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如月堂の天罰  作者: 眇
6/8

第六話 鳥藤 健

いささか中途半端なところで話数を跨ぎます。


「どう見てもスダチでしょ。」

「いやいや、どう見てもカボスだろ。」

六花は両手の中で緑をコロコロと転がした。

「だいたい料理もろくにしたことなさそうな小娘に見分けがつくとは思いませんね~」

伴之助が煽りにかかる。

「全然料理もするんで見慣れてますけど~。それを言うならちょっと高い小料理屋に行ったくらいで通ぶってるオジサンも同じことでしょ。」

「馬鹿言うな!普通に高い小料理屋にだってちゃんと行ってるわ!」

「問題そこじゃねえだろ!大体その姿でどうやって小料理屋に入店すんの。女将が役所か猟友会に通報するのがオチでしょうが。」

「小料理屋に入るのに種別もドレスコードも必要ない。必要なのはオトナの渋さだ!」


ここで薬袋が地下からリビングへ上がってきた。

「朝から元気だねぇ二人とも。」

大きな欠伸をしながらキッチンへと移動してコーヒーを淹れ始める。

この時から既に薬袋は片眼鏡(モノクル)を掛けている。

「何揉めてるの?」

「今日の晩飯に使うスダチを頼んだのにコイツ、カボス買って来やがったんだよ。」

「何言ってんの!どこからどう見てもスダチでしょうが!」

六花は手の中で転がしていたそれを片眼鏡の真ん前に突き出した。

薬袋はその緑色の物体を凝視した。

「ライムじゃない、これ?」

「「絶対違う!!」」

「なんでそこは二人ハモるんだよ。っていうかさ、レシートを見ればよろしいんじゃないの?」

二人を宥めるようにして薬袋はそう言うと、今度はマグカップ片手にダイニングのカウンターへと移動した。


六花は手提げかばんの中からレシートを取り出した。

「"スダチ”って書いてある!ほら見たか、小料理屋出禁フェレット!」

「バーコードの読み取りミスだろきっと。」

「どんだけ負けず嫌いなのよ。スダチっていったらスダチなの。カボスと見分けがつかないようなオジサンに料理の香りづけなんて必要ないでしょ、私の分にだけかけようっと。」

「さりげなく僕も除外されてるのね。」

「当たり前でしょライムさん。」

「つーか何しれっと今夜ウチで晩飯食おうとしてんだよ。よく見たらどれも三人分計算で具材買ってんじゃねぇかよ。」

「しょうがないでしょ。何故か今日は猫目さんが休暇とってて家に誰もいないのよ。学校終わったらまた戻ってくるから。」

「勝手に決めてんじゃねぇよ。」

「日の出とともに食材買ってきたのは誰だと思ってんの?」

「・・・。」

「異議は?」

「・・・なし。」

「よろしい。」

六花に押し負けた伴之助はブツブツと小言を言いながら冷蔵庫へ向かった。

そして冷蔵庫から取り出したサーモンの梱包フィルムを器用に外すと、まだ切ってもいないそのサーモンにムシャムシャとかぶりついた。

「獣のようにサーモン喰らう獣と論争してたんだ私。」

「聞こえてるぞ。そのまま学校遅刻してしまえ!」

六花は腕時計を見た。

「ヤバい!もうこんな時間じゃん!行ってきます!」


「要、猫目さんって誰だ?」

「六花ちゃん家の家政婦さんだよ。」

「アイツ、両親は?」

「死別してるわけではないよ。」

「中途半端な回答だな。ん?」

伴之助はサーモンを食べる手を止めた。ソファに赤い革表紙のスケッチブックが立て掛けるようにして置いてあった。

「アイツの忘れ物か?」

「みたいだね。」

薬袋はゆっくりとカウンターからソファへ行き、そのスケッチブックを手に取った。

買ったばかりなのだろうか、スケッチブックは一頁目の書きかけで止まっている。

「なるほど。顔写真の意味はこれか。」



六花の通う鳴海高校は原則としてアルバイト禁止である。

とはいえ県内の最低賃金を優に下回るお駄賃で雑用させられているそれをアルバイトとは言わないのだろうが、ここ最近の六花は如月堂のことを誰かに知られないようにと若干神経質になっていた。

働いているという事実よりも働いている場所そのものが他言無用である。その事が秘密としての質量をぐっと上げている。


「六花、最近上の空じゃない?ただでさえ上の空なのに。」

「一言余計だよ。」

六花は正面にいる琴子に視線を戻した。

ちなみに琴子は気に入った単語やフレーズをアクセサリーよろしく会話の中に頻繫に混ぜる癖がある。

今週の琴子お気に入りフレーズは『上の空』。月9ドラマの台詞にでも感化されたのだろう。

六花は少し背筋を伸ばした。

多少の環境の変化がなんだ、平静を保たねば。

しかし決心したのも束の間、後ろの席での女子二人の会話が六花の平静さを秒で乱した。

「今度三年ぶりに〈ショコラ・ド・ファンフォ〉開催されるんだって。行かない?」

「行きた~い!会場ヒュプノスホテルでしょ。ワンチャン自転車で行けんじゃない?」

「ヒュプノスホテル!」

六花は思わず立ち上がった。

「…どうした、六花?」

「な、なんでもないよ。ただのジャーキング。」

「確かにビクッとはなってたけど、今のってジャーキングっていうの?」

二月二十八日のヒュプノスホテルから如月堂に戻る時の、あの落とし穴で一瞬浮く感覚を身体は覚えてしまっている。それによる筋肉の反射なのだ。六花からすればジャーキングであった。


一色華はどうしているのだろうか?

