ボクとお嬢様
※この作品はフィクションであり、実際の人物、団体、地域は関係ありません。また、作中では女装描写や男の娘要素があります。
ボクが東京に出てくる前に暮らしていた田舎では毎年、夏の終わりに近所の神社で祭りが開かれます。中学最後の年だったあの時も、そこは楽しそうに行き交う人であふれていました。その中でボクはなるべく目立たないように、参道の端に隠れるように立って居たのを覚えています。
「アキちゃん!」
「あ」
呼びかける声がして振り向くと、浴衣姿の若い女性が車から降りてこちらに手を振っていました。背中まで伸ばした緑なす黒髪を揺らして駆け寄ってきます。
「ここにいたのねアキちゃん。待ったでしょう?」
「いいえ、さっき着たところですよ秋子お嬢様」
待ち合わせしていた女性……秋子お嬢様はこの村で名のある家の一人娘です。優しく才色兼備であり、周りからも「お嬢様」と呼ばれて慕われています。紺色に百合の花が描かれた綺麗な浴衣がとても似合っていらっしゃいます。
「もう、ここでその呼び方は止めてって言ってるでしょう?私のことは……」
「あ、はい……わかってますよ、秋姉様」
ボクは彼女の家の分家の生まれであり、かつ母が本家のお手伝いさん的立場だったので、小さい頃から良く遊び相手として一緒に居ました。年齢的には同い年なのですが、彼女が五月生まれに対してボクは十二月なので、弟のように扱われています。
「それで良いのです。本当ははずぅーと待ってたんでしょ?ほら、浴衣がよれちゃってる……」
「あ……」
お嬢様はボクの着物を手慣れた手つきで整えます。立場上、ボクがお世話をするべきなのですが、小さい頃から世話好きな彼女がお姉さん風を吹かせることが多く、遠慮しすぎると怒られます。
「これで良し。さあ、行きましょうアキちゃん?」
「はい、秋姉様」
ボクは素直にお嬢様とお手手をつないで夜の神社へと歩きだしました。そこでは祭りの出し物が並んでいて、当時まだケータイを持つことを許されなかったボクらにとっては数少ない娯楽でした。
「何やってみたいものはある?」
「えっと……金魚すくいとかはどうでしょう?」
控えめに言うと、ニコニコと笑われます。
「アキちゃんったら、ホント乙女なの選ぶのね」
「べっ、別に金魚すくいは乙女じゃないと思いますが……」
「でもこの間も道を聞いてきた人に女の子を間違えられてたでしょう?」
「そ、それは……」
小さい頃から小食で体つきも細かったせいか、ボクの容姿は男の子なのに、女の子によく間違えられる体つきをしています。何より……。
「"私の"浴衣がそんなに似合うんですもの。女の子にしか見えませんわ。しかも顔までそっくり♪」
「う……」
そう、ボクの顔はまるで双子のように秋子お嬢様にそっくりなのです。それでいて今はお嬢様のお古を着ているので、傍目から見れば双子にしか見えまないでしょう。お古の浴衣は桃色に百合の花が描かれたよりフェミニンなデザインだったりします。
「どうしてボクがこんな……」
「言ったでしょう?今は本家のゴタゴタガあるのですから……」
ボクたちの実家には複雑な家庭事情があり、本家の跡取りの為に代議士の息子や隣町の金持ちの御曹司などがしのぎを削っているそうです。だから、親族とは言え同世代の男であるボクが関わるのは藪蛇だったりします。
「あなたには仲のいい従妹として近くに居て欲しいの。ね?」
「わかってます……わかってますけど」
本家の一人娘として、将来の婿決めに振り回されていたお嬢様にとっては、小さい頃からの仲であるボクと一緒にいる方が鬱憤を晴らせるのだそうです。だから今日に限らず、女装させられることが結構増えています。
「ボクは一応オトコですよ……」
「男の子が可愛い恰好しちゃいけないルールなんてないわ。ヤマトタケルノミコトの話、知ってるでしょ?」
「はい……」
ボクを女装させる時によく彼女が引き合いに出すのがお国の神話や昔話です。特にヤマトタケルノミコトがクマソタケルと戦うのに女装した話は何度も聞かされました。そしてお嬢様は最後に「可愛いは正義なのです!」と言って押し切るのです。
「ほら、おどおどしてないで行きましょう?」
「は、はい……」
言うなればボクは秋子お嬢様の玩具状態なわけですが、お嬢様の孤独と苦労はボクが誰よりも知っていたので、彼女の望むとおりにしてあげようと思っています。別に恋愛感情のようなものはありません。本当に姉弟みたいな関係なのですから。
