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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第3章 熱の童子
17/40

#16

「契約の内容は結界なんて関係ないよ。本当は魔力供給の契約だよ」

「魔力供給!?」

「そう、魔法陣が刻まれる相手の魔力をお嬢ちゃんに分け与えるってヤツ」

「な、何でそんな事。全然意味が分からないんだが……」


 私は本当に意味が分からず、いつものように助けを求めるようにレイスを見る。が、レイスはうつむいている。

 リンダを見ると、リンダもなぜかうつむいていて……。そうか、私が知らないだけで契約相手は知っていたんだな。

 リートを見ると、一語一句聞き逃さないと言うかのようにウィンドルフを凝視していた。


「お嬢ちゃん、自分の過剰適合は何?」

「な、なにって……結界だろ? 対象を守ったり弾いたりする……」

「違うよ」

「はぁ!? なに言ってるんだ!?」


 自分の過剰適合魔法が結界じゃない!? 何を言ってるんだこいつは。そんなことあるわけないだろ、実際に私は結界しか使えないのに……。


「結界と思ってるそれは結界じゃないの」

「……吸収と発散です」


 無言だったレイスが言った言葉が頭に入らないままレイスを顧みる。俯いたままのレイスを私は見つめ、ゆっくりと台詞を噛み砕く。

 きゅうしゅうとはっさん。吸収と発散?

 つまり……どう言う事だ? 


「ロリア様が普段使用されている遮断結界は、実際には吸収魔法です。溢れ出た私達の魔力を吸い取っています」


 ……魔力を吸い取る。


「そして他者を弾く結界は、自分の魔力を対象に与え弾かせています」


 ……魔力を与える。


「私に使用する能力を上げる結界は……過去吸収した相手の魔力を戻すものです」


 ……魔力を戻す。


「吸収と発散と名づけているけど、実際には調節と言う方が正しいね。自分や他人の魔力を調節出来ちゃうんだよ」

「それが……私の本当の適合魔法?」

「そうです。覚えてないと思いますが……」


 待て。待ってくれ。

 私はぐるぐると回る頭をどうにか落ち着かせようと目の前のお茶を一気に飲み干す。

 タンっと激しくテーブルに木のコップを置くと、額に手を当てた。


 私の過剰魔法は結界だったはずだ。自分や他人を守ったり遮断したり……。

 だが、思えば魔法を施行する際いつも魔力の流れを気にしていた。

 他者を弾くための結界を施す時は自分の魔力を回りに巡らせるように。

 遮断結界を施す時は、溢れているレイスの魔力を弾いて飛ばすように。

 レイスに力を与える時は、私の中に眠る魔力をレイスへ分け与えるように。

 そうだ、言われて見れば確かに私は魔力を動かしている。


「ですがそれは誰にでも簡単に出来ると言う物ではありません。魔力供給の契約をしていない相手の魔力を動かす事は難しいのです。そして過剰適合者以外にはほとんど意味がありません」


 前に、敵の魔力を遮断しようとして激しく消費したのを思い出す。そうか、相手の魔力を吸収しようとしたが上手くいかなかったのだな。


「レイスにも、一回そんな事があったような気がするが……それはなぜだ?」

「遮断結界にロリア様が対して魔力を消費しないのは、私達過剰適合者の魔力が溢れているからです。ロリア様はただ溢れている魔力を吸い取って掃除しているだけに過ぎません。ですが、溢れていない魔力を吸い取ろうとすると逆に魔力を消費します。その為だったのでしょう」

「…………」

「魔力とは器に入った水のようなものです。人はそれぞれ自分の器を持っています。その中に火・水・土・風と言った属性をもった色水がたくさん収まっているのです。そしてそのそれぞれの水の量によって得意な属性が違ってくるのですが、私達過剰適合者の場合は一種類の水しか入っていません。それ以外の水は器から溢れ出てしまっているのです」