実際、六花は(薬袋や伴之助もそうなのかわからないが)あの縁談の結果を知らない。

今になって六花はあの日一色華から結果を聞かなかったことを後悔した。

どうやら華さんは途中離脱はしなかったようだ。ということはあのまま縁談当日を迎えたはずであり、転送から戻ってきた彼女は事の顚末を知っていたはずである。

しかし転送から戻った彼女は成功とも失敗ともとれるような表情をしていた。

幼い頃から染み付いているのであろう他者への愛想の良さだけが残っていて、あとはなんというか、空っぽであった。


六花の頭の中では一色華の来店から退店までの光景がループ再生で投影されていた。

「政略結婚、ドローン、ホテル、絨毯、ディジェスティフ、薬味、配膳、彼女が噓をつく理由・・・」

「六花、ホントにどうしちゃったの?ディジェ・・何?」

「あぁ、ディジェスティフね。ディジェスティフっていうのは日本語にすると『婚姻酒』。結婚した人が飲む用のお酒のこと。」

「へー、そんなのあるんだ。六花ってあれだよね、博識だよね。」

「そんなことないよ。」

「ホントにそんなことないかもよ。」

背後にいた土井先生に驚き、身構え、威嚇し、そして臨戦態勢を取った。この時の六花はさしずめ野良猫であった。

「喜志森さん。先生はね、今ちょっとホッとしたわ。」

「は?」

「あなたみたいな賢い子でもデマに踊らされて知ったかぶりをすることがあるのね。」

「どういうことでしょう?」

「あのね、ディジェスティフっていうのはね、」



「『食後酒』って意味らしいじゃないですか!!」

如月堂に戻ってきた六花はすぐに、動物愛護法違反もといオヤジ狩りに取り掛かった。

「離せ小娘!人生の先輩相手にヘッドロックとはどういう了見だ!まずは自分の無知を恥じたらどうなんだ!」

「うるさい!アンタのくだらん噓っぱちのせいで私はとんだ赤っ恥かかされたのよ!」

薬袋は黙々とキッチンで合鴨をソテーしていた。

「しかもよりにもよってあの土井にそれを指摘されるなんて!しかも何、あの指摘の仕方!このストレスどうしてくれよう!」

六花は腕をさらに絞った。

「殺されるー!青春(アオハル)ってルビさえ振っとけば無条件にお洒落で甘酸っぱくなると思って自分のセンスに疑問を呈せないような女子高生に殺されるー!」

「いいんだな、人生最後のボケがそれでいいんだな!」

「六花ちゃん。」

「何!」

「そこのコショウとスダチ取って。」

「・・・・・。」

〈フェレット殺人事件〉は未遂に終わった。


緑という色艶を取ってもなおスダチの存在感というものは際立っていた。

「かけすぎじゃない?」

「確かに。レシピ通りの分量で作ったんだけどなぁ。」

六花の向かいの席で薬袋は小首をかしげながら合鴨を口に運んだ。

今朝の会話など六花の頭からとっくに抜けていた。結局スダチは三人の合鴨にきちんと行き渡った。

「ねぇ。守秘義務に反するんだろうけど、聞いてもいい?」

「ダメ。守秘義務です。」薬袋は即答した。

「わかった上で尋ねてるっていうの考慮してくれない?」

「どうせ一色華さんのことでしょ?」

六花は薬袋を見つめた。モノクルはこちらを見ていない。

「二人はあの縁談の結末を"見たの”?」

「あぁ。見合い自体は成功している。」

「えっ、成功したんだ!というか何故それはすんなりとネタバレしてくれるの?」

「このまま黙秘貫いてても君がしつこいだけでしょ。」

ようやくモノクルがこちらを向いた。

六花が薬袋の目から感じたのは呆れでも拒絶でもなく吟味であった。


―さて、ここからこの()はどう切り出すだろうか―


伴之助も六花と同じものを感じ取ったようであったが、そのまま何も言わずに目の前の合鴨に向き合った。六花は一呼吸を置いて尋ねた。

「じゃあもう一つだけ聞いてもいい?」

「何だい?」

「私と里子さんが来た時、あなた達は報酬を請求していた。」

「もちろん商売ですから。もしかして今回の請求金額が知りたいのかい?。アルバイトから正社員に昇格したらちゃんと料金システムについては説明してあげるよ。」

「そうじゃない、問題はタイミングよ。里子さんは転送前に小切手を渡していた。つまりは先払いだった。でも華さんは転送前に料金を支払わなかった。」

「それがどうした?」

「里子さんの時が先払いだったのは予め転送に関する内容をある程度予測できていたから。その内容に基づいてあなたは請求金額を確定させ転送前に受け取った。だけど華さんの場合は違う。飛び込みの一見さんであった。さらに華さんを追い返そうとしたあなたを私が邪魔したことであなたは請求を後回しにした。転送後の”何か”を確認してから金額を確定させたかったから、違う?」