「あーあー、高校まで親が決めるなんて時代錯誤もいいところですわ」
「確か桃花学園ですよね……お婿様候補もそこに決められているとか?」
中学卒業後、お嬢様が進学する予定である桃花学園はお嬢様やお坊ちゃまが通う都内の全寮制私立高校だそうです。彼女の婿候補もそこに入る予定らしく、こう言っては何ですが……事実上の婿選びの期間になるんだとか。
「あの人達と三年間も一緒なんて拷問も同然です!……アキちゃんは自由に選べて羨ましいわ」
「ぼっ、ボクだって選択肢はあんまりないんです」
「志望校は?」
「地元の公立です」
「別ですの……小中までは一緒でしたのに……」
お嬢様には言えませんがボクの場合、中学卒業後は「お嬢様と違う学校へ進学する」ように厳命されてます。これは婿候補の方々を刺激しないのが理由で、本家と分家の立場の違いにけじめをつける意味もあるとのこと。別に恋愛感情なんてないのに……。言い寄る婿候補たちに辟易しているお嬢様の力になれないのは心苦しいです。
「今はもっと世界に羽ばたくべき時代です。可能なら海外のハイスクールとか興味あるのだけど……」
「……」
やっぱりお嬢様はいろいろレベルが高いです。
進路の愚痴をこぼしながらもボクたちは、お祭りを見て回って、食べたり飲んだりして楽しみました。けれど、そのせいでお嬢様は少し催してしまったようでした。けれど神社のトイレは狭く、用意された簡易トイレも人がいっぱいです。
「困りましたわ……」
「大丈夫です。近くの公園にもお手洗いがあります」
「ふふっ、こういう時って土地勘のあるアキちゃんが頼りね」
お嬢様は方向音痴ではありませんが、よく車で送り迎えされているので土地勘がないです。ボクはお嬢様の手を引いて公園のトイレに連れて行きました。そこは最近改装されたばかりで、設備が整っていて清潔そうです。
「ではいってまいります」
「はい」
お嬢様を見送ってから、ボクはこっそりと障碍者用のバリアフリートイレに入ります。実はボクも催していたのです。この格好では男子トイレには入れませんし、女子トイレに入るわけにもいきませんから、正直神社のトイレが混んでて助かりました。
「ふぅ……」
手早く用を済ませてからトイレの脇でまた待ちます。公園にも出店が出ており、結構な人が行きかっておりました。
「よう、彼女」
それにしても遅いですね。大きい方だったのでしょうか……おっと、女の子の排せつのことなんて考えてはいけませんね。
「おいってば」
「はい?」
急に腕を掴まれたのでびっくりして声の主を見ます。隣町の若者でしょうか?いかにも軽薄そうな服装の男で、仲間と思しき二人の男を従えています。
「へい彼女、一人?一人ならおれたちと遊ばない?」
「……一人ではありません。連れを待っているのでお断りいたします」
丁重に断って掴まれた腕を振りほどこうとしますが、こちらが非力なせいか放してもらえません。
「そんな冷たいこと言うなよー」
「連れって男かー」
「女の子なら一緒に誘おうぜ」
これはまずい事になりました。もしここでお嬢様が戻ってきてしまうと、巻き添えになってしまいます。そうなる前に……ボクだけでも犠牲になるべきでしょうか?しかし、それではお嬢様が一人になってしまいます……。
「ほら、さっさといこうぜー」
「ちょ……困りますっ!」
いけません!強引に引っ張られて移動させられています。ただでさえ非力な上に履きなれない下駄なので踏ん張ることもできません。このままでは……。
「止めなよ!」
そこに背後から声がかかりました。男性です。大きな手がボクの腕をつかんでいた軽薄な男の手を払いのけます。
「っ!?」
「おっと……」
解放された反動でバランスを崩しそうになったボクは彼の逞しい腕で支えられます。振り向けば輝くようなイケメンがボクを見下ろしていました。
「大丈夫か?秋子?」
「なっ、永田さんっ!?」
「怪我はないかい?災難だったね?」
その男性は秋子お嬢様の婿候補が一人、永田 邦夫さんです。彼の父と祖父は代議士としてこの国を導いてきており、彼もまた同じ使命を背負っておられます。身体つきも均整がとれていて、背が高くて格好いいです。
「なんだおめー、それは俺が目を付けていた女だぞ。ぶっ飛ばされてぇのか?」
「悪いがこの娘は僕が遠の昔に縁を結ぶ約束している相手でね。君如きが付け入る隙など端からないよ?」
「なんだとごらぁああああ!」
軽薄な男が碌に考えてもない動きで永田さんに殴り掛かります。ああ、いけません!
