ミリア=ハンスはアレだった
王太子ジュスタンから自分の目でミリアを見てごらんと言われ、
アリスは早速次の日から学園でミリアを観察してみる事にした。
ミリア=ハンスはアリスやリュートとは同学年で、
三ヶ月ほど前に魔術学園に編入して来た。
なんでも十九年前に駆け落ちしたハンス伯爵のご令妹の忘れ形見だとか。
事故で両親を一度に亡くし、一年ほど前に平民として暮らしていたところをハンス伯爵家に引き取られたのだという。
ハンス伯爵といえば第二王子派と敵対する王太子派で名が通っている。
その流れで学園内でも同じく王太子派であるウィルソン公爵家やその他の家門の者達と行動を共にしているらしい。
建前としては長く市井で暮らしていたが故に貴族や学園のしきたりを知らないミリアの事を、王太子ジュスタンが一番信の置けるリュートを世話役に任命したと言われている。
だから常にリュートと共に行動しているのだと、
これは先日ジュスタンが馬車の中で聞かせてくれたミリアの詳細なのだが。
だけどジュスタンのあの言い方では、それだけではないのだと窺える。
ーーこれはよ~く観察して、真相を見定めてやらねば……!
アリスは目を皿にしてミリアという女子生徒を観察する事にした。
◇◇◇◇◇
「それで?彼女の優秀さを、まざまざと見せつけられて打ちのめされたと?」
アラベラが“スィーツをとことん堪能する会”の会室で机に突っ伏すアリスを見て言った。
「……だってぇ……学術も、魔導学も、スポーツも、乗馬も、剣技も、刺繍やダンスやマナーまでも、何もかも完璧なんだもの!特に魔力コントロールが凄いの!わたしなんて子どもみたいに未だに魔力が安定しなくて落第点ばかりなのに…!」
今日一日、ミリアの事を陰で観察し、結局分かったのは彼女が如何に優秀であるかという事だけであった。
そして世話役という事もあり、そんな彼女とよく行動を共にするリュートとの仲睦まじさも有り有りと見せつけられたのだ。
べつにイチャイチャしているわけではない。
ただ並んで一緒にいるだけなのに……絵になり過ぎていて腹が立つ。
長身のリュートと並んでも引けを取らないスラリとした肢体。
サラサラの黒髪に切れ長の涼やかな瞳はどこかエキゾチックで同性のアリスだって見惚れてしまう。
「っそりゃ~あんなに完璧な人と一緒に居たらリュートだって浮気の一つや二つ、したくなるわよぉぉおんおんっ……!リュートなんてやっぱり大嫌い~~っ!」
ぐすぐすと泣き言を漏らすアリスに、アラベラが慰めるように言う。
「そんなに卑屈にならなくても……アリスだって“サットン侯爵家の妖精姫”とか“王国の麗しき花”とか囁かれているほどの美少女なんだから、自信を持って」
「そんな囁き、わたしの耳には入って来ないもの!きっとアラベラの幻聴よ……!」
「まぁそれを貴女に囁いたら、リュート様に消されるもんね。それを承知でアリスに言い寄る猛者はこの学園には居ないわよ」
「言ってる意味がわからなーいっ……!」
「もー面倒くさいなぁ……王太子殿下が見ろと言ったのはそういう表面的な事ではないはずよ?もっとちゃんと見た方がいいんじゃない?」
「うーん……うん。わかった。明日から本気出す」
「うわ出たわね、逃げの常套句!」
アリスが帰り支度をしながら返した。
「だって。可愛いウーちゃんが待ってくれてるんだもの♡」
「ウーちゃんって、リュート様の使い魔の?」
「そう。とっっても可愛くてわたしに懐いてくれてるの♡今日は帰ってウーちゃんと遊ぶわ」
「はいはい」
アラベラと別れたアリスは、サットン侯爵家の馬車が待つ学園の停車場へと向かっていた。
その時、アリスの前を横切る一人の女子生徒の姿が視界に入った。
ーーえ?ミリア様?
ミリアは一人だった。
リュートは王太子室でジュスタンの仕事を手伝っているのだろうか。
なぜだかミリアが向かった先が気になって、アリスは後を追った。
ミリアはどんどん進んで行く。
彼女は颯爽と歩いているだけなのに、アリスはほとんど小走りだ。
ーーそ、そこまで足の長さは違わないと思うんだけど……!
引き離されないよう、ミリアの後を必死で追う。
その中でアリスはミリアから感じてくる魔力の変化に気付いた。
彼女が学園で皆の前に居る時と今ではまるで魔力の質が違うのだ。
これは……この魔力は………
ーーウーちゃんの魔力と一緒だわ……!
