サイレンは冬に哭く ~アリエ~
思いついたから書きますぜ、サイレンの魔女シリーズ!
VRMMO『ラストソング』。
そのサービス開始は十年程前の話だ。
当時流行の真っ只中だったフルダイブ型ファンタジーゲームのひとつで、言ってしまえば二番煎じ三番煎じの代物だった。
多数の職業を選べるもの、シナリオにひたすら拘ったもの、プレイヤー達の判断でゲーム内の歴史を変えてしまえるものなど、多種多様なゲームがサービスを開始する中、このゲームの売りはタイトルの通り「唄」であった。
吟遊詩人の『呪歌』や魔法使いの『呪文』などを自ら設定する事が出来たのだ。 勿論面倒な場合などはデフォルトのモノを使用出来るが、例えば呪文であれば一定の法則下で設定する事が出来、そんな独自な呪文詠唱は通常よりも強力な効果を発揮したのだ。
バードの呪歌はもっと特殊で、路上で、酒場で、コンサート会場などで唄っていく事でその効果を増していくという仕様であった。 簡単に言えば人気が増すと効果が増すのである。
ならば剣士などは詰まらなかったかと言えばそうでもない。
『集中』や『自己暗示』、『誓い』など、一部のスキルには同じ様な要素が組み込まれ、『技』や『奥義』の威力や汎用性に変化を与えたのだ。
そんな自由度、自身の設定を拡げてくれるゲーム『ラストソング』であったが、所謂設定厨などと呼ばれる人達にはおおいに受けたものの、そうでない人達はまるで付いて来られず、ついにサービス停止という決定が降されたのだ。
残念がる人のいる一方で、殆どの者が新たな世界を求め、別のサービスを探しにいった。
『魔闘士』アバランシュは今更新世界を求める気概もなく、取り敢えずこの世界の最期を見届けようとここ数日、毎日の様にログインしては街を歩き、酒場で飲んだくれていた。
この世界が消えてしまえばこの世界の金もなくなってしまうのは道理。 ならば飲んでしまっても同じ事である。
ちなみにこのゲーム、飲食も出来るし酒も飲める。
インストール時に年齢確認をしており、成人していたら酩酊感も味わえるのだ。
アバランシュは酒とつまみを口にしながら小さな舞台に目を向けた。
今更ここで唄うプレイヤーなんていやしない。 だが酒場には解りにくいと言われた吟遊詩人のシステムを理解して貰う為に、ノンプレイヤーキャラクター ――NPCの歌い手達が毎日何らかの歌を唄っているのである。
この酒場で唄うのは『アリエ』という少し表情を欠いた感じのする少女の形をしたNPCだ。
唄うのはいつも落ち着いた感じの歌ばかりだが、彼はそれらを何となく気に入っていた。
歌謡曲ではない。
童謡でもない。
歌というより詩。
だが、それはそうなのかも知れない。
彼女は歌手ではなく吟遊詩人だ。
「アバランシュ」
気づくと歌は終わっていた。
舞台から降りたアリエがテーブルを挟んだ向い側に佇んでいる。
「いつも来ていただいてありがとうございます、アバランシュ」
彼女はそう言ってぎこちない微笑みを見せた。 後ろで纏めた長い黒髪が、そっと揺れる。
「……暇、だったからな」
内心で「男子中学生かよ!?」などと自身で思いながらも彼は目の前の、ヒト成らざる存在を見つめた。
彼女とこう言った会話をするのは初めてではない。
NPC達は自身と関わり合ったプレイヤーキャラクター ――PCをキチンと覚えてくれている。
アリエもそうだ。
彼女は自分の出すクエストを一度でも達成したPCなら、こうして覚えてくれているのだ。
ちなみにこの国の王様だと、PCが何らかの称号を持っていないと覚えてくれない。 神殿にいる司祭は何があっても覚えないと巷で有名になっている。
アリエの様な『歌い手』達の殆どは3~5回のイベントが必要な中、彼女の様に一度で覚えてくれるキャラクターは希有であった。
「最近はこの国も人が減ってしまいましたね」
聞いた事のない台詞に内心でぎょっとする。
NPCたちはAIで制御されている。 とは言えプログラムはプログラムだ。 余計な言動はしない、口に出来ない。
サービスの停止が決まったというのにアップデートもないだろう。
だとすれば、彼女のこの言動は、挙動はなんなのだろうか?
「……他に景気のいい国にでも行ったのかもな」
とは言っても、この世界では彼女も人だ。 ならそれなりの対応をするのが彼のポリシーでもある。
そんな行動のお陰で、彼の善行値はそこそこ高かったりもするが、それが作用するのであればとっくに掲示板で広がっていた情報だろうが……。
「そうですよね。 国は……ここだけじゃありませんもんね」
アリエは呟く様に、なのに何処か自嘲する様に、そう言った。 言いながら夕陽の射し込む板戸の方を見る。
彼女はイベント以外では酒場の外で会う事がない。
まるでその事を認識しているかの様な言葉と仕種に、アバランシュは言葉を失う。
そんな事を認識するNPCがいるはずがない。
いたとしたら、それはもうバグ以外には有り得ないだろう。
「……ああ、ここだけじゃない。 世界は広いんだ」
だが彼はそう返した。
世間も世界も知らないだろう彼女に、それを教える様に。 箱入りの少女に広大な世界を語る様に。
「世界……」
その声にあるのはまるで憧れの様な響き。
いつもの彼女にはない『熱』を感じるのは気のせいだろうか?
