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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第2章 雷の女帝
13/40

#12

 入り口から一人の男が歩いてくる。茶色い髪は短く、意志の強そうな細く鋭い瞳も茶色。背は少し小さめだが鍛え抜かれた筋骨。腰には剣が下げられていて、一目で手馴れたハンターだとわかる。


「……双剣のヴォルグだ……」


 周りのハンターがまた騒がしくなる。

 男の周りに道が開け、その男はゆっくりと私の正面まで来た。


「……本気か?」


 目の前の男に胡乱な瞳を投げかけると、無言で頷いた。

 男の名は双剣のヴォルグ。フリーの上級者ハンターで第一線で活躍する一人だ。オールマイティに魔法を扱う事が出来、一つの鞘に収められた二本の剣を扱う為、双剣のヴォルグと言われている。

 こいつとは何度か依頼を一緒にこなした事もある。無駄な事を話さない寡黙な男だ。

 だが、こいつにはシリウスと言う女性の相棒がいる。中級者だが息のピッタリと合った二人は、フリーでいる事に拘りを持っていて、異生を倒す以外の依頼は受けなかったはずだ。


「……なぜ?」

「……途中で投げ出す事はしない。そのぐらいの信頼はあるだろう?」


 ヴォルグは私の質問には答えず、本気である事を言って来た。

 何か理由があって一線を退くのか……? 確かに、味方として一緒に戦った時の信頼度は素晴らしい。そしてヴォルグはどうでもいいが、私はシリウスが好きだ。

 前にも言った通り、一線で戦う女性ハンターは少ない。百人と言う大人数での一緒の依頼を受けた時も、まだリンダがいなかった時なので、私とシリウス二人しか女がいなかった。

 そう言えば、いつも一緒にいるのにそのシリウスがいない。もしかしてシリウスに何かあったのだろうか……嫌な考えが頭に浮かぶ。

 異生を倒すのが仕事のハンターだ。いつ、何があるかわからない。


「他で話せないか?」


 周りの隠そうともしない好奇な視線に、ヴォルグは溜息を一つ付くと、入り口を見る。

 依頼の相手として十分すぎる相手だ。本気だと言うならば、拒否する必要もない。

 私は頷くと、歩き出したヴォルグの後を付いて行く。ヴォルグの隣に並ぶと、逆隣にレイスが並ぶ。

 いつの間にかリンダとリートがいないが……まぁいいか。


「依頼内容を本当にわかってるのか?」


 つい確認してしまう。それ程に意外な相手が釣れてしまったのだ。


「ああ。何か騒いでいるなと思い中に入ったら、レーゼが教えてくれた」


 そうか。

 レーゼとは入り口すぐ横にいた初心者案内役のお姉さんの名前だ。当然私もレイスも知っている。とにかく親切丁寧な人で、この街のノルン支部の顔と言っても良いほど有名なお姉さんだ。


「タイミングが良かった。……丁度、そんな依頼がないかと顔を出した所だったんだ」


 ヴォルグはそう淡々と言うと、一つの宿の前まで来る。

 目の前の宿を見てつい大声で叫んでしまう。 


「ノジュウィリストンじゃないか! お前、こんな所に泊まってるのか!?」 


 ズンズンと進んでいくヴォルグを慌てて追いかけながら、煌びやかな入り口をくぐる。

 ノジュウィリストンとはこの街一番の宿だ。贅沢を尽くした限りで、一番の持て成しを受けることが出来るが、値段も一番だ。

 それこそ王族が泊まっても問題ないとされるほど警備も整っていて、決して私達ハンターが泊まるような宿ではない。

 入り口にいた警備員に止められる事もなくドンドン進んでいく。……正直、片身が狭いのだが。中にいた客は皆豪華な衣装に身を包み、私達のような戦闘に適した格好をしているような人間はいない。

 いや、まぁ、私も戦闘に適しているとは思えない格好だが……。


「……お前、よくこんな所泊まれるな?」


 つい声小さくボソボソと聞くと、逆隣からクスッと笑われる。


「……なんだ、レイス。何か文句あるのか?」

「……以外に、小心者ですよね」


 脇腹に拳をお見舞いしておく。

 私はな、女なんだ。お前達唐変木と違って、うら若き乙女なんだ。ハンターと言う仕事をしていて、大の男でも簡単に膝をつかせることが出来るが、まだ十八の女なんだぞ!

 一応こう言った所に人並みの好奇心と憧れがあるんだ。お前らに言った所でわかるとは思わないけどな!