食卓が一瞬無音になる。しかしその沈黙は伴之助の高笑いによって掻き消された。


「ハハハハハハ!要、お前がこの小娘を雇った理由が少しわかった気がするよ。ネチネチと核心を突こうとする辺りがお前にそっくりだ。」

この時薬袋は伴之助の方を見て片眉を上げた。伴之助は六花に説明を始める。

「ほぼほぼご明察だお嬢さん。さっきコイツは『料金システム』だなんて格好つけちゃいたが実際そんなものはない。」

「ないんだ。」

「ない。俺と要の裁量で決めている。強いて言えばその客にとって高額請求になるようにするのが基本だ。」

「転送という行為に重みを持たせるため?」

「その通り、飲み込みが早いな。」伴之助は少し口角を上げた。

「それでだ、今回一色華さんの料金が後払いになった理由は単純に請求金額が未だに確定していないからだ。」

「え?」

六花はハッとして薬袋を見た。先刻の薬袋の口ぶりからてっきり請求金額は既に確定しているものだと思い込んでいたが、それは薬袋のハッタリであったのだ。

「確定していない理由も単純だ。要も俺も彼女の転送の動機に少し引っ掛かってるからだ。」

「どういうこと?」

「これ見ろ。」

伴之助はどこからかノートパソコンを持ってきて六花に見せた。細かい数字が碑文のように羅列されている。

「財務諸表?」

「左側が一色グループ、右側が鳥藤家具のだ。これを見てどう思う?」

「貸倒引当金って何?」

「そもそも読めないんかい!」

「読める高校生の方が少ないと思うよ、伴さん。」薬袋は冷静に指摘した。

伴之助はため息を一つついてから説明を始めた。

「まぁ掻い摘むとだな、一色グループの業績はここ数年"ド”がつくほどの右肩上がりなんだ。対して鳥藤家具の業績はずっと低迷気味、財力において一色グループとは正直あまり釣り合いがとれていない。鳥藤家具は一時期大々的な海外進出を狙ってたっていう噂もあったがな。」

「ほう、だから?」

「見合い話が破談になったところで一色グループとしてのダメージというのは皆無に等しい。おそらく縁談自体も一色誠三の何かしらの厚意にすぎなかったものと考えられる。」

「そんなお見合いの失敗をわざわざやり直したいと一色華は転送を依頼してきた・・・。確かにちょっと変ね。」

「鳥藤の人間が依頼して来るならまだわかるが、一色の娘の方が来るというのが少し引っ掛かる。何か縁談を成功させたい個人的理由(・・・・・)があるように思える。」

六花はフェレットの説明に思わずウンウンと頷いた。


「モノクルも伴さんと同じところに引っ掛かってるの?」

「いいや、僕が気になってるのは違うところ。」

「どこ?」

「まだ内緒。」

薬袋はニヤっと笑うと口元の前で人差し指を立てた。六花は合鴨にフォークをぶっ刺した。


「僕も二つ聞いていい?」

「一つ多い。」

薬袋は六花を無視して話を進める。

「君はヒュプノスホテルで絨毯だの薬味だのについて調べていた。あれは何故だ?」

「何故だと思う?」

六花は合鴨を口に運ぶ。うん、冷めても美味しい。

「おそらく君は疑っているんだろう。縁談の場における一色華の一連の粗相は誰かに仕組まれたものなんじゃないかと。」

薬袋のこの回答は予測済みであった。今度は六花が薬袋を吟味するように尋ねた。

「年頃の女の子の馬鹿な妄想だと思った?」

モノクルが反射で光る。

「いいや、僕も君と同意見だ。あの縁談ははじめ故意に失敗させられたと考えられる。」

「失敗させられたってお前、具体的に誰がどうやって?」伴之助が合いの手を入れる。

「まぁ犯人は十中八九で配膳役だろうね。二人のうちのどちらか、または両方。」

このままだと薬袋(モノクル)の推理劇場になると思った六花は強引に主導権を奪う。

「まずは絨毯だけど、これ見て。」

六花は自分のスマホを取り出して二人に画像を見せた。転送時に支給されたスマホで撮った特別宴会場の絨毯の写真である。

「お前、いつの間に!」

よほど驚いたのか、伴之助の声は若干裏返っていた。

「さして問題ないでしょ。大事なのはここ!穴が開いてるでしょ。」

六花が拡大したその箇所には確かに釘かネジのようなものを打ち付けた跡のような穴があった。

「例えばここにフックとか鉤爪みたいなものを仕掛けておけばドレスの裾に引っ掛けて彼女を転倒させることができる。」

「むせちゃった件は?」

「料理に細工されたと見るべきだろうけど、話を聞いていた限りではシェフの林田さんではない。それといくら理論上可能だからといっても宿泊客はじめ外部の人間に犯行は難しいと思う。」