「アバランシュ」
彼に呼び掛けながら彼女はその身を翻す。 ふわ、っと風が舞った。
「明日も来て下さいね。 約束ですよ?」
そういう彼女の微笑みは、普段の彼女らしからぬ『少女』の微笑みだった。
――Dデーまで後8日
アバランシュはアリエと約束通りにまた街の酒場へ足を運んでいた。 約束といっても一方的なものではあったが、どの道彼がここへ来るのは今や日常の一部である。
サービス停止まで安酒を飲む為だけの日常だが。
「アバランシュ」
なのに今日は酒場に入る前に声が掛かった。
酒場に入れば、真っ先に声を掛けてくるのはだみ声のマスターである。 一度飲みに来ると顔は覚えるが十回以上来店しないと名前は覚えない、ガタイのいいひげ面のオッサン。
だが、今日声を掛けてきたのは聞き慣れた声の少女だった。
サービスの停止が決まってからはちょくちょく、ここ最近はほぼ日参している酒場の歌い手。
「……アリエ?」
――酒場の外に出られたのか?
――何かのイベントか?
――やっぱりバグ?
そんな疑問が頭を駆け巡る。
「来ていただいてありがとうございます」
普段舞台で着るヒラヒラした様な服じゃない、それでも普段着とは違う様な ――彼女の普段着なんてイベント中にも見た事はないが―― 私服。
「……いや、それは構わないが今日は何かあったのか? 何かの頼み事かい?」
躊躇いつつもそう尋ねる。
何らかのイベント、取り漏らした個人的な依頼か? そう思い問い掛けるアバランシュに彼女は微笑み即答した。
「デートをしましょう」
「…………………………何故そうなる?」
イベントなのか?? こんな恋愛シミュレーションゲームみたいなのはイベントなのか?
そんな疑問が脳内を駆け巡る。 駆け巡りすぎた疑問は頭蓋骨の中で乱反射しているかの様だ。
答えは導き出せない。 ただ脳内で不協和音を響かせる。
「わたしの知る世界はあまりにも狭すぎると、そう思ったからです。
貴方なら街中のエスコートを頼めるかと思ったのですが……」
「ならそう言えよ」
アバランシュはそう言うと、伏し目がちになった彼女の手を取り、そのまま歩き出した。
引かれて歩き出したアリエは頬を少しだけ赤く染める。 照れた様にしばらくは引かれる手を見ていた彼女だが、ふと視線を上げ、自身を引く彼の耳が赤くなっているのを見ると、寄り添う様にアバランシュの横へ並んだ。
――Dデーまで後3日
あの日からアバランシュはアリエとデートを重ねていた。
彼女は何も知らない。
旅をしてこの国に流れ着いたという『設定』なのに、驚くほど世間知らずだった。 世間知らずというより頭でっかちに近いのか。 驚くほど『現物』というものを知らなかった。
いや、彼女というNPCはあの酒場すら殆ど出る事はなかったのだ。 それも当然と言えよう。
そんな彼女の横を歩きながらアバランシュは色々と思考を巡らせてきた。
――これは、この状況はバグなのか? 異常なのか?
誰も見つけてはいないもののイベントのひとつなのか?
――運営に報告した方がいいのか? いや、もうサービス停止まで数日しかないのに報告してどうする?
アバランシュはふと思う。
――もしかするとこれは人が、PCが一気に減ったからこそ起きた事象なのかも知れない。
PCの動きに、挙動に、その全てにリソースを割かなくて良くなった今だからこそ、AIたちは空いた広大なメモリを使い、自らの操作するNPCの本来の形を表現させているのかも知れない。
何千、何万、場合によっては数十万数百万のキャラクター達を表現していたリソースである。 それはほんの一部であっても、一体のNPCをより人間らしくするくらいの事は出来てもおかしくはないのではないだろうか?