「ほいっと……正当防衛だよ?」
「ぐお……」
案の定あっさり、背負い投げられてしまいました……。男は受け身に失敗して伸びております。迷惑をかけてきた相手とは言え、筋を痛めてないか心配です。
「座駒がやられたやて!?いや、あいつは四天王の中で最弱や!次はわいが相手や!」
四天王ってあなた達三人しかいないでしょう?中途半端な似非関西弁を使う男がボクシングっぽい構えで挑んできます。似非ボクシングですが組み手に警戒している辺り、喧嘩慣れしてますね。
「その秋子っていう女はわいがいただくでぇ!」
「させるかよ。秋子ちゃんは俺様の女だ!」
「ぐおっ!?」
似非関西弁男が後ろからの回し蹴りを食らって轟沈しました。ちょっとやりすぎでは?男が倒れた先に犯人が見えます。永田さんより少し背が低いですが、細身で手足の長いイケメンです。
「よお、秋子ちゃん」
「成田さん!?」
彼もお嬢様の婿候補が一人、成田謙雄君です。隣町の資産家の息子でこの祭りのスポンサーも手掛けていたりします。この歳で自分の資産を持っているなんて驚きです。
「座駒に続いて江瀬田もやられたかー!なら最後は吾輩、山井中二の出番だー」
年甲斐もなく中二病をにおわすその男は何とポケットから果物ナイフを取り出すと、こちらに掲げてきます。危ないです。
「穏やかじゃないね……」
「チンピラかよ」
永田さんも成田さんも困惑しております。刃物持ちに体術は分が悪いようです。中二病男が調子に乗っています。
「はっはっは、どうだ!吾輩のこのナイフ形超魔道エターナル魔杖は!これで汝らは一歩も動けん」
「そこの男、武器を降ろせ!」
そこにがたいのいい大男が現れました。彼は中二病男にすたすたと近づくと、ものの数秒でナイフを取り上げてしまいました。
「刃体8センチメートル以内の果物ナイフは携帯が認められているが、武器として使うなら軽犯罪法違反だ」
「ひぇっ!?」
「今回は見逃してやるから、残り二人を連れて早く去れ!」
彼の体格とオーラに圧倒された中二病男はよろよろ起き上がった仲間を連れて逃げていきました。ボクをナンパしていた男共が去ったあと、大男はボクを見て微笑みかけてきました。
「お怪我はありませんか?秋子お嬢様?」
「森崎さん……」
彼もまたお嬢様の婿候補が一人、森崎 護さんでした。彼の家は警察官や自衛官など、お国を護る仕事についている人が多く、彼も警察官を目指しているそうです。
「何おいしいとこ横取りしようとしてるんだポリスボーイ。お前は他県出身だろ?」
「お嬢様の地元で祭りがあると聞いて見に来ただけだ。貴様こそ隣町の者だろう?」
「俺様はスポンサーだからなっ!つーか、何でお前もいるんだ」
「僕は地元だし、彼女の婚約者だからね」
「何言ってやがるこのお坊ちゃんは」
お三方が争い始めました。これはいけません!どうやら彼らはボクのことを秋子お嬢様と間違えているようです。誤解を解くのも面倒なのでこのまま通しましょう。彼らに向かって軽く頭を下げます。
「助けていただきありがとうございました。永田さん、成田さん、森崎さん」
「永田さんねぇ……僕と君の中なんだから『邦夫』でいいのに……」
「俺様のことも『謙雄』でいいぜ!」
「秋子お嬢様はいつも余所余所しくいりゃっしゃる」
呼び方はどうかご容赦を……。お嬢様はまだどの男性とも懇意にするつもりはないので、平等に扱うようにしています。変に誤解されて拗れたら困りますしね。
「ここは基本的に安全だけど、さっきのように他所から来た悪い輩にまた絡まれるかもしれない。ここからは僕と一緒に回ろうか?」
