天使と笛の謎①《改訂版》
すいません、かなり修正しました。
昼に書いた物とは別物になっています。
「では、これより授業を始める。今日は模擬戦闘をするので、各自準備にはいれ」
「「「はい!!」」」
(やりたくねー…。)
体育会系の教師の声に、勢いよく返事をする生徒達の声に、流はかったるそうに溜め息を溢す。
流は体育が嫌いだ。球技が嫌いだ。持久走が嫌いだ。水泳が嫌いだ。体力測定は万年E判定、成績はつねに保健のテストまかせ。
無駄な動きを嫌い、グータラするのが趣味な男に緊張感は無かった。
─────その時までは。
「では、今日の模擬戦闘場は〝海〟だ!」
そう、教師が宣言した瞬間、演習場の足元におびただしい海水が雪崩れ込み、地面が一瞬で消えて、生徒達は海岸に投げ出される。
「っ!?」
波に拐われそうになった流は慌てて、近くにいたエリスに抱きつく。
女の子にすがるなんて、情けない話だが流はそうでもしなければ流されていただろう。
エリスはエリスで、目をかがやかせ嬉しそうに流に笑いかける。
「ありがとうございます!おかげで流されませんでした!」
「え、いや、こちらこそ…って…え?」
よく見たら、そこは南国の海だった。
灰色の空ではなく、見渡す限り澄んだ青空と、紺碧の海。
確かに、見渡す限り夏の海のど真ん中で、波の音や揺れや潮の薫りがこれは現実だと告げている。
流達は今、無人島の浜辺で腰まで海に浸かっている状況だった。
(海水で、重さが増した服の感触が気持ち悪い。)
…間違いなく本物の海に、流は絶句した。
さらに、生徒達も教師もずぶ濡れな環境なのに、誰ひとり騒がないのにも驚いた。
「こんな大勢を一瞬で転移させるなんて…ランデル先生。すごいです。」
感嘆するエリスに流はギョッとした。
「…転移って…まさか、ここは?」
「はい、ここはリシェル諸島付近でしょう。綺麗ですね。」
驚き過ぎて、綺麗ですねじゃねぇ!と流は突っ込む声もない。
さすが異世界!理解の範疇を軽く超えすぎてて、流は頭が痛くなった。
「…実技って毎回こんななの?」
「いえ、ランデル先生の模擬戦闘の授業は、他にも、使い魔との連携の型を競う競技型や、グループを作って団体、個人別トーナメント戦をするトーナメント型など、色々あります。
今日は環境を想定した実技授業のようです。大抵は山だったり、森だったり…ランデル先生が選んだ場所で、環境への適応力を高め、いかなる状況でも戦えるようになるのが、この授業の目的のようです。」
つまり、生徒達はこのとんでもない授業に、何回か跳ばされているから慣れているわけか。
「…マジか。」
流は思わず片手をを頭に載せてオーマイガ!というリアクションを取った。なまじ、頭の上の輪っかが光っているからシャレにならない。
蛍光灯が壊れないかちょっぴり心配になった。
もはや、やる気すらなくなり、今更ながら学院に帰りたくなった流はエリスに棄権しようと提案しするため口を開いた時だった。
「じゃあ、今から指名するから、その生徒同士で模擬戦闘をしてもらうぞ」
「は?」
いきなりなかよ!とツッコミを入れる暇もなく、教師は次々に生徒の名前を呼んでいく。
「では、エリス・ガーランドとモルビー・ランク!!」
「は、はいっ!」
少し離れたところで、男子生徒の返事があがった。
モルビー・ランクは茶髪で、流よりも背が低くヒョロイ印象の少年だった。丸眼鏡でそばかすがチャームポイントといったいかにもクラスでパシリにされるタイプである。
モルビーは余程驚いたのか、若干涙目になっている。
「初めての参加だから、わからないところがあると思う。よろしくねモルビー。」
「あ、う、うん。」
