ピザ
鳥の声が聞こえるほどに穏やかな暖かな午後。
母のような陽だまりに誘われて机に頭を伏せる。
教師の授業を子守唄に堂々と昼寝をとる。
大丈夫。大人顔負けと言われた幻惑魔法で寝ていないように見せているからバレはしない。
昨夜はかつての大戦を追体験できるネットゲームをしたからよく眠れていない。
学校では学ぶこともないし寝る。
それに最近なぜか頭が痛い。人を癒すことに長けた先生に聞いても原因はわからなかったらしいからどうにかならないものか。
ああ、寝よう、お日様が呼んでいる。
おやすみなさい。
隣からトントンと、様子を伺うように肩を叩かれ、春風を呼ぶような軽い声で語りかけられた。
「もう授業終わったよ」
寝ぼけ眼で周りを見ると、ほとんどの生徒が帰宅もしくは部活に行って半数も残っていなかった。
どうやら今日の分の授業は終わったらしい。
「ありがとう、いつも悪いな」
「ぜーんぜん!こっちこそいつも対価はもらってるからどうってことないよ!」
にかっと笑い、いつものように陽気な返事が帰ってくる。
隣の席の、名前はなんだったか、まあ最近つるんでるやつだ。
「いつもよりだるそうだったけど、昨日そんなに夜更かししてたの?」
「ああ、新しいゲームをやったんだが命を取るか、人道を取るかの選択があってな」
「この間言ってたゲームか!確か発売日当日に配信者が実況して即効大炎上したっていうやつだよね!」
「そうそう、それでまあ、配信者は休止になったけど、結果ゲームは大人気になったやつな」
「ね!僕も見てたけどあれは配信には向かないよね!世界情勢の喉元に包丁突き立てるようなもんだし!」
彼の言う通り、あのゲームは今起こっている戦争にもつながっている壮絶な対戦ゲームなのだ。
しかも従来の戦略ゲームとは違い、妙に生々しくプレイヤーに選択を迫ってくるのだ。
「そうだ、だからな、攻略として歴史に関する論文とか読み漁ってて今日は寝れてないんだよ。」
「うわぁ、ゲームなのにそこまでやんなきゃいけないんだ」
「そうだ、ただ今日でそれは終わりだな、どうやら長年謎だった大戦の根幹部分がさっき学会で発表されたらしいんだ。それをまた解釈するには、大戦においてはどれだけ人を救ったかが攻略の鍵になりそうなんだ。」
「あれ?なんだ、簡単じゃん。そしたら敵を倒すだけで終わりじゃんね」
「そうだ、戦略ゲームだとだいたい等価交換とかだが、戦勝国ほどその気質が高いらしいぞ」
かろうじて残っている生徒たちのまわりの温度が低くなっているのを感じる。
そりゃこんな闇に触れる話は聞きたくないよな。
こちらに視線を投げないように他の生徒たちは悟られないようにそれでいて焦りながら全員消えていった。
「えー、でもさ、つまんないじゃん」
「そうか?」
「そうだよ、だって戦略ゲームこそ道徳、倫理、人道。全部おいしく食べちゃったらいいじゃん!
ゲームなんだから何したっていいんだよ?」
にかっと夏空の爽やかさを思わせる笑顔で言ってのけた。
それはおかしい、道徳があり、人道があるから人間はここまで発展したんだ。
なんて思うより、『面白そうだ』という感情が勝ってしまった。
「たしかにな、過去を弔うだとか、同じ過ちを犯さないようにだとかの言葉が調べていく中で多くて、ゲーム性ってところを忘れてたな。」
「そうだよ!ゲームは遊んでなんぼでしょう?」
からからと彼は笑った。
「そうだ、ほら、対価を頂戴よ!」
思い出したとばかりに勢いづいて迫ってきた。
「わかったわかった。ほいよ」
俺は一通の手紙を渡す。
「うおお!!きたー!ありがとな!!これ頼む!じゃ!!」
「はいよ」
慌てながら、けれど手紙の扱いは丁寧に。
目的は果たしたとばかりに彼は駆け足で帰っていった。
「俺も部活に向かうか」
目覚めたばかりの体を持ち上げて夕日の差し込む植物園へと向かう。
頭痛はまだ鳴り響いているようだ。
「現実なんてゲームと一緒だよ。楽しんだ者勝ち」
朝露を集めながら彼女は静かにつぶやいた。
途中から合流した俺は彼女と植物の手入れと魔法素材集めをしていた。
雑談の中でゲームで起きた選択肢について話題に出していたのだ。
「そうかあ?現実だからこそ穏やかに生きる方が得策じゃないか?」
「それじゃつまらないじゃない。」
こちらも見ずにつまらないことを言うように彼女は返答する。
「さ、もう部活動は終わったわよ!早く手紙をちょうだいな」
今日の目的である世話と採取をいち早く終わらせカゴを置いた彼女がせがんでくる。
もちろん彼にもらった手紙だ。
「ほい、あいつも喜んでたぜ、今読み終わってるころだろうけどな」
「もうやめてよ、恥ずかしい。手紙の事は何も言わないで!はい!先生たちのところに戻るわよ!」
この通り、俺は放課後に起こしてもらう代わりに伝書鳩みたいなことしてるが、なかなか楽しい。
こうやって青春の反応をニヤニヤ見れるからな。
取り繕ってから彼女は振り返り問いかけた。
「ねえ、あなたはいいの?恋愛とかしなくて」
「俺はゲームが恋人だ。だから、恋愛なんてさんざっぱらやってるよ。」
からかい返されたのを阻止して戻っていく。
今日も1日は終わりだ。出席日数と単位分の部活動は終えたかな。
夜。寮の自室にて。
仄暗く光るふわふわと浮かぶ画面に両手をかざして、いや、画面を操作してゲームを進めていく。
あの対戦ゲームだ。
今はちょうど彼に教えてもらったゲームとしての楽しみ方をしているところだ。
思うままに、それでいて助かる数が多い方を選んで。
Q.弱っている敵対国の人間が目の前にいる。助けるか?