「俺の場合は風だね。風の水の量が多すぎて他の水を追い出しているんだ」

「それでは俺の場合は熱の水ですか?」


 真剣に聞いていたリートはレイスを見ている。


「そうです。普通の人は器にあった水の量を持っています。ですから収まりきらず溢れると言う事がありません。ですが私達の場合は違うのです」

「今のティバーの研究で、溢れ具合によっても過剰適合率が変わってくることが分かった。溢れ出ている水が多ければ多いほど暴走しやすい」

「つまり私の場合は少なかったの?」

「そうです。リンダあなたの場合は殆ど溢れていませんでした。ただ他の水を追い出していた程度の量でした」

「そう、でも増えたのはなぜ?」

「……それは、まだ解明されていません」


 この話はリンダも知らなかったのか、食いついている。

 リンダもリートも変わったケースではあったはずだ。ティバーにいた時も聞いたことなかった。

 いや、ティバーでの記憶は曖昧で正しいものなのか自信がないからわからないが……。


「私が溢れている魔力を吸収していたから暴走が収まっていたのか?」

「そうです。ここ数年で過剰適合魔法についての研究が格段に上がったのはロリア様の能力による成果です」

「そうか」


 それで私はティバーで優遇されていた? いまいちよく分からないな。

 ただ私は言う通りに頑張っていただけだ。

 その時の事を思い出したい。自分が記憶喪失だと言う事は認めよう。大事な事が色々と不足しているのは確かだからだ。

 自分の過剰魔法を勘違いしているなんて事にも気付かないなんて、本当に問題だ。


「……なぜ私は結界が過剰魔法だと思っていた?」


 きっと理由があるはずだ。


「それは……」

「私が教えました」

「レイス?」

「はい。二人で飛び出した時の事は覚えてますか?」

「……覚えてる」


 私はティバーにいるのが辛くなり、連れ出してくれたんだ。

 そう、あの時私は人形のようになっていたんだ。いや、今だって対して変わらないのかもしれないが、それでもあの時はもっと言いなりだった。

 リサーチャーの……そう、先生の言うように色々な事を試していて……苦しかった。

 私がティバーに入ってからずっと助けてくれていた先生が、なぜか怖くて。側にいるのが苦しくって逃げたかったんだ。

 先生。……先生……。


「あなたは魂が抜けた様に何も行動できなかった。ただ、生きているだけでした」


 三年前、私はレイスに全ての面倒を見てもらっていた記憶はある。

 今覚え出せば恥ずかしくて仕方ないが、身の回りの事なども全てレイスが助けてくれていたんだ。そして穏やかな日常を過ごし徐々に人としての活力を取り戻していった。

 しばらしくてレイスにフリーでハンターをやりませんかって誘われて始めた。

 ブランクが多少合ったとしても、今までティバーの前線ハンターとして活躍していたから、異生を倒すことは見に染み付いてた。

 そしてレイスと武器契約(と私は思っていた)のも問題なく、それなりの件数依頼をこなした頃リンダが現われたんだ。


「二人で飛び出す前、ティバーで何があったんだ?」

「それは……自分で思い出してください」


 ウィンドルフを見たが、やつも教えてくれる気はなさそうだ。

 なんとなく覚えている記憶は、多分その時より前の物だと思う。だってメアリーの事だって覚えていた。曖昧ではあるが、楽しかった記憶もあるんだ。

 だからきっと、飛び出さないと行けない時何かがあったんだ。

 そしてそのせいで私は記憶を無くしているのか……?


「あなたの過剰適合魔法が世にも稀な魔力の調整と知られてしまったら、よくないものに狙われる危険性が増えると思い、あなたに言い聞かせたのです。当時のあなたは私の言う事に何一つ逆らわなかったですから」

「……なんか言い方悪いぞ」

「失礼しました。ですが事実ですよ。生きる事を諦めたあなたを私は唆し騙しどうにか繋ぎ止めたかったのです。ですが」

「レイス」


 先を聞きたくなくて口を挟む。


「もういい、理由は分かった。それで、なぜ私達は契約する?」

「それは……」

「もちろん討伐の為だよ。魔力の伝達をスムーズにしておけば、強力な異生が現われたとしても俺たちの魔力の底上げが出来るでしょ」


 言いよどんだレイスの続きをウィンドルフが続けた。


「普通魔力ってのはそれぞれ一定量しか持ってないよね。でも、一度お嬢ちゃんに吸収して蓄積して貰っておけば、その魔力を元の人に戻して一時的に増やすことが出来るんだよ。お互いちょっと無理するけど、それでも自分の魔力の限界が増えると全然変わるんだよ」