エリスはモルビーの近くまで泳ぐと、ニコッと男子ならみんな恋に堕ちそうな可愛らしい笑顔を浮かべて挨拶をする。案の定、モルビーの顔は先ほどと打って変わって真っ赤に染まっている。
(…あ…こいつ、絶対エリスのファンだ。)
流は脳内である友人を思い出した。気弱な少年が見せた一瞬の執着心に、元の世界にいたアイドル好きな友人を重ねてしまった。まるで、握手会に並んで憧れのアイドルに「頑張ってね!」「応援ありがとう!」といわれてどぎまぎしてる感じがリアルで似ている。
美少女だし、なんというかキラキラしてて、偏見とかなくて、芯が強いところとかあって、でもちょっとお茶目で…どんな相手でもきちんと目を見て対応する優等生。それがエリスだ。
クラスでも、女子にシカトされるような貧弱な少年が、そんな正統派美少女に、優しく微笑まれたらそら、真っ赤にもなるだろう。
そんな心境がわかるためか、凄くやりづらい。
悪役のベルツハイドと違って、至ってピュアな少年と戦うなんて思いもしなかったせいか、戸惑ってしまう。
「……戦うっつってもなぁ…。」
そうつぶやくと、流は首から下がるステンレス製のホイッスルに目を落とした。
正直、戦う気概も自信もない。またあの白いUMAが出現するかもわからない。ベルツハイド同様にどうすべきかもわからない。
しかも、周りを海で囲まれた状況
この授業は何かある。
流も、それはなんとなくわかっていた。
「しっかりしろ」と、自分に言い聞かせると、ホイッスルを握りしめた。
「え、えと…カシエル様…」
「…な、何?」
ザブザブと、こちらにやって来たモルビーに、顔をあげると、モルビーは真剣な表情で流を見上げた。
「えと、あのですね、僕、リントヴルムと貴方の戦いを見ました。」
「へ…」
「…カシエル様は凄い強くて、僕なんかじゃ、相手にならないかもしれません…けど」
「……(いや、むしろ、相手にならないのこっちかもしれないし、何でこの人戦場に向かう人見たいに悲愴なの!?)」
そこまで、言葉を切るとモルビーはキュッと唇を噛み締めて、エリスのほうに視線をむける。
その視線の意図に流は察したのか、ヒクリと頬をひきつらせた。
「まさか…好きな女の子の前では負けたくない…とか?」
「っ?!」
何故わかった!と言わんばかりのモルビー君に流は頭が痛いと額を押さえる。
(……わかりやすっ!)
余計にやりづらいなぁと流は眉間に皺を寄せた。
「…俺に手を抜けと?」
いつでもオーケイだぜ?と言う心境で尋ねれば、モルビーはブンブンっと首をふって否定する。
「ち、違います!そ、その全力で戦いたいって言いたいんです」
「全力で…?」
「はい!僕は僕なりの戦い方をします。でもエリスさんだけは絶対に攻撃しません!」
その言葉に、流はようやくモルビーが言いたいことがわかった。
つまり、天使だろうが、なんだろうが、容赦なく攻撃すると、彼は言っているのだ。
ふざけているわけじゃない。モルビーは流が強い相手だと認識(勘違い)しているから敢えて宣戦布告をしたのだ。
その覚悟に流は言葉を失った。
───現実逃避している場合ではない。
人間として否定され、天使として勘違いされ、知らない土地に投げやりになり、食文化の違いに苛立ち…わけのわからない運命の中に放り込まれて呆けている場合ではない。
「(てか、マジでどうにかしないと本気で死ぬかもしれない。)」
──流はこの世界にきて一番必要なことに漸く気づく。
焦燥すること、危機感を持つこと、感受したことを忘れないこと
そして…今、この状況を打破すること。
その事に気づかされたのはエリスや王様達ではなく、どこにでもいそうな少年の言葉だったからなのか…それとも、この世界が、どこか浮き世ばなれしたところがあったからか…