〈犯行〉というワードを持ち出すほど六花の話も推理劇場化していることにまだ本人は気が付いていない。

「なるほど。絨毯や料理に自然と細工ができるのは配膳役というわけか。で、ワインこぼしたり途中退席も何かしらの細工によるものなのか?」

「問題はそこよ。」

「どういうことだ。」

六花はスマホをスカートのポケットにしまい推理もとい説明を続けた。

「今回のこの犯行、目的は間違いなくイタズラではなく縁談の妨害だと思う。でもやってることは相手を転ばせたりむせさせたりとイタズラ程度なのよ。」

「つまり犯人には華さんに危害を加える気がなかったってことだね。」薬袋の補足が入る。

「うん。順当にいけばワインに仕込まれた毒か何かで華さんが体調を崩したと考えるべきなんだろうけど、それだと前二つのイタズラと整合性が取れないのよ。」

「整合性ないのが犯人だろうよ。」と伴之助。

「あることにしといてよ。それとあとワインをこぼさせるトリックは皆目検討つかないわ。」

「「後半から推理雑じゃね?」」

「なんでそこは二人ハモるのよ。」


食べ終えた皿をキッチンへ下げようとした六花は一度動きを止めた。

「二つ目は?」

「ん?」

薬袋は六花に聞き返す。とぼけているわけではない。素で忘れているようだった。

「聞きたいことの二つ目よ。」

「ああ、そうだった。それだよ。」

薬袋はソファの上のスケッチブックを指した。

「そこに忘れてたんだ!」

「置いたままにしとけば気がつくと思ってたんだけど、君ここに帰ってきて早々に伴さんに襲いかかったでしょ。」

少し首をすくめながら六花はスケッチブックを手に取る。

「ということは、見たの?」

薬袋は頷いた。

「聞きたいことの二つ目はそれのことだよ。どうして一色華さんのスケッチなんて描いてるの?」

「昨日猫目さんが教えてくれたんだけど、長時間かけて対象を描くのはスケッチじゃなくてデッサンって言う方が適切らしいよ。」

「あからさまな脱線してないで理由を聞かせてくれ。」

妙なところでモノクルの眼差しは鋭くなる。六花は半ばふてくされたトーンで答える。

「大した理由なんてない。単純に描きたいと思っただけ。」

「ふん、嘘つけ。」「嘘じゃない!」

伴之助の横槍を六花は突っ返した。

「もう少し具体的に。」

モノクルの視線は変わらず六花を見つめている。

「華さんがお見合いをやり直したいって言ったのは自分自身のためではなく誰かのためな気がしたの。結婚はしたくないけどお見合いは成功させたい、みたいな。その矛盾みたいなものが一体何なのか知りたくって。だから描こうと思ったの。」

「デッサンという行為を通して彼女に対する解像度を高めようとしたんだね?」

言い方こそ回りくどいがその通りであった。六花は静かに頷いて皿の片付けに戻った。

インターホンが鳴ったのは、ちょうど六花が食器を洗い終えた夜九時のことであった。



玄関にて六花はその客人と軽い雑談をすることで少し時間を稼いでから彼を奥へ通した。

伴之助が地下へ退避《エスケープ》するのと同時に客人は入室した。

「いらっしゃいませ、本日はどのような時計をお探しでしょうか?」

客人の顔を見た薬袋はわざとらしい高いトーンで尋ねた。六花は客人の後頭部とその向こうにいるモノクルを凝視する。

「いえ、その、今日は、タイムスリップの依頼がしたくて。」

「・・・分かりました。しかしその前にお聞きしたいことが数点ございます。お話いただけますか、鳥藤健さん。」


写真で見るのと実物とでは大して違いのない男だな、と六花は思った。

玄関での雑談中にも思ったことだが、〈御曹司っぽさ〉というものが見当たらない。

色白で筋肉が感じられない細身。顔立ちはまぁまぁ整っている方ではあるが、自信なさげに切れ長の目をキョロキョロとさせているあたりが残念さを醸し出している。

言葉遣いや態度もいたって丁寧ではあるが、どこか怯えと疲れが垣間見えている。

良く言えば腰の低い優男であるが、悪く言えば足のある幽霊である。

聞けば鳥藤家具もワンマン経営で、社長である健の父親も一色誠三のようなタイプの人間だそうだ。


鳥藤健も一色華と同様に親の傀儡なのだな。そう思いながら六花はハーブティーを出すとそのまま健の向かいのソファ、薬袋の隣に座った。薬袋は一瞬だけ六花を横目で睨んだ。

「まず単刀直入にお聞きしますが、如月堂(ここ)のことを一色華さんに教えたのは貴方ですね?」

足のある幽霊は深く頷いてからハーブティーを一口飲んだ。

「あくまでも淡い願望だったんです。そうしてくれたらいいのになと思って。」

なるほど、あの日の華さんの「言えないんです」という言い方はそういうことだったのか。六花は納得しながらも今度は彼の「そうしてくれたら」の指すところを考えた。

薬袋に続いて六花も質問をする。

「つまりはあなたもこの縁談を成功に"修正”したかったんですね?鳥藤家具の、お父上のために。」

しかし六花のこの指摘に大して鳥藤健は難色を示した。

その様子を見た薬袋はソファに深く座り直して言った。

「そういうことですか。」

「ちょっと、『そういうことですか。』ってどういうこと?さっきの私の読みが外れてたってこと?」

「いいや。合ってはいるけどおそらくニュアンスが違うんだ。よく考えてごらん。華さんが粗相をしたところで鳥藤家サイドが拒絶さえしなければ問題はなかったはず。一色家とのパワーバランスを鑑みれば尚更だ。」

「確かに。」

「初めに縁談の話を白紙に戻そうとしたのも貴方ですね、健さん。『成功させたい』というよりは『成功に戻したい』と言う方が正しいのでは?」

鳥藤健はまた深く頷いた。よく見ると若干涙目になっている。


「ああ!そういうことか!」

急に合点がいき大きな声を出した六花に健はもちろん薬袋も飛び上がるように驚いた。

「いきなり叫ぶなよ。っていうか何がわかったっていうの?」

「絨毯や料理に細工をしたのは配膳担当の間宮さんですね?」

「は・・・はい。」

六花の気迫に気圧されて一層か細くなりながら健は答えた。

前のめりになる六花を手で制しながら薬袋が尋ねる。

「お付き合いされてどのくらいになるんですか?」

「もうすぐ五年になります。」

「え、そんなに!」

「元々は高校の同級生で、同窓会で再会してから綾葉(あやは)とは付き合い始めました。」

間宮さんの下の名前、綾葉っていうんだ。今さらなことを思いながら六花は続けた。

「そのことをお父上は・・・」

「知りません。言えずに五年間過ごしてきました。そんなある日、父からいきなり見合い話を聞かされました。しかもそれはもはや事後報告といえるほどまでに進められていた。」

