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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第3章 熱の童子
19/40

#18

 私達が滞在していた街はリーザリアと言う。この国で二番目に人口の多い街で、ここに来れば手に入らない物はないと言われている。

 そう言われるのは当然裏の顔があるからだが、表向きはとても健全で綺麗な街だ。

 異生が街を襲って来る事がないので、囲いは低い。また他国との争いもなく外敵から守る必要がないため、はっきり言って戦うことが出来る街ではない。

 その表向きは静かで栄えた街の外門を出ると、風景は一気に変化する。

 人の手が入っていない自然は、美しいが危険でもある。山道はとてもピクニックと言えるような明るいものではなく、足取りが重くなる。

 賑やかな街から一転、人気のない道はなぜか恐怖心をそそる。それが森の中となれば尚更だ。

 いつも感じるこの不安はなんだろうか? 覚えてない記憶が私に何かを訴えかけているのだろうか?

 森を進むにつれ重くなる足に、ついに私は音を上げる。


「ロリア様……」



 立ち止まった私をレイスが振り返った。


「何? どうしたの? もう疲れた~?」


 ウィンドルフは茶化すように私の方を見たが、私の様子がおかしいと感じたのか足早に近づく。


「お嬢?」

「……大丈夫、ただ、ちょっと足を挫いただけだ」


 弱音を見せるのが嫌で誤魔化してみるが、レイスには通じない。


「またですか」


 溜息をついて近付いてくるレイスを睨み付ける。なんだ、その態度。馬鹿にしたような態度にむっとする。


「強がっても無駄ですよ。どうします? 抱えていきますか?」


 フンッと鼻で笑い出しそうな程上から目線で言って来るレイスを凝視する。なんだそれは。なんだその態度は。いつもなら有無を言わず抱き上げるくせに。私が嫌だと言っても勝手に抱き上げるくせに!

 隠す事なく変わった態度に怒りが込み上げる。私は脛に向かって蹴りを繰り出したがすっと避けられる。


「っ!?」

「いつも蹴れると思ったら大間違いですよ」


 ふてぶてしく言い放つレイスは、私の知っているレイスとはあまりにもかけ離れていて視線を逸らす。だが、それでも心のどこかで、こいつはこう言うやつだと納得している自分もいて、混乱する。


「まったく最低ね」


 負けた私の変わりにリンダが後ろからレイスの頭を叩いた。


「前から気にはなってたけど、やっぱりロリア、森を歩くの苦手?」


 肩で息する私の背をさすりながらリンダが心配そうに聞いてくる。


「……そうだな、苦手だ。なぜだか分からないが……足が震える」


 心配してくれるリンダに嘘はつきたくない。素直に認めるが、怖いと言うのは恥ずかしくて少し誤魔化す。


「何? 歩けないの?」


 不思議そうに見てくるウィンドルフに無言で頷くと、ウィンドルフはレイスを見た。


「どう言う事?」

「……私も詳しくは分かりません。ですが……きっとフィアス戦の時の後遺症でしょう」

「フィアス? そうなの?」


 理解しているのはウィンドルフだけで、他の二人は不思議そうな顔だ。


 フィアス戦。……思い出せる事は少しだが、討伐に失敗して壊滅した時の作戦名だ。私だけが生き残った例の討伐の事だ。

 その時の後遺症? そうか、言われて見れば確かにあの作戦は森にいた異生を討伐しに出たんだ。そして、私は森の中一人倒れていた。

 その時の経験が無意識の内にトラウマとなっていたのか? 

 自分自身の事なのにまったく考え付かなかった。それなのにレイスは気付いていたのか? 私には何も言わなかったが、レイスの中ではそう答えが出ていたのか……。


「何それ? ロリアは覚えてるの?」


 レイスに嫌そうな顔をした後、心配そうにリンダが聞いてきたので頷いてみせる。


「覚えてる。十四人いた仲間が壊滅した。私以外生き残りはいない……」

「……フィアスの事は覚えているのですか。意外……ですね」 

「そうだねー、その後の事覚えてる?」


 レイスはてっきり私が忘れていると思っていたのか。だから特にこの症状の事を話さなかったのか?


