第七話 初戦(ういじん)、殺戮のジャック
宇宙戦艦は、宇宙空間で火星と地球の中間軌道を滑るように航行していた。
食堂で昼食をとっていたアクスたちの前に、緊急の艦内放送がモニターに映し出された。画面には艦長の険しい顔が映る。
艦長の声が重く響いた。
「今から10分後に敵部隊と衝突する。全隊、出撃準備。なお、アーマドコアは機密兵器につき使用を禁止する」
その瞬間、食堂内が一瞬静まり返る。ディックは肩を落とし、顔をしかめて吐き出すように言った。
「よりによって戦闘機の操縦かよ……」
隣のイーグルがからかうように笑いながら、手をひらひらと振った。
「ディック、あんた訓練でも最下位だったもんな。バイバイ!」
ディックのこめかみに青筋が立つ。
「ぶっ飛ばすぞ、イーグル!」
その時、再び艦長の声が響いた。
「付け加えておく。今回の戦闘に、傭兵“殺戮のジャック”が参加しているという情報が入った。黒いステルス戦闘機に乗っている。レーダーには映らない。十分注意せよ」
室内の空気が一変する。
アクスがモニターに目を凝らしたまま、口元を引き締める。
「まさか……殺人狂のジャックだって?」
イーグルが薄笑いを浮かべ、ディックの背を軽く叩いた。
「ディックの死亡率、いきなりアップだな」
ディックは歯を食いしばり、じっと拳を握る。
まだ死ぬわけにはいかない。
アクスたちは重苦しい空気のなか、それぞれ戦闘機へと走り出した。
―――――
一方その頃、地球軍側。
殺戮のジャック部隊が戦闘前の準備を進めていた。
ジャックは、無造作に噛みタバコを咥えながら、大量の札束を丁寧に数えていた。隣には同じく金に目がない傭兵たちが集まり、戦果による報酬について話し込んでいる。
「戦艦1隻で500万ドル、戦闘機1機なら10万ドルだ。悪くない夜になりそうだな」
別の傭兵がニヤリと笑った。
「情報だと、新米兵士ばっからしいっすよ。まとめて撃ち落として、今夜は豪遊といきましょう!」
ジャックは札束を無造作にポケットへ突っ込み、戦闘機に向かって歩きながら、声を上げた。
「戦艦を仕留めたやつには、ボーナスで200万ドルだ」
歓声が上がる中、ジャックは黒く塗られたステルス戦闘機のコックピットに滑り込んだ。
(戦艦は、俺がもらう)
―――――
宇宙空間で、両軍の戦闘機が交錯する。
火星軍の若きパイロットたちの戦列に、突如としてジャックのステルス機が割り込んできた。
「右の翼、なくなっちゃったねぇ」
不敵な声とともに、火星軍の一機が一瞬で撃ち抜かれる。次の瞬間、左翼にも閃光が走った。
「やばい、ジャックに目をつけられた!」
若い兵士の叫びと同時に、機体が炎を上げて爆散した。
「コクピットもまとめて吹き飛ばしてやる!」
ジャックの機体が相手に馬乗りになり、機銃を乱射する。無慈悲な弾丸が、装甲を突き破り、パイロットの命を奪っていく。
「気持ちいいぜ! たまんねえなあ!」
彼の狂気じみた高笑いが、通信越しに響き渡った。
「次は……お前だな」
ディックの機体が、ステルス機の照準に捉えられた。冷や汗が首筋をつたう。
「見つかった……逃げないと……!」
加速するも、機体の性能差は歴然。黒い機体が鬼のように追いすがる。
「鬼ごっこは終わりだ。お前の量産機じゃ逃げられないんだよ!」
キュンキュンキュン! 左翼が吹き飛び、ディックの機体が傾いた。
「うわぁあああ! もうダメかも!」
「ディック、大丈夫か!」
アクスが通信に割り込む。
「例のアレ、やるしかないな!」
「ディック、もう少しだけ耐えろ! スクランブル8を仕掛ける!」
イーグルが真上から急降下、鋭く吠えるように突っ込んでいく。
「上から失礼しまーす!」
一瞬後、アクスが下から銃撃を浴びせかけた。
「そらそらっ!」
挟み撃ちの弾幕が、ジャックの機体に襲いかかる。
尾翼に被弾。ジャックの姿勢が乱れる。
「今だ!」
「スクランブル8、集中砲火!」
戦闘機三機が、一斉に火を吹いた。
ジャックのステルス機は、ついに爆炎に包まれた。
「こんな……新米どもに……!」
「じゃあな、殺戮ジャック」
黒い機体が、赤い火花を散らしながら宇宙の闇に消えていった。
―――――
戦闘後。
宇宙戦艦に帰還したディックは、汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をしていた。
「生きてるよな……俺、まだ……」
イーグルが肩を叩きながら軽く笑った。
「悪運だけは強いようだな」
だが、全員が帰還できたわけではなかった。
仲間の数名は、漆黒の宇宙の闇へと消えていった。