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第5話「旋風」~集中線を外へ向けて~

描線眼鏡シリーズ第3部完結編

『描線眼鏡 または終末の情熱』


観測は終末を告げ、監視は優しく首を締める。それでも創作で現実と戦う

終末を超える鍵はあなたの中にある。


「小説家になろう」では毎週水曜・日曜の21:30更新予定です。

 ペン先が紙の上で、風になる。


 A stationの午前は静かだったが、湿気が入り混じって、紙の端だけがひらひらと揺れていた。

 窓の向こうでは、まだ夏の名残の雲が、ゆっくりとちぎれている。


「……もう一段、奥の風を描きたいんだよね」


 戸隠キズナは、ネームと原稿の間に挟んだコピー用紙に、鉛筆で集中線を引き足していた。嵐の見開き。雷魔を斬り裂く直前のページだ。


「ここの風、ただの“スピード線”じゃ足りない気がしてさ。“空気が巻き込まれてる感じ”まで入れたい」


「巻き込み、ねえ……」


 窓際のソファに座った館山ランが、ストローをくわえたまま空を見上げる。


「今日の雲、ちょっと変よね。上の層が真っ直ぐ流れてるのに、下の層がゆるく渦っぽい。線にしたくなる感じ」


「雲を線にしたくなるって、相変わらず感性が素粒子観測っぽいんですね」


 盛沼サキは感心するように言いつつ、ペンを止めずにベタを塗っていたが、タブレットに開いたままだったSNSの見出しに目が止まる。


「協会アラート=災害予告?」


 最近タイムラインにこのテンプレ見出しがよく流れる。フクハラが危惧していたように、断片が勝手に合成され、協会と災害が結び付けられていく。


 誰かしらの意図?、いやもしかして魔そのものの位相転換の反映?、サキは自分の思いつきに身震いした。


 湧口マナセは別の画面を静かに覗き込んでいた。週間の天気図だ。指先が等圧線をなぞる。南から北へ、ぐにゃりと曲がった線。


「……今日」


 ぽつり、とマナセが言った。視線は気圧配置のど真ん中。


「“当たりそう”です、これ」


「当たる?」


 キズナが顔を上げる。


「太平洋側の上に、強い風の通り道ができてます。上空の寒気と地表の熱がぶつかる帯。そこに電磁ノイズが重なると……」


 マナセは言葉を探しながら、窓の外と画面を交互に見た。


「“魔が乗りやすい風”になります」


 その瞬間、スタジオのスピーカーが小さく電子音を鳴らした。空気が一瞬だけ、紙の上の線みたいに張り詰める。


 協会アプリの警報ウィンドウが、全員の視界の隅に重なって現れる。


《Priority Alert/警戒レベル:SR(欠測補間モード)》

《発生地点:静岡県中部沿岸帯(推定)/ターゲット半径:50,000m±15,000m》

《予測時間:+03:20:00±01:10:00》

《属性推定:嵐(気流+電磁ノイズ)/欠測率:高》

《補間モデル:外部トレンドON 外乱要因:SNS増幅》


「……半径五十キロって、“行ってから探せ”って言ってます?」


 サキが、眉をひそめてタブレットを傾ける。


「発生地点“沿岸帯”もざっくり過ぎます。欠測補間モード……つまり、観測データに穴だらけってことですね」


「探すのはいいよ」


 キズナは、眼鏡越しにアラートを見つめたまま言った。


「問題は、“探してる間に太る”こと。嵐魔は、環境条件で肉体作って、人の感情で鎧を着る」


 マナセが、小さく頷く。


「主は、気流と電磁ノイズ。副は、不安と興奮みたいな心理総量です。強い風が吹いて、みんなが“見に行く”“撮りに行く”ほど、輪郭が濃くなる」