「あまり覚えてない。いや、ずっとベッドにいたのを覚えてる。それで……カーナがおかしくなって行ったのは覚えてる」

「ああ、そっか、一緒に入院してたからね」


 聞いてくるウィンドルフに無言でうなずくと、ついに私はその場に座り込む。


「ロリア様ー!」


 すぐにリートが一緒にひざまずく。


「……大丈夫だ。少し休憩すれば落ち着く」

「そうでしょうかね? いつもひどくなる一方で良くなる事などないと思いますが。休憩した所で無駄です」

「そうなの?」


 辛辣なレイスの言葉に胸がグッと詰まる。なんだ、その言い方。

 ウィンドルの確認には返事せず、唇を噛み締め俯いた。だがレイスの言う事は正しい。休憩した所で良くなったりしないんだ。それ所かだるくなって力が出なくなって、悪化して行く。だからいつもレイスはすぐに抱き上げてくれるんだ。

 それなのに今日は……手を差し伸べる気配がない。 


「レイスー!? 痛っ」


 リンダがまた頭を叩こうとして逆にその手を弾かれた。


「レイス!」


 痛そうに擦っているリンダを見てつい非難の声を上げる。

 避けるだけじゃなくてやり返すなんて本当にレイスらしくない。


「何か? 休憩していれば直るならそのまま座っていらしたらいかがです?」


 鋭い目つきで一瞥され、また顔をそらす。本当にこいつ、なんだってこんな態度が悪いのだろう。


「何ー? 喧嘩~? 面倒臭いねー。ほら、お嬢ちゃんおいで」


 ウィンドルフはそう言うとしゃがんで私の方へ背を向ける。


「おんぶしてあげるから。このままここにいてもどうにもなんないでしょ。この先にティバーが立てた小屋があるから、そこに色々あるはずだし休憩しよう」


 ほらほらと背中を近づけるウィンドルフの背にしぶしぶ乗る。

 運んでくれると言うのだから文句を言うなんて間違ってるとは思うが、なんか色々むかついて仕方がなかった。



 ◆ ◆ ◆



「もうちょっと行った所に巣があるって報告を受けてるんだ。だからちょっと休憩したら討伐しに行こうと思うけど……どう? 大丈夫?」

「大丈夫だ、落ち着いた」


 持ち込んだ携帯食料をつまみながら私は答える。先程までとは違い震えはない。小屋の中にいるからだろう。

 もしこの恐怖心がフィアス戦の時の後遺症だというならば、そろそろ真面目に克服を考えないといけないのではないかと思う。


 過剰適合者はティバーに入るとすぐに専門のリサーチャーのチームに所属する事になる。私の場合は村で助けてくれたのが丁度巡回中のリサーチャーで、その人のチームに所属した。

 アストール・ディザイア。その人がリサーチャーだ。そしてそのチームはその人の名前を取ってアストールクラスと呼ばれている。 

 自分の過剰適合魔法カルテを作成して貰い、そのリサーチャーに色々と教わる。だから私達は先生と呼んでいた。アス先生。すごく尊敬していた。

 そして、そのアス先生のクラスともう一つフィルナンと言う先生のクラスで討伐にいった作戦がフィアスだ。

 