いずれにしても、肌に貼り付く濡れたシャツの感覚が冷たく不快だった。
「では、本日の模擬戦闘のルールを説明する。この結界内での攻撃は、特殊な結界石の力が同時に作用しているため、各自のダメージが総裁される。だから命の危機はまずないが、当たれば少々痛いから注意するように。
使い魔に攻撃を当てたら2ポイント、対戦相手に攻撃を当てたたら3ポイント。先に10ポイントを先取した者に成績の加点を付与する。因みに、相手の使い魔がクリティカルノックダウンしたら場合、勝負はついたとみなし、勝った生徒には10ポイントを付与する。」
そこまで、言い切ると、ランデル教諭は、いかつい眉毛をしかめ真剣な表情で生徒たち一人一人を見回すと高々と、バリトンボイスを張り上げた。
「それでは各々、戦闘開始!!」
ランデル教諭の掛け声と同時に、生徒たちはそれぞれ分かれて戦闘を始める。ある生徒は砂浜で、ある生徒は岩礁の上に、それぞれ離れた場所で戦いを始める。
エリス達は、足が付くぐらいの深さの場所まで移動すると、戦闘態勢をとった
「出てきて!ラクセル!」
モルビーの足元から水しぶきを上げて出てきたのは
「……(また)馬か…」
「海馬です!」
モルビーの鋭いツッコミが炸裂する
すでドラゴンを瞬殺する馬でいっぱいいっぱいなのに、ここにきてまた馬のモンスターの出現に流はげんなりした。
モルビーの使い魔は、ギリシャ神話に出てくるポセイドンの戦車を牽く海の馬ヒッポカンポス。
上半身は馬、鰭の鬣、胴の下半身部分は魚の水辺の幻獣だが、流には海から顔を突き出した大きな馬にしかみえない。鱗が生えていようと馬は馬だ。
リントヴルムのようにおっかない幻獣ではなく、むしろおとなしそうで、流は安堵する。
こちらのヒッポカンポスは北の海に生息する馬なので、若干この常夏の南国風の海に慣れていないのか、若干気だるそうだった。
「僕の使い魔で、ラクセルといいます。宜しくお願いします。」
「……水生動物なのか。余計にめんどくさい。」
「カシエル様、海馬ですからね一応。動物と一緒にしてはだめですよ。」
「そ、それでは、僕から行きますよ!」
主の言葉に嘶くと、ラクセルは口を大きく開いて消防車の放水のような激しい攻撃を流へとむける。
流はとっさに海に潜るとその攻撃を回避した。水鉄砲の要領で、放水の口が分かれば攻撃の方向が分かるし避けるのも楽だ。しかも、モルビーは決してエリスを狙わないし、執拗に流ばかりに攻撃を仕掛けてくる。
ベルツハイドのように使い魔を強化することもなく、感情に任せた単調なモルビーの攻撃に、近づけず、避けるのが精一杯だ。
どうやら、海馬のラクセルは近距離での戦いが苦手なようだ。
「地の利は僕にありますね。」
「まあ、な…」
(前回の決闘のように命は保障されているし、これくらいなら、なんとか避けられるし大丈夫かな?)
あまり、怖くない攻撃に流は拍子抜けしていた。
火の隕石みたいな攻撃してくる翼竜と打って変わって、大人しそうな海馬の攻撃はどこか迫力がない。
そのせいか、流はベルツハイド戦と比べて命の危機は感じてはいなかった。
だが、ひとはそれを油断という。
モルビーの攻撃を知らず知らずに避けていたら、エリスから大分離されてしまった。戻らねばと思った時だった。
「なっ」
「カシエル様っ!!!」
突如大きな波が海馬のラクセルの嘶きとともに発生し、流は高波とともに押し流され、エリスからかなりの距離を離されてしまった。
「言いましたよね、ここは僕達の有利な場所だと…。」
真剣に流を見つめるモルビーの頭上には、使い魔への攻撃成功時に加点される「+2」の黄色い文字が浮かび上がっていた。
つづきは15日に更新します。