一話 始まりは金沢。幸せのハントンライス ①
目の前にある建物は大きな斜めになった太く力強い赤い木のような板が重なり合っている。太鼓の紐と本体のようなしっかりとした土台。そして、屋根のような四角の穴の塊。屋根と柱を繋ぐ箇所は太く大きく、なんだかすごく小洒落ている、加賀百万石のセンスの良さを感じさせる。
パーツのどれもが和風で素敵で、雄大でなんとも言えない美しさ。一本一本が太くて、漆食器のように美しい。確かライトアップもされることもあるらしい。なんか色も色々あったはずだ。加賀五彩とかなんかだったはず。ぜひ、一度は見てみたいと思う。それが鼓門。スケッチする手が止まらない。
「描かなくちゃ、描かなくちゃ……」
二つの太鼓を柱のようにして板を乗せて豪快に門にしたような、迫力満点の鼓門は、なんだか見ているとゾワゾワするようで思わず筆を走らせたくなる。実は能楽が関係しているとか、そんな噂も聞いた事があって、なんとなく納得する。その大きさは圧巻で、サイズはわからないけど通りゆく人が物凄く小さく見える。
見上げる形になりながら、私はスケッチに夢中になっていた。すると、何か騒がしい。
まあ、そんなどうでもいい事は気にするほどではない。それより目の前の鼓門だ。早くしないと絵の具が乾いてムラができてしまう。ソレも味かもしれないけれど。私は白いシャツが汚れるのを無視して絵を描いていた。デニムは地面に擦り付けて、もう誰にどう見られようが気にならない。それが、私が絵を描くときのいつものスタイル。
「ねぇねぇ、玉城でしょー。あたし雑誌いつも見ているんだよねぇ」
「応援しているよー。だから一緒にどこか行こうよぉ」
なんだ? 積極的な女の子達だな。甘えるように声を跳ね上げて、媚びるように顔をすりつけるように男の子にくっついていく。くっつかれようとされた男の子は鳥肌を立てるように吐きそうな顔をして嫌がって仰反る。
「やめ、ろ」
本気で困った様子の嫌そうな男の子。なんか女の子自体が苦手なのかな? 声も震えているし、苦しそう。それに対して女の子達は喧しい。
「こっちはファンなんだから、サービスしてもいいじゃん」
「そうそう。写真撮っていい?」
あ。私の赤くて広々とした今から描かれるはずの世界が。門の前に女の子たちが入ってきて赤い柱も屋根も見えなくなった。私が描こうとしていた場所に女の子達が割って入ってきた。これは無理だ。私は静かに立ち上がる。
「ちょっと、邪魔なんだけど」
化粧が濃くてヒールが高いギラギラした靴を履いた女の子達が私を見下ろす。鼻につく香水か化粧品かはわからないけど、いくつもの化学的な匂いが混ざり合って正直臭い。
「何このブス! 芋女じゃん!」
「ちっちゃ! すっぴん! ダッサ!」
「絵なんか描いてるぅ。金沢駅で!」
「玉城ぃ、見てぇ。ダサくない?」
大笑いしながら女の子達は玉城と言われる、背の高い、ベージュに全体的に近い色素の薄い髪の、深緑を基調とした着物の男の子を見た。どこか外国の血でも入っているように見える。
切れ長だけど吊り目気味の睫毛の長い涼しげな瞳。薄い唇に白い肌、長身でスタイルのいい身体。いかにもモデルという感じ。
玉城と呼ばれた男の子はすごく冷たい目で彼女達を見た。そして虫ケラを見る様に、心底軽蔑する様に吐き捨てるように言った。
「お前らのほうが声でかいし知らない人を罵ってダサい。撮影の邪魔だ。金沢の美しい風景を汚すな。この珍獣」
「えー、うちら玉城のSNSの宣伝を見てきてあげた観光客だよぉ」
自分達はもてなされる側だと言わんばかりにふんぞりかえる女の子達。側から見ても、傲慢すぎて嫌気がする。ああいう人が必要以上のクレームを出す客になるんだろう。そう思うと私は怒りさえもわかなかった。
「感謝してくれてもいいんじゃないの?」
ネチャネチャに噛んでいる最中の甘ったるいチューイングキャンディのようにべっとりと媚びる女の子達は私の描こうとする絵の邪魔でもあった。
「お前らふたりが来なくても、金沢には客が沢山来る」
「えー」
「酷い」
まるで雄叫びを上げるように女の子は言うけれど、無理にどかせばもっと大騒ぎになりそうで、玉城と呼ばれた男の子は困っているようだ。他の撮影スタッフらしき人々も、同じく。彼らは業界人だろうから、何かすればネットで拡散されそうだし。
そこで私は思いついた。
「あっ、ごめんなさい」
「きゃっ」
私はわざとじゃないふりをして、バケツの水を玉城にかけた。女の子の方にかけると文句言われそうだし、高そうな着物だけど、仕方がなく彼に。
「ごめんなさい、着替えないとシミになるから、スタッフさん、一旦撤収しませんか」
我ながらわざとらしい、とは思った。
「あ。はい。そうですね。玉城君」
スタッフさんは察して玉城に目配せをする。
「ああ。お前もついて来い」
空気を読んだ玉城も従う。
「片付けは」
急に冷静になり絵のことが心配になる私。
あのままじゃ誰か色んなものが蹴っちゃうし、迷惑じゃ。
「爺。頼む」
え? 誰? 爺?
「はい」
いきなり白髪に燕尾服の可愛らしい雰囲気の上品なおじいさんが現れて、私の画材達を丁寧に素早く片付け始める。それを見ている間に、私は大きな黒いワゴン車に乗せられた。中にはクーラーボックスがあったり、いかにも芸能人仕様だった。私に、玉城が加賀棒茶と書かれたペットボトルを渡してくれる。どこまでも玉城は石川県が好きなようだ。
「助かった。本当に助かった。あのまま騒ぎになっていたら色々面倒な事になっていた。が、この着物……」
苦笑いするスタッフ。あ、しまった、着物だし高いよね。
「ああああ!? すみません、絶対この着物って高額ですよね。弁償します。どうにかします、許してください、玉城さん」
「そんなのどうでもいい。これぐらいなら、家に沢山ある」
いくらするんだろうか。着物は布の質が良さそうなのは素人目でもわかる。それが沢山あるって、どんなお金持ちなのだろうか。
「えっと、お前。……名前」
少し困ったように私を見て何かを考えるように私を見る。なんか心なし、彼の耳が赤い気がする。
「桃井咲良です。二十六。呼び捨てでいいです」
「じゃあ、咲良。……やっぱり。俺は前田玉城、二十歳。久しぶりだな」
ボソリと玉城は一瞬、パッと花が咲くように嬉しそうに、懐かしげに言った。そしてハッとした顔をして首を振り俯く。
「え?」
私達、どこかで会っただろうか?
お久しぶりです。久しぶりになろうに来てみました。
今回は現代年下男子溺愛ものです。
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完結まで書いてありますが、間話を加筆していくつもりです。