「……レイス、お前、クラスはどこだった?」


 私が所属していたアストールクラスにレイスがいた記憶がない。一緒に助けて貰った気がするが、おかしい。


「……カイサルですよ。覚えてませんか」

「……カイサル……」

「俺もだね。そしてブレイムもだよ。カイサルクラスは俺たちみたいなタイプを専門に行なってたからね。水、氷、風、火そんな属性だね」

「ロリア様のアストールクラスは逆に誰も知らない、前例のないライプの適合魔法を集めたクラスでした。所属が助けてくれたアストールになったのは偶然ですよ」

「そうか」


 それでか。ちょっとその辺も記憶が曖昧だったな。

 一緒に保護されて、一緒にティバーに入って、日常生活は一緒にしていたはずなのに討伐隊が違ったのが不思議だったんだ。


「そう言う事。あなた達、あの人のクラスだったのね?」

「まぁ、そうだねー。はっきり言って恩師だよ。恩人。尊敬してる。だから怪我したカイサル先生の代わりに君の事を助けて欲しいって言われてねー」

「白々しい!」


 小屋の中なのにバチッと光がウィンドルフへ伸びる。


「うわ! ごめんって! あの時はそうするのが一番かなぁーって思ったんだよ」


 リンダから放たれる雷撃から逃げる為、ウィンドルが私の後ろに逃げた。


「まぁ! ロリアの後ろに隠れるなんて本当最低ね! 男なら堂々と黒焦げになりなさいよ!」

「黒焦げになる訳にいかないから逃げたんでしょー」


 ギャイギャイ騒いでいる二人を尻目にレイスを睨む。


「恩師の恋人を巻き込んだのか?」

「私は後から聞かされたのですよ。最初に提案したのはウィンドルフです」


 レイスは淡々と言い放つと、リンダを見た。


「正直、カイサル先生のお相手がこんな方とは思いもよらなかったですけどね」

「どう言う意味よ!」

「リンダー」


 バチバチと放電する量が増えてきたのでさすがに止めると、リンダは頬をぷうっと膨らませた。 


「あの人は無事? 今どうしてるの?」

「無事ですよ。ただカイサル先生は功績が認められて上層部へ異動になってしまった為、簡単に施設から出れなくなってしまったのです」

「そう。……もう、逢えないのかしら……」

「リンダ……」


 目を伏せるリンダの背中をそっとさする。


「暫くは難しいでしょうね。……今のティバーははっきりって危険です。近づかないに超したことはありませんから」

「そうだねー。一応俺もレイスもお嬢ちゃんも所属のままだけど、ある程度自由は許されてる。でも今リンダちゃんとかリート君がティバーに入ったら……自由はないと思うよ」

「……ティバーはどうなってるんだ?」


 ずっと気にはなっていた。

 表向きは変化がないようでも、良くない噂を聞く事が増えていた。その度知りたいような、知りたくないような……そして見ないフリをしてきた。


「その内、嫌でも徴集されるかもしれないけど……今は話したくないねー」


 ウィンドルフはそう言うと嫌そうに肩を竦めた。

 レイスを見ると、同じように眉間に皺を寄せている。


「ただ、その時はみんな腹くくってよ」

「知らん。私は自分の好きにする」


 私はウィンドルフの言葉をすっぱり切り捨てると、フィアス戦の事を考える。

 今は遠いティバーの事より自分のトラウマと戦わないと。


「じゃぁお前達はフィアス戦の事は知らないのか?」

「……知りません」

「話には聞いてるけど、唯一の生存者がお嬢ちゃんだからね」

「私は入院してていまいち覚えてないのだが……、カーナはどうだったんだ?」

「……ロリア様よりひどかったと思います。ずっと錯乱してました」

「そうか……。いや、おかしいな。私はカーナと話してた覚えがあるのに……」


 カーナは同じアストールクラスだった。その中で女は二人しかいなくて、よくカーナと一緒にいたのは覚えてる。

 一緒に、アス先生に……そう、憧れていたんだ。


『本当にロリアってアス先生馬鹿よねー。アス先生が言う事は絶対なんでしょ?』

『そう言う訳じゃないけど、でも、先生が言う事に間違いはないから』

『でも今回の作戦にさ、なんか裏の作戦があるって噂聞いた?』

『……聞いたけど、アス先生がそんな事するわけないじゃん』

『まぁねー。でもブレイムさんが言ってたんだよ!』

『ブレイムの言う事なんてっ! ……信じないんだから』

『もう、なんでそんなにブレイムさんの事怒ってるの? 同じ村の出身なんでしょ? 幼馴染なんでしょー?』

『……カーナには関係ないよっ!』


 また、だ……。白昼夢とでも言うのか。いきなり頭に浮かんできた光景に眩暈がする。

 過去の私はずいぶん可愛いかったな。幼くて、純粋だったのか……。


「炎の過剰適合者……ブレイムと私達は幼馴染?」

「っ! ロリア様!?」


 レイスの動揺が質問を肯定しているな。 


「思い出してないぞ。思い出してないけど……少しだけ思い出した」

「……そうです、私達三人が同じ村出身です」

「そうか……。なぜ私は、お前と二人だと思ってたんだろうな?」

「それは……わかりません」

「フィアス戦の裏の作戦ってのを知ってるか?」

「そんな事も思い出したのですか?!」


 辛そうな顔をしているレイスを見たくなくて目線をそらす。


「レイス。忘れたままでいる事が不自然なんだよ? 思い出し始めたなら、それが例えどんな記憶だとしてもそれを尊重してあげなきゃ」

「ウィンドルフも知っていたのか? その裏の作戦ってやつを」


 レイスよりはちゃんと話してくれそうなウィンドルフへ質問を続ける。

 正直、私自身レイスの口から色々語られると冷静に判断できそうにないからだ。ウィンドルフに聞けばまだ客観的に捉えられるような気がする。


「知らないよ。そんな不穏な噂があるってだけで明確に裏があるなんて知らなかった。失敗した状況で発覚したんだけど……その前は気付けなかった」

「……私達の落ち度です。もっとしっかりと聞いていれば……わかっていれば……あんな悲劇は起きなかったのに……」

「レイス、いつも言ってるけど終わったことだよ。過去は戻せない。今更それは言わないでよ」


 嘆くレイスを一蹴すると、ウィンドルフは私の目の前にしゃがんで私の手を両手で握りこむ。その真摯な瞳にドキッとした。


「俺たちはね、考えたよ。色々と……。当然レイスみたいに認められなくて嘆いた。でも心を鬼にして、前を向こうと決めたんだ。その為に俺達は間違ってしまったかも知れない。でも……守りたいんだ」

