第89話 異界事変⑱
最初に異変が生じたのは"術王"だった
複数の裂け目を生み出す最中に硬直すると、血を噴き出しながら転倒したのだ。
ローブの隙間から肉塊が滲み出してくる。
それを目の当たりにした俺は察する。
(限界が訪れたのか)
模倣を得意とする"術王"だが、今回の対象は遥か格上である"終焉"の妄者だ。
その固有能力を真似るのは多大なる負担がかかる。
無理をして対抗し続けた結果、反動がやってきたのだろう。
"術王"はよろめきながら呪詛を唱え始める。
おそらく持ち得る範囲の攻撃を行使しているに違いない。
ところが"終焉"に変化はない。
模倣で得られる程度の力では、神話最強の存在には届かないのだ。
たぶん特殊攻撃への耐性を持っているのだろう。
"鎮魂"のように特化した能力でなければ通用しないのである。
呪詛を続ける"術王"は、飛んできた裂け目に引きずり込まれて消滅した。
残されたローブの切れ端だけがひらひらと揺れて地面に落ちる。
そして、彼が阻止していた裂け目と槍が"鉄壁"に殺到した。
圧倒的な密度を誇る攻撃の数々に、いくら"鉄壁"でも耐えられるはずがなかった。
頑丈な身体を押し潰されながら裂け目に呑まれていく。
周囲一帯に咆哮が響き渡るも、それによって救われることはない。
現代最高の防御力を持つ妄者は、あまりにもあっけなく姿を消した。
そして、無防備になった"鎮魂"が駆ける。
"終焉"に接近して身体を奪うつもりらしい。
今は子供の容姿を持つ"鎮魂"は、魂を鎮めて弱らせた相手の肉体を奪って生き永らえてきた。
追い詰められた今、その最終手段を敢行しようとしているのだ。
"終焉"は光の槍で応じるも、後がない"鎮魂"は四肢を消し飛ばされながらも接近していく。
持ち前の反射神経で裂け目を回避――いや、身体の一部を千切られながらも突進を続けた。
満身創痍になりつつも"終焉"との距離を詰めて、ついには掴みかかることに成功する。
接触は最も能力を発揮できる距離だ。
ここで一気に賭けに出たのだ。
ところが接触と同時に"鎮魂"の全身が燃え上がった。
"終焉"の光の身体が、超高熱を帯びているためである。
肉体を移って生きる"鎮魂"は脆く、熱への対抗手段がなかったのだ。
"鎮魂"はそれでも"終焉"の身体を奪おうとする。
並々ならぬ執念で粘るが、光の槍で頭部を破壊されて炭化した。
残されたのは、俺と騎士と医者だけとなった。