予想でも予測でもない、ただの想像だ。 バグではないのだと自分に言い聞かせる為の言い分だ。 言い訳だ。
だけどそれで十分だった。
彼女とのデートを楽しむのに、余計な思考は邪魔だったから。
――ああ、そうだ。
オレは楽しんでいる。 間違いなくこのデートを楽しんでいる。 彼女と歩いている事を、彼女と語っている事を、すっかり見慣れた中世の街並みの中に彼女とふたりでいる事を。
内心で苦笑しながらアバランシュは彼女と手を繋ぎ、歩む。 ゆっくりと、このデートが終わってしまわない様に。
だがリアルでは彼は社会人である。
一人暮らしではあるが自身の生活があるのだ。 そこを蔑ろには出来ない。
だから彼はアラームを就寝時間ギリギリ一時間前に掛け、酒場へアリエを送った後に彼女の歌を聴いてからログアウトする様にしていた。
この三日は ――最後の三日は何とか年休を確保していた。
システム上、十時間以上ログインし続ける事は出来ないが、少しでも彼女と長く居続ける為に。
そしてその日がやって来てしまった――。
――Dデー当日
その日ふたりは街の外にいた。
何もせず、ただふたりで丘の上にいた。
もう、モンスターは出現しない。
草木を撫でる風も徐々に弱くなり、その存在をなくしていっている。
街のテクスチャーも少しずつ荒くなっている様だ。
アリエにもその様子は見えている筈だが、彼女はこれといった反応を見せずにいた。
見せずに、ただアバランシュに寄り添い、唄を口ずさんでいた。
「アリエ……唄ってくれないか?」
崩壊する様に色を失っていく街を見ながら、アバランシュは彼女をそっと抱き寄せ、囁く様に言った。
――この世界はもう、終わる。
少しずつテクスチャーが剥がれていく。
少しずつ世界は解けていく。
アリエは ――彼女はアバランシュの手をそっと握り、大きく息を吸った。
♪空がひび割れていく 色が溶け出していく
♪いなくなるのは 昨日まで信じていたはずの未来
地平線の向こうには、既に世界はなくポリゴンの海だけがたゆたっていた。
何カ所か残っている陸の孤島の様な空間が見える。 きっとそこにはアバランシュの様なPCがいるのだろう。
多分、それは運営の計らいだ。 PCにこの世界がなくなるという一大イベントを最後まで見せてくれるつもりなんだろう。
♪世界のルールが消えてしまうのは 今この時 目の前で
そこにいるPCは野次馬か、この世界の最期を見届ける為にいるのか、この世界を愛するが故にいるのかは知らないが。
彼等もアバランシュの様にこの世界の終焉を見届けるつもりなのだ。
♪ねえ 泣かないで これが最後の一秒だとしても
♪あなたの体温だけは ずっとわたしのリアルだったわ
街のテクスチャーが崩壊して、荒いポリゴンだけが残る。 ポリゴンの蠢く様は、まるで巨大な怪物がのたうち街を破壊してしまったかの様だ。
不気味に、周囲を蹂躙するかの様に蠢動する。
♪さよならは言わないで その代わりに唄いましょう?
世界の崩壊はすぐに見える範囲まで広がって来ていた。
幾つかあった『陸の孤島』が消えたのはタイムアップか、恐怖に怯えてログアウトしたせいか。
アバランシュは彼女をそっと抱き締めた。
一瞬、唄が止まるが、彼女も同じ様に彼を抱き締め、それでも歌い続ける。 そこにある表情は微笑み。
♪涙も 想いも 電子の海へ還るのなら
♪「愛している」なんて言葉も 灯火の様に消えるだけよ
消える。 消える。
消える。 消える。
地面も何もない場所で、ふたりは抱き締め合う。
しかしその身体を構成するのもテクスチャーに過ぎない。 解ける。 溶ける。 消えてしまう。
♪なら そばにいてくれるだけでいいの
もう彼女を見る事が出来ない。
これはもう彼に身体がないせいか。
もう彼女に逢う事はない。
もう世界はなくなっているからだ。
♪世界の終わりを 静かに隣で見守る様に
抱き締める感触は疾うにない。
体温も吐息も感じられない。
でも彼女はそこにいる。
まだそこで唄っている。
滅びる世界の歌姫は終焉に唄う
VRMMOのNPCアリエARIEN
SIRENAをもじった女性名
SIRENAはスペイン語イタリア語の人魚、セイレーン
AIさんに作って貰った名前なのだが、よく考えたら昔創った歌謡いキャラと名前が一緒だった(・д・)。 まあ表向きの職業が歌手で、本質は銃使いというキャラクターだったけど。 十数年越しの偶然。
なので外見イメージはそっちに寄せました。
アバランシュ:雪崩
白髪の魔闘士。
魔闘士は魔力を纏い素手、またはそれに近いスタイルで戦う前衛職。 スキル編成によりスピードアタッカーにもヘビーアタッカーにもなれるが、半端な形でスキルを取得するとにっちもさっちもいかなくなってしまう玄人好みの職。
なのだが、このゲームはプレイヤースキルにもかなり影響を受ける為、リアルでそこそこ以上動ける様なプレイヤーであれば、万能職にも成り得る。
アバランシュはリアルで空手をやっており、命中補正スキルは殆ど取らずに、攻撃強化や受け強化を集中して上げた戦闘スタイル。
その為、正面からであればノーダメージで攻撃魔法を叩き落とせるほどの堅牢さを持つ。
アリエの最期の唄はAIさんに頼んで作って貰った『最期の砂時計』という歌詞をちょこちょこ弄ったモノになります。




