天使の笛の謎③
いつも閲覧、ありがとうございます。
ちょっと詰まったので、手直し予定です。
《…たく、いきなり呼ぶから、焦ったじゃないかい》
近所のおばちゃんみたいな声が、背後から聞こえ、流らギギギと壊れたブリキのように後ろを見ると、背中のシャツとベストが黄色い嘴にくわえられており、宙ぶらりん状態だった。
視界には何処までも広がる海と、複雑に散った島々が見える。
まるでヘリコプターから撮った映像をテレビでみるような光景で、足元に目をやるとうっかり気絶しそうになった。
どうやら、巨大な鳥の嘴に自分が引っ掛かっているのが理解したらしく、全力で震えている。ついでに、自分の大事な部分も縮こまってくれたおかげか、チビりはしなかったが、流は違う恐怖と戦っていた。
「お、落ちる!おおお落ちるから!」
《…あいもかわらず高いところが嫌いだねぇ、あんた。天使のくせに。》
「天使とかの問題じゃないから!ああ、服が、服がぁ!」
どうやら、またミラクルが起きたらしく、今度はルー語とサムライ口調のふざけた力の馬ではなく、巨大なおばちゃん鳥を召喚してしまったようだ。
(この笛、どうなってんの?てか、また本物の知りあい!?)
と考えていたら、ニットベストとワイシャツが首に食い込んで痛い。ずり落ちてきており、非常に危ない。
《しゃあない、このおばちゃんの頭に乗せてやるよ。》
そう陽気な声が聞こえた瞬間、流は空中に投げ出された。
「くぁwせdrftgyふじこlp─────!?」
《あらやだ、フジコだなんて呼び捨てだなんて照れちゃうじゃないのさ》
フジコと言うのが鳥の名前らしい。リアルで近所にいそうだ。
流は空中で姿勢を捻ると、なんとか、巨鳥の頭の上に乗ることができた。
お尻からの着地だったが、巨体なせいか羽毛の長さもそれなりにあり、ふわふわで強打することはなく怪我もなかった。ちなみに、端から見ると流は空中でムーンサルトを決めているのだが、本人は心臓バクバクでれどころではない。
流が、自分の頭の上に乗ったのが嬉しいのか、フジコさんはクルクルと喉を鳴らした。
《さて、楽園管理人の坊や。このアゼルバイルの凶鳥を呼び出して何をやらせるんだい?国潰しかい?それとも世界征服?おばちゃん頑張るからさ、言ってごらんよ。》
「なんか、今、物騒な言葉が聞こえたんだが…」
…まだ、心臓がバクバクしているせいか上手く声が出せない。本当は叫びたいが、先程まで喉が締まっていたせいか、酸素を吸うのがやっとである。
《だって、おばちゃんできるの破壊することぐらい だよ? 参ったわねぇ…》
「いやいや、破壊とか、何処の怪獣だよ」
《んまあ!怪獣とは失礼ね!私は歴とした奏神オルフが治める第六天の門番よ!神獣なのよ神獣!!今から実証してあげようか?》
「いいです!本気でやめてください!」
流が全力で首を横にふると、フジコさんは残念と喉を鳴らす。
《…もしかして、漆星の呼子笛を吹き間違えたのかい?神獣、聖獣を束ねる女神の補佐官様でも間違えることもあるんだねぇ。》
このホイッスルは漆星の呼子笛という中二病臭い名前らしい。
いろいろとツッコミたいが、東京スカイツリーの最上階くらいの高さにいるせいか、早く地上に戻りたくてしようがない。
「とりあえず、あそこにいる、金髪の女の子のところに降りてくれないか?」
《はいよ。お安いもんさね》
その瞬間、フジコさんの羽ばたきによりクラスメイト達は四方八方に流されてしまう。
人が花火のように散る様をみて、流はポカーンと口をあけて思考が停止する
《あ》
「あ」
《あらぁ、ごめんねぇ?》
「ああああ!?エリス!?」
まさか、こんな事になるとは誰も想像してはいなかっただろう。流されたクラスメイトも、まさかのウッカリで流されるとは思わなかったに違いない
不幸中の幸いにも、皆無傷だった。もちろんエリスもモルビーも無事だ。
モルビーはなんと、海馬の力で押し寄せる波を相殺し、エリスを流のかわりに守ってくれたのだ。お陰で、エリスは無傷だった。
後にこの事件は、ルハイム魔法学院史上三本の指に入る怪事件として残ることになる。
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そして、エリスと流、それと対戦相手のモルビーは学院長室に呼び出しを受けていた。
「…随分とやらかしてくれたねぇ。まあ、壊れた家の家主達は高級魚のマタタギが豊漁だったので、それを売った金で建て替えるから弁償はいいと、言ってくれましたがね。一応、示しがつかねぇってわけで、ひとつ、罰を受けてもらよ。」
と、言葉のわりにはカラッとした口調で、本人は全然深刻そうというより、笑いを噛み締めてるような表情だ。反対に、学院長の脇に控えるリンデル教諭は眉間に皺を寄せて頭が痛そうな表情だ。
「…簡潔に言いましょうか。エリスと天使様は三ヶ月間、自習。」
「じ、自習?!」
エリスが目を見開いて聞き返せば、学院長はニヒルに笑ってエリスに視線を向ける。
「魔法実技や、学科は通常でもいいけどね。使い魔と共同に受ける実技は全部自習だねぇ。あ、でも自習というより、補習さな。リンデル先生が監督として付き添うから。お前さんたちは今一度、力の使い方を身に付けてきな。」
「補習…。」
神妙に頷くエリスから、学院長はモルビーへと視線を向ける