「そうか」


 確かに魔力を移動したときのレイスは凄いものがある。


「そう言えば魔力の伝達があまり良くないやつらもいたと思うが」

「そうだったね、その辺ははっきりわかんないけど、多分どれだけいつも魔力供給をしてるかによって違うんだと思う。常に供給されていればお嬢ちゃんの中にその相手の魔力が多くなるでしょ? だから戻す時もたくさん戻せるんじゃないかなーと推測されてるよ」

「吸収した他人の魔力はどうなってるんだ? 私の中に常にあるわけじゃないだろう? じゃなきゃやっぱり私がパンクするだろうし……」

「……うん、よくわかんない」

「なんだ、そこまでは分からないのか?」

「そうだね。研究と言っても限度があるよ。まだまだ未知だね」


 リンダが入れてくれたお変わりのお茶をまた飲み干すと、立ち上がる。


「大体納得した。契約を続けよう」

「契約してくれるんだ?」

「正直分かってない部分の方が多い気はするし、ウィンドルフと契約しなくちゃいけない理由もいまいち納得できないが、どうしてか必要な気がするんだ。私は自分の直感を信じるさ」

「よし! じゃぁ気が変わらない内にやっちゃいましょー」


 三人もそれぞれお茶を飲み干すとテーブルと椅子を脇へ寄せる。



 ◆ ◆ ◆



「そう言えば私の感知結界はどう言う事だ? それについては研究したのか?」

「ああ、それも難しかったみたいだね。たぶん吸収なんだよね。それで対象は人ではなくて空気中に漂っている魔力を吸収してるんだと思う。自分で範囲を決めてその中で何が起こってるかを感じるんだよね?」

「ああ、そうだ」

「つまり、離れた所にある魔力の変化を色々感じ取って吸収して理解してるんだと思うよ」

「……そうか」


 確かに世界は魔力に溢れかえっている。それは自然の物は元から魔力を帯び、人口の物は魔力を込めながら作られるからだ。

 そして何をしていなくても、生きていれば人は自分の魔力を多少放出している。その放出された魔力を自然界の物が食べると言われている。……私もそんな感じなのだろうか。


「羊皮紙はまだ有効だから、お嬢ちゃんだけサインしてくれる?」


 先ほどウィンドルフが記入したのと思われる羊皮紙が目の前に差し出される。

 ぐちぐち考えるのはやめだ。後でもっと整理すればいい。

 とりあえず今は契約を完了させて、リートも安心させてやりたい。

 私は差し出されたペンで自分の名前を魔法陣の中心にサインする。なぞった所が淡く光、私のサインとなって羊皮紙に吸い込まれた。


「燃やすよ」


 ウィンドルフは私から羊皮紙を受け取ると、置いてあった蝋燭へ向ける。

 音を立ててあっという間に火が燃え移り、ウィンドルフが手を離した時には全てが一気に燃え尽きた。そして燃え尽きると同時に淡い光で描かれた魔法陣が回転しながらウィンドルフの肩へ定着した。

     

「はい、契約完了! 簡単だったでしょ?」

「肩?」  

「そうだよ。あぁ、場所は自分の好きな所を指定できるから。魔法陣にどこに印をつけるか組み込んであるの。と言う事でリート君いらっしゃい」


 ウィンドルフはリートを手招きする。

 向かってくるリートの背後でレイスとリンダが何か話しているみたいだ。

 ここからじゃとても声は聞こえないし、二人共横を向いているので表情もいまいち分からない。

 何を話しているのだろう……?


「さて、ちゃんと見てた?」

「見てました!」


 若干興奮気味のリートは、相変わらず瞳をキラキラさせながらウィンドルフを見ている。


「魔法陣を刻む場所は好きな所でいいからね、どこにする?」


 ウィンドルフは自分の肩の魔法陣を見せる。


「えーっと……決めました! ここで!」


 リートはしばらく自分の体中を見ていたが、勢いよく顔を上げると、額を指差した。


「あー、あのねー、意外に結構目立つからね。ちょっと顔とか目立つ所は止めといた方がいいと思うよー」

「えー! 何でですかぁ! 俺は皆に自慢したいのに!」

「いや、これがお嬢ちゃんとの契約印だって普通の人は知らないでしょー」

「あぁ、そうですよね。どうしようかなー」


 再び自分の体を見つめるリートから視線をはずし、レイスとリンダを見る。

 なんだかちょっと揉めてるのか? ずいぶんとリンダが怒っている気がする。

 こちらに気付かれないように声の大きさは抑えているのだろうが、先ほどとは違いそっぽを向くレイスの腕を激しく引っ張っているので、興奮しているのはバレバレだ。

 何を、話しているのだろう?


