしてくる。


「さっきも聞きましたが、権能とはどういう……?」


「私の世界が理想郷と呼ばれるのは、ただ世界が素晴らしいだけじゃないの。ユートピアに行く人々に神が力の一端を与えることによって成功を約束するから、皆幸せに暮らして魂を浄化できるのよ。その神の力の一端こそが権能。最上位の神に決められた規則により一人の神が人に与える権能の量の合計は決められている。けど私はその全てを君に捧げるわ! よってあなたの大成は確実よ」


 胸をはるアウロラ様。しかし僕は慌てて両手を振った。


「ま、待ってください! そんなことをしたらほかの人が困るのでは? 僕は普通に暮らせればいいので、ちゃんと均等に分配してください」


 けれど彼女は首を振る。


「いいえ、神の決定は絶対よ。もう覆らないわ。いいのよ、他の人の処理は権能持て余してる他の神々に頼めばいいし。順位だってたかが百年くらい落ちたって気にならないわ。信仰が弱まればちょっと困るけど、まあ今の私は君に幸せになってもらいたい気分なのよ」


 頑ななアウロラ様をどう説得すべきか考える。それに『順位』と『信仰』。よく分からない単語が出てきて首を傾げそうになる。けれど僕の思考は「さあ!」というアウロラ様の叫び声によって遮られた。


「さあ! 君の願いを言いなさい。どんな願いも叶えて見せるわ」

 

 そう言うアウロラ様の目は決意に満ちており、とりあえず些細な願いを言って残った力をほかの人に使ってもらおうと考えた。先ほどの疑問も後で聞けばいい。


「えっと……できることなら、お金に困らない生活がしたいです。普通にご飯が食べれて服が買えればそれでいいので、そのようにお願いします」


 僕が頭を下げると、アウロラ様は「わかったわ!」と頷いた。


「権能付与! 『金運up(小)』『金運up(中)』『金運up(大)』『金運up Lv.Max』」


 黄色い四つの光がアウロラ様の指先から現れ、僕の体に吸い込まれていく。……大丈夫なんだろうか。これは四つ分の願いに相当するんじゃないだろうか……。


「あ、あのーアウロラさ――」


「次よ! 早く言いなさい!」


 凄い剣幕で僕の言葉を遮る。これ以上願うのは申し訳ない気もするのだが、神の意向を無視して機嫌を悪くさせても事なので、もう少し欲を出すことにした。


「では、できることなら、働いた分だけお金をもらえるようにしてほしいです。働いても給料を不当に取られたりしないように」


 そう言うと、アウロラ様は再び涙を零した。


「そうねぇ……。だって君……うぅ! なんて可哀そう! わかったわ! その願い叶えてあげる! 権能付与! 『英雄の資格』」


 今度は青い光が飛び出し、僕の光に吸い込まれた。そろそろだろう。もうこれ以上は本当に頂けない。何より、そんなにたくさん力があっても使いこなせなければ持ち腐れにしかならないのだ。


「あの、アウロラ様。そろそろ――」


「あと一個よ! 次があるからあと一個だけ叶えてあげる!」

 

 その言葉に申し訳なくなる半面、少し安堵した。次がある、ということは別の人のことも考えてくれているということだ。きっと願いが些細だったから、一人に与える分にはまだ余りがあるということなんだろう。


「では……これを言うと強欲だと言われそうですね。ですが、できることなら、一度ガバッとお金を使ってみたいですね。豪遊、というのでしょうか。憧れでしたから」


「わかったわ! このスキルがあればお金を使うことへの罪悪感がなくなるはずよ! 権能付与! 『マネーブースト』」


 再び青い光が僕の中に溶け込む。


「色は関係あるのかな……?」


 誰に言うでもなく呟いたつもりだったが、アウロラ様には聞こえたらしい。「そうよ」と頷いた。


「黄色い光はユートピアの普通の人でも生まれ持つことがあるスキル。これは権能の容量もそんなに使わないわ。青い光は英雄と呼ばれるものが持つスキル。これ一個が大体一人に使われる容量と同等ね」


「なるほどなるほど……って、ええ!? 僕青いスキル二つも貰ってるじゃないですか! 返します! 取ってください! それ取ってください!」


 しかしアウロラ様は頑なに首を振ると、両手の平を僕の方に向けた。そこには赤い光が集まっていく。なんだか嫌な予感しかしなかった。


「ちょ、ちょっと! 何やってるんですか! 次があるって言ってたじゃないですか!」


「ええ、これが次の、そして最後の作業よ。赤い光は神の力の一部。このスキルを持つものは神の領域に片足を踏み込むわ。幸せになりなさい! 神威かむい付与! 『叡智』」


 赤い光が僕の中に入る。何が変わったかよく分からないが、とにかく変化が起こる前に返さなくてはならない。神の力なんて持ってたら逆に危険になる可能性だってあるわけだ。大きすぎる力は身を滅ぼすのが世の常。僕の両親だってかつては大金持ちだったと酔った彼らがうわごとのように言ってた。

 さすがに文句を言おうとしたところで視界が狭くなっていくのを感じた。薄まる意識の中、慈悲の神アウロラはただただ微笑んでいた。

「何度でも言うわ。絶対、絶対幸せになりなさい!」


◇◆◇


 暖かな日の光と赤ん坊の泣き声で意識を覚醒させた。ぼやける視界の中、様々な人が僕の方を向いているのがわかる。不思議と体が動かない。少しして、泣き声をあげているのが自分だということに気付いた。

 そうか。僕は生まれ変わったのか。少しずつ湧いてくる実感と共に、不安もこみ上げていく。

 僕は……僕はどうすればいいんだろうか。


――回答。あなたは人間として生を受けました。よってしばらくはこのまま親元を離れず、赤子のふりをして育てられることを推奨します。


 突然頭の中で声がした。感情の一切がない、機械音のような声。それはどこまでも冷たく、だが逆に慌てていた僕の頭を冷ましてくれた。

 えっと……君は?


――回答。私の名称はスキル『叡智』です。この世のありとあらゆる知識を持ち、それを用いてスキル所有者の問いに答えます。


 そ、そうなんだ。神様はすごいものくれたんだね。じゃあとりあえず、神様がくれたもの全部確認したいんだけど、教えてもらえるかな?


――回答。『ステータスオープン』と念じればいつでも一覧が確認できます。また『ステータスクローズ』で閉じることができます。


 言われた通り念じるといろいろ書かれてる一覧表が現れた。ふむふむ僕の力は――


≪シリウス=クローバル≫

種族:人間

性別:男

職業:なし

年齢:0

レベル:1

HP:3

MP:1

魔力:1

攻撃力:1

防御力:1

俊敏力:1

魔攻撃:1

魔防御:1

≪スキル≫

『金運up(小)』『金運up(中)』『金運up(大)』『金運up Lv.Max』『英雄の資格』『叡智』

『マネーブースト』

<<称号>>

『慈悲を受けし者』

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