婚約破棄されて娼館送りにされる直前で助け出されました
娼館要素が少ない……。
「遅くなって申し訳ありませんでした」
いきなり馬車が開いたと思ったら全身黒い服に身を包んだ男性が返り血を浴びた姿で頭を下げる。
本来ならばここで命の危機を感じるべきなのだろうけど、ティファーナにとってはその声は聞きなれたものだったので警戒する必要ない物であった。
「いえ、ありがとうございます。影さん」
実際の名前を知らないのでずっとそんな呼び方をしていたのだが、そのたびに彼は変装しても見抜かれていることを恥じていた。
影さんにエスコートされて、そっと馬車の外を出るとそこにはいくつかの死体。おそらくわたくしが無事娼館に送られるのを監視していた者達だろう。
「いいのですか? 王家の影なのに……」
この者達は王家に仕えている者たちだ。
「反臣の輩に仕える者は容赦するなと命令を受けています」
「そう……」
ならば仕方ないだろう。
「こちらです」
影さんが用意しただろう馬車に乗り込みながら数時間前の事を思いだした。
「ティファーナ・アルデン。お前との婚約を破棄する」
婚約者……いや、元婚約者になった我が国の王子であるヴォルフ殿下の宣言に動揺してしまうが、婚約破棄をされてショックというよりも、
(この方はここまで愚かだったのか)
という自分の見る目の無さにショックだった。
陛下夫婦が遠方にある国で式典があるので参加しており、わたくしの父である宰相が先日災害に見舞われた地域の復興支援のために現地に出向いている矢先、つまりお目付け役というか押さえつける上の者が居なくなった瞬間を狙ったかのように、学園のイベントで王代理の立場であるはずの彼はそんなことを大々的に大勢の人の目があるところで宣言したのだ。
「マリアンヌ。ここへ」
「はい。ヴォルフさま」
と華美というしかないドレスに装飾品をこれでもかと飾った姿。せっかく綺麗なドレスなのに装飾品と喧嘩してしまった魅力も半減というかせっかくの綺麗なそれ等の魅力を殺してしまっている。
「お前が身分を笠に着てマリアンヌに無礼な行いをしていることは聞き及んでいる」
「ヴォルフさま怖かったです~」
と泣きまねをするマリアンヌ嬢はそっとヴォルフ殿下の腕に自分の胸を当てている。そんな見苦しい行いを注意する事はあったが、それが無礼な行いというのだろうか……。いや、婚約者がいる殿方にそんな風に接触している方がおかしいし、礼儀の時点ではマリアンヌ嬢は男爵家であり、わたくしの家は侯爵家で宰相の娘だ。どっちが礼儀が欠けているかと言えば……なのだが。
そんな言葉を皮切りにやれ、お茶会に招待しなかった……心許せる友人しか呼ばない場所に他人を入れるだろうか。授業中にさんざん馬鹿にされた……予習をしておくようにと告げられたことを全くしないで質問ばかりして皆の勉強を邪魔したので注意する事は当然ではないだろうか。後、授業後に補習を受けるように告げられたのにそれを忘れ……忘れたんですよね? サボろうとしたわけではなく。殿下と出かけようとしたので呼び留めたら泣きだして、殿下にすがるとか。
で、しまいには関係者以外立ち入り禁止な生徒会に入り浸って秘密裏の書類を見て学園で言いふらす……注意する方が正しいですよね。立ち入りを断って当然ですよね。
なのに、なんでそれを責め立てられて断罪されるのでしょうか……。
「よって、お前との婚約破棄をして、娼館送りとする。そこで反省するといい」
「殺さないなんてヴォルフさまお優しいですわ」
と意味不明な事を告げて捏造された罪と共に娼館送りとなった。
「――アルデン侯爵家をひそかに潰したい者達が傀儡にしようと動き出したようで」
その者達が入れ知恵をして、二人の恋の手助け(?)をしたのだと影さんが説明してくれる。
「そう。――もしかして殿下の行いも試練のつもりだったのですか?」
まだ王太子は決まっていない。だが、殿下は自分が王太子だと思っている。そんな殿下がそんな裏で動く者達をどう対応するかで正式に王太子を決める算段だったのだろうかと陛下の御心を予想する。
「ここまで愚かな事をするとはさすがの陛下も宰相も予想しておりませんでしたが……」