「今度こそ決めました! ここにします!」


 そう言いながら次に指差したのは左手の甲だった。


「そこも十分目立つじゃーん」

「でもいいんです! もうここって決めましたから! 絶対にここにします!」

「はいはい、分かりましたよー」


 ウィンドルフは新しい羊皮紙を懐から取り出すと例のペンで何かを書き出す。


「左手の甲……っと。じゃぁ、リート君サインして? このペン使った事ある?」

「ありません!」


 元気に答えるリートに苦笑しつつ、ウィンドルフはペンを手に持たせる。


「じゃぁこの俺の手に書いてみて」

「こうですか?」


 リートは真剣な顔で丁寧にサインしているようだが、上手く魔力が籠められないのか何も変化が現われない。


「んー、ちょっとコツが必要だからねー。今度は逆に早く書いてみようかー」

「はい!」


 サラサラと普通に書くようにサインすると、ほわっとウィンドルフの掌が光った。


「お、大丈夫そう。やっぱりリート君は直感的だねー。難しく考えたりするより思ったまま行動する方が上手くいくんだね」

「……単純ってことですか?」


 ちょっと不満そうにリートは口を尖らす。


「いやいや、素晴らしい才能ですよ。お嬢ちゃんと同じだね」


 ウィンドルフはそう言うと私を見てにっこりと笑った。

 まったく褒められた気はしないが、私と同じと言われリートは機嫌が直った――所ではなく、先ほどよりもハイテンションで羊皮紙へサインした。

 再び私も同じようにサインすると、ウィンドルフへ渡す。


「炎へ焼べるのは誰でもいいから、俺が燃やすよ」


 ウィンドルフはそう言うとさっきと同じ様に蝋燭の火へ羊皮紙を捧げる。

 淡い光が浮かび上がり、くるくると回転しながらリートの手の甲へ移動する。


「……あったかい」


 ほわりと光は揺れると吸い込まれるかの様に消える。

 リートは左手の甲をさすっている。


「痛くなかったか?」

「はい、大丈夫です! それどころかなんか温かくてちょっとくすぐったくて、気持ちよかったです」

「そうか」

「はい」


 笑顔で頷くリートを見て、なんとも言えない気持ちが溢れてくる。嬉しい、とも違うような気がする。当然負の感情なんかじゃない。

 苦しいような気もするけど、心が温かくなるそんな気持ちなんだ。

 ギュッと締め付けられるけど、ほわっと温かくもなる。嬉しいけど申し訳ない。相反する気持ちが、心を締め付ける。

 私はリートをギュッと抱きしめた。


「ロリア様!?」


 リートは驚愕したが、逃げようとはしない。狼狽している気配を感じたが、リートはそろそろと手を私の背中に回した。

 出会った時は私との視線があまり変わらなかったような気がする。でも、今抱擁すればリートの方が背が高い。


「リート、ありがとうな。私は、お前に出会えて良かったと思ってるよ」


 正直に言えば私はお前が苦手だった。

 いつだって純粋に正面から私と向き合おうとするお前が……怖かったんだ。

 レイスとも、リンダとも、どこか暗黙の了解で逸らしていた視線を、お前は幼さを武器にぶつかってきた。

 でも私は二人みたいに大人の余裕なんてあるわけなくて、いつも乱されてきた。

 何の気負いもない質問をされる度、純粋な疑問をぶつけられる度、自分がどれだけ見ないフリ聞かないフリをしてきたか思い知らされていた。


「変化を求めるきっかけになったのは、リート、お前のおかげだ」


 背中をポンポンと軽く叩いてから体を離す。


「これからもよろしく頼むな」


 私から離れたリートに握手するように手を差し出す。 


「はい! はい! 宜しくお願いします!」


 リートは元気に返事すると私の右手を自分の両手でぎゅっと握った。


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