六花と薬袋は視線を少し落とした。

健はズボンの膝の部分をちぎれんばかりに握っていた。あるのは怒りか悔しさか、彼は幽霊ではなく現世でもがく人間に他ならないのだと六花は感じた。


「じゃあわざわざホテルのスタッフとして間宮さんを送り込んだの?」

「それは違います。僕は彼女がヒュプノスホテルで働いてるだなんて知らなかった。お見合いの前にホテルを訪ねた時に彼女を見た時はかなり驚きました。」

「なるほど。それでお見合い当日の華さんの異変を目の当たりにした貴方はすぐに間宮さんの仕業であると確信した。」

「問いただしたんですけど彼女何も答えてくれなくて。まさか華さんに毒まで盛ろうとするなんて思わなくて。」

彼女を犯罪者にはしたくない、と思ったらしい。

「かといって僕が過去に戻っても彼女を説得できる自信はなかった。」

「だからって華さんを遣って回避させようとしたの?ちょっと身勝手が過ぎませんか?!」

「六花ちゃん!」

薬袋は六花を制し、再び鳥藤健の方に向き直った。


「鳥藤さん。最後に一つお聞きしますが、今夜貴方はなぜここへ?」

彼は一度両目に溜まったものを手で拭ってから真っ直ぐに六花の方を見て言った。

「今あなたが言った通りです。僕の身勝手に華さんを巻き込んでしまった。やっぱりこのままじゃいけないと思った。だから来たんです!」

「再度過去へ戻って、どうしたいと?」

「わかりません。それでも僕はあの日より前の二人に話をしないといけないんです。」

「言っておきますが、この件で一色華さんはかなり高額な報酬を我々に支払いました。」

思わず六花は薬袋の方を向いた。モノクルは全くブレることなく正面の彼を見ている。

「一度塗り替えた過去をまた別の過去に塗り直すんです。貴方には華さんが支払った倍の金額をお支払いいただくことになります。本当にそれでもよろしいんですか?」

「構いません。」

たった一言ではあるがその意思は相応に固く六花には感じられた。もう一度隣の顔を見る。どうやら薬袋も同じものを感じたらしい。

「承知いたしました。では地下へ。」



薬袋は六花と健を連れて二月乱天時計のある部屋に入る。

この時に六花は隣の部屋に気配を感じた。おそらく伴さんだろう。事態を察知したのか、それとも盗み聞きでもしていたのか、いずれにせよ見事な立ち回りである。

「それでは始めましょうか。」そう言って薬袋は時計の“操作”を始めた。

「あれ、ちょっと待って。注意説明しないの?」

六花の問いかけに薬袋はニコリと笑って答えた。

「必要ないさ。転送されるのは君なんだから。」

「はい?!」

「君が健さんの代わりに一色華さんと間宮綾葉さんに会うんだ。」

「なんで?」これは六花だけでなく健の感想でもあった。

「健さん本人が二人に会うよりも君が代役として出向いた方が都合がいいと思うから。ほら、僕も結構身勝手がすぎる(・・・・・・・)ところがあるからさ。」

こういうところで揚げ足取ってくるあたりが何とも憎たらしかった。

しかしその一方で薬袋の意見に賛成であることもまた事実であった。何より六花も一色華にもう一度会いたかった。

六花は依頼人に「行ってきます」と言って転送に了承した。



ベッドに横たわる六花はすぐにドローンとスマホの存在を確認した。

確認したと同時にスマホが鳴った。

「もしもし。っていうかなんで部屋着着てんの私?」

「もしもし、とりあえず無事に転送はできたね。ああ!鳥藤さん、起こさなくて大丈夫ですよ。」

薬袋の声が少し遠ざかる。

おそらく健が私が気絶したとでも思って起こそうとしたな、そういうところはなんというか、御曹司っぽい。

六花は軽く呆れ笑ってから薬袋に尋ねた。

「で、具体的に私はどうしたらいいわけ?」

「ヒュプノスホテルに向かってくれ。前回の華さんの転送の記録上、ちょうど君と華さんが解散した直後の時刻に君を遣った。今からホテルに着けばまだ華さんも間宮さんもそこにいるだろう。二人を探すんだ。」