「つまり、予報は粗いのに、“見られたがってる”やつがいるってわけか」


 ケンが、頭をかきながら立ち上がる。


「静岡中部なら、東名使えばギリ射程内だな。今から出りゃ、予測ピークの手前には着ける」


「行くしかないね、キズナ?」


 ランが、窓の外の空をもう一度見上げる。さっきより少しだけ、雲の縁が鋭くなっていた。


「……行こう」


 キズナはペンを置き、眼鏡の位置を指で直した。


「アプリの地図がこの精度なら、現地で“竜巻が生まれやすい形”を探すしかない。マナセお願い」


「了解です」


 マナセはすでに静岡周辺の詳細気象データを呼び出している。


「雲が――」


 ランがぽつりと呟いた。外の空に浮かぶ白と灰色の塊を、じっと見つめたまま。


「線を描きたがっている。空ごと、ページに引き込みたがってるみたいに」


 その言葉に、スタジオの空気が少しだけ冷たくなる。


「車、出してくる。今日はガソリン満タン入ってるぞ」


 ケンがキーを握りしめて、玄関へ向かった。


 机の上には、嵐の集中線の練習紙が残されている。


 紙の上で渦を巻く線と、窓の外で少しずつ形を変えていく雲。その両方が、同じ一点に向かって集まり始めていた。



 東名に乗る頃には、空の色がひと段階、くすんでいた。


 フロントガラスの向こうで、雲の底が低く垂れ込めている。白というより、濡れた鉛筆でこすったみたいな灰色だ。ワイパーは動いていないのに、湿った空気が薄い膜になって視界に貼りつく。


「風、ちょっとムラがあるな」


 ハンドルを握るケンが、軽く肩を回す。横風が車体の側面を叩き、ほんの一瞬だけタイヤが路面から浮いたような感覚が伝わってくる。すぐに戻る。だが、その一瞬がじわりと背中に残った。


 後部座席では、マナセがタブレットにかじりついていた。画面には静岡県中部の拡大天気図。風向きの矢印とレーダーエコーが、ゆっくりと交差していく。


「沿岸側……ここからここまでの帯で、特に冷たい空気が一気に流れ込んでます。海と陸の温度差もかなり大きい」


「つまり、“生まれやすい”のは?」


 キズナが助手席から覗き込む。


「海からの風が山にぶつかるライン。河川の合流点、それから――」


 マナセは、指で地図上のいくつかの点を示した。


「ここ。平野がぎゅっと絞られてる場所です。風の通り道が細くなるほど、渦が強くなりやすい」


「じゃ、現地着いたらその辺を優先的に見ます」


 サキが後ろから会話に割り込む。膝の上のタブレットには、協会アプリのログ画面が開いていた。


「アプリのアラートは、“静岡県中部沿岸帯五万メートル±一万五千”のまま更新なし。……欠測率、高のまま。穴は、こっちの手で埋めるしかなさそうですね」


「現場に居る人の興味や不安が魔を増幅させる……そんな事もあるんですね。だから線を引く」


 アツが窓の外を見ながら言う。高速の防音壁の上を、ちぎれた雲が低く流れていく。


「危険区域に入れない線、避難のために人を流す線。現実の動線は、まずそっちから」


「線、多いですよねえ」


 後部座席の端で、サチハが小さく笑った。


「風の線に、避難の線に、描線に……。“線で世界回ってる”感じがします」


 キズナが苦笑する。車内に一瞬、いつものスタジオの温度が戻る。


 そこへ、フロントのスピーカーからラジオの音が割り込んだ。選局を変えていないのに、急にノイズが増える。ザザッ、と砂を噛むような音。アナウンサーの声が一度途切れ、すぐに戻る。


