第二話 地球 アフリカ戦線 社交界の夜
アフリカ戦線
かつての戦火も今は静まり返り、南部の都市では再建された旧領主の館に灯りがともっていた。
クラシックが流れるホールには、整えられた赤い絨毯。金のシャンデリアが煌めき、そこには戦果を挙げた将校たちと、上流階級の貴婦人たちが優雅に集っていた。
その中でも一際目立つ存在があった。
マーシャル・グランツ、25歳。
アフリカ戦線を掌握した若き英雄にして、軍のエリート。真紅の礼装に、肩章の勲章が揺れる。金色の長髪を束ね、整った顔立ちはまるで童話に出てくる王子のよう。
「あの方が……マーシャル様」
「作戦成功の影には、あの人の天才的な判断があったと……」
「まぁ、あの瞳……吸い込まれそう」
噂と視線が彼に集中する中、マーシャルは人ごみを避けて、そっとテラスへと出た。
夜風が砂漠の熱を少しだけ奪い、遠くで虫の声がかすかに響く。
彼は懐から、銀のペンダントを取り出した。
「……ミレーユ」
ペンダントを開くと、小さなホログラムがふわりと浮かび上がる。そこに映るのは、可憐な金髪の少女
妹、ミレーユ・グランツのまぶしい笑顔だった。
「兄さん、誕生日にはちゃんと帰ってきてね……」
力強く芯のある声が再生される。
マーシャルはそっと微笑んだ。
その瞬間、後ろからひとりの若い士官が声をかけた。
「マーシャル様、申し訳ありません。先程の作戦報告の資料に……気になる記録が」
「構わない。聞こう」
「火星の隠密部隊からの情報です。“アクス”という人物名が……。生存が確認されたようであります」
「……!」
マーシャルの表情が一瞬、鋭くなる。
「生きていたか……アクス……」
ホログラムのミレーユが、腕を上げた瞬間。
彼女の手首には、貝殻のブレスレットが映っていた。それはかつてアクスが誕生日にプレゼントとして彼女に渡したものだ。
「……手入れが行き届いていないな」
マーシャルは小さくつぶやく。
(あいつのことが、忘れられないんだな……)
ミレーユはいつもそのブレスレットを身につけていた。兄に話す時も、料理を作る時も。それは、家族でもない“誰か”を、ずっと待ち続けている証だった。
マーシャルは静かにペンダントを閉じた。
その時、社交界のホールから軽やかな音楽が流れてくる。
「おや、マーシャル様ではありませんか」
艶やかなドレスを纏ったアレクシア夫人が、笑みを浮かべて近づいてくる。
「ダンスのお相手をいただけます?」
「光栄です」
表情を切り替えたマーシャルは、夫人の手を取る。
誰も気づかない。彼の胸の奥に、戦争と血を超えて、なお燃える思いがあることを。
彼は踊りながら、思う。
(アクス……お前と戦場で戦う運命なのか)