「わかった。」なるほど、この時刻に転送したから部屋着なのか。

さすがにこの格好であのホテルに行くわけにはいかない。着替えよう。六花はクローゼットからロングスカートを取り出す。

「あっ。」

危ない、うっかりしていた。

「ねぇ、一旦ドローン退室させてくんない?」



二月の夕暮れも春宵と呼んで良いのだろうか。ヒュプノスホテルに着いた時に六花は思った。

いつだったか古典の教科書でたまたま見つけた言葉だったが、高級ホテルをも飲み込む薄紫が魅せるこの景色こそまさに春の宵というやつではないだろうか。

全てをどこかに吸い込んでしまいそうなその春宵は六花に不安ではなく決心を与えた。

六花はホテルに入ると、開業準備に奔走するスタッフ達の合間をすり抜けるようにして特別宴会場へ向かった。

きっと一色華は今そこにいる。そう直感したのである。

宴会場の扉は半開きになっていた。中に入った六花は自分の直感が半分当たっていたことを確認した。

そこには一色華がいた。間宮綾葉もいた。他には誰もいなかった。

六花は時系列から想像した。おそらく自分と別れた後に一色華は間宮綾葉を呼び出した、あるいはその逆か。いずれにせよ二人は何らかの話をしている、わざわざ場所を変えて。

「あら、帰ったんじゃないの?それにさっきと違う服になってない?」

立ち位置的に入口が視界に入っていた一色華が先に六花に気が付いた。入口に背を向けていた間宮綾葉も振り返る。彼女の顔は少し強張っていた。

「ある人のご依頼のもと、再度転送してもらって戻ってきました。」

そう言って六花は二人のもとへゆっくりと歩いていく。

何を言ってるのかわからず間宮がポカンとする一方で、一色華は六花の発言を聞いて顔色を変えた。若干の動揺と諦めを見せたのである。

その〈若干の動揺と諦め〉から六花はある事実を悟った。


ーあのモノクルも同じことを推理した。だから鳥藤健を直接転送(いか)せなかったということ?ー


六花がちょうど二人の真横くらいの位置にきたところで再びスマホが鳴った。

「もしもし。通話をスピーカーにした状態で華さんに代わってもらえるかい?」

「断る。」そう言ってから六花はスピーカーに切り替えた。

「はい?」

「モノクルが話す前に私の推理を話させて。あなたと同じ推理のはずだから。」

「自信は?」

「ある。」

スマホの向こう側が数秒静かになる。

「いいでしょう。話してごらん。」

“お許し“が出たところで六花は名探偵よろしく咳払いを一つした。そしてスマホを近くのテーブルに置いた。


「今回の一色家と鳥藤家の縁談を妨害した、すなわち華さんと健さんの結婚を阻止しようとした人物が二人います。一人は間宮綾葉さん、あなたです。」

六花に指された間宮は動揺した。

薬袋は口を挟みそうになった。彼女たちがいるのは縁談前である。間宮綾葉は縁談の妨害を計画こそしていてもまだ実行はしていない。

そんな彼女に「妨害しましたね」と言うのは、スーパーに入る前の客に「万引きしたでしょ」と言うのと同じことである。

しかしこの際そんなことは大した問題ではない。薬袋は少し悩んだ末、黙った。

「一色家と鳥藤家がコラボして建てたこのホテルの、この宴会場で縁談が行われることを知ってあなたはスタッフとして潜り込み絨毯や当日の料理に細工をし・・・あ、そっか、細工をしようと計画していますね。」

六花は話ながら自らにミスを訂正した。

「はい、おっしゃる通りです。」当の間宮はあっけなく六花の指摘を認めた。

六花は続けた。

「そして縁談を妨害したもう一人の人物はあなたです、一色華さん。」


六花の発言に最も大きく反応したのは鳥藤健であった。

「華さんが縁談を妨害したってどういうことですか?!」

間宮は思わずテーブルの上のスマホを見た。

「健、そこにいるの?」

ここでイエスとすぐに言えないあたり、やはり自分が転送されて正解だったと六花は感じた。

「話を続けます。華さん、あなたは鳥藤健さんと間宮綾葉さんの関係を既に知っていましたね?」

「はい。」

幼さが抜けていた。凛としかしていない一色華がそこにはいた。

「いつ私たちのことを?」間宮が細い声で尋ねる。

「このホテルで二人が喧嘩してるとこをたまたま見たの。」

一色華は間宮綾葉にすまなそうな顔を見せた。

「そして縁談当日、絨毯や料理の仕掛けを受けたあなたは理解した、綾葉さんの仕業に違いないと。」

「彼女が配膳をしていることにも、健さんが必死に平静を装っていることにも気付いていましたから。」

六花は今度は間宮の方を向いた。

「しかし華さんはあなたを糾弾しなかった。そればかりか彼女はあなたの計画に協力した。」

「・・・じゃああのディジェスティフは?」スマホから健が聞いた。

「綾葉さんは何も仕掛けていません。ワインは華さんが自分でこぼしたんです。中座したのもわざとでしょう。それだけの粗相を重ねておけば縁談見合せの口実として両家の昭和オヤジたちを説得できますからね。」

「六花ちゃん、言葉遣い。」

さすがに薬袋からの注意が入る。六花はドローンのカメラに向かってペロッと舌を出して謝った。

その様子を見たせいか、一色華はクスクスと笑い出した。いつかにロビーではしゃぎながら六花を呼んでいたあの一色華に少し戻っていた。

「ごめんなさい。可笑しくってつい。推理を続けて、探偵さん。」

六花は軽く微笑んだ。


「二人・・・健さんも含めれば三人の願いはそれぞれの協力によって叶ったかのように思われました。ところがここで新たな問題が発生します。鳥藤家具の海外進出です。」

「海外進出?」

この場で唯一その事を知らない二月二十八日の間宮綾葉は首を傾げた。

先刻六花を注意した薬袋が説明を挟む。

「縁談が見送られたのと同じくらいの時期に鳥藤家具はアメリカでの販路拡大のために現地に支社を用意していました。」

六花はスマホにズンズンと歩み寄っていった。

「健さん。あなたは社長であるお父様から例えばこう聞かされたのではありませんか?『縁談が成功すれば国内での一色グループとの経営を、失敗すればアメリカでの販路拡大を息子であるあなたに任せる』と。」

見えずとも六花にはわかった。鳥藤健は驚いている。そして薬袋要も驚いている。もっとも薬袋は少し違う理由で驚いているのだろうが。

「その通りです。もちろん全て父の独断です。しかもそれを聞かされたのは縁談の見送りが決まった次の日でした。」

またもその声からは父親に対する鳥藤健の怒りが感じられた。

「健さんと綾葉さんが共に渡米する、そうできるだけの力と勇気が残念ながらお二人には無かった。そして何の因果か、華さんもそのことを知った。」

「事の顛末を知る権利は私にもあるでしょう?」

「ごもっともです。二人が結ばれるように自分が縁談をダメにしたせいでかえって二人を物理的に引き離してしまった。そう思ったあなたは思い切った手に出ます。」

六花は華の真正面に立った。

「縁談を成功させて健さんと婚姻関係だけ結ぼうとしましたね。そうすれば彼を綾葉さんの近くに留めておける。そのあとは何ですか?二人の不倫関係を許容するつもりでしたか?それとも一夫多妻制ですか?セカンドパートナーですか?」

