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プロローグ
ざざん、ざざん。
モーターの振動と独特の低音をかき消すように、波が船体に打ち付けている。後方をみれば、白く泡立ったそれが線を描いていた。
薄暗い中家を出て、電車も飛行機も始発に乗ってきたけれど、バスと再びの電車に揺られ、こうしてフェリーのうえに降り立ったときには、気付けば太陽がこうこうと照っている。腕時計は九時半を示しており、今更ながらに距離を感じさせた。
周りは日本人、外国人問わず観光客が溢れている。リクルートスーツに身を包みキャリーケースを引きずる女はやや悪目立ちしていた。好奇の視線に気づかぬふりをしながら遠くを見やれば、世界遺産が鎮座している。周辺はちょうど見ごろなのだろう、桜色に染まっていた。四月だから、ソメイヨシノだろうか。
そういえばプロジェクトの説明を受けたときも見た色合いだ。いやあれはもっと濃かっただろうか。会社の横に植わったそれを思い出し、連鎖的に一月前の記憶が呼び起こされた。