古き月が落ちた後の話_▼
村を一望出来る所に、墓を。作られたそれに、かの吸血鬼の首飾りを添えて。
彼を倒して、村と、村人たちは助かった…でも。
事実を隠してもメリットは何もない。ミナさんにレインさんの事を伝えたら…泣き崩れてしまった。僕は慰める、といった行為は苦手だから、ミナさんを女性陣と迅雷さんに、その目付役をクロトさんに任せ、再び一人で墓に来ていた。
……どこかに慢心があったのだろう。今までのクエストでは、大地人を死なせたことは一度もなかった。だから今回も助けられるだろうと、きっと心のどこかで考えていた。
そんな甘い考えがあったから、レインさんの命を、助けられなかった。それが、今回の結果だ。
古き月が落ちた後の話_▼
エミールは、ふと背後に空間転移の魔法の魔力を感じて、そちらを振り返った。
「……ザインさん。何故貴方がここに?」
振り返りながら問えば、ザインは数歩、エミールの方へと歩み寄ってくる。
「きっとここにいると伺ったもので。……どうしました?一人で居るなど珍しい」
「…いや、気まずくて……僕が、ミナさんを泣かせたようなものだし。あと、女性を慰めるのは苦手なんだよ。」
そう言ってをすくめるエミールに、ザインは溜息を一つつく。
「それを口実に逃げてきた訳か」
「まぁね。……ザインさん、ごめんね」
エミールからの脈絡の無い謝罪に、流石のザインも反応が数刻遅れ、妙な沈黙が一瞬場を支配した。
「………その謝罪は、何に対してかな」
「折角、僕を頼ってくれたのに……最善の結果には、至らなかったから。」
そう言うと、再び前を…墓のある方に向き直り、膝に顔を埋めてしまったため、ザインがいる場所からエミールの表情は見えなくなってしまった。しかし、見えずとも声に、覇気がない…というのだろうか?普段の彼の調子ではないということは分かる。
「…………君は 私にどちらを期待しているのかな」
「そうだね……叱咤される方、だと、思うよ」
「そうか では」
ザインの声がしてすぐ、エミールは頭にぽん、と手を置かれた感触、続けてわしわしと撫でられる感触を感じて。
「ザインさん…?」
「敢えて、慰める方をとろうではないか」
「意地悪ですね」
「何とでも。でもね 君の…君達の所為ではないよ。この世界では 何が起こるか分からない。彼女らにも聞いたが、あのボス達と、少女には繋がりが…絆が、出来ていたのだろう?」
「友、とまで呼ばれていましたよ」
そう、取り巻き達も、レインの事を好ましく思っていた。垣間見えただけであったけれど、きっと…あの涙は、仲間だけでなく、彼女をも思っての事だろう。とエミールは考えていた。
「そうか…」
「…だから、もし…レインさんだけが生き残ったとしても。彼女が自分の意思であそこにいたのなら、例え助けられても、レインさんが幸せになれたのか、って。…彼奴らが言った通り、ずっとあの倉の中で過ごすのかもしれないと考えたら。何が良くて何が悪かったのか、どうしたら最善だったのか……全然、分からなくなって…っ!」
「……エミールくん」
「もう彼奴も、レインさんもいない…これは僕の只の臆測で、もしもの話なんだ!もう終わってしまってどうしようもない事なのはわかってる!……でも、どうしても仮定が頭をよぎるんだ!幾ら考えた所で…真実は、もう誰にも、分からないのに…」
言いたいことを言い切ったのか、何を言うか迷っているのか、エミールは黙ってしまったため、ザインは彼の隣に腰掛けて、顔を覗き込む。
「では君のいう最善が、もし、ボスと彼女両方を倒すものだとしたら、君は、彼女を殺せたのかい?」
「…っ…それは……っ」
彼に、この問は即答は出来ないだろう。それが分かっていたザインは、思った通りの反応を寄越したエミールの胸に向かって、指をさす。
「こうしてみると最善、という言葉は時として残酷だろう?助けられなかったという事実を、最善を尽くせなかった、と言って逃げるのは簡単だ。最善が何かは…分かっていないのだから、考えるだけ無駄というものだよ。」
「逃げる、なんて…そんなつもりじゃ…」
「そして、勇気が要ることだが…私達は生死にきちんと向き合わなければならない。」
「………」
「エミール君、何度も言うが あれは君達の所為ではない。なるべくして、ああなった…そう、割り切るといい」
もう一度、黒い癖っ毛の頭をくしゃりとなでて、ザインは立ち上がった。
「……っと、何だか説教じみてしまったな。私は一足先に帰るとしよう。……あぁ、きみには、迎えが来ているようだ」
「…え」
言われて、振り返って見れば、エミールは、5人が此方に向かってくるのを視界に捉えた。
「随分慕われているじゃないか。」
「…はは…うん。とてもありがたい事にね」
「ではエミール君、またアキバで会おう。私はこれから行かねばならないところがある、お先に失礼するよ」
ザインは十八番である《フリップゲート》を発動させ、アキバに戻っていった。
転移の輪が閉じるまで見送ってから振り返れば、丁度仲間達が丘の上に辿り着いたようだ。わっと囲まれ全員が次々に口を開く。
「エミールの旦那、あんまり遅いんで迎えに来たぜ」
「…そんなに経ってた?ありがとう」
「もう、いつの間にかいなくなってて私達びっくりしたんだからね!置いてくなんて酷いよー!」
「ごめんごめん。クロトさんには言ってきたんだけどね」
「ミナ、エミールにごめんって伝えてって言ってたぞ!」
「えっ……むしろ此方が謝り足りないくらいなんだけど……」
「あら?ザインさんは先にお帰りになったのですか?」
「はい、行かなきゃいけないところがあるんだそうですよ」
「えー。一緒に帰ればよかったのに……」
「……仕方ないよ、ザインさん忙しいからね…。」
全員と簡単に会話をし、顔を見渡して、エミールは告げた。
「さて、それじゃあ。僕達も帰ろうか……アキバに。」
僕達は帰路につく。
それぞれが、胸に抱えていることはあれど
立ち止まっても、進む意志を捨てる事無く
僕らはまた、次へと一歩を踏み出す。
見上げた空は美しく晴れ渡り、青がどこまでも続いている。雲ひとつ無い快晴だ。
夜になれば星のカーテンが引かれ、再び月が浮かび上がるのだろう。
僕はきっと、月を見る度、彼と彼女を思い出す。
再び月を訪れたいと願った彼と、彼に惹かれたのであろう彼女を。
──ゆめゆめ忘るる事なかれ。
彼らが、どうか強制ではなく…心から惹かれあっていた事を願って。
14/12/24-27 15/02/02 加筆修正