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第十九話 悪童と先生

 ヒロシがバッターモンへの憧憬と、己に備わっていない苦みを味わいながらも歩を進めていると、目の前から何やら砂煙が上がっているのが見え……怪訝そうな顔をして目を凝らし、見遣った。


 こちらに走って来ているのは、何やら阿修羅の如き怒りの形相の少女だった。


「あれ……あの子、さっき見たような……?」


「ふんぎいいいいいい!!」


 一直線に走って来る。このままだとすぐにぶつかる。


(まさか、あんな女の子が敵とは思えねえが……俺はさっきのバッターモンですら舐めてかかって痛い目を見たんだ……一応、こうしておくか)


「ふがああああー!!」


 ただならぬ気合いと共に奇声を発して向かってくる少女に、ヒロシは刀を――――


「よっ! ……っと」

「ぶぎゃあっ!!」


 鞘の部分で少女に足払いを仕掛け、すっ転ばせた。


「この程度で転ぶなら、やっぱ敵じゃない――――」


「ずおおおおおっ!!」


 ヒロシは敵の襲撃ではなさそうと安堵しかけたが、少女はガバッ、と凄い勢いで立ち上がる。まるで、散々遅れを取った相手を逆恨みして理不尽な怒りを込めるように……。


「……な、なに?」


「あ痛ああああー!! 兄さん、何してくれまんのやああああ!? これは、両肩脱臼しとるでええええーっ!! いたタターァ!!」


<<


 その光景を、ガミちゃんたち四人はボロボロに錆びた看板の裏に隠れて見守っていた。


「おいおい……ノリちゃん、よりにもよって当たり屋かよ……」


「完全に頭に血が上ってるね……作戦も何もあったもんじゃないでしょ……」


 河童がノリちゃんのあまりの無茶さに嘆息し、ガス美は渋い顔をして思わず頭を抱える。完全にこの悪童たちにとって『失敗』のパターン。四人ともさすがにヒロシを獲物とすることを諦めた。


「……の、ノリちゃーん……もう無理だよお……諦めて謝ろうよお……」


「そうね……こっちの武器も罠も全部見破られたことだし……でも、もう少しだけ様子を見ましょう、ガミちゃん? だって、ここは――――」


 名乗り出ようとするガミちゃんの肩を掴み、キリ子はもう少しだけ様子を見るように宥めた。


 もはや、彼らにとって敗北は明白。カリスマ性こそあれども、他の四人のような特殊能力などは持たないノリちゃんが無策での突撃。


 それでも、この場所には……そんなノリちゃんの暴走を止められうる『ある要素』があったのだ。


「あだだだだァ! こりゃ、アバラ四本もイカれてるでぇえええ!! ――――兄さん、慰謝料と治療費払ってぇなああああ!! ホンマは国家予算が何百倍あっても足りへんけどォ! 特別に六十六兆二千億円で許したるわあ〜っ!!」


「えっ、ええ〜っ……」


 目の前の少女の、あまりに無茶苦茶な要求にヒロシは先程の苦い感情が飛んでしまうほど仰け反る。


(……ここは、ボケるトコか? 日ノ本でも名高い、オオサカのノリで?)


 目の前のやたら関西弁でがなる少女の異常なテンションとここまでの襲撃による疲労、そしてヒロシ自身の傾奇者としての興の乗り方から、何かのギャグなのでは、と考えを飛躍させてしまいそうになる。


(……まあ、ボケてみるか。ボケようによっては傾奇ポイント増えるかも知れねえし……)


 そう考え、ヒロシは大仰に両手で頭を掻きむしり、半ば半狂乱で狼狽するフリをした。異常なハイテンションで来るならこちらもそれを上回る異常なハイテンション。それが傾奇者としての矜持であり義務デュティー! 


「うわああああ! そうなのかうわああああー!! 全部俺が悪いのかああああーッ!! ああああアアアア!!」


 ヘビィメタルバンドのヘッドバンギングを思わせるほど頭部を激しく振り、地団駄を踏んだり地べたをのたうち回ったりして悔いるフリをする。もちろん目は白目を剥いている。


「おんどれァーッ!! 反省しとるんかァァァーッ!?」


「うわああああ! 反省してるよォォォイ!!」


「「「「マジで!?」」」」


 傍に隠れて見ている四人が異口同音に声を上げて困惑した。ヒロシとノリちゃんのハイテンション即興漫才は続く。


「後悔しとるんかァーッ!? ちゃんと悔やんだかァーーーッ!?」


「ひぎゃあああ後悔してるよォーッ! このままじゃあ生きていけねえ! 生きていけねえ程によおおおォオオーーーッ!!」


「ホンマかァーーーッ!! 『反省』と『後悔』の意味と違いも知っとるんかァーッ!?」


「させしすせそさそ、知ってるよォオオーーーッ!! 国語の教師かアンタはよォオオオーーーッッッ!!」


 OTZ←このアスキーアートの通りに膝をつき頭を垂れるヒロシに、ノリちゃんは満面の邪悪な笑顔で問いかける。


「ヨッシャアアアアッ!! 上出来やないかいーっ!! 慰謝料、治療費、年貢、ショバ代もろもろ払うんやろなぁアアアアー!?」


「「「「……も、もしかして、マジで払う気か!?」」」」


「――――やだ。ごめん。無理だその金額」


「なんやと、ゴラァアアアアー!?」


「「「「ですよねええええー!!」」」」


 あまりにとてつもない勢いとテンションの応酬に、一瞬ヒロシが金を払うと期待してしまった四人の悪童は一斉にズッコケる。半狂乱に見えてもヒロシは……冷静かどうかはともかく正気であった。


 ノリちゃんはなおも逆上し、ヒロシの胸ぐらを掴む。


「こんのッ……ド腐れがあああああ!! なら、内臓を売り飛ばすなり何なりして金を――――」



 その時だった。


 ヒロシとノリちゃんが喧しいことこの上ない漫才を炸裂させているすぐ側の民家の扉が突然、開け放たれた。


「――――うっせーぞ、ノリッ!! まーたやたらめったら騒ぎやがって!!」


「あ…………」


「うん?」


 扉を開けた者の方へヒロシとノリちゃんが目を向けると、そこには眼鏡をかけ、ボロい白衣を纏った初老の男が仁王立ちしていた。


「先生! ……こ、こここれは〜……その〜……」


 『先生』とやらが出てきた途端に表情筋を引き攣らせ、ノリちゃんは一気にトーンダウンしていく。


「……むう!!」


「「「「んげっ!」」」」


 『先生』が鋭い一瞥を、錆びた看板に隠れる四人に向け……その竦み上がった反応を見て、全てを察した。


「……ちっ! まーた五人で人様に悪さしやがって! いい加減にせい、クソガキ!!」


「ふぎゃあ!!」


 そして、ノリちゃんの脳天に拳骨が落ちた。


 他の四人も、観念したのか、トボトボと看板から這い出て『先生』のもとへ歩いてくる。


「……何だったんだ?」


 さっきまで相手してきた悪童たちが這い出て来た、その錆びた看板を、ヒロシは目を凝らして文字を読んでみた。


『――――「イカガワ医院 内科・外科・整形外科・皮膚科・性病科、その他あらゆる病状の診察・治療を承ります……院長:伊賀川シイナ」』

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