▶︎助ける
...その後、捕虜として保護した人はあなたを称賛することになるでしょう。
戦闘意欲はないんだ、助けられるなら助けてやろう。
Q.戦闘意欲が旺盛な敵国の子供と動物たちがこちらへ向かってきた。戦う?
▶︎戦う
...我々は勝利した。
味方が殺されては敵わない。生き残る数が多いということは救った人数が多いということだ。戦うほかない。
Q.大変だ。味方が捕まった。助ける?
▶︎助ける
...味方の奪還に成功した。
やっぱり救助というのはいいな。気軽に英雄気分になれる。
ふと部活でのことを思い出す。
恋愛をしないかと聞かれた事を。
俺は、恋愛はしない。
したところで未来はないからだ。
俺も、俺たちも。
それならゲームと恋人になったほうがマシだと俺は考える。
タイマーがぴぴぴと可愛らしく鳴った。もうこんな時間かと、ゲームを一旦終わらせて部屋の明かりを全て消す。
そして日課として月光を浴びるためにカーテンを開けた。
今日は満月だ。静かに照らされる学校の敷地内には、魔法灯がぽつぽつとついている。
チラチラと不自然に待っている光は妖精たちだろうか。
いつも通っている道が様変わりしてとても幻想的に見える。
そんな中、ランプの一つが不自然にチカチカと光った。
そうか、ついにきてしまったのか。
息がつまり、じっと外を眺めたまま。
明日の舞台を想像して俺は気絶するように眠った。
ちりちりと燻っていた火種に火がついた合図だ。
朝だ。
戦いが始まる。
決断をしなければならない。
人を殺すか、生かすか。
朝のうるさいサイレンに起こされ、みんなは校庭に集まった。
総勢数千人。この学校の全校生徒だ。
先生から激励の号令。
うるさい戦車達の音。
遠くに煙たくたちのぼる戦場の音を聞きながら向かっていく。
生徒達みんなは笑顔だったり、泣いていたり、反応は千差万別だ。戦争が好きな奴もいるし嫌いな奴もいる。重苦しい空気の中、俺たちを運ぶ戦車は進んでいく。
数刻も経たないうちに戦地の手前までとんだ。
もちろんテレポートだ。兵站目的でしか使ってはいけないやつだ。戦争でも流用したら効率的に終わりそうだと毎回思うが、条約とかでダメらしい。
さあ始まる。
人生初めての対人戦だ。
このまま穏やかに死ねると思っていたがそうはならなかったらしい。
Q.目の前に戦闘意欲旺盛な子供と動物たちが迫ってきています。戦いますか?
Q.味方が捕まりました。助けますか?
Q.友人が...
Q.資源が...
Q.体力が...
始まった始まってしまった。
選択をしなければならない。
もう決まっている。
ゲームで出した答えと同じだ。
全て助けて全て殺す。
幻惑して、人を煽り、道徳に叛逆する。
これは現実だ楽しければなんでもいい。
友人が言っていた、ネットが言っていた、家族も、ネット上も、偉い人だってみんな言っていた。
全身の血が蠢いている、嫌な汗が流れている、喉は乾いた。狂気を握りしめる手は震えている。
自らの手で鋭いナイフを敵の喉元に突き刺した。
「....学会.....は否......ゃ罪すると...て....」
ラジオからは意味のない音が流れていた。
目の前を散った鮮血に胸がいっぱいになった。
昨日食べたピザみたいに酸っぱくて辛い。
俺の周りは屍肉がびっしりで、動いてるものは何も見当たらない。今日の授業が終わったんだ。
身体中が画鋲で刺されてるような気持ち悪さが走った。
「もう全部終わったよ」
伺うような春風みたいな声が語りかけてきた。
不思議と頭痛は消えていた。