「いや、ここはスポンサーである俺様と回るべきだ。もうすぐ始まる花火大会の特等席を用意している。最高の思い出作りをさせてやるぜ?」
「警察官を目指すものとして、婿を目指す男として、私にはあなたを護る使命があります!お嬢様、どうか私と!」
困りました。今度は婿候補の三人に絡まれました。さっきの男共よりはマシですが、今日のお嬢様は彼らと関わりたくないのでうまく断らなければなりません。
「ごめんなさい、皆さんの御誘いは大変うれしいのですが、今はちょっと調子が……」
仮病を使うのは心苦しいですが仕方ありません。さり気なくお腹を痛そうに軽くさすって見せます。
「もう帰ろうと思っていたところです。足手纏いになっては申し訳ないので、皆さんは各々楽しんでくださいませ?」
「あ……そういうことなら」
「お、おう……無理するなよな?」
「だ……大事を取って下され」
わざとらし過ぎるかと心配になりましたが、彼らは納得してくれたようです。何故か顔を赤くして、余所余所しく去っていきました。
「あーきちゃん?」
「あ、秋姉様」
彼らの姿が見えなくなってから、後ろから秋子お嬢様が声をかけてきました。どうやらずっとトイレの入り口で様子をうかがっていたようです。
「追い払ってくれてありがとう。私の物真似も上手でしたわ」
「そ、そうですか?」
「と・く・に、"アレの日"を装うなんて手練れね?……ふふふ」
「あ……アレとは?」
お嬢様は問いに答えずに、顔を赤らめながらお腹をさすります。それを見てボクはハッと気づきました。ボクの顔も熱くなります。
「べっ別にそんなつもりは……ただお腹が痛いつもりで……」
「女の子がお腹痛いって言ったら、誰だってそう思うわ。アキちゃんの……エッチ♪」
「あわわわ……」
女装している分際でありながら、生理を装って男をだましてしまったなんて……。羞恥にかられたボクは頭を抱えてフルフル振ります。背中まで伸びていた長い髪がさらさらと揺れます。
「全くいじらしいんだから……私より女の子らしいわ」
「そ、そんなことないですっ!」
「それはそうと帰りましょう。さっきの人達に鉢合わせするのは嫌ですし、またアキちゃんがナンパされたら大変ですものね?」
「もぉ、秋姉様ったら……」
結局その後は車で迎えに来てもらい、花火は屋敷の軒先で見ることになりました。ちょっと遠くて高く上がったものしか見れませんが、お嬢様は楽しそうに眺めていました。
「ふぅ……高校行ったらしばらくは離れ離れね……」
「はい……」
「ま、アキちゃんにはアキちゃんの人生があるし、私も"弟離れ"しないといけませんね」
とても寂しそうなお嬢様。何度も言いますがボクと彼女の間に恋愛感情はありません。彼女は基本的なことは何でもできるので、ボクがついて居なくても大丈夫です。
「でも行く高校がなぁ……」
まだ進路先に不満があるようです……。夜風がふわっと軒先に吹き、彼女とボクの髪がさらさらと揺れます。
「っ!そうだ!良い事思いついた!」
「え?」
秋子お嬢様がポンと手を打ってボクを見ます。
「アキちゃんはまだ高校の願書出してないよね?」
「ええ、はい……」
「このご時世、いい学校に行ってて損はないと思うのよ」
「え、ええ?」
ニコォと満面の笑みで目を輝かせるお嬢様。嫌な予感しかしませんでした。
年明けて廻り来た桜の季節、目の前にあるのはとても立派で美しい校舎。重厚な校門には『桃花学園』の文字が彫られていました。乗っていた車から降りて一歩踏み出すと春の暖かい風が頬を撫でます。
