第95話 異界事変㉔
"終焉"と対峙する中、不満そうに声を上げたのは医者だった。
彼は騎士を指差しながら俺に文句を言う。
「彼女だけずるいな。僕にも妄者の力を分けてほしいのだが」
「ちょっと待て。すぐに貸してやるよ」
俺は大哭きを調整して、医者の肉体に干渉した。
体内の臓器を影に仕立て上げて、俺の力を蓄積できるように細工する。
常人にこんなことをすれば死ぬが、医者は死霊術で死体に憑依しているだけだ。
臓器が駄目になろうが関係ない。
元より妄者の死体を繋ぎ合わせて操るような奴なので、この程度の干渉では平然としている。
体内を哭かされた医者は深呼吸した。
白目が黒く反転しており、体内から発せられる力が明確に変容している。
無事に俺の力を馴染ませられたようだ。
「ほほう……これは素晴らしいな。全能にでもなったような感覚だ」
「過信するなよ。薬にも毒にもなる代物だ」
「分かっているとも。その上で称賛しているのだよ」
医者は朗らかに応える。
続いて"終焉"を見た。
こちらを黙って睨む"終焉"は、露骨に警戒している。
脅威が俺だけでないと判明して、出方を迷っているようだ。
能力は絶大だが、本能で戦うタイプである。
判断力は総じて低かった。
その間に医者は堂々と前に進み出る。
影の大地を歩く彼は片手を掲げてみせた。
「せっかくだ。僕が舞台を整えよう」
医者が指を鳴らすと、影の大地がさらに変貌する。
端から徐々にめくれ上がり、そのまま球体状に丸まっていく。
大地の端がそのまま頭上まで到達し、端同士が触れ合って繋がった。
そうして俺達は、"終焉"と共に影の球体に閉じ込められた。
医者が何らかの術を発動したのだ。
俺の大哭きを押し退けるというより、その流れに乗る形で変貌させていた。
相当な技量がなければ不可能な技である。
医者は腰に手を当てて微笑する。
「これで戦いやすくなったのではないかな」
「上出来だ」
面白い案であった。
こういった閃きは魔術師ならではだろう。
閉鎖された影の球体では逃げ場など存在しない。
一見すると危険に感じるが、それは"終焉"にとっても同じことである。
脱出するには影の大地を突破する必要があった。
負傷した状態で強行すればただでは済まない。
それは"終焉"もよく理解している。
影に包囲された"終焉"は、腹の穴を撫でて本音を洩らす。
「……生意気」
「ありがとう。最高の褒め言葉だよ」
医者は満面の笑みで答えた。
本当に晴れやかな表情だ。
そう言われることを待っていたかのような様子であった。
性格の悪さが存分に発揮された瞬間と言えよう。




