表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

きのうとあした

ここまでわりと色々調べて書いてきたつもりだったんですが、あくまで素人調べなので、内容に誤りがありましたらすみません。

そしてこの話から、本気で私の妄想になるので、今までと雰囲気が異なる可能性があります。

僕の所有者が君となってから、最初の何年かは、僕を使って写真を撮るのは君の仕事で、パパはフィルムを交換する、ただそれだけの人だった。

だけど、君がある程度の年齢になると、パパも時々は、撮影者として、僕を手に取るようになる。

ごめん、だから拗ねないでよ。

でも、仕方ないじゃないか。

だって一生懸命頑張っている君の姿を、君自身では撮れないでしょう?

忘れちゃいけない。

僕の仕事はあくまでも、君の一番を残すこと。


僕が活躍できる場は、日常の中にだってたくさんあった。

春に家族で公園にお花見に行ったとき。花だんの花がきれいで、花の香りに誘われてやってきたハチに、怯えて泣いた君。

公園を散歩してたとき。動物が好きで、近所の斉藤さんのうちで買われていた愛犬のジョンをみかけ、『わんわん』とはしゃぎながら大喜びで駆け寄っていった小さな背中。

近所で行われたお祭り。わたがしで、口のまわりをべたべたに汚して、満面の笑顔を浮かべた君の笑顔。

入学式、運動会、お遊戯会、卒業式。

そうだね。

季節が巡ってまた春が来て、君はどんどん大きくなる。


君を写す機会はたくさんあったけど、その中でも特に運動会は僕と君がいちばん活躍するイベントだった。

かけっこで一番前を走っていたのに、最後の最後でこけて大泣きしている君の姿とか、ダンスで一生懸命とびはねている君の姿とか。

君の写真は数えきれないほど。

でも、僕らの出番はそれだけじゃなかったよね。

出番が終わると、君は取られる側から撮る方へと大変身。

大はしゃぎしながらパパから僕を譲り受け、ギーギーひっきりなしにフィルムを巻き、パシャパシャ大きな音でシャッターを押す。

晴れ渡った空は青くて、もくもくと広がる入道雲は大きくて、このステキな一日を切り取りたいと、地面を蹴飛ばして、砂っぽい味の風をまとわりつかせながら、嬉しそうに、君は僕を抱えて走った。

