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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

乗合い

作者: 壱原 一

公私ともに辛酸が続いて、SNSで親しくなった2人と山奥へ行くことにした。


所定の駅まで新幹線で乗りつけ、1人目が運転する車の助手席へお邪魔し、高速道路へ向かう。


途中のパーキングエリアで醤油味のラーメンを食べて、空が綺麗な薄紫色に暮れる頃、残りの1人が合流する。


「こんばんは」


「こんばんは」


「どうも、こんばんは。ひとつよろしくお願いします。さ、行きましょう、行きましょう」


物腰柔らかく頭を下げて後部座席へ乗り込む3人目と、応じる1人目の愛想笑いを見ながら、きっと自分も同じ顔をしているだろうなぁと思う。


初めて会う者同士なれど、くたびれきった覇気のなさだけは判で押したように似通っている。


*


再び高速道路を進み、宵の口に下りて、紺色の田園風景の中、街路灯のまばらな一本道を山へ向かってぽつねんと走る。


離れ建つ家々の灯りが()っと行き過ぎて遠退く度、抱えていた想念が置き去られ、己と分かたれてゆくようだ。


「ああ、あった、あった。この道を行った先ですよ」


1人目がぼんやり呟いて、舗装されていない山道へ、じゃりじゃりタイヤを鳴らしつつゆっくり車を乗り入れる。


この辺りで車を乗り捨てて山へ向かったと見込まれる人々は、その後、一向に見付からないらしい。


窓に掛かるほどの藪を搔き分けて、いよいよの行き止まりに至り、車が停車し、エンジンが止まり、ヘッドライトが消えて、暗く静かになる。


辺りから水が浸みるように、夜風にそよぐ梢や下草の音と、虫の鳴き声が流れ寄せてくる。


助手席の自分と、後部座席の3人目が、1人目に運転の礼をして、それぞれドアを開けかける。


礼に応じようとしてだろう。1人目が息を吸い、吸い切った息を固く詰め、次いで湿っぽく震わせて吐いた。


「お…」


見えずとも明らかにわななく口が、言葉を成さない呻き声を発する。


何を訴えたかったか、訴えられずにここへ来たか、それだけを僅かばかりなり分かち合ってきたつもりだ。


1人目の仮初めの名前を呼んで、両手で顔を覆って俯く背中に手を乗せる。


できない。思い切れない。


細く保たれていた張り合いが、ふっつり断たれるような心地だが、自分でも幾度となく行きつ戻りつしてきた懊悩を、どうして責められるだろうか。


乗せた手の強張りをごまかし、強いて穏やかにさすりつつ、辞去の挨拶を上らせる。


刹那、互いの身の回りから軽快なメロディが奏でられ、銘々に虚を突かれつつスマホを取り出し確認する。


そろって通知を聞き逃し見落としていたのか、3人切りのグループトーク画面に、覚えのないリスケジュールの打診が来ている。


返信しない自分と1人目に対する、3人目からの抗議が、抑制的な怒りを滲ませて届けられたところだった。


*


真っ暗な山中の車内に、白々したスマホの明かりだけが互いの当惑を照らしている。


自然と視線を交わらせ、後部座席を振り返り、追って1人目が慌ただしく車内灯を点ける。


こんなに暗く静かなのに、いつの間に外へ出て行ったのだろう。


3人目は影も形もない。ドアを開け閉めする音も、藪に踏み入る音も聞こえなかった。


今こんな悪ふざけをする意味が分からない。まさか本当に別人を乗せてしまったのか。


3人目の仮名を名乗って、平然と乗り合わせていたからには、3人目の関係者だったのだろうか。


そうだとして、なぜ乗ってきたのかまるで不明だ。


1人目が無言でエンジンを掛ける。自分も何ら言葉がない。


ヘッドライトがぱっと点いて、正面の濃い樹林を照らす。モニターに映るバックカメラも、ほぼ草むらが占めている。


この藪だ。慎重にバックしなければ。


少しでも視界を補助しようと素早く脇に目を走らせた瞬間、助手席側の窓の先、そろそろと後退し始めたヘッドライトの照射の際、樹林のずっと奥の方に、さっきまで同乗していた3人目が見えた。


木の幹の傍に立っている。


俯き加減に歩いてくる。


少しつまずいて体が跳ね、頭がぐらんと前へ倒れた。


そのままこちらへ走ってくる。


知らずハンドルをさばく肩を叩き、大きな声で喚いていた。


「ねえ、ちょっと…来てる。来てるよ。早く下がって!早く!早く!!」


目を皿にした釘付けの背後で、わっ!と激しい声がして、それから一挙に速度が増す。


枝や小石を跳ね散らかし、ぼきぼきばちばちと音を上げ、がたんごとんと山道を下りる。


車は荒く車道へ出て、スリップまぎれにUターンし、まばらに並ぶ街路灯を吹き倒すような勢いで、一目散に走っていった。


*


強い白光に照らされた、着ていた服の色や皺、倒れた頭部の影や揺れ、こんばんはと乗ってきた時の、覇気のない笑みを覚えている。


1人目とは駅で別れ、退会してしまったのだろう。以降、アカウントが見付からない。


3人目からは連絡が来る。


この間のこと怒ってないです。次は一緒にいきましょう。


次こそ一緒にいきましょう。


まめに、丁寧に連絡が来る。


返信はしていない。


退会もできずにいる。



終.

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