2.酒場にて
「起きろおおお‼︎」
低い、しかし鼓膜を貫くようなとてつもない大声が、部屋中を駆け巡る。
ベッドにくるまり、幸せそうな表情をしながら眠っていた赤い髪の少年が、声と言えるのか分からない声を出して、文字通り『飛び起きる』。
「ひ、ひぃい⁉︎ ……あ、リュイン、おはよう」
飛び起きた少年は、声のした方を向くと同時に、茶色い目をまん丸にし、そして諦めたような表情をする。
先ほど大声を出したのは、やはり金髪の少年だった。おそらく、リュインというのが名前であろう。リュインは、奴隷を見下すかのような冷ややかな目つきをして、起こした少年を見る。漆黒の瞳には光がなく、とても怖い。
「おはよう……。よく眠れたようだな」
地を這うような低い声で、起こした少年に向かって言い放つ。少年は両手を合わせ、何度も謝る仕草をしている。リュインにその姿が見えているのか分からない。
少年はベッドから飛び降りると、急いでタンスから服を取り出す。タンスからもれる木の匂いが、少年の部屋に溶けていく。
「リュイン、ごめん、1階で待っててくんない? 開店前だから客はいないよ!」
「おう、わかった」
少年の指示通り、リュインは1階へと降りていく。
実は少年の家は、この村唯一の憩いの場、酒場である。ここの酒はとびきり美味しいらしく、わざわざ遠くから飲みにくる旅人もいるとか。そんな旅人たちが泊まる場として使うため、この村では宿屋も大繁盛している。少年は、この酒場の主人の息子なのだ。
リュインが1階に降りると、開店前の準備をしている様子が広がってくる。せっせと酒樽を運ぶ男性や、おもてなしのために衣装に着替え、お化粧をする女性たち。階段を降りたリュインの元に、一人の女性が駆け寄ってくる。
「本当にごめんね〜。あの子ほんっとよく寝るのよ……」
「いえいえ、気にしないでください。逆に、こっちがうるさい声出してごめんなさい」
「謝らなくてもいいのよ、いいのよ! ホンット、いっつもリュイン君に迷惑かけてる気がするのよ〜。私からもシュンに言っとくからね」
少年の母親であろう。少しふくよかな体型で、パワフルママと言いたくなるほどにたくましい腕をしている。母親が言うに、良くあることのようだ。
そして、その母親の息子のシュンは、今大急ぎで用意をしている。見事なまでの大きな足音が、リュインたちの真上で鳴り続けている。
リュインは、シュンを待つ間、酒場の準備を手伝うことにした。ガタイのいい男の人に混じり、せっせと酒樽を運んだり、テーブルやカウンターの拭き掃除をしたり。シュンを待つ間のこの作業も、彼にとっては日常茶飯事のことのようだ。慣れた手つきで作業をこなしていく。
作業の合間に、シュンの母親お手製の美味しいお菓子を貰う。これがリュインにとって、ちょっとした楽しみでもあった。
かなり酒場の準備が整い、もう開店できるような状況になってきた。大きな木の扉の向こうでは、もう開店を待ちわびている住人がいるようだ。話し声が聞こえる。今まで酒樽を運び続けてきた男たちが、先に1杯お酒を口にする。
その時だった。
「おっしゃ! 準備できたぞー‼︎‼︎」
大声をあげて、シュンが2階から飛び降りてきた。骨を折るんじゃないかというほどの勢いに溢れる降り方に、リュインは少しびっくりしてしまう。
リュインが何かを言おうとしたが、シュンはその勢いのまま酒場の入り口の扉を、強引に突き破って外に飛び出していってしまった。と同時に、開店かと勘違いした住人たちが酒場に押しかけてくる。外で酒樽を運んでいたシュンの父親が、住人たちが入った後、不思議そうな顔をしながら酒場に戻ってきた。
いかにも危なっかしいこの光景も、この村にとってはいつも通りのことらしい。この激しすぎるシュンと、割と冷静なリュインの2人がなぜつり合うのかは皆分からない。そして、この激しすぎる出来事があって、この酒場の1日が始まる。
リュインは1回ため息をついた後、シュンの両親に頭を下げる。そして、シュンの後を追って酒場を出て行った。