「お綺麗ですよ、秋子お嬢様」
ドアを開けてくれた初老の男性が優しく語りかけてきます。チラッと下を見れば巷で可愛いと人気の女性用ブレザーとスカートが、華奢で小柄な自分の身体を包んでくれています。嘘偽りのない称賛に笑顔で応えました。
「ありがとうございます。瀬場さん」
すると彼は何かが気になったのか、顔をこっちに寄せて周りに聞こえないように小声で話しかけてきました。
「今は爺と呼んで下され、紀仁様」
「う、わかってます」
そうです……ボクは秋子お嬢様の影武者としてこの桃花学園に通うことになったのです。因みに目の前の男性、瀬場錫太郎はいつもお嬢様を送り迎えしている車の運転手さんです。
「くれぐれも正体がバレぬよう、お願いしますよ?」
「はい」
瀬場さんに念を押されてボクは気を引き締めます。今頃、お嬢様本人は海外で有名なハイスクールに通っていることでしょう。彼女に迷惑をかけないためにもボクがここで秋子お嬢様を演じるのです。
「秋子、おはよう」
「ひゃっ!?」
突然後ろから声をかけられて、ぴくッと跳ね上がってしまいます。振り返ると婿候補の永田さんがいました。男性用の格好いいブレザーに身を包んでおります。
「お、おはようございます永田さん」
「んー『邦夫』でいいって言ってるんだけどな。ほら中学の時のように」
あわわわ、そんなに覗き込まないでください。彼はお嬢様と幼馴染なのであんまり見つめられるとバレてしまうかもしれません。
「ほらもう一度」
「おはようございます、く、邦夫君……」
「うん、それでこそ秋子だ。さあ、送迎はここまでだから校舎まで一緒に行こう?」
そう言って手を差し出して促す彼。チラッと瀬場さんを見ると小さくうなずきました。ボクはすっと彼の手に自分の手を乗せてエスコートをしてもらいます。少しはお嬢様らしくできたでしょうか?
「おーい、秋子ちゃん!」
「秋子お嬢様!」
遠くから成田さんと森崎さんが登校してきました。さり気なく永田さんから手を離します。
「成田さん、森崎さん、おはようございます」
「おはようございますお嬢様」
「おは~」
朝っぱらから婿様候補三人と鉢合わせとは……。お腹が痛くなってきそうです。
「って俺様差し置いて何二人で登校しようとしてるんだ坊ちゃん」
「僕は彼女の婚約者だからね」
「あん?」
「ま、まだ誰が婚約者だとは決まってないはずだ」
ここは先に言ってしまいましょうか?スタスタと歩くとお三方も早足でついてきます。
「やーやー、朝から揉めてちゃだめだね。気を付けるよ。そういえば彼はどうしたんだい?」
「彼とは?」
「ほら、小さい頃からいつも君が引き連れていた。えっと……アキト君って言ったっけ?」
「……」
永田さんがボクの話をし始めます。
「彼は別の高校に進学してますの」
「へぇ、そうなんだ……最後にもう一度会いたいと思ってたのにな?」
何で指を鳴らしているんですか?ちょ……それは殺気ですか?成田さんと森崎さんも目をランランと光らせています。
「そうだぜ、あの女男。今度見つけたら一発かましてやりたかったのに」
「お嬢様の隣にいるのにふさわしいかどうか、一度手合わせ願いたいものだな」
これ……バレたら死ぬやつですね。
「どうしたんだい秋子?顔色悪くして」
「ん?また具合悪いのか?」
「私が医務室まで運ぼうか?」
「大丈夫です……大丈夫ですから」
これからの三年間、バレずに生きていくことができるのでしょうか?いいえ、生きてゆかなければなりません!ボクは見せかけの胸一杯に決意と不安を抱えながら、桜並木を見上げるのでした。