3.兄貴
ひとりどこかへと駆け抜けて行ってしまったシュンを追い、村じゅうを走り回るリュイン。猛烈に馬鹿な友人を探すために汗を流す自分が、少し情けないと思ってしまう。そんな気持ちを抱えたまま走っていると、目の前に洞窟の入り口が待ち構えていた。
リュインは洞窟の前でようやく立ち止まり、辺りを見回す。今まで2人で出かけた時も、大抵シュンはこの辺りで疲れ果てて倒れていた。今回も同じだろうと予想し、洞窟前まで来たのだ。
……やはり、リュインの予想はしっかり当たる。洞窟前にある切り株。その上にシュンは腰掛けていたのだ。リュイン以上の汗を垂らし、やはり疲れ果てて倒れかかっている。呆れ返って何も言えないリュインを見つけたシュンは、笑顔でVサインをした。
「馬鹿だろ……」
吐く息に合わせ、小さく暴言を吐き飛ばすリュイン。それがシュンに聞こえているわけはなく、相変わらずヘラヘラと笑っている。そして、元気を取り戻したのか、突然立ち上がり、リュインの元に駆け寄る。
「洞窟行こうぜ! あと、お前のにーちゃんの伝説も聞きたいし!」
「どんだけ兄貴好きなんだよ……。あと引っ張りすぎだって」
シュンはリュインの腕をグイグイと引っ張り、洞窟の中に引きずり込んでいこうとする。元々ここに行く目的なので抵抗する意味もないため、リュインは引きずられるままに洞窟へと足を運んで行く。2人を待ち構えるように佇む洞窟が、闇に消える少年たちを飲み込んでいくようにも見えた。
リュインが呆れ返るほどに、シュンが尊敬を通り越し大好きだという『兄貴』は、そのままの意味で、リュインの兄のことである。
リュインの7つ年上の兄、ラスラ。幼い頃から、一般人とは違うオーラがあり、世界中から目をつけられてきた。リュインが誕生した時の頃、すでに滅びたはずの『魔法』という術を使えるということでさらに注目され、家族は全員で世界最大の国『ログマ・フェンザ』の城下町に移住した。彼はその国のエリートとして成長していき、弱冠12歳で国の騎士団に加入し、現在も"名前"は残されている。
名前だけが残されているのは、彼の肉体はこの国に存在していないからだ。彼が18歳、リュインが11歳の頃、行方不明になったのだ。洞窟内での任務を遂行し、城に戻る最中に行方不明になったようだ。それから6年が経った現在、彼を知る人間皆が、"ラスラは死んだ"と言い、故郷の村、もとい今リュインが住む村に墓が建てられている。
だが、リュインは、兄が死んだとは思っていない。
必ず何処かで生きていると信じ、今まで生き続けている。3年後、20歳を迎えたら、兄を捜す旅に出ると決めている。未だ城下町に住む両親にも、そう伝えてある。
「兄貴は死んでない。絶対生きてる」
ラスラが行方不明になった頃から、リュインの口癖となった言葉。先ほどシュンと2人で洞窟に入った時も、ぽつり、と呟いていた。住民たちはもう諦めろとリュインを諭すが、当然それを受け入れるわけがない。たとえ自分以外の皆が逆のことを考えていても、自らが考えたことは曲げたくない。これがリュインの厄介な性格となっている。
シュンは、こんなラスラの武勇伝を聞くのが本当に好きで仕方がないようだ。シュン自身がラスラと実際に会っていたのは、産まれたての頃しかない。そのため、近い存在ながら、『おとぎ話』の主人公のような伝説だらけのラスラをひたすらに尊敬しているのだ。