第十話 月面都市、月の踊子(カルメン)
宇宙戦艦は補給のため、月面中立都市に入港した。
様々な人種と文化、そして裏で動く諜報員たちが交錯する、摩天楼の街。
戦争の最前線から少し距離を置いたその地には、一時の安堵と不穏が共存していた。
「3日ほど、この月面都市で休暇できるぞー!」
「ナンパしてきまーす!余ってもアゲマセン!」
イーグルは陽気に手を振り、自前のバイクで街へ消えた。
「そのまま戻ってくるなよ!」
「僕は趣味の無線機と最新のパソコン見てくるよ。アクスも来る?」
「いや、俺はいい。興味ないな」
ディックは自転車を漕いで静かに出ていった。
(とりあえず、街を歩いてみるか……)
アクスはフライトジャケットの襟を立て、地下鉄に乗り中心街へと向かった。
月面都市のドームの天井から、静かに浮かぶ青い地球が見える。
皮肉なことに、その美しさはこの世界の争いを知らないかのようだった。
中心街の巨大ビジョンに、不意に見覚えのある男の姿が映し出される。
「!?……マーシャル……」
ニュースキャスターの声が響く。
【アフリカ戦線で多大な功績を挙げたマーシャル少佐が
2階級特進し、大佐となりました。現在休暇中ですが、
任務復帰次第、ヨーロッパ開放戦線への派遣が予定されています】
(……やはり、あいつは軍人になったか。父の意思を継いで……)
アクスはしばらく立ち尽くし、静かに目を閉じた。
(次に会うときは……俺たちは、敵かもしれない)
やがて足を進めたアクスは、腹を空かせ、とあるスペイン料理店へと入った。
そこで開催されていたのは――
「カルメン」の名を冠した情熱のフラメンコショーだった。
真紅のドレスが宙を舞い、タップが床を打ち鳴らす。
まるで戦いそのもののような激しいステップ。
目を奪われたのは、ひときわ情熱的な踊り子
彼女の名は、バーバラ。
(……すごい、力強い。戦場を踊っているみたいだ)
ショーの後、アクスは思わず、店員に声をかけていた。
「すみません……あの踊り子さんと、少し話がしてみたい」
店員は驚いたような顔をしたが、すぐに奥へと伝えに行く。
しばらくして、ドレス姿のままのバーバラが現れた。
「……軍人さん、私をご指名なんて。お代は高いよ?」
「い、いえ、そういう意味じゃ……初めまして、アクスです。
火星では、あんな踊りは見たことがなくて……すごく、印象に残った」
「……ふふ、ありがとう。あの踊りはね、地球のスペインって場所の伝統なのよ」
「スペイン……ヨーロッパの端の方、だったっけ」
「そう。もう、空襲でほとんど壊れちまったけどね。
だから私は、たまに月に来て踊るのよ。まだ踊れる場所が、ここにはあるから」
アクスは静かに頷いた。戦争の爪痕は、遠く月の裏側にも及んでいた。
「……そんなに、地球は酷い状況なのか?」
「おっと、それ以上聞くのはルール違反よ。あたしはただの踊り子……
……でも、賞金首も追ってる傭兵でもあるの」
「傭兵……?」
バーバラの表情が、少しだけ険しくなる。
「私は“死の踊り子”。次の任務はヨーロッパ戦線。
もしかしたら、あなたとも――戦場で再会するかもしれないね」
「……そんな、ことが……」
「大切な人たちを失ったの。両親も、幼なじみも、街ごと消された。
誰に? どの国? そんなのもう関係ない。
この戦争そのものに、あたしは復讐してる」
バーバラはグラスのワインを一口飲み、微笑んだ。
「ごめんね、つまらない話になっちまった。……でも、言えてよかったよ」
そして、彼女は突然アクスの首筋にそっとキスをした。
「じゃあ、またどこかの戦場で。生きてたら、ね」
タップを鳴らして、バーバラは店の奥へと消えていった。
アクスはしばらく、その場に立ち尽くしていた。
(……あの人と、俺は戦うことになるのか)
情熱の踊りの奥に秘められた、悲しみと怒り。
バーバラの戦いもまた、アクスに新たな決意をもたらしていた。
ヨーロッパ戦線
アマードコア部隊の、次なる激戦地は、すぐそこにあった。