「六花ちゃん、怒っているの?」

優しい眼差しをしたまま華は尋ねた。

「いいえ、納得がいかないんです。結婚が幸せだと無条件に決めつけるつもりはありません。だけど華さんにはきっと手に入れて然るべき幸せがあるんです!今回のこの選択はその幸せを不意にしてしまうかもしれない。どうしてですか?どうしてそこまで犠牲になれるんですか!」

彼女は微動だにしなかった。固い黙秘の意志を六花は感じた。



「おい、お前たち。そこで何をしている?」

入ってきたのは五十代の男性だった。

「お父さん。」一色華は顔を少し曇らせた。

六花はついその男性を凝視した。

あれが一色誠三?華さんの父親にして一色グループの社長さん?なんか想像してたよりもダサいな。

小太りな体型に小麦色の顔、高級スーツに趣味の悪い柄のネクタイ、それらとお世辞にも似合ってるとは言えない茶髪のツーブロック。

左腕に巻き付いている金色はバブル期に儲けた客層に人気だった腕時計、R-BLOCK の『Put on airs』である。

「華、見合いの日に着ていくドレスはもう決めたのか?」

返事をしない華を睨むと、一色誠三は六花と綾葉にその睨みを平行移動させた。

「風の噂で聞いたけど鳥藤君のところの健君、すでに交際している女がいるらしいじゃないか。まさか、そこの二人のうちのどちらかなのか?」

一色誠三は「鳥藤君のところの健君」がこの会話を聞いていることも知らぬまま続けた。

「まぁ心配することはないぞ、華。こんなどこの生まれかもわからん小娘たちではなく一色家の者と結婚するのが正解に決まってる。健君もそのあたりの分別はつくだろう。」

普段伴之助が言うのとは質の違う「小娘」という言葉により六花は沸点に達した。


六花はギロリと目を見開き一色誠三の前に立った。

「分別がないのはどっちの方ですか?」

「はぁ?」

「貴方は何のために家庭を持ったんですか?貴方は彼女を一色華という個人として認識しているんですか?」

次の瞬間、一色誠三は六花の服の襟を掴んで床に引きずり倒した。

「俺を誰だと思っている。経営も知らぬ小娘に一体何がわかっt、」

倒れた六花が振り返ると同時にパンっと乾いた音が響いた。

一色華の張り手が誠三に炸裂したのである。

「華!父親に手をあげるとはどういうことだ!」

「父を殴ったのではありません!一色グループの名に恥ず行いをした社長を殴ったんです!」

六花は華を見上げた。今まで見たどの一色華でもなかった。彼女は六花を優しく起こし上げると父親の方へ向き直った。

「お父さん、今回の縁談のみ(・・)を白紙に戻させて下さい。」

「何ぃ?」

「鳥藤健さんはこちらにいる間宮綾葉さんとの交際を続けます。その上で一色グループと鳥藤家具の協力関係も継続させます。」

「勝手に決めるな!」

「お父さんが!・・・お父さんが一番自覚しているはずです。」

その一言に一色誠三は硬直した。

「私が専務となってからの会社の業績を、お父さんのワンマンな方針やお兄さんの合理主義だけではもうこの一色グループという大きく膨張した船の舵は取りきれないということを薄々あなたは理解していたはずです。」

「しかしお前を社長にするというのは・・・」

「そんなことを要求しているのではありません。」

一色華は徐々に語気を強めていった。

「長男が家督を継ぐべき、女に社長をさせるべきではない、そんなお父さんのステレオタイプを今さら一からどうこうしようとは思っていません。私は専務のままで結構です。しかし、今の一色を支えられるのは私だけです。必ず一色グループを発展・成長させてみせます。その代わり先ほど言った要求は呑んでいただきます。」

六花には一色誠三が如実に堪えているのが見てとれた。


一色華の言葉にただ揺さぶられるしかない者がもう一人いた。鳥藤健である。

薬袋は彼の方を見た。そして向こうには聞こえないように彼に言った。

「貴方と間宮さんは自らの迷いと都合によって一人の女性を振り回した。今回貴方が最も反省するべき点は、振り回したその女性の強さを真っ直ぐに見られなかったことでしょうかね。」

鳥藤健は無言で頭を深く下げた。


ちょうどその時、スマホの向こうで一色華の声がした。

「ちなみにだけどお父さん、この場での会話は全て録音されてるから『そんな話は知らない』と後から見苦しい言い訳はしないで下さいね。」

「なっ、録音?!」

「嘘じゃないわよ。そうよね、如月堂さん。」華はテーブルの方へ振り返る。

「ええ、もちろん!」

薬袋は高らかに応えた。

「この際ですから、鳥藤家からも意志表明をいただきましょう。」

薬袋は健の背中をトンと叩いた。

健は大きく(はな)を啜るとそのまま叫ぶようにして言った。

「今回の縁談ですが、私はそこにいる間宮綾葉さんと結婚するため白紙に戻させていただきます!父も必ず説得致します。そして必ず鳥藤家具を一色グループと肩を並べるグローバルカンパニーに育て上げてみせます!そして!一人の友人として一色華さんに最大限助力することを約束します!」