友達、校舎、学校で飼っているにわとり、うさぎ。すべり台にぶらんこ。のぼり棒と鉄棒、砂場。

君がどんな風に学校で過ごしてるのか、自慢げに、見せびらかすように、君はそれらを僕で写した。

たくさんの思い出を写して、何枚もの写真を、僕だけじゃなく、僕ら家族の宝物として積み重ねて。

君がようやく満足すると、最後は家族写真を取るのが僕らの中での約束だった。

パパが撮ったのと、君が撮るのと、他の誰かに家族全員の姿を撮ってもらったものと、全部で三枚。

アルバムに毎年並べて貼っていて、写すのうまくなったねとか、最初はパパが切れちゃってたよねとか、たまにみんなで見ては笑っていた。

楽しかったし、嬉しかった。

そして少し誇らしくも。

でも、どんなことにだっておしまいはやってくる。

あの夏の日。

君は言ったんだ。

恥ずかしいから、もうそんな古いカメラは使わないで、って。

泣きそうな顔で、怒ったような口調で、僕みたいな古臭いカメラを使うなんて、恥ずかしい、って。


思春期なんだね、とパパは笑った。

デジカメみたいなお手軽さとかスマートさはないけど、ちょっとメカニカルな感じとか、持ったときの重量感が、逆にかっこいいと思うんだけど。

今どきフィルムカメラなんてみんなもう使わないし、目立って恥ずかしいのかなぁ。

そう笑いながら話すパパを、僕はただ黙って見つめていた。

どうして笑えるのだろう。

僕は思った。

ねぇ、これは、もしかして、世の中にとって、笑えるようなことでしかないのかな。

何かか僕の中から搾り取られて抜けていく。

こんなに心が苦しくなる、僕はどこかおかしいのか。

恥ずかしい、と言われた瞬間、何もかもが真っ白になった。

もし僕が呼吸をしていたら、空気を吸った痛みに胸が詰まって、息が止まってしまっていただろう。

体中の備品がどうしてかきしきし軋んで、僕の体なんてもう二度と、ばらばらに弾け飛んで元の形に戻らなければいい、そう叫んでいるように感じてた。

これを悲しみと呼ぶのだろうか。

ただのカメラでしかないこの僕も、悲しいなんて思うのだろうか。

時間がたつのは確かにあっという間だった。

君は背丈を柱に刻むこともなくなり、かつて刻んだ印を見るためには、柱を見下ろさなければならないくらい大きくなった。

これから先も、君はどんどん大きくなって、もっといろんなことができるようになって、たくさんの場所に出かけるようになって、たのしいことがいっぱいになって。

……だけど、ずっといっしょにいるって。

僕らはずっといっしょなんだって。

疑いもなく、信じてた。

ああ、そうか。

そうだったんだ。

そんなのぜんぶ、僕の勝手な思い込みだったんだ。

君と見た景色が次々と、レンズに浮かんでは消えていく。

二度と写せないその景色が、今はひどく歪んでみえて、遠かった。


こっそりとなら大丈夫。

ようするに、見つからなければいいんだ、とパパは僕に囁いて、僕を運動会に持っていくことを決めてしまう。

パパの様子から判断して、パパが運動会の撮影に、僕を使うつもりなのは間違いなかった。

運動会の日が近づくにつれ、恥ずかしい、と怒った君の姿がレンズに浮かんでは消える。

もしも君にバレてしまったら、そう考えると僕は運動会に行くのが嫌で嫌で仕方なくて、逃げ出したくてたまらなかった。

けれど所詮、僕はしがないカメラでしかない。

逆らう手段も方法もなく、なすすべなく僕は運動会に駆り出される。

運動会で、パパは君に見つからないようにこっそりと、だけどパシャパシャという音をたて、君を写していく。

僕はこっそりと撮影してるつもりでまったく隠れていないパパに、ヒヤヒヤしながら君を撮る。

だめだ、と思う。

見てはいけない。

そう思うのに、レンズの中心に君は写り、そんな機能なんてついてないのに、焦点さえ自然にピタリと合ってしまう。

ああ、僕の中からパシャパシャパシャパシャ音がする。

どうしよう。

君がレンズに写って、シャッターの音がなるたびに、僕の心から、何かがポロポロ崩れていく。

大切なものが、僕にもあったんだ。

それが崩れて消えていく。

でも、消えていくのに、なくならないんだ。

どんどんどんどん増えていって、いっぱいで苦しくって、でもなくなって消えていくのもすごく苦しい。

見たくないのに見ていたくて、君にそばにいてほしいのに君のそばにはいたくない。

ねぇ、どうしよう。

写すことを、やめられないんだ。

それが辛くて悲しくて。

……すごく、苦しい。


君の出番が終わり次の出番が始まるまで、パパは汗を拭いながら乾いた喉を水筒に入った麦茶で潤した。

運動会の当日は雲ひとつない晴天に恵まれていて、強い日差しはじりじりとパパの肌を焼いた。

カメラの僕も少し熱を吸収して気だるく、光を帯びた強い色彩にレンズもすこしチカチカする。

やっぱり少しテントで涼もうか、とパパが踵を返した時だった。

目の前に、体操服姿の君が立っていた。

怒ったような、それ以上に泣きそうな顔で、パパを睨んでた。

パパは少し動揺して、いやちがうんだよ、とかそんなことを言ったと思う。

そのカメラで写さないで、って言ったのに!

君の叫び声が周囲に響き、僕の心がきしきし痛む。

今にも泣きそうな君の様子に、パパは困って頭をかく。

何がそんなに嫌なんだい?とパパは尋ねた。

生まれたときから大好きで、ずっといっしょにいたカメラじゃないか。

他の子からカッコ悪いと言われたくらいで、嫌いになってしまえるの?

そうよ、と君は頷く。

恥ずかしくて、嫌いなの。

だからもう二度と、そのカメラを使っちゃダメ!

パパは、そうかぁ、と呟いて、じゃあもう使えないなら仕方ないね、パパの馴染みのカメラ屋さんに引き取ってもらおうかなぁ、と僕を優しく撫でながらそう言った。

その方がきっとこのカメラも嬉しいよね。

ダメッ!

大きな声が言葉を遮る。

君は本当に泣き出して、イヤだとパパにすがり付く。

それはあたしのカメラだもん!

あたしのカメラを勝手に売らないで!

それから大泣きする君に、ママがやって来て、パパを軽くにらんだあと、どうしたの、と優しく慰める。

それからママはパパなんかじゃ足下にも及ばない手腕で、君から事情を聞き出していった。

クラスの男の子から、カメラをバカにされたこと。

無視していたら、古いカメラにはフィルムが必要で、だけど今はデジタルの時代だから、フィルムなんてそのうち作られなくなるんだ、って教えられたこと。

テレビで、国内ではフィルムの生産がされなくなる、ってニュースを見たこと。

フィルムがなくなったら、もうカメラで写真を撮れないと思ったこと。

だからもう、そのカメラを使ってほしくなかったの。

彼女の言葉に、嫌われたわけじゃなかったんだ、と僕は少し安心して、それからやっぱり悲しくなった。

パパとママは約束したね。

君が大人になるまで十分すぎるくらい、フィルムを買いだめておくから大丈夫。

何も心配することないんだよ、って。

その言葉は嘘じゃない。

だけど、ぜんぶホントじゃなかった。

フィルムは時間がたてば劣化するし、僕だって、使い続ければいつかは壊れる。

先伸ばししたことを、内緒にしただけだ。


君が泣いたあの年に、大手を振るった最後の一社も、日本国内のフィルム生産から手を引いた。

僕のからだのパーツだって、新たな備品はすでに生産を中止されており、中古品からの流用で、なんとか修理が行われていた時代だった。

僕はいずれ、君の前からいなくなる。

だけどね僕は、君が泣いてくれたあの時に、心の底からそれでもいいと思ったんだ。

君は最後まで、僕と一緒にいてくれるつもりでいたよね?

もしも、僕の最後に君が泣いてくれるなら、僕にはそれで十分だ。

君と過ごす日々がこれまで以上に大切で、そんな日々を送れることが、僕には何より愛しかった。

愛していたんだ、君のことを。

いやちがう、愛しているよ。

たぶんずっと。

ちなみに、フィルムの国内メーカーの生産はまだ終了していません、と捕捉。

個人的にはまだまだ頑張って欲しいところです。

さて、残るところラスイチなんですが、まだ真っ白けという恐ろしい状況だったり。

……構想だけは作ってるので、なんとか完結できるよう頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