「……どんな作戦だったんだ……?」


 本当は聞くのを躊躇した。きっととんでもない作戦だったのかも知れない、と心が警報を鳴らしていたが、それを押し殺す。


「……人と魔石の……共存の実験だよ。フィルナンクラスの一人、ボリスに魔石を移植した。そして異生討伐の際どのような反応をしめすか試したんだ」  


 立ち上がったウィンドルフは自分の胸を指差しながら言う。


「結果はひどかった。異生はしっかりとその場で討伐されたが、魔石の共鳴とでも言うか……影響を及ぼされたボリスは暴走して……チームの皆を攻撃したんだ」

「……ボリス……」

「魔石に飲み込まれて異生となったボリスは駆け付けた先生たちから逃走した。そのおかげでお嬢ちゃんとカーナは助かったんだね」

「……ボリス……」


『ボリス! どうしたんだ!』

『ねぇボリス、冗談はやめてよっ!』

『カーナ離れろ! 普通じゃない』

『ボリス! しっかりしてっ!』

『やめろよ! ボリスを攻撃するつもりか!?』

『でもこのままじゃっ!』

『ボリス! ボリスーーーー!』

『きゃあーメイルーーー!』

 

 頭に浮かんでくるのは目の前で友人が化け物に変わっていく姿……。

 私はパニックになって、ただボリスから離れるしか出来なかった。

 泣き叫ぶカーナに、攻撃をしようとしたリーダーのユリオス。それを止めようと間に入り込んだメイルが一番にやられた。

 バン、デュース、ガイル……前にいた男達は反応をする余裕なんてなく潰されて、逃げようとしたプール、ホルスは巨大化した両手に掴まって、攻撃したコリン、ヒュー、イリア、ロジャーは成すすべもなくやられた……。

 それが本当にあっという間で、気がついた時には私とカーナだけになってたんだ。

 まだ状況が信じられなくてカーナは異生と化したボリスにしがみ付いて蹴飛ばされて遠くへ飛ばされた。そのおかげで一命を取り留めたんだな。

 私はどうにかしなきゃって思って……遮断結界を強めたんだ。

 そう、身に染み付いた習慣で暴走した過剰適合者は魔力を吸い取ればいいと思って全力で遮断させるように吸い込んだ。

 そして、声が聞こえた。そうだ、アス先生の声が聞こえて……その後気絶したんだろう。


「泣かないでください……」


 レイスに零れ落ちる涙を掬われて、初めて自分が泣いていた事に気付いた。


「なんで、私はこんな大事な事を忘れていたんだ? こんな……みんなの最後をっ!」

「あの時は……仕方なかったのですよ」


 労わる様に慰めるようにそっと抱きしめられ、ぎゅっと抱きつく。

 目を瞑れば簡単に思い出せるじゃないか……。同じチームだった皆を。

 アストールクラスとフィルナンクラスの中から同じぐらいの年で同じぐらいの実力の皆で出発した。

 いつもの討伐は先生の引率で先輩も一緒なのに、あの時は私達だけの討伐だったんだ。謂わばデビュー戦。アストールクラスとフィルナンクラスの生徒達のデビュー戦だからフィアス戦だ。

 少し離れた野営地に先生達は待機していて、私達の実力で問題なく倒せる異生を追い込んでくれていたんだ。そして私達は異生討伐を問題なくクリアーした。何一つ問題なかったはずだ。

 みんな楽しみにしていたんだ。自分達が自分達で出来るかどうか。訓練の結果がちゃんと出てくれるかどうか、緊張しながらも興奮していたのに……なぜあんな事になったのだろう。


 私は身体がだるくなりレイスに寄りかかる。

 この先にいると言う異生を倒しに出発しないといけないと分かっていたが、体は言う事を聞かず意識が混濁してくる。……寝てはいけない。


「ロリア様?」


 レイスの不思議そうな声を聞きながら、私は自分の意識が落ちるのを感じた。


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