《――静岡県中部沿岸部に、竜巻などの激しい突風に関する注意報が――》


 言い切る前に、またノイズ。ケンがボリュームを少し絞った。


 サービスエリアに入るタイミングで、一度減速する。駐車スペースには、同じ方向へ向かう車がぽつぽつと並んでいた。


 ケンがトイレと売店のあいだの通路を通り過ぎるとき、チラッと会話が耳に引っかかった。


「ほらこれ、Xで「静岡中部沿岸帯、協会アラート出た」ってスクショが出てる。うちの実家の方なんだよ」


「マジ? でもさ、最近“災害アラート外れた”って話も多くない? 検証配信とかやってる人いるよね」


「うん……でも、当たったときにそばにいたらヤバいでしょ。見に行く勇気はないわ」


「配信見てるだけなら安全、ってやつ?」


 笑いとも不安ともつかない声。好奇心と、「こわい」がちょうど半分ずつ混ざった温度。


 ケンは黙ってその横を通り過ぎようとしたが、その時、館内放送が一瞬バグる。


「前に聞いた“あのノイズ”に似てるな」


 自販機の冷気と、外の湿った風が一瞬だけ混ざり合う。


「……行こうか」


 エンジンが再び低い唸りを上げる。


 フロントガラスの向こうで、雲底はさっきよりさらに低くなっていた。ランが、流れていく雲の形をじっと追いかける。


「雲が、縦に引き伸ばされてきてます。さっきまで横に流れてたのに。線が、空ごとねじれたがってる」


「空が“描きたがってる”線を、こっちでどう封じるか」


 キズナは、眼鏡のフレームに軽く触れた。


「現地で決めましょう。どの線を通して、どの線を止めるか」


 彼らの車は、静かに嵐の生まれそうな場所へと走っていった。



 静岡県中部の海沿いに近い高台。ショッピングセンターの駐車場は、平日の昼前にしては妙に車が多かった。


 風が一定じゃない。ふっと止んだかと思えば、次の瞬間には横なぐりでフロントガラスを叩く。空は一面の灰色だが、その中に、ごく薄い“暗さの芯”が一本だけ縦に伸びているのが、眼鏡越しには見えた。


「……あそこ、影がまとまりかけてる」


 ランが指さした先、駐車場の端に、三脚を立てた若い男がいた。二十代前半くらい。キャップをかぶり、スマホを固定したまま、真剣な顔で画面を覗き込んでいる。


「こんにちはー。音、大丈夫そうですか? 風ヤバいから、ちょっとマイクにタオル巻きますね」


 声は明るい。だが、笑ってはいない。


 画面の隅、赤い●マークがじっと灯っている。ライブ配信中だ。


 キズナたちは、少し距離を取った位置から様子をうかがった。眼鏡のHUDには、うっすらとオーバーレイが浮かんでいる。


《属性推定:嵐(気流+電磁ノイズ)》

《局所ノイズ:減少傾向/心理波形:上昇》


 SNSをチェックすると、配信タイトルが視界の端に文字だけで拾われる。


【検証】協会アラートって本当? 風ヤバい…避難した方がいい?


