第九話 地球 兄の休暇
12月。雪がちらつくアメリカ東部のとある街。
電飾が輝くクリスマスツリー、家々に飾られたリース、街路に流れるキャロルの音楽。戦場では決して味わえない静けさが、街を包んでいた。
分厚い軍用コートに身を包み、ブーツの音を鳴らして一人の男が駅前の通りに立っていた。
「……懐かしの、わが街。やっと帰って来れたか」
マーシャル・ブレナン中尉。アフリカ戦線からの凱旋、三年ぶりの休暇。
見慣れた街並みに、彼は言葉にならない感情を押し込めながら歩き出した。
(ミレーユの、あのクラムチャウダー……久しぶりに食べられるな。パイで包んだ、熱々のやつ)
そう思っていた矢先、彼の視線が一点に止まる。
「……ん? あれは!」
買い物袋を抱えた女性が、交差点を渡っていた。
「お嬢さん、そんなに荷物抱えて……どこへ行かれるんですか?」
「えっ……!? あっ……兄さん!」
袋を落としそうになりながら、女性は駆け寄ってきた。
「ミレーユ……変わってないな」
「兄さんこそ! 予定より早いじゃない!」
「一つ前の戦艦に乗せてもらえたんだ。こっそり司令官に頭下げてね」
「……もう、無茶するんだから。でも……無事で良かった」
「ま、勲章のひとつももらったからな。今回はそのご褒美みたいなもんさ」
ミレーユの表情がふと柔らかくなる。
「兄さんの活躍、テレビで見たわ。空挺部隊を包囲して、敵の将校を拘束したって……」
「……まあ、現場は泥だらけだったけどな。勝って帰れたのは部下たちのおかげだ」
マーシャルはミレーユの手から荷物を受け取った。
「……これは?」
「クラムチャウダーの材料。今日作ろうと思ってたの」
「やっぱりか。俺の胃袋は、君のスープを覚えてたらしい」
「ふふ、たくさん作るわよ」
ふと、ミレーユの目が遠くを見つめた。
「……ねえ、兄さん」
「どうした?」
「……あの戦争のきっかけになった事件。アクスのことが関係してるんだよね?」
マーシャルの表情が一瞬曇る。
「ああ……そうだ。あの夜、すべてが始まった」
「……それで、アクスは……本当に生きてるの?」
ミレーユの問いに、マーシャルは表情を引き締めて頷いた。
「陸軍にいるらしい。内部のスパイからの情報だ。
どうやら陸軍でも、機密作戦に参加してるようなんだ」
「……そう……」
ミレーユはそっと目を伏せた。
(アクス、連絡できない状況なのね。生きてて良かった……)
胸の奥の緊張が、少しだけほどけた。彼がどこかで、確かに生きている。それだけで、十分だった。
一方で、マーシャルは深く息を吐いた。
(どこかの戦場で会うかもしれないな……できれば戦いたくない)
たとえ幼馴染でも、敵として対峙する日が来るのかもしれない。
それでも彼は、軍人として覚悟を決めなければならなかった。