そう思った時、ミリアが徐に立ち止まった。
そして振り返り、追って来たアリスを見て微笑んでいる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ずっと小走りで追いかけて、アリスの息が上がる。
ミリアから感じる魔力のせいで、アリスはもう取り繕うのをやめた。
その様子を見て、ミリアはアリスに言った。
「はじめましてアリスちゃん。ホントはずっと会いたかったのよ~、リュートの大切なお姫様。でも誓約でアタシからは接近禁止とされてるから、貴女から来てくれて嬉しいわ♡」
「せ、誓約……じゃあやっぱり……ミリアさん……あなた、魔法生物…リュートの使い魔なの?」
今のミリアから感じる魔力はアリスの家にいる使い魔のウーちゃんと全く同じものである。
その魔力の強さはウーちゃんの比ではないが。
「そそ。でもリュートのじゃないわよ?アタシを召喚したのはジュスタンだもん」
「え?ジュスタン殿下がっ?」
「そそ。だけどアイツ、呼び出すだけで精一杯。アタシを留めておくだけの魔力量がないの。仕方ないからリュートの魔力を食って、アタシはこの形を保ってるわけ。そのかわり召喚されてる間はなるべくリュート一緒に居ないといけないけどね~」
この形…と言いながら、ミリアはセクシーなポーズを取った。
「え?じゃあミリア様の本当の姿は違うものなの?」
アリスが目を瞬かせてミリアを見る。
ミリアはしたり顔で笑ってアリスに答えた。
「そうよ♪ホントのアタシはね~……ナイショ♡」
「内緒なの~?」
「それは誓約を交わした者じゃないと教えられないわ。まぁアタシ、今は美少女に扮してるけど、ホントは雌雄同体だしね。それだけは教えてあげる」
「本当は女の子ではないの?」
「男の子でもないわよ?ないわよ、ではないわね、どっちもよ♡」
「でもどうして……」
「リュートの奴がねー。酷いのよアイツ。アタシを側に置いてエサにして、アリスちゃんに害虫が集らないようにしてるの。だから女の子の姿をさせられてるのよーー!アタシならどうなってもイイとか思ってるのかしらね?」
「が、害虫って?」
「ジュスタンを廃そうとしている奴ら。ジュスタンの側近であるリュートの弱みを手に入れたくて必死みたい。だからアイツら、リュートの想い人と噂されているアタシに狙いを定めたみたいよ?アリスちゃんの代わりに」
「え、なんか…ごめんなさい……」
本来ならアリスがターゲットになっていたという事なのか……。
そんな事全然知らなかった……。
だけどアリスはふと気になった。
「ん?あら?こんな事をわたしに話しても大丈夫なの?リュートもジュスタン様も誓約に反するからと話してくれなかったのよ?」
「アタシはあの子達よりも高位だからねー♡魔力のご馳走を貰って使役されてやってるけど、あの子達にアタシは縛れないわ」
そう言ってからミリアが突然アリスの手を握って来た。
「それよりさ、アリスちゃん。お願いがあるんだけど」
思いの外強い力で握られる。
「な、なぁに?」
「アタシこれからアリスちゃんの代わりにヤツラに誘拐されなきゃいけないのよねー。そのついでにアイツらの弱みの証拠を見つけてくるんだけど、ちょっとお腹すいちゃってチカラが出ないのよ~」
「え?潜入捜査をするという事?だ、大丈夫なのっ?危なくないっ?」
「もう何度もやらされてるからね。ヤツラの所へ行って、色んな不正の証拠やその他の諸々を記憶して戻ってくるの。それを、リュートがアタシの目から魔術で記憶を引き出すんだけどね」
それを聞き、アリスは慌ててストップを掛けた。
「ちょっと待ってミリア様っ!今、目から記憶を引き出すって言った?」
「言ったわよ?アタシが見たものをアタシの目を介してリュートが引き出すの。それを魔力念写とかで写し出すのよ」
「こ、こんな感じでっ!?」
アリスはミリアの頬を両手で包んだ。
あの日、リュートがミリアにそうしていたように。
「そうそう。よく知ってるね~。あ、見てたんだっけ?」
「マジでキスする5秒前じゃなかった……」
アリスは全身の力が抜けてヘナヘナとその場にへたり込んだ。
「あら?アリスちゃん?大丈夫?」
「う、浮気じゃない……?」
「浮気?なにそれ?いっとくけど、アタシに生殖機能はナイわよ?恋愛感情なんて訳わかんないし」
「っ…浮気じゃなかったぁ~!良かった~!」
「あらら?よく分からないけどまぁいいわ。それよりアリスちゃん、アタシのお弁当になってくれない?」
「………え?」
ミリアが人間ではなく魔法生物で、リュートとは誓約に基き側に居たと知りホッとしたのも束の間。
ミリアの発したなんとも不穏な発言に、
目を瞬かせるしかないアリスであった。
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補足です。
ミリアの出自などはもちろんフェイクです。
王太子派の伯爵の協力を得てミリアの身元をでっち上げております。
ミリアやウーちゃんなどの魔法生物は、普段はアリス達が住む世界とは別のフェーズに存在しています。
彼らは人間の魔力が大好物で、召喚した人間の魔力を貰う代わりに使役されるのです。
ミリアは割と高位な魔法生物なようですね。
真の姿は蛇のような見た目だとか?
予定の五話を大幅に超過しましたが、
次回、最終話です。
文字数の暴力、再来か……?