まあ、怪しい動きがあると言われてもそこまで愚かな事をしないと信じたいのは親心だろう。実際わたくしもまさかここまで愚かな行いをするとは思っていなかったのだから。
「つまり、殿下は失敗したのですね」
「…………」
返答はない。沈黙こそが正解だと告げるように。
「では、これからわたくしはどうすべきなのでしょう」
何かする必要があるのかと尋ねると。
「いえ、今はゆっくり休養をおとりになって、事の流れを見学してくださいとのことです」
「見学ですか」
見物ではなく見学。つまり、
「此度で起こる騒動の後に為すべきことをしてくれと言われるのですね」
「…………」
わたくしの課せられた使命は、次代の国造り。王妃としての役割。そして、婚約を一方的に破棄され、冤罪を課せられても変わらないと言うことは……。
「ようやく表に出るつもりになったのですか……王弟殿下は」
「…………」
影さんは答えなかった。
見る目がなかった。わたくしはヴォルフ殿下の事をそう思ったのですが、娼館に行く途中で賊に襲われて亡くなったと噂が広がると何故かわたくしが賊に襲われたのではなくヴォルフ殿下の手の者に殺されたのではないかと噂が流れました。
その噂の火消しが間に合わないうちに実はヴォルフ殿下の行っていた公共の事業はすべてわたくしが計画を立てて遂行していたという証言が山ほど出てきて、生徒会の仕事もヴォルフ殿下がすべきことがわたくしの筆跡でサインなされていたという証拠も出てきました。
ヴォルフ殿下とマリアンヌ嬢が逢引していた場所と時間がヴォルフ殿下が視察していたはずの時間帯であったという報告が握り潰されていたとか。
そんな噂を払拭しようとヴォルフ殿下が公共事業を説明しようとしたのですが、その説明が書類を読むだけで本人も理解していないのではないかという感じの棒読みだったと笑い話が新聞に掲載されていました。
その間にもヴォルフ殿下を隠れ蓑に色々やらかしていた貴族が次々と逮捕。マリアンヌ嬢は実は国家転覆を目論む輩の送り出したハニートラップだったと。
評判がガタ落ちになって廃嫡が決定付いた矢先。賊に襲われて命を落としたと言われていたわたくし
ティファーナ・アルデン侯爵令嬢はたまたま賊に襲われて大怪我を負っていた貴族令嬢を助け出した王弟殿下によって治療をされて、安全な場所で療養していたと大々的に発表された。
助け出された侯爵令嬢と王弟殿下の話は好意的に映るように広められて、書物にもなってプロパガンダとして成功したのだろう。
「事実間違っていませんしね」
「………勘弁してください」
世間に出ている私と王弟殿下の恋愛小説を楽しく読んでいると困ったように小説から目を逸らしている王弟殿下――影さん。
王族など自分には荷が重いと暗部の実行部隊に交ざっていた王弟殿下はヴォルフ殿下の婚約者に決まった時から護衛として傍にいてくれた。わたくしが王妃教育で涙を流している時もヴォルフ殿下の公務を押し付けられた時もずっと傍にいて支えてくれた。
その時には胸の中に芽生えてはいけない気持ちが出ていて必死に押し隠して芽吹いたそれを殺そうとしていた。
でも、見かねた王妃殿下が自分の子供の情けなさを愚痴ると共に、
「貴方は王妃になるのが決定しているけど、王太子はまだ決まっていないのよ」
と意味深な言葉をささやいた。
(まあ、そんな希望を言われても逆に苦しむだけだと思ったのよね。最初は)
でも、マリアンヌ嬢が現れてもしかしてとか期待してしまった。まあ、そこまで愚かではないだろうと自分の中に浮かんだ期待を打ち消そうとしたけどまさかその愚かな行為を実行するとは。
「わたくしが一番得をしたかもしれませんね」
ついそんなことを呟くと、
「ならば、ここまでの騒ぎが起きそうなのに動くのが遅れた俺も同罪です」
王弟殿下の手がわたくしの手に触れる。
「暗部ならもっと早く情報を掴んでおかないといけなかったんですから」
貴方の所為ではありませんと告げられて、
「そう言ってもらえると気が楽ですありがとうございます。影さん。いえ」
一度言葉を切り、
「シュバルツさま」
とずっと呼べなかった名前をやっと呼ぶのであった。
このまま影さんの本名出せずに終わるところだった。