この言葉、綺麗に文字に起こせばそうなるだけで、実際はもっと噛みまくりで歯切れも悪かった。

しかしそれは親の傀儡でもなければまして幽霊でもない、人間鳥藤健としての言葉であった。

この時に一色誠三が一体何を考えているのか六花にはわからなかった。

彼はしばしテーブル上のスマホを見つめた後で小さな声で「勝手にしろ」と言い放った。

快諾というには棘のある、しかし負け惜しみというには良心の欠片の見える言い方であった。

そして誇りある一色グループの社長は振り返ることなく宴会場を去っていった。


再度スマホの傍まで戻った六花は薬袋に尋ねた。

「そういえばモノクルは華さんが二人の交際を知ってたことにいつ気が付いてたの?」

「君が厨房で間宮さんに『健さんと会ったことがあるか』と聞いた時だよ。」

「え、その段階で?!」

「君がその時の間宮さんの表情から嘘を読み取ったように、僕はその時の六花さんの表情から間宮さんへの迷いを感じ取った。健さんと間宮さんが二人で会っているところを既に目撃していたに違いないと思った。」

恐れ入った、という顔とともに一色華は肩の力をそっと抜いた。

対して間宮綾葉は依然硬直したままだった。

「綾葉さん、私たち両家の勝手な都合に付き合わせてしまってごめんなさいね。改めて昭和オヤジ(・・・・・)たちは私が責任持って説得するわ・・・、綾葉さん?」

「さっき、結婚って・・・」

一色華に対してではない。鳥藤健に向かっての言葉であった。

「今回の一件で決心がついたと思うんだ。父さんを必ず説得したらもう一度ちゃんとプロポーズがしたいんだ。」

“音声通話において適切な表現ではないだろうけど、確かに今の健さんは綾葉さんの目を見て話している“と六花は微笑んだ。

間宮綾葉は両手で顔を覆いながら何度も首を縦に振った。


おっとりとした無音が続いた中、薬袋が口を切った。

「さて今回のお二人の転送の報酬についてですが、」

「いや今なの?」

「もちろん。今聞かずして一体いつ聞くんだい?」

六花には薬袋の声がやや楽しげに聞こえた。金の亡者め。

「まず先に一つ、健さんにはお詫びしなければいけません。一色華さんの転送の報酬ですがまだ頂いていません。というか請求自体がまだです。」

「あぁまだ、っはい?」

「鎌を掛けました。貴方がどのくらい真剣なのか知りたくて。申し訳ございません。」

鳥藤健の間の抜けた反応、これには一色華だけでなく間宮綾葉も思わず吹き出した。

「ハハハッ、それで?いくらお支払いすればいいか、もうお決まりですか?」

「ええ、たった今。一色華さんの転送については百万円。そして先刻申し上げていました通り健さんはその倍の金額の二百万円が妥当と考えられますが、いかがでしょう?」

「ええ、それで大丈夫です。」

即答であった。一色華は続けてこう言った。

「健さんへの請求も私の方に回して下さい。私が必ずお支払いたします。」

六花は華の顔を見つめた。

彼女はご令嬢である前に大企業の優秀な専務、真っ当な金銭感覚を持っている人のはずである。しめて三百万という報酬を軽く見ているわけではないだろう。

故にこの即答にはどこか彼女の決心めいたものが感じられる。

六花はこの場にスケッチブックを持って来られなかったことを少し悔やんだ。


「報酬について(しか)と承りました。今後のことはそちらのお二人(華さんと綾葉さん)と二月二十八日以降の鳥藤健さんとでよく話し合ってお決め下さい。」

「はい、そうします。」

柔和な笑みとともに頷く華に六花は言った。

「十月の三十日にまたご来店してもらえますか?華さんに渡したい物があります。」

「勿論よ。せっかくなら私の家に来る?ご馳走するわよ。」

「是非そうしましょう。ついでに私もお呼ばれしてもよろしいでしょうか?」

六花の返事を差し置いて薬袋が口を挟んだ。

「何人で押し掛けていただいても結構よ。楽しみにお待ちしています。」

華はそう言って六花を優しく抱擁した。

無事に(・・・)縁談が白紙に戻ること、お祈りしてます。」

「えぇ、ありがとう。」

二人が抱擁を(ほど)くのを確認してから薬袋は言った。

「さて、おおよその用事は済んだね。これ以上の長居は無用だ。帰ろうか、六花ちゃん。」

「うん。ってちょっと待って!まだ心の準備が!うぎゃぁあーーーーーーーーー」


プレバトの才能アリ展in京都高島屋 少々甘く見ておりました。

前売券を購入してウキウキ。前売さえ押さえておけば十二分に楽しめるだろう。

少々じゃない、かなり甘く見ておりました。

三月某日、会場へ行ってみると想定の何倍もの長さの行列!

「この列で一筆書きアートやってます?」というレベル。

前売券買っといて良かった~と入場するまでは思っていました。

しかし個人的にメインだと思っていた色鉛筆・水彩画が当日券で入場した列のサイドに集中して展示してありました。盲点でした。

やはり全ての作品をじっくり鑑賞するのは難しかったです。

それが出来ようものなら一日ずっと居られたな、いや待てよ、同じように思う人間の方がこの場では多いはず、そう考えればこのくらいの混雑と導線がベストなのか、

一人勝手に腑に落ちたわけですがそれくらいに一見の価値のある展示会でした。

(何の報告だよ、、、)


次の炎帝戦、個人的には森口さんか志らくさんに獲ってほしい!応援してます!


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