「モルビー君はおとがめは無しだけど、念のため三日間は静養しなさい。あれだけの衝撃波を間近で受けて、しかもエリス嬢の盾になったんでしょ?使い魔にも負担が大きかったはずだし。ね?」
「…う、はい」
モルビーは学院長の念押しに、気まずそうに頷いた。
エリスと流には大丈夫と言った手前、実はあまり大丈夫じゃないとバラされて気まずいのだろう。
好きな女の子に心配させたくて強がりを言ったのだが、裏目にでたようだ。
エリスも気遣わし気に、モルビーを見ている。
そして、学院長は最後に流へと視線を戻した。
「天使様よ、ひとつ聞きたいんだが、あの巨鳥はあんたとはどういう関係なんだい?」
「どういう?…えーと、近所のおばちゃん?」
「…あれ、メスだったのかい。なら、あの神馬達は?」
「気のいい友人…かな?」
「…友人ねぇ…。」
(…憶測だけと、すごい馴れ馴れしかったし)
多分そうなのだろうと、流は結論づけた。
「うん、お前様の首にかかっている笛は、神獣、聖獣といった類いのものを呼び出す道具だろうから、学院じゃ使用するのは控えてくれないかい?」
「反対です学院長!笛をこちらで管理するべきです!!アゼルバイルの凶鳥を呼び出す笛なんて、危なくて持たせておけません。」
「いやね、そんな物騒なものはうちで管理はできないんだよね。使い魔の持ち物は基本使い魔自身が管理をする決まりだから。それに、紛失したらお前さんどう、責任をとるつもりだい?」
「う、そ、それは…。」
「あの、すいません。」
ふたりの言い合いに、不意にか細い声が上がった。
モルビーだ。
「その、先程から気になったのですが、アゼルバイルの凶鳥ってなんですか?」
おそるおそるエリスも「私も知りたいです」と手を挙げると、学院長とリンデル教諭は顔を見合わせる。
「モルビー君、古代世界史は?」
「く、クルトガ文明のあたりです。」
「天使様は?」
「陽気なおばちゃんでフーガ・マナ(?)の門番としか聞いてません…。」
「奏神オルフの神獣だったのか…まあ、人界での異名だし、眉唾的な伝説だから天使様やエリス君達が知らなくてもしかたないか…。」
何かを納得したのかわからないが、リンデル教諭はキュッと表情を引き締め、重々しく口を開いた。
「アゼルバイルとは、クルトガ文明から200年後、約1500年前に存在した国で、建国から僅か50年後に滅びたと言われている。あの鳥は、そのアゼルバイルを滅ぼした伝説の鳥と言われている
」
「鳥が、国を?」
「《その三対六翼は国を包み、彼の鳥が去った蹟には塵すら残らず、地に根を這った木々ですら空を舞った。翼風で巻き上げられた人々はあたかも塵のように天空から堕ちていくのが見える。ああ、終末の凶鳥が訪れたのだ。》と、詩人クラルが手記でのこしている通りならそうだな。」
「……。」
「信じられんだろ?そんな鳥がこの人界にはいるはずないし、どうして顕れたのかもわからずだったから、今まで俗説の【流行り病が蔓延して滅んだ説】が提唱されてきたんだ。だが、そこの天使様がその伝説を実証してしまったせいで、国中の歴史学者たちが、泡を喰ってる状況だ。
まさか、たかが学院の授業でそんなものが出てくるなんて…」
ため息をつくリンデル教諭に、流は内心がくがくと震えていた。
(フジコ怖ぇええ!)
あとちょっとで、国を滅ぼしていた。あの時全力で拒否して良かったと、馬の時とは別の冷や汗を拭う。
ある意味紙一重だったのだろう。
「しっかし、聖神の戦車と神馬に、奏神の門番とは驚きだねぇ。お前様、ちょっと気をつけなよ?」
その言葉に意識が戻り、学院長をみれば先程までニヤニヤしていた顔が、無表情で眼孔には剣呑な光がやどっており、別人のような鋭さを帯びていた。
確かに、本来契約者を守るべき使い魔が危害をくわえたのだ。
流は口をつぐみ、学院長の言葉の意味を飲み込む。
「力もまともに制御できなきゃ、ここではやってけないぜ。なあ、天使様よぉ。」
「… はい」
「それと、モルビー君…ここでの会話と、笛の事は他言したらだめだからね?もし、他所にバラしたら…」
「は、はぃいいい!!他言しません、ぜっったいしません!」
モルビーは完全に泣きが入っており、顔を真っ青にさせている。彼からしたらとばっちりもいいところだ。可哀想なことに、体も震えている。
天使の呼んだとんでも生物の正体を知って、それを秘密にしろと強要されているのだ。
そりゃあ、普通の少年には荷が重いだろう。この学院長も相当、人が悪い。
───ではな、天使。せいぜい、醜態を晒さぬよう励む事だ。
ふと、その言葉を思いだし流は眉間に皺を寄せた。
あの悪魔は、こうなる事を見越していたのだろう。
普通の使い魔と、天界からきた使い魔はあまりにも力の差がある。
流自身には力がないとしても、彼が呼んだものは逸脱しすぎる存在ばかりだ。
あの悪魔は流の呼ぶものは一般向けじゃないと警告したつもりなのだろう。警告というには微妙だが
今の彼には十分警告に聞こえる。
(偽物天使だからって、言い訳はもうできないな。)
今回の惨事は、天使のカシエルではなく、人間の樫江 流が引き起こした結果だ。
そこのところは、自覚しなくてはいけない。
なんだか、胸にかかったホイッスルがやけに重く感じた。
次は月末あたりに更新します。
少し手直しも含め、別の転換も更新しますのでちょっと遅くなるかもしれません。