「ここの警備は完璧だ」

「確かにそれは否定しませんね。ですがここは確かハンターお断りの宿だったはずですよ?」


 レイスがそう聞いて、そう言えば、と思い出す。確かここは客の品位がどうとかと言って、ハンターは宿泊出来ない。

 どんなに金を積もうが、小奇麗な格好をしようが、身分証でハンターだとばれると泊まる事が出来なかったはず。

 所々に立つ警備員が誰一人私達を咎めないのを不思議に思う。

 そもそも、宿泊条件にこう言った(薄汚くて悪かったな)格好では宿内を出歩いてはいけないとあったような気もする。

 なぜそんな事を知ってるかは聞いてくれるな。私だって夢の宿に泊まってみたいと思った事があったんだ。


「旅の途中で異生に襲われていたここのオーナーを偶然助けたことがある。それ以来いつでも泊まってくれてかまわないと言われていた」


 なんと美味し……いや、うらやまし……いやいや、そんな大変な事があったなんて。

 さすがは双剣のヴォルグと言うべきか、どこでどんな所縁を持っているかわからんな。


「そうですか。まさしく命の恩人なのですね。それではこのような格好をしていても咎められる訳はないですね」


 深く納得したようなレイスを見ていらっとした。

 こんな格好させられているのはレイスのせいなのだが! 私は至って普通の動きやすい格好がいいのに、レイスが用意してくる服がおかしいんだ!

 私が服を買おうとするとすぐにレイスが違った服を用意して、あれよあれよという間に気付いたらヒラヒラふわふわな服を買われている。

 だから買い物ぐらい一人でしたいと思うのだが、レイスがそれを許してくれない。

 もっと断固とした抗議をすればいいのだが……どうも甘くなってしまうな。レイスには何もかも頼り切ってしまっている自覚がある以上、服ぐらいいいかと思ってしまう。

 それに、私だって可愛い服は嫌いじゃない。


「ここだ」


 ヴォルグはそう言うと一つのドアの前で止まる。

 最奥の一番豪華な部屋だと!? どんだけ感謝されてるんだ? なんてうらやま……コホン。


「見てくれればわかると思う……」


 そう言ってヴォルグはドアを開くと中へ入って行く。

 私も後を追い、もう一つのドアをくぐった後、その光景に呆然とした。



 ◆ ◆ ◆



「あら? やだ、ロリアじゃーん、久しぶり~。どうしたのー?」


 長椅子にぐったりと座った状態でそう言ったのはシリウスだ。先にも話した通り、ヴォルグの相棒で、女性ハンター。

 前線のハンターである以上、鍛えられた身体をしていたが、とてもしなやかで女性らしい曲線を持っていた――はずだったのに。


「なんだそれは? なんだその格好は?」


 と、聞かずにはいられないほどふっくらと……いや、ふっくらなんて言葉では誤魔化せないほど丸々と太っていた。


「えへへー、びっくりでしょー。とても人前には出れないよねー。鞭剣のシリウスの名前が泣いちゃうよねー」


 とケラケラ笑うシリウスを見て、目の前で脱了する。

 こんな所に泊まっているし、正直、最悪な状況を想定していただけに力が抜けた。なんだ、元気そうじゃないか。私はてっきり負傷などをして動けず、警備のしっかりしているここに泊まっているのかと思っていたのだ。

 無事そうで、ホッとした。

 上級者ハンターの男と、中級者ハンターの女。と言う組み合わせは、正直に言えば危険だ。私達にたくさんの嫌がらせがあったように、彼女達も名前が売れるまでは大変だったと話した事がある。

 卸しやすい女は襲われやすい。その最初の気持ちがどんなものであったとしても、狙われるのは私達女だ。

 恨みだったり、やっかみだったり、素晴らしいハンターへの憧れだったり。とにかくどんな感情でもぶつけられる対象となるは、側にいる私達に向けられる事が多いのだ。

 だから、シリウスも自分の身を守る事に余念がなかった。

 自分を脅威にさらさない事が、何よりもヴォルグの助けになると分かっていたから。

 それなのに、自分が戦えない状態になるなど……。身に何かが起こったわけではないと安心したものの、違う意味で心配になった。

 そんな私の考えが顔に出たのか、シリウスはばつが悪そうに肩をすくめた。


「そうねー、私もまさかこんな風になっちゃうとは思わなかったのよねー。ギリギリまでは前線でいけるかも? なんて甘く見たりもしてたし。でも途中から食べないと気持ち悪くてさぁー。もうね、とにかくなんでもいいから常に口に入れてないと気持ち悪くてしかたないの。で、しかも果物とかお菓子とか甘いものが欲しくてさぁー。毎日毎日ひたすら何かを食べてたら、こんな風になっちゃったのよー。びっくりでしょー。しかもそろそろ落ち着いてもいいはずなのに、まだ食べてないと落ち着かないのよねー」


 シリウスはそう一息で言うと、テーブルに置いてあった鼈甲飴を掴むと自分の口へ放り投げた。


「ちょ、ちょっと待った! そんな常に食べてなきゃいけないほど何があったんだ?」


 太った原因は暴食と分かったが、それをしなくちゃいけなかった理由が分からない。そのまま話をまた進めようとするシリウスを止めると、ヴォルグを見返す。


「見ただけじゃ全然分からないんだが?」

「そうか、すまなかった。……確かに、この太り具合では分かるわけなかったな。子が出来たんだ」

「………………」


 固まる事数十秒。レイスの「あぁ、なるほど」と言う言葉が聞こえて我に返る。


「こ、こ、こ、こ、こって、こ、子供の子の事だよな!?」


 ヴォルグの胸倉を掴むとガクガク揺らす。


「それ以外に何がある? そうだ、子供が出来た」


 お、お前! 何当然のように淡々と言ってるんだ!

 子供って事は、子供って事はあれか、つまり二人はそう言う関係にあったって事か?

 あ、いや、待て。もしかしたらヴォルグとの子供じゃないかも知れない。

 そう言えばシリウスは中々の恋多き女で、ヴォルグほったらかして他の男に言い寄ったりしてたし……。間違いが起きてそんな事になってしまったのかも知れない。

 いや、おかしいな。それならそれで他の男がいるはずだし、それなのにいまだにヴォルグと一緒にいるのも分からない。


「何を考えてるか知らんが、正真正銘俺とシリウスの子だぞ」


 そのまま掴んだままだった両手を胸倉から払われると、行き場をなくした両手は……ニヤニヤと笑っているレイスの頭へ向かい、引っぱたいておいた。


「ちょっとー、何? ヴォルグ話してなかったの? てっきりそれで連れて来たのかと思ったのに。もう、ロリアにはちょっと刺激が強いでしょー? ロリアー、びっくりさせてごめんねぇ。でも本当にヴォルグとの子供よー。しばらくずっとヴォルグ以外としてないしさー」


 最初はヴォルグへ、後半は私へ話しながら、私は自分の顔が真っ赤になって行くのを感じる。

 してなかったって……やめてくれ。私だってもう成人してる年頃の女性だからな、かまととぶるつもりはないが……恥じらいを持て。


「いや、依頼主だ」


 律儀に訂正するヴォルグの言葉をうけて、シリウスはきょとんとする。


「依頼、って? 何? この先どうするか決めたの?」


 不思議そうにシリウスは首を傾げると私を見る。


「ロリアが依頼主……って?」


 私がなんて答えようかとまごついていると、レイスがヴォルグへ話しかけた。


「確かに、素晴らしい利害の一致ですね。こんな偶然驚きました。ですが、出産された後はどうなさるのですか? ロリア様もおっしゃっていた通り、途中で投げ出されても困るのですが」

「……もう前線には出ない」


 ヴォルグは一言そう言うと、シリウスに近づく。

 驚いた顔をしているシリウスを横からそっと抱きしめる。


「守るものが出来たからな……」


 今まで見たこともない優しい、穏やかな顔でそう言うヴォルグを見て、なんだか温かい気持ちになる。

 そうか、そうだな。自ら命を削るような事はもうして欲しくない。シリウスと産まれて来る子供の為に、父親は生きてなきゃいけないんだ。 

 なんだかちょっと涙ぐんでいるシリウスを見て、私までもらい泣きしそうだ。


「問題ありませんね。ですが、ロリア様。報酬はどうされるのですか? あのような大金……ないと思いますが」


 ちょびっと浮かんでいた涙は、レイスに話しかけられ引っ込む。


「そうだな、ない」


 あっさりと頷くと珍しくヴォルグが目を見開き驚いている。おぉ、なんだか今日は変わったヴォルグを見れて面白いな。


「やはり。どうするおつもりですか? 村には余裕はないと思いますよ」

「そうだろうな。そもそも村に期待はしてない。あくまで私が報酬を出す」

「どうやって?」


 先程までとは打って変わって鋭い目つきで睨んで来るヴォルグにニヤリと笑ってみせる。


「簡単さ。私が二億ポイオット稼いで来てやる」


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