「……検証配信、ですね」


 サキが小さく呟く。


 男のスマホ画面には、コメント欄が高速で流れていた。


《協会って政府の下部組織?》

《GMってなに? あの首輪の人?》

《もっと近寄れw》

《災害予報てマジ? でもこの雲やば…》

《現地助かる、実家そっち》


 好奇心と、不安と、「ネタにしたい」欲求が、全部ごちゃ混ぜになった文字列が、風より速く走っていく。


 そのたび影がほんの僅かに濃くなる気がした。


 風のムラが、コメントの流れに合わせてリズムを刻み始める。ざぁっ、ざざぁっ、と、画面の向こうのざわめきと、ここにいる空気の揺れが、どこかで同じ拍を踏んでいる。


「……ノイズが、削られていきます」


 マナセが、HUDのグラフを見つめながら言った。


「本来バラバラな揺らぎが、“見られている部分”だけ揃い始めてる。輪郭が、太る」


 キズナは一度、深く息を吸い込んだ。


「行きます」


 ケンが先に歩き出す。怒鳴り込むような足音ではなく、普通に近所の人に話しかけるような速度で。


「すみませーん」


 配信者の男がこちらを振り向く。眼鏡をかけたキズナたちを見て、一瞬だけ「あ」と目を見開いた。


「もしかして……協会の人、ですか? 顔は映さないんで、大丈夫です!」


 その声には、悪意はなかった。本気で“正しく伝えたい”と思っているのが分かる熱があった。


「その場所、今から危ないです」


 マナセがまず、淡々と言う。


「撮るな、じゃなくて。撮るなら離れて。……っていうか、死ぬな」


 ケンが続ける。


「え……」


 男の手が、スマホの向きをほんの少しだけ下げる。だが、赤い●は消えない。


 キズナが、一歩前に出た。


「あなた、アンナ先生の読者ですよね」


 男のキャップのツバの内側にちらりと光る「S*A」のロゴと推しキャラの缶バッジ。図星だったらしい。


「アンナ先生の漫画、好きだからここまで来たんですよね。“正しいことをしたい”って気持ちも、分かります」


 キズナは、スマホのレンズではなく、男の目をまっすぐ見た。


「だからお願いがあります。切り抜くなら、まず“引き”で撮ってください」


「引き……?」


「近づくほど、間違えます。画面の中の“ヤバさ”だけ大きくなって、本当に避けるべきラインが見えなくなるから」


 男は、唇を噛んだ。指先が、スマホのズームをいったん戻す。画面には、駐車場と、その向こうの低い雲全体が映った。


 その瞬間、眼鏡のHUDに走る線が、かすかに変わった。


《Priority Alert/警戒レベル:SR》

《ターゲットレンジ:2,000m±300m》

《欠測補間:現場観測で上書き中》


「……レンジ、落ちてきました」


 サキが息を呑む。


 遠くの空。雲底の一部が、ゆっくりと漏斗状に垂れ下がり始める。暗さの芯が、縦線から、ねじれた渦の“輪郭”へと変わっていく。


「来る」


 マナセの声は、小さいのに、風よりもはっきり届いた。


「雲底が落ちた。回り始める。――ここから先は、秒単位です」



 正午を少し回った頃、空が急に近くなった。


 駐車場の向こう、畑の上にぶら下がった雲底が、ねじれながら一本の柱へと変わっていく。風が唸りを増し、店のスタンド看板が片方の足を持ち上げられ、カラカラとアスファルトを引きずられた。砂埃が舞い、遠くの景色が薄いセピア色の幕の向こう側に押しやられる。


 眼鏡越しには、その雲柱の奥に、さらに一本、細い影の“骨格”が立っていた。誰かがレンズを向けるたびに、その輪郭がほんの少しずつ太くなる。


「……戦いじゃなくて、線引きです」


 キズナは短く言い切り、描線ペンを握り直した。


「アツ、危険区域に“退避線”を。人の流れも一緒に作って」


「了解です!」


 アツは駐車場と建物の境目に、マスキングテープを貼るみたいに白い線を引いていく。線のこちら側には入らないよう、声を張り上げながら。


「すみませーん! こっち側、安全な方です! 車はこの線より内側に!」


 ケンは、その声に被せるように自治会の腕章をつけた男性に話しかけ、商業施設の店長、電話口の消防とを次々と繋いでいく。


「ここの人たちはこの駐車場の奥に集めて。通路はこのライン空けておいて──はい、その説明、防災無線でもう一回!」


 頭上では、電線がビーンと低く鳴った。風向きが一瞬変わり、飛ばされたレシートやビニール袋が渦の方へ吸い込まれかける。


「行かせない」


 ランの弓が、空中に細い柵を描いた。描線の柵に当たった欠片が、ぱらぱらと進行方向を逸らされて落ちていく。その向こうで、雲柱の根元がさらに細く、黒く締まっていった。


「芯に寄りすぎないでね、マナセ」


 ランが言うとマナセは頷いて、渦の“足元”だけを睨む。眼鏡のHUDには、風のベクトルが蜘蛛の巣のように描かれていた。


「竜巻は、真ん中が一番“静か”なんです。だからみんな見たくなる。でも──見たいって気持ちが、一番危ない」


 彼は、渦に斜めから切り込むように、一閃だけ斧を振り下ろした。刃が捉えたのは、地面すれすれの風の縁だけ。骨格そのものは残したまま、位相をほんの少しずらす。


 風向きが、半歩だけ変わった。渦の進行方向が、住宅街から空き地の方へとずれる。


「サキさん、濃度の推移を」


「視聴数、ピークから一割減。嵐魔の濃度も一段落ちてます。“見られてるポイント”が、散ってきてる」


 サキの声がイヤホンに乗る。


「コメント欄も変化中。《もっと近づいて》が減って、《避難して》《見ない方がいい》が増えてます」


 さっきの配信者は、駐車場の端まで下がっていた。

スマホのカメラは、もはや渦のアップではなく、避難誘導の様子を広く映している。影の濃度が落ちてきた。


「……すみません。本当は止めた方がいいんでしょうけど」


 彼は風に負けないように声を張りながら、画面の向こうへ叫んだ。


「近くの人、マジで離れて! 車は高架の下じゃなくて、建物の影に!」


 コメント欄が一斉に揺れる。《了解》《今親に送った》《こっちも風強くなってきた》──燃料だったざわめきが、少しずつブレーキの方向へと回り始める。


「倒すな。“焦点化”が魔に鎧を与えるなら、視点を引けば焦点が散る」


 キズナは、描線ペンの先を空に向けて構えた。


「今日は“見せない”で勝つ」


 集中線は、本来なら“見せ場”に向かって視線を集めるための技法だ。彼女は、それを逆に使う。


 雲柱の周囲、画面のフレームの外周へ向けて、放射状ではなく“外向き”の線を描いていく。線の先は、逃げ道と、人のいる方向と、カメラの視界のさらに外側へ。


 嵐魔の骨格に集まりかけていた視線のベクトルが、じわじわと解きほぐされる。眼鏡のHUD上で、渦の輪郭を囲んでいた白い線が、薄い霧のように散っていくのが見えた。


「討伐より、退避です」


 サキが、短く付け加える。


「証拠はあとで作れます。今は、“生きて帰ったデータ”を残しましょう」


 風の音が、少しずつ普通の強風のレベルに戻っていく。雲柱はまだ残っているが、その中の影は、さっきよりも明らかに痩せていた。


 ガタガタと揺れていた看板が、ようやく両足を地面に下ろす。砂埃の色が薄くなり、遠くの田んぼの稲の列が、ちゃんと一本ずつ見分けられるようになっていく。


 誰も歓声を上げなかった。拍手も、決めポーズもない。


 ただ、そこにいる全員が、同じ方向を見て、同じように肩の力を抜いた。


 嵐魔は、消えたのではない。ただ、痩せて、現実の風の中に紛れた。



 帰りの東名は、さっきまでの風の名残りだけを引きずっていた。濡れたTシャツの裾が冷えて、エアコンの生ぬるい風が逆に肌にまとわりつく。窓の外を流れていくガードレールの白が、薄暗い空に細い線を引き続けていた。


 達成感より先に来たのは、喉の渇きと、言葉にならない後味だった。


「……現場は、助けられたよね」


 ハンドルを握るケンがぽつりと言う。


「うん」


 キズナは、ペットボトルの水を一口だけ飲んでから、膝の上のタブレットを見下ろした。


「でも、今日のログは誰のものになるんだろ」


 後部座席で、サキが端末を操作していた。指先が走るたび、画面に小さな波形と時刻が並んでいく。


「欠測が増えると、“微妙な変化”ほど拾えなくなります。今日みたいなケースは特に。“何が起きなかったか”はログに残りにくい」


「爆発しなかったから、記録も“弱く”扱われる、ってこと?」


「危険だった時間のグラデーションが、まとめて“安全でした”に圧縮されがちなんです」


 電子音が小さく鳴った。フクハラからのメッセージだ。


《今日の件、切り抜きが出る前に“記録の型”を決めたい》


《仕組み会議、極力早く》


 続けて、五郎からも短い一文が飛んでくる。


《欠測は地上だけじゃない》


《観測の穴は、“外”にも波及する》


 宇宙線のグラフを思わせる画像が一枚、添付されていた。

 黒い背景に、ぴしっと斜めに走る白い線。どこか、さっき見た雲柱の骨格に似ている。


「……世界、穴だらけですね」


 サキの独り言に、キズナは苦笑いを返した。


 夜のA stationに戻る頃には、服は乾いていたが、空気にはまだ嵐の湿り気が少し残っていた。

 

 ニュースサイトには、《静岡県中部で突風被害》の見出しが静かなフォントで並んでいる。


 画面を閉じて、キズナは机の上のペンを指で弾いた。


「見せ場を作らないのも、線の仕事だよね」


 誰にともなく呟いたその一言だけが、今日の欠測に、小さな証言の線を引いていた。



今回は“戦闘回”でありながら、主眼は魔を倒す事ではなく「線引き」です。協会アラートがざっくりしか出ない(欠測補間)状況で、現場では「検証配信」が視線を集め、嵐魔の輪郭を太らせていく。見られるほど強くなるなら、逆に——、そんな描写をしました。


助かったはずの現場ほど、ログには残りにくい。けれど“切り抜き”は残りやすい。

帰還後に飛んでくるメッセージが示すのは、次のテーマへ向かう不穏な入口です。

読んでくださった方、ありがとうございます。次回もよろしくお願いします。

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