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しろとくろ

君がまだ小さい頃、僕は君のおもちゃだった。

君はその小さな体に不釣り合いな恐るべき行動力で、たとえ隠されてあっても、どこからか見つけだしてきては飽きもせず、好き勝手に僕のことを弄り回した。

いつだって、僕は君の行動に、壊されてしまいやしないか、逆に君が怪我をするんじゃないか、心配でたまらなくって、心休まる暇なんてなかった。

やわらかい肌で僕に触れ、予想もつかないような力で君は僕を振り回す。

何回か、僕の体は壁に打ち付けられたりもして、その度に、激しい衝撃に、壊れてしまったんじゃないか、と恐怖に怯える夜を過ごした。

だけど、そんな危険と隣り合わせの生活の中、君が僕に興味を持ってくれたことに、僕が喜んでいなかったといったら嘘になる。

泣いているばかりだった君も、いつしか嬉しげな笑みを見せるようになっていて、僕の力で君にはじけるような笑顔を浮かべさせることができるということが、僕の一番の自慢だった。

ほんとうに。

君の笑顔のすぐそばに、常に僕が在ることを、他のなによりも、僕は誇った。


もとより投げ売りされているくらいの価値しかなかった僕だからだろう。

僕が君のおもちゃになることに、パパは頓着しなかった。

ただ、君がまだ小さかったからか、衛生面がどうとかばい菌がどうとかでママにしかられて、手が空くと僕を布で磨き、綺麗にしてくれるようになった。

毎日のように磨かれる僕は、徐々にかつての美しさの片鱗を取り戻していく。

パパはあの日も、君が眠った隙間をぬって、僕を磨いてくれていた。

その時に、フィルム残数に目を留めたのは、本当にたまたまだろう。

何の気なしに目をやって、パパは違和感を覚えたらしい。

それはパパが最後に確認したとき何枚か残っていたはずのフィルムがいつの間にかゼロになっていたからで、でもそれが妙に気にかかって現像してみようと思いたったのも、きっとパパの気まぐれだ。

写真を現像するためのキットは残っていたものの、現像液やフィルム定着液はさすがにもう古くなっていて、以前のものは使えそうにない。

久々にカメラ屋に出向いて、いつの間にか新しく販売されていた器具を眺めて、お店を出る頃には、気がつくと新しく器具を一式揃えてしまっていた。

帰ってわくわくしながら、パパは早速、僕に納められていたフィルムを現像した。

フイルムを現像するためには暗室が必要だと考えている人が多いけど、実は暗室がなくてもそれに似た空間を作りだしてくれる、便利なダークバッグという道具がある。

その中に腕をつっこんで、パトローネと呼ばれるケースを栓抜きなどであけると、中のフィルムを取り出し、フィルム現像用のタンクリールに巻きつけていく。

作業は暗闇の中で行わなければならず、目で見て確認もできない。

もしフィルムを傷つけてしまったり、中をのぞいてしまったら、すべて台無しになってしまう。

手の感覚だけで行う作業を、緊張をほぐすため、途中でふーふー息を吐きながら、細心の注意を払って、ゆっくり、丁寧に、行っていく。

リールへの巻きつけ後に、現像タンクにリールをセットし、無事に蓋をし終えると、安心感からどっと疲れが襲ってきたようで、パパは休憩がてら麦茶をごくごく飲み、はあっ、と大きく一つため息をついた。

次に風呂場に移動して、現像液、停止液、定着液、水滴防止液の4つを用意し、現像液の温度を調整する。

タンクに現像液を入れると、泡を消すためにとんとんとタンクを数回たたき、適切にかくはんしながら、決められた時間だけ、現像する。

それが終わったら、タンクの中身を停止液を入れ替え、また、かくはん。

そしてタンクの中身を、液に入れ替えると、もう一度かくはんし、定着液を小さなペットボトルに取り出すと、現像タンクをあけてしばらく水洗いした。

初夏も近づいてきてる中、水作業をしているパパは先ほどまでとは違って、どこか少し涼しげで、嬉しそうだった。

最後に、水滴防止剤につけ、作業完了。

リールからフィルムを外して、まっすぐにのばずと、水滴を綺麗にぬぐって、乾かす。

出来上がったフィルムをスキャナに読み込み確認すると、最初の何枚かは、確かに熱は醒めはじめてはいたものの、かつて自分がカメラを相棒としていた頃、夢中になって撮ったものだった。

それから数枚、雪景色が写ったかと思えば、感光に失敗したと思われる真っ黒や真っ赤な映像が続き、これでおしまいかな、と思ったときに現れたのが、満面の笑みを浮かべながらレンズを覗きこむ、そう、今も居間に大きく引き伸ばされて飾られている、あの映像。

素晴らしい写真だろう?

見るものを引き込まずにはいられない、君の無邪気さや愛らしさが、見事に表現された写真。

多分、君が僕を好きでいてくれて、僕も君が好きだったからおこり得た、一瞬の奇跡だったんじゃないかな。

きっと、どこかに投稿していれば、賞だってとれていたにちがいないって、今でも僕は信じてる。


……でも、どうだろうね。

君は今も、あの頃と同じように、僕を好きでいてくれているのかな。

え、僕?

僕はどうかって?

バカなことを聞かないでよ。

そんなのずっと決まってる。

そうだね、いつだって。

……いつだって。

君